『迷宮の聖女は、元・不遇泥棒(スカウト)〜男を辞めて最強スキルで無双します〜』 一話目
「……って、おい。冗談だろ?」
昏い(くらい)石造りの空間に、戸惑った声が響いた。
声の主は、俺――いや、俺だったはずの「何か」だ。
俺の名はライト。これまでは、しがないDランク冒険者として生きてきた。
専門職は『スカウト(斥候)』。罠の解除や隠密行動、魔物の気配察知が得意な、いわゆる器用貧乏で不遇な役回りだ。
それがどうしてこんなことになっているのか、記憶を必死に手繰り寄せる。
そうだ。俺は格上のCランクパーティに『盾・罠解除役の奴隷』として安月給で雇われ、この【黒鉄の奈落】と呼ばれる未踏破エリアの深い階層へと連れてこられたのだ。
そして、あいつらは言った。
「悪いなライト、お前の役割はここまでだ。おとりになってくれ」
背中を蹴り飛ばされ、俺は開かずの扉の奥――ボス部屋へと突き落とされた。背後で無情に閉まる鉄の扉。目の前には、巨大なアビス・ガーディアンの影。
死を覚悟した。強烈な一撃が俺の身体を砕き、意識がブラックアウトした……はずだった。
「生きてる、よな? でも……」
俺はゆっくりと自分の手を目の前にかざした。
そこにあったのは、泥にまみれ、タコだらけだったはずの無骨な男の手ではなかった。
白く、透き通るような肌。細く、しなやかな指先。爪は健康的な桜色をしており、触れれば折れてしまいそうなほど華奢だ。
「な、なんだこれ……!? 声が、高い!?」
慌てて自分の喉に手を当てる。そこにあるはずの喉仏がない。
さらに視線を下に落とすと、そこには決定的な違和感があった。
これまでの人生で一度も見たことのない、なだらかな膨らみが二つ、ぼろぼろになった革鎧の隙間から主張していた。衣服がやけにブカブカで、胸元がスースーする。
「うそ、だろ……」
恐る恐る、股の間に手を伸ばす。
――ない。
いつもそこにあった、男としての誇りが、綺麗さっぱり消滅していた。
パニックになりかけた俺は、近くの水たまりに這いつくばり、そこに映る自分の顔を覗き込んだ。
「……だれ、これ」
水面に映っていたのは、夜空を溶かしたような神秘的な銀髪に、吸い込まれそうなほど鮮やかな翡翠色の瞳を持つ、信じられないほどの美少女だった。年齢は10代後半といったところか。儚げで、放っておけば消えてしまいそうな可憐さがある。
しかし、その身に纏う魔力の密度は、以前の俺とは比べ物にならないほど濃密だった。
【ピコン――個体名『ライト』の肉体再構成、およびクラスチェンジが完了しました】
脳内に直接、無機質な声が響く。頭の中に、本をめくるようにステータス画面が展開された。
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名前: ライト
性別: 女
クラス: 迷宮の聖女(ユニーク・神位)
レベル: 1
【ステータス】
• HP:1200 / 1200 (急上昇)
• MP:9999 / 9999 (限界突破)
• STR(筋力):15
• VIT(耐久):20
• AGI(敏捷):150
• INT(知力):850
• MND(精神):900
【固有スキル】
• 『天啓の癒やし(ヒール・アルティメット)』:あらゆる部位欠損、呪い、状態異常を完全に回復する。
• 『神聖魔導・極』:光属性・聖属性の魔法を極限の威力で行使する。
• 『迷宮の寵愛』:ダンジョン内の隠し通路、罠の完全可視化。魔物のヘイト制御。
• 『自動翻訳・鑑定』:すべての事象を瞬時に理解する。
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「め、迷宮の、聖女……!? 性別、女って、おい!」
画面に向かってツッコミを入れるが、もちろん返事はない。
どうやら俺は、アビス・ガーディアンに殺されかけた瞬間、ダンジョンの意志か何かに触れ、超希少な固有クラス『迷宮の聖女』へと転生――いや、TS(性転換)を伴う変異を遂げてしまったらしい。
「ステータスが狂ってる……。MPが4桁? AGIとINTの数値がおかしい。前の俺の、10倍以上あるぞ」
だが、驚いている暇はなかった。
ズシン、と空間が揺れる。
「グルルルルル……」
部屋の奥から、禍々しい気配が近づいてくる。
立ち上がったのは、身の丈5メートルはあろうかという、漆黒の鎧を纏った巨人――アビス・ガーディアン。俺をこの部屋に閉じ込め、死の淵へと追いやった元凶だ。
以前の俺なら、その威圧感だけで腰を抜かして動けなくなっていただろう。
しかし、今の俺は違った。
恐怖よりも先に、頭が冴え渡っている。身体が驚くほど軽い。
「お前が、俺を……いや、私を殺しかけた張本人か」
自分の口から出た「私」という一人称に強烈な違和感を覚えつつも、俺は迫りくる巨体を見据えた。
アビス・ガーディアンが、その巨大な大剣を振り上げる。空気を切り裂く轟音が響き、一瞬で俺の頭上へと刃が迫る。
(速い! でも――見える!)
