五話目
漆黒のローブを纏った私は、その光の残滓が雪のように舞い散る中、音もなく地面に着地した。
フワリ、と広がったフードの裾から、雪のように白い太ももが大胆に露出する。乱れた銀髪を細くしなやかな指先で耳にかけながら、私は小さく息を吐いた。
「……ふん。Bランクの変異種なんて言っても、この程度なのね。本当に拍子抜けだわ」
口から漏れた声は、自嘲の響きを含んだ、どこまでも澄んだ少女の鈴鳴りだった。
その瞬間、私の脳内に、あの世界のシステムとも言うべき無機質な声が直接響き渡る。
【ピコン――指定変異種『アラクネ・クイーン』の単独討伐を確認しました。破格の経験値を獲得します】
【レベルが上昇しました。レベル22→27】
【レベルアップに伴い、肉体再構成の第2段階が実行されます。各ステータスが爆発的に上昇します】
頭の中に、本をめくるようにして半透明のステータス画面が展開された。
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名前: アイリス(ライト)
性別: 女
クラス: 迷宮の聖女(ユニーク・神位)
レベル: 27 (UP!)
【ステータス】
• HP:3500 / 3500 (成長大)
• MP:9999 / 9999 (上限到達・変動なし)
• STR(筋力):80 (UP!)
• VIT(耐久):85 (UP!)
• AGI(敏捷):480 (UP!)
• INT(知力):1950 (UP!)
• MND(精神):2100 (UP!)
【固有・新規スキル】
• 『隠密魔導・極』:魔力およびステータスの完全隠蔽。
• 『操糸の聖痕』:聖属性の魔力糸を自在に生成・操作する。
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「……AGIが、よ、480……? INTとMNDにいたっては、もう2000に届きそうじゃない」
画面を見つめながら、私は呆れたような吐息を漏らした。
レベル27。ただの冒険者であれば、数年かけて血反吐を吐き、幾度も死線を潜り抜けてようやく到達するかどうかの領域だ。それを私は、この女の身体に変わってから、わずか一日のうちに駆け上がってしまった。
特に、精神値(MND)が2000を超えた影響は絶大だった。私の思考は、Dランク斥候だった頃の自分とは比べ物にならないほどクリアに、そして冷徹に冴え渡っている。
だが、それと同時に、私の内面には奇妙で不気味な「変化」が確実に生じていた。
「ん……っ……ぁ……」
肉体再構成の第2段階とやらが進んだせいか、身体の芯から、じっとりとした熱い衝撃が駆け抜ける。
私は思わず自分の豊かな胸元をローブの上から強く抱きしめ、その場に膝をつきそうになった。ドクドクと高鳴る鼓動。男の時よりも明らかに位置が高く、そして圧倒的に柔らかい双丘の質量が、腕を通じて脳の神経へとダイレクトに伝わってくる。
(……何、これ。身体が、すごく敏感になってる……?)
ハァ、と口から漏れた息が熱い。
脳の奥にある男としてのライトの意識が、「自分の身体に興奮してどうする!」と必死に怒声を上げている。しかし、それと同時に、この滑らかな肌、触れれば折れてしまいそうなほど華奢なのに圧倒的な力を秘めた四肢、そしてすべてを支配できる全能の魔力を手に入れた女としてのアイリスの意識が、その戸惑いすらも「心地よい刺激」として深く受け入れてしまっているのだ。
衣服が擦れる感覚だけで、背筋に甘い電流が走る。
精神の混ざり合いは、レベルが上がるにつれてより密接に、そしてより強固に噛み合っていく。男としての泥泥とした復讐心という目的を果たすために、ライトとしての知識と執念が冷酷に牙を研ぎ、アイリスとしての圧倒的な美貌と全能の肉体がそれを完全に支配する。
嫌悪感など、もうどこにもなかった。むしろ、この完璧な「女の子の身体」であることへの至高の全能感に、私の心は甘美に濡れそぼっていた。
「ふふ、あはは……! いいわ、素晴らしいわ。このチート能力、全部あいつらへの復讐に使わせてもらうから」
