Voyage:01 調和という名の作り笑い
はじめまして、ご覧いただきありがとうございます!
本作は、不思議な「造船図書館」を舞台に、心に悩みを抱えた人々が自分の「時の書」と向き合い、人生を新しく整えていく連作短編(オムニバス形式)の物語です。
1話ごとに読み切りのように楽しめる構成になっていますので、ぜひ気軽にお楽しみください!
3月のなかごろ。
日中は温かくなってきて、
窓を開けると心地よい風が入ってくるようになった。
私ー若林沙耶は
4月で社会人4年目になる。
ファッションに興味を持っていたのと大学生の時からアパレル系の
ショップ店員のアルバイトをしていたこともあり、
就職も家から電車で30分圏内で行ける。
梅田のファミリー向けのアパレル会社に就くことできた。
華やかな喧騒に揉まれながら、この店に勤めて3年。
大学生の時のアルバイトから数えれば、
もう随分と長い時間をこの服たちに囲まれて過ごしてきた。
うちの会社は個人経営なのだが、オーナーの発信力と企画力が凄まじく大阪と東京、それに名古屋にまで店を構えることができている。
オーナーは基本的に引っ越しを伴う転勤を好まないらしく、
私は非常にありがたく思っている。
だがオーナーは一つだけこだわりがあってファミリー向けのアパレル会社ということもあり、ママさんスタッフが多く、福利厚生もしっかりしているこの会社は、私にとって『波風を立てずにいられる最高の居場所だった。
4月からは次店長に昇格することになった。
本来なら4年目の私が次店長など早いと思うのだが、
今まで次店長をしていた本郷穂花が3月いっぱいで退職をすることになり、本郷は店長、新島輝に
私を推したらしい、理由としては私の先輩達はここ数年で出産が相次ぎ、
仕事と家庭の両立を考えると難しいと店長と本郷次店長が判断したのと、
私の周りを観察した仕事が評価されたらしい。
そして『男女で意見を出し合ってほしい』というオーナーのこだわりも
あり、店長が男性なら次店長は女性。
逃げ場のないその『正論』が、今の私には何よりも重かった。
昨日はなかなか寝付けず、さらに本郷との引き継ぎ初日とのこともあり、
早く目が覚めてしまった。重たい気分を変えようと窓を開けた。
「はぁ〜。。次店長なんて気が重すぎるよぉ。しかも私は人の顔色ばかり
伺って自分の意見を飲んだり休みも言い出せなかったり、
絶対先輩達にもなんだかんだと攻められそうだなぁ。
先輩達をまとめられる気がしないよぉ。」
清々しい風とは裏腹に重苦しい不満をぼやいた。
「しかし、憎いぐらい、いい天気だなぁ、まだ7時すぎかぁ。
今日は遅番だし出かける前に布団も干しておこうかなぁ」
なかば無理やり気分転換しようと試みた。
身体は疲れているのに動いていないと不安だからと家を出るまでに、
夕飯の支度まで済ましてきたので家を出てポカポカと温かくもあって、
眠たくなってきた。
店に着いて更衣室で着替えていると
ドタドタと誰かが勢いよく入ってきた。
「あっおはよう!沙耶ちゃんノックせず入っちゃってごめんね!」
先輩スタッフの菊地風香であった。
「おはようございます!気にしないでください慌てた様子ですけど、
何かあったんですか?」菊地は自分のロッカーを開けて着替えながら
「息子が鉄棒から落ちて怪我をしたらしくて、
小学校から連絡がきたのよぉ!
今日人が少ないし、沙耶ちゃん次店長の引き継ぎの日なのにごめんね」
「そんなに謝らないでください。それより急いで行ってあげてください。
あっでも気をつけて帰ってくださいね。」私は反射的に、
一番角の立たない「正解の」の笑顔を貼りつけて応えた。
本当は今日から始まる引き継ぎへの不安で、
誰かにすがりつきたいくらいだったけれど。
そんな本音は、更衣室の湿った空気と一緒に飲み込んだ。
菊地は「うん。ありがとう!お先に失礼します!」口にしながら
慌てて出ていった。
今日は水曜日ということもあり
店長と次店長の本郷と私と菊地さんで回すシフトだったのだがまぁ。
なんとかなるでしょっとスタッフ通路を抜けて店へと出た。
店長がレジでお客様に商品をお渡ししているところだった。
私も「ありがとうございました!」とお客様にお辞儀をした。
お客様が店内を出ていくのを見届けてから店長に
「おはようございます。」と挨拶をした。
「沙耶ちゃん。おはよう、菊地さん早退きしてもらって。
本郷さんは休憩に行ってる」
「菊地さんにはさっき更衣室で会いました。理由も聞きました。」
「菊地さんの連絡は大丈夫だね!」
少し間があり、
「沙耶ちゃん次店長になるの嫌?
こういうことって誰も居ない時じゃないと聞けないからさ。
僕と本郷さんで勝手決めちゃって沙耶ちゃんの意見をちゃんと
聞けてなかったから。」
いつもはあっけからんとしている店長が
神妙な面持ちで私の顔を見て問いかけてくれた。
「嫌というか不安が大きいです。正直私が一番年数的にも短いので、
本郷そんみたいに上手くできるかなぁ。」って心の底から詰まっていた
不安が直ぐに口から出ていた。
「だよねぇ。僕もね…..」と店長が言いかけたのだが、
お客様が店内に入ってこられたので二人の視線はお客様へと流れた。
そうこうしているうちに次店長の本郷も休憩から帰ってきて、
水曜日なのに珍しくお客さんがひっきりなしに入ってきたので、
休憩までバタバタと時間が過ぎ去った。
休憩は作ってきたおにぎりをつまんで、軽く仮眠を取ることにした。
休憩が終わり、後半は店次長の職務引き継ぎが始まった。
店長は早番だったのでラスト2時間は通常業務もこなしつつの
引き継ぎになったので、更衣室で覚悟したとおり残業になってしまった。「沙耶ちゃん今日はバタバタと疲れたからここまでにしよう!
店長に頼んで引き継ぎ期間は長めに取ってもらっているから。お疲れ様!」「はい。ありがとうございました。お疲れ様です。」
沙耶はなんとなく本郷が何か言いたげなのを察したが
本郷は踏ん切りがつかずお互い着替えを終え、
二人でいつも通り何気ない話をしながら駅へと向かった。
本郷とは線が違うのでいつものコンコースで別れた。
運よく電車がホームに入ってきたので待ち時間なしで
乗ることができたが座れずに車窓を眺めていると、
ふと映る自分の顔は、ひどく土気色で、口角だけが不自然に上がっている。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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