Chapter.50
由上さんを図書室内へ誘導して、そのままロフト席が空いているか確認しにいく。階段をのぼろうとして、ワンピースを着ていることを思い出した。
さすがにお互い気まずいかなと思って、手で由上さんに“お待ちください”と伝える。由上さんも理解してくれたようで、うなずいて少し離れた場所で立ち止まってくれた。
マキシ丈のスカートの両端を持って階段をのぼる。うっかり裾を踏みそうで怖いから。
ロフトの席は無人で、今日も無事使用できる。
階段下で待つ由上さんに手招きをしたら、猫の笑顔でうなずいて階段をのぼりはじめた。邪魔にならないように段をのぼりきって、ロフトの床に降り立つ。
ロフトの風景を見て、由上さんは声なく“おー”と感嘆する。
そうなんです! いいんです! 図書室のロフト!!
って熱弁したくなるのをグッとこらえて、満面の笑みで出迎えた。
「すごいね、ここ」
私の耳に口を寄せ、由上さんが小さく言った。少し熱い吐息がくすぐったい。
自分のことを褒めてもらえたような顔でうなずいてしまって少し恥ずかしいけど、由上さんは気にしてなさそう。少年のような輝く瞳で辺りを見回している。
それを見守りながら、音を立てないようにそっと荷物を机に置いた。
振り返った由上さんも少し息をついて、音を立てないように椅子を引く。バッグの中から課題とペンケースを取り出して着席した。
私もロフトに設えられた本棚から、昨日の続きになっている本を取り出す。気になった個所を書き留めるためのルーズリーフを傍らに置いて、そっと着席をした。
お気に入りの場所で由上さんと一緒に勉強する日が来るなんて、なんだか不思議。
もうここのところずっと不思議だなって思ってる気がするけど仕方ない、本当に不思議なんだもん。
由上さんと対峙して勉強を始める。
紙にペンを走らせる音、紙をめくる音、吐息までもが混ざって由上さんの音になる。それがとても心地よい。
教室で一緒に授業を受けているときはみんなの音が混ざっていたけど、対面の席で二人きり(階下にも何人か利用者はいるけど)で聞く音は際立っていて、つい耳を傾けてしまう。
あぁ、なんだろう。幸せ。
見てしまうとあからさますぎて目線をあげることができないけど、確かに目の前には由上さんがいて、共通の時間を過ごしている。
この時間はいつか終わってしまうけど、ずっと続いていてほしい。
にやける口元を隠しながら、さっきから同じ行ばかり読んでいる本を読み進めなきゃって思う。
由上さんと一緒の空間なの嬉しいけど、集中できなくなっちゃうのはちょっと困る。もしこの先も一緒に図書館利用してもらえるなら、集中できるように慣れなくちゃ、また気遣わせてしまうかもしれない。
本を読むだけじゃなくて、参考書の問題解くとかにしようかなぁ。言葉の勉強だったら国語系と英語? 文章を書く練習もしておいたほうがいいよね。ちょっと探してこようかな……。
音を立てないようにそっと椅子を引いて立ち上がる。ロフトの蔵書は小説や絵本、図鑑なんかの読み物ばかりで、参考書の類は一階にある。勉強をするために利用するなら一階のほうが便利なんだけど、ロフトの秘密基地感が好きだから空いていると使ってしまう。
階段の昇り降りで運動不足解消になるかもだし……なんて淡い期待を抱きながらトコトコ階段を降りて階下へ。
大きな机には利用者がぽつぽつ。本を読んだりなにかを書いたりしてる。タブレットだったりノートパソコンを使う人は、別にある個室を利用することになってる。そこなら充電できるし、キーボードを叩く音を気にしないでもいい。
私はどっちも持ってないからいまのところ使わないけど、大学生になったら使うかな。大学に同じような施設あるかな。っていうか、大学生になれるかな……。
急に不安になりながら参考書を選ぶ。
うーん、今日は英語の気分。
何冊か並ぶ参考書から、大学入試対策用の一冊を選んだ。
来た道を戻ってロフトに入ったら、由上さんがノートと対峙していた。なんだか贅沢……。
伏し目がちな横顔を眺めながら席に座る。ふと由上さんの手元を見たら、出た課題とは別の勉強をしているようだった。
予習してるのかな……?