クスクスと可憐に笑いながら、私は『操糸の聖痕』を試すように指先を動かした。レベルが上がったためか、以前よりもさらに操りやすくなっている。
「完璧ね」
私は地面に転がっている、アラクネ・クイーンが遺した紫色の輝きを放つ【女王の魔石】と、討伐の絶対的な証明となる【アラクネ・クイーンの極上糸】の束を拾い上げ、『深淵の聖衣』の内ポケットへと滑り込ませた。
「さて……それじゃあ、待ちかねた凱旋と移りましょうか」
私は漆黒のフードを今一度深く被り直し、自身の長い銀髪とあまりにも目立ちすぎる顔を隠すと、背後に控えていたベオウルフの元へと歩き出した。
大空洞の入り口近くの影で、腕を組んで壁にもたれかかっていたAランク冒険者『隻眼の牙』のベオウルフは、戻ってきた私の姿を見た瞬間、その唯一の眼を限界まで見開いた。
彼の全身の筋肉が、無意識のうちに戦闘態勢のように張り詰めている。それが、トップランカーとしての本能的な防衛反応であることを、今の私はINTとMNDの高さから瞬時に見抜くことができた。
「……おいおい、冗談だろ、アイリス嬢ちゃん。あんた、本当に傷一つ負わずに、あの変異種を片付けちまったのか?」
「ええ。言ったでしょう、私はアサシンです。手出しは無用だと」
私はフードの奥から、冷淡な、しかしどこか蠱惑的な響きを含んだ声で応じた。
ベオウルフは私のすぐ横を通り過ぎる際、私の全身から漂う「レベルアップ直後の濃厚な魔力の揺らぎ」と、返り血一つない完璧な綺麗さのまま衣服に付着している、アラクネ・クイーンの紫色の魔力の残滓を嗅ぎ取った。
「はっ……! 化け物め。短時間の戦闘のなかで、さらに『器』を大きくしやがったな。あんたのその気配、さっきギルドで会った時よりも、さらに一回り冷たく、そして狂暴になってやがるぞ」
ベオウルフの言葉には、明らかな「戦慄」が混ざっていた。Aランクの絶対的な実力者が、登録したばかりのFランクの小娘に対して、本能的な恐怖を感じているのだ。
その事実が、私の中の女の領域を、さらに激しく歓喜させた。強い男を自分の実力だけで完全に気圧しているという事実は、ゾクゾクするほどの快感を私にもたらす。
「恐ろしいですか、ベオウルフ様?」
「まさか。最高にゾクゾクするぜ、お嬢ちゃん。あんたがこれからギルドでどんな嵐を巻き起こすのか、特等席で見物させてもらうさ」
ベオウルフは不敵に笑うと、私の前へと出て、地上への階段を案内するように歩き出した。
私は『隠密魔導・極』を発動し、自身の跳ね上がったステータスと魔力を、再びCランク上位相当の「分厚い霧」の中へと隠蔽した。本気を出しすぎれば、ギルドだけでなく国の上層部まで動いてしまう。まずはあのクズどもを確実に仕留めるために、力を隠すのが斥候としての基本だ。
西の地平線へと傾いた太陽が、迷宮都市オラリオの街並みを血のような茜色に染め上げていた。
行き交う人々は、今日の狩りを終えた充足感に浸る冒険者や、夜の営業に向けて灯りを灯し始める露店の店主たち。その平和な日常の風景を横目に、私は一歩ずつ、冒険者ギルド本部への石畳を踏みしめていく。
その足音は、かつて無能と蔑まれ、奴隷のように扱われていた一人の男が、すべてを支配する女王として凱旋するための、終わりの始まりを告げるカウントダウンのようだった。
夕刻のギルド本部のホールは、一日のうちで最も混雑する時間帯を迎えていた。
広い空間には数百人の冒険者たちが行き交い、武器の触れ合う音、大声での談笑、そして依頼の達成を報告する職員たちの声が入り乱れ、独特の熱気と喧騒が渦巻いている。
その喧騒のなかで、ひときわ大きな注目を集め、ホールの中心にある特設テーブルを陣取っていたのが、Cランクパーティ『烈火の牙』の面々だった。
彼らのテーブルには、ギルドの高級な酒や料理がこれでもかと並べられ、周囲には彼らの機嫌を伺う下位の冒険者や、その活躍を耳にしようとする野次馬たちが群がっている。
「ガハハハ! 聞けよお前ら! 今回の【黒鉄の奈落】深層遠征は、まさに死線だった!」