かつての俺なら視認すらできなかった速度。それが、今の俺の目には、まるでスローモーションのようにハッキリと見えた。
ト、と軽く地面を蹴る。
「えっ!?」
予想以上の身体の軽さに、自分自身で驚いた。まるで重力がなくなったかのように、身体が宙を舞い、大剣の軌道から軽々と退避していた。AGI:150の恩恵だ。
ドガァァァン!!
大剣が地面を砕き、激しい土煙が舞う。
着地した俺の足元は、スカートのようになったボロ布がフワリと揺れ、太ももに冷たい空気が触れた。
「うわ、なんかスースーして落ち着かない!」
戦闘中だというのに、女の子の身体の構造に意識がいってしまい、顔が熱くなる。だが、敵は待ってくれない。アビス・ガーディアンは標行を修正し、再び大剣を横薙ぎに振るってきた。
「くそっ、戦い方はよくわからないけど……これならどうだ!」
俺は本能の赴くままに、右手を前に突き出した。
頭の中に、自然と魔法の構築式が浮かび上がる。かつて魔法なんて一文字も使えなかった俺の脳に、『神聖魔導』の知識が奔流のように流れ込んでくる。
「受け止めろ……『聖光破』!」
突き出した手のひらから、目が潰れるほどの純白の光が放たれた。
それはただの光ではない。超高密度の聖属性魔力が、レーザーのように収束された破壊の光だ。
ズガガガガガギィィィン!!!
「ギャァァァァーーーッ!?」
アビス・ガーディアンが、生まれて初めて上げるような悲鳴を轟かせた。
漆黒の強固な鎧が、光の奔流に触れた瞬間から消し炭のように崩壊していく。聖属性の極大魔法は、深淵の魔物にとって最悪の特効薬だった。
光の柱はアビス・ガーディアンの巨体を完全に飲み込み、そのまま背後の頑丈な石壁をも消し飛ばして、さらに奥へと突き抜けていった。
やがて光が収まると、そこには何も残っていなかった。
ボスがドロップした、紫色の輝きを放つ【深淵の魔石】だけが、ぽつんと地面に転がっている。
「……は? 一撃?」
俺は呆然と自分の手を見た。
一応、この【黒鉄の奈落】の階層ボスだぞ? Cランクパーティが5人がかりで、死に物狂いで戦ってようやく勝てるかどうかの化け物だ。それを、覚えたての魔法一つで、跡形もなく消し去ってしまった。
「これが……私の、力……」
また自然と「私」と言ってしまった。どうやら、身体が女になったことで、精神の深い部分も徐々に引っ張られているらしい。
ふと、胸元に手を当ててみる。ドクドクと高鳴る鼓動。男の時よりも少し高い位置にある、柔らかい膨らみの感触。
(……柔らかい。いや、自分の身体で興奮してどうする!)
一人で赤面しながら頭を振る。
とにかく、これで生き延びた。それどころか、信じられないほどの力を手に入れてしまった。
俺を裏切り、ここに突き落としたあのパーティ――『烈火の牙』の連中。あいつらは今頃、俺がおとりになっている間に、上層へと逃げ帰っているはずだ。
ギルドに戻れば、「ライトは不運にも魔物に食われた」とでも報告するのだろう。
「待ってろよ、お前ら……。この身体にされた恨みも含めて、きっちりお返ししてやる」
ニヤリ、と笑みを浮かべる。水面に映ったその表情は、ゾクッとするほど妖艶で美しい、悪役令嬢のような美少女の顔だった。
【ピコン――ボス個体撃破により、レベルが上昇しました。レベル1→15】
【スキル『聖域作成』を習得しました】
「よし、まずはこの身体に慣れるのが先決だな。服もなんとかしなきゃいけないし……」
俺は、いや、私は、ドロップした魔石を拾い上げると、光が穿った壁の向こう――さらに深く、誰も到達したことのないダンジョンの最深部へと、第一歩を踏み出した。
この身体が、これから私をどんな運命に導くのか。不安と、それ以上の高揚感を胸に抱きながら。