課題終わってないみたいに言ってたけど、実は終わってるのでは? もしかして一緒に図書館に来る口実だったり? いや、それはないか。
自分に都合のいい想像を打ち消して、私も参考書とノートを開いた。
* * *
ふぅ、と小さく息を吐いて顔をあげたら、由上さんが私を見てスマホを指した。傍らに置いていたスマホを見たら、数分前に由上さんからメッセが届いていた。
sowa{もうお昼だけど、どうする?〕
えっ、もうそんな時間?
驚いて画面上部に表示された時計を見たら、12時半を回っていた。気付いた瞬間にお腹が減ってきた。
目の前にいる由上さんにメッセで返事をする。
〔気付きませんでした。どこかで食べます?}みーな
〔それとも、今日はもう帰りますか?}みーな
sowa{居心地いいからもう少しいたいかも〕
sowa{今日は学食やってないよね〕
〔やってますよ。}みーな
〔部活に参加してる人が使えるように開いてるんです。}みーな
sowa{マジで?じゃあ行こうか〕
〔はい!}みーな
メッセでのやり取りを終え、目線を合わせて二人でうなずく。
本当は置いたまま行きたいけどそういうわけにもいかなくて荷物をまとめて立ち上がった。
由上さんの先導で図書室を出て食堂へ向かう。
「図書室にあんな場所あったんだね」
「そうなんですよ。おすすめの場所なので、お連れできて良かったです」
「いつも使ってるんだ?」
「はい。学校案内のパンフレットで見て、ずっと憧れてたんで嬉しい限りです」
「予約制とかじゃないよね」
「そうなんです。階段あがって座ってる人の足元が見えたら戻らないとならなくて」
「それちょっと寂しいね」
「はい。だからいつも、階段をあがるときはドキドキしてます」
私の言葉に由上さんが「なんかわかる」ふっと笑った。
到着した学食には利用者がちらほら。どうやら部活組の利用ピークは終わったらしい。
「ほんとだ。【9時から15時まで営業中】」
由上さんが食堂の出入口付近に掲示されたPOPを読んだ。
「助かりますよね」
「うん。ありがたい。お、先生たちも使ってるわ」
「私こどものころ、夏休み中は先生もお休みなんだと思ってました」
「わかる。オレも思ってた」
「いまになると、夏期講習とか部活とか色々あるから出勤してるってわかるけどね」
微笑みながら由上さんがメニュー表を見た。
「あ、冷やし中華始まってる」
「わ、ほんとだ。どうしようかな……」
上着を着ていたとはいえ、少々クーラー冷えてるっぽい。食堂の中も空調が効いてるし、ちょっと暖かいものが食べたい気分……。
うーん、と悩んで、かき揚げうどんの食券を買った。由上さんも肉うどんの食券を購入してる。
「図書室、ちょっと冷えたよね」
「そうなんですよ。すみません」
「え? なんで?」
「前もってお伝えしていれば、上着とか用意できたかな、と」
「あぁ、大丈夫だよ。一応、薄手のパーカー入ってるんだ」
「あ、そうなんですね。良かったです」
「ごめん、着るほどでもないなーって感じだったから」
「いえ、全然」
トレイにそれぞれの注文品を乗せて席につく。生徒がほとんどいないから周りの目も気にならない。
かき揚げ旨そうだからトッピングしちゃった、とか、冷房が効いた部屋であったかいもの食べるの旨いよね、とか、逆に暖房が効いた部屋で食べるアイスも美味しいですとか、そんな他愛のない話をしながら食べるご飯はとても美味しかった。