大柄な体躯を誇るリーダーのガルガが、エールがなみなみと注がれた大杯を掲げ、赤ら顔で声を張り上げた。その背中には、彼の象徴である頑強な大剣が背負われている。
「第20層の隠し大空洞に足を踏み入れた瞬間、あの【アビス・ガーディアン】が目の前に現れたんだ! 普通のCランクじゃあ、見ただけで腰を抜かす化け物さ。だが、俺たち『烈火の牙』は一歩も引かなかった!」
「おおお……っ! さすがガルガさんだ!」
「Cランク上位の実力は伊達じゃねえな!」
周囲の取り巻きたちが、手を叩いて喝采を送る。
ガルガはその賞賛を全身で浴びながら、わざとらしく悲痛な表情を作り、胸元に手を当てた。
「……だが、栄光には犠牲が付き物だ。俺たちの忠実な斥候だった、あのライトの野郎……。あいつは戦闘の最中、俺たちを守るために、自らアビス・ガーディアンの凶刃の前に立ちはだかったんだ。『リーダー、ここは俺に任せて、皆を連れて逃げてください!』ってな。……あいつは、最期まで立派な冒険者だったよ」
ガルガが芝居がかった調子で天を仰ぐと、彼の傍らに座る魔法使いの男と、弓手の女も、ハンカチで目を押さえるような仕客をしてみせた。
「本当に、ライトは勇敢でした……。彼の魔法への耐性の無さが、まさかあんな形で仇になるとは。でも、彼の犠牲を無駄にしないために、私たちはこの魔石を持ち帰ったのです!」
魔法使いの男が、テーブルの中央に置かれた紫色の大きな魔石を指し示した。その輝きは確かに一級品であり、Cランクパーティが命懸けで手に入れるに相応しい価値を持っていた。
しかし、その場にいる誰もが知る由もなかった。
その「勇敢なライト」の真実を。
あいつらが戦いから逃れるための「おとり」として、ライトの背中を蹴り飛ばし、ボスの部屋へと突き落として鉄の扉を閉めたという、吐き気のするような裏切りの事実を。
「ライトの奴の取り分は、俺たちが責任を持って、この街の一番上等な酒に変えて弔ってやるさ! 今日は俺の奢りだ、皆飲め!」
ガルガのその言葉に、ギルド内は再び「烈火の牙に栄光あれ!」という歓声で満たされた。
死人を美談の道具に使い、自分たちの株を上げ、さらにその報酬を独占する。これ以上ないほどの、完璧なクズの立ち回りだった。
その歓声の渦の中に、冷たい「影」が滑り込むようにして入ってきた。
ギルドの大きな両開きの扉が、音もなく開く。
入ってきたのは、漆黒のローブを纏った小柄な人影。そして、その背後から付き従うように入ってきたのは、先ほど街を共に出たベオウルフだった。
「――おい、見ろよ。ベオウルフさんだ」
「遠征からもう戻られたのか? 相変わらず規格外の早さだな……」
ホールの空気が、ベオウルフの登場によって一瞬で引き締まる。冒険者たちが畏怖の念を込めて道をあける中、私は周囲の視線を気にも留めず、まっすぐに中央の受付カウンターへと進んだ。
そこには、数時間前に私の新規登録を担当し、ベオウルフの介入によって特例の依頼受理を見届けた、若い受付嬢が座っていた。
「あ……、あ……!」
私の姿が視界に入った瞬間、若い受付嬢は椅子から立ち上がり、持っていたペンを床に落とした。彼女の顔は、驚愕と、にわかには信じられないという混乱で完全に静止していた。
「アイリス、様……? 本当に、もう戻られたのですか……?」
「ええ。ただいま戻りました、受付さん。驚かせてしまってごめんなさいね」
私はフードの隙間から、鈴を転がすような美声で応じた。その声には、先ほどまで迷宮で魔物を蹂躙していた冷酷さは微塵もなく、どこまでも上品で、可憐な少女そのものの響きがあった。
私がふわりと右手をカウンターに置くと、衣服の隙間から、透き通るように白い手首と、しなやかな指先が覗く。
「ご報告があります。約束通り、Bランク指定変異種『アラクネ・クイーン』の討伐を完了しました。……ただ、ギルドの規約の穴を突いた特例ですので、この討伐の証拠は、ギルド長に直接手渡したいと考えています。取り次いでいただけますか?」
「と、討伐……!? アラクネ・クイーンを、本当に……!?」
受付嬢の声が、驚きのあまり裏返った。
その声は、それほど広くない受付カウンターの周辺だけでなく、すぐ近くのテーブルで大騒ぎしていた『烈火の牙』の耳にも、明確に届いた。
「あ? なんだァ?」
ガルガが、酒の入ったグラスを乱暴にテーブルに置き、不機嫌そうにこちらの席へと顔を向けた。あいつの顔には、せっかくの自分たちの独壇場を、名も知らぬ新人の大言壮語によって邪魔されたことへの不快感が露骨に浮かんでいた。
「おいおい、聞き捨てならねえな。アラクネ・クイーンだと? あの第22層のバケモノ蜘蛛を、そんな小娘が片付けただって?」
ガルガは巨体を揺らしながら、椅子を引きずって立ち上がった。彼の取り巻きである魔法使いと弓手も、嘲笑を浮かべながらその後ろに続く。
「おい、ネーちゃん。お前、さっきベオウルフさんの金魚の糞として、サポーター登録してたFランクの新人だろ? Aランクの威光を借りて、ちょっと迷宮の深層を観光してきたからって、調子に乗るんじゃねえよ。アラクネ・クイーンはな、我々『烈火の牙』ですら、万全を期すために依頼を保留にしてるレベルの強敵なんだ。嘘を吐くにしても、もう少し現実味のある嘘を吐きな」
ガルガの酒臭い息と、上から見下ろすような圧迫感が、私に浴びせられる。
かつての私――Dランク斥候のライトであれば、このガルガの怒声一つで全身の血が凍りつき、床に平伏して慈悲を乞うていただろう。あいつの暴力性と、パーティ内での絶対的な階級制度は、それほどまでに私の精神をすり減らし、調教していたのだから。
しかし、今の私は、アイリスだ。
圧倒的な実力差。それが、私の中に、かつてないほどの「心の余裕」を生み出していた。
私はフードの奥から、翡翠色の瞳でガルガを静かに見つめた。
そして、かつてのライトが、ガルガから理不尽な命令やシゴキを執拗に受けている時、極度の緊張から「右手の指先で、規則的にトントンとカウンターの木目を叩く」という、独特の貧乏揺すりのような癖を、あえて、ゆっくりと、意図的に披露してみせた。
トントントントン……。
静かなホールに、私の指先が刻むかすかな音が響く。
「……っ!?」
その瞬間、ガルガの顔が、目に見えて奇妙に強張った。
彼の脳裏に、強烈な違和感とデジャヴが走り抜けたのが分かった。自分が散々見下し、数日前にアビスの餌食として切り捨てたはずの「無能な斥候ライト」。そのライトが、絶体絶命の時にいつもやっていたあの不快な癖が、目の前の見知らぬ銀髪の美少女アサシンから、全く同じリズムで刻まれたのだ。
「な、なんだその目は……! おい、お前、何を企んでやがる……!」
ガルガの額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。スピリチュアルな恐怖というか、本能的な防衛本能が、彼に警鐘を鳴らしていた。彼はその恐怖を誤魔化すように、太い腕を伸ばし、私の黒いローブの肩を乱暴に掴もうとした。
その手が、私の身体に触れるよりも早く。
ガシィッ!!!
猛烈な肉体の衝突音が響き、ガルガの太い手首が、横から伸びてきた分厚い手のひらによって完全にロックされた。
割り込んだのは、背後に控えていたベオウルフだ。彼の唯一の眼が、ガルガの瞳の奥を、凍りつくような冷徹さで射抜いていた。
「おい、ガルガ。……俺の『サポーター』に、その汚い手を気安く伸ばすんじゃねえよ。それとも何か? Cランクの分際で、この俺に正面から喧嘩を売る度胸があるのか?」
「ひっ……! べ、ベオウルフ、さん……!?」
ガルガの顔から、一気に血の気が引いた。
Aランク冒険者の放つ、文字通り「空気を物理的に重くする」ほどの圧倒的な威圧感。その前には、Cランクの成金パーティなど、羽をもがれた虫も同然だった。ガルガの手首はみしみしと音を立て、彼は痛みに顔を歪めながら、一歩、また一歩と後退するしかなかった。
「そこまでにせよ。ギルドのホールで無体に武器を交えることは、何人たりとも許されん」
ホールの奥の重厚な扉が開き、厳格な威厳を纏った老人が姿を現した。
冒険者ギルド都市オラリオの本部ギルド長、ハンスだ。彼の登場により、騒がしかったホールは今度こそ完全に静まり返った。
ハンスは鋭い視線をベオウルフ、確信へと至る恐怖。そして私へと向けた。
「ベオウルフ。お前が新規登録のアイリスという新人を連れて、規約の穴を用いた特例でアラクネ・クイーンの依頼を受理したことは、上に報告が入っている。……だが、まさか数時間で戻ってくるとはな。討伐が完了したというのは、事実なのか?」
ギルド長の問いかけに、ホール中の冒険者たちが固唾を呑んで見守る。ガルガたち『烈火の牙』も、ベオウルフのプレッシャーから解放されつつも、忌々しげに私を睨みつけていた。
私はベオウルフの前に進み出ると、ギルド長ハンスに向き直った。
「ええ、ギルド長。これがその証拠です」
私は『深淵の聖衣』の内ポケットに手を入れ、そこから、ゴトッ、と「それ」を取り出し、カウンターの上へと転がした。
それは、一般的な魔物のものとは一線を画す、禍々しくも美しい紫色の輝きを放つ、特大の【女王の魔石】。
そして、その横に並べられたのは、変異種特有の、純白の神秘的な光を放つ【アラクネ・クイーンの極上糸】の分厚い束だった。
「――なっ!? これは……!」
ギルド長ハンスの目が、驚愕に限界まで見開かれた。
彼は慌てて懐から鑑定用のモノクル(片眼鏡)を取り出すと、震える手で魔石と糸に触れた。
「間違いない……! この魔力の密度、そして変異種特有の糸の硬度……。本物の、アラクネ・クイーンのドロップ品だ! 冗談だろう、Bランクの変異種を、たった数時間で……! ベオウルフ、お前が手を貸したのか!?」
ハンスの言葉に、ベオウルフはふんと鼻で笑い、首を横に振った。
「言ったはずだ、ギルド長。俺はただの『同行者(見届け人)』だ。規約上、サポーターの安全を確保するために後ろをついて行ったが……戦闘には、指一本、魔法一文字すら貸しちゃいねえよ。そこのお嬢ちゃんが、一人で(・・・)、最初から最後まで完璧に、あの化け物蜘蛛を暗殺したのさ」
「一人で……!? Fランクの、登録したばかりの、こんな少女が……!?」
ハンスの叫びのような言葉が、ギルド全体に信じられないほどの衝撃となって波及した。
「おい、マジかよ……! ベオウルフさんが嘘を吐くわけがねえ!」
「ソロでBランク変異種を討伐!? 怪物なんてレベルじゃねえぞ!」
周囲の冒険者たちから、地鳴りのような驚愕と賞賛の声が沸き起こる。その中で、ガルガたち『烈火の牙』の全員が、まるで幽霊でも見たかのように顔を真っ白にして硬直していた。
自分たちが実力を認められ、ようやく手に入れようとしていた名声。保留にして、いつか挑もうと誇らしげに語っていた高難度のターゲット。それを、自分たちが「無能」と呼んで切り捨てた斥候が死んだその日に、現れた謎の美少女によって、あっさりと、無傷で上書きされてしまったのだ。
私は、呆然と立ち尽くすガルガの横をゆっくりと通り過ぎた。
すれ違いざま、彼の身体がビクリと跳ねる。
私はフードの角度をわずかに変え、彼にだけ見えるように、その吸い込まれそうな翡翠色の瞳を覗かせた。そして、ライトだった頃の、あの少し低く、泥臭かったトーンを意識的に混ぜ合わせた声で、彼の耳元に、そっと冷たい吐息と共に囁いた。
「『戦死したライト』の取り分……せいぜい美味い酒に変えて、お仲間と浴びるように飲むといいわ、リーダー(・・・・)」
「あ、……あ、……っ!?」
ガルガの喉から、言葉にならない、掠れた悲鳴が漏れ出た。
確信へと変わる恐怖。目の前にいるこの圧倒的な美貌と実力を持つ『暗殺聖女』の正体が、自分が奈落の底へと突き落とし、確実に死んだはずの「あのライト」であるという、狂気じみた現実。
私は、恐怖と混乱で完全に精神が崩壊しかけているガルガの表情を、これ以上ないほどの「最高のご馳走」として胸の奥で味わいながら、ギルド長ハンスに促されるまま、優雅にギルド長室への階段を上っていった。
私の心の中で、男としての復讐劇の第一幕が完璧に終演し、女としての至高の愉悦が、激しく、そして甘美に鳴り響いていた。




