3.5話目
Aランク探索者チーム【夜天の牙】の襲撃を、新人のアルラウネ・ドールことロゼの活躍で退けてから数週間。
カナタの運営する『万魔の調技場チャンネル』の勢いは、もはや誰にも止められない領域に達していた。
「――はい、というわけで皆さんこんばんは! カナタです。今日の配信は、前回の防衛戦で手に入れた莫大なダンジョンポイント(DP)を使って、ついに我がダンジョン【奈落の底】を大幅に拡張・改装しましたので、そのお披露目からスタートです!」
カナタがカメラに向かって快活に笑いかける。画面の向こう、コメント欄は配信開始直後から凄まじい速度で流れていた。
現在のチャンネル登録者数は60万人を突破。同接数はアベレージで5万人を超える、押しも押されもせぬ大人気チャンネルだ。
『きたあああああ! 待ってたぞ魔王!』
『ロゼちゃん目当てで来ました! 今日も罵倒してください!』
『ポチとハヤテのコンビも大好き。てかダンジョンどう変わったの?』
『前回のスパチャ額えぐかったもんなぁ。DP換算したら国一つ買えそう』
『有識者だけど、F級ダンジョンがここまでポイント保有するの歴史上初だと思うぞww』
「ふふん、リスナーの皆さん、驚くのはまだ早いですわよ!」
画面外から飛び出してきたのは、すっかり配信の敏腕アシスタントとして定着した妖精型のナビゲーター、ルリだ。彼女がパチンと指を鳴らすと、カメラの映像が広大な新エリアを映し出した。
そこは、これまでのカビ臭い地下室とは一変していた。直径五十メートルを超える巨大な円形闘技場。周囲には大理石で作られた立派な「観客席」が備え付けられており、天井からは魔法の光を放つシャンデリアが吊るされている。
「題して、『万魔のバトルスタジアム』です。これからは、よりエンタメ性に特化したモンスターバトルをお届けします。そして、今日の本番はここから。ポイントを使って、ポチとハヤテ、そしてロゼの3匹を同時に『中間トーナメント』で競わせ、さらなる上位進化を狙います!」
『マ!? 仲間同士で戦わせるのか!?』
『うおおお、内輪揉めバトル激熱すぎる!!』
『ポチ(ヘビィ・アイアンスライム)vs ハヤテ(シャドウ・シルバーウルフ)vs ロゼ(アルラウネ・ドール)か』
『属性相性的には、植物のロゼが水・土を含むスライムに強くて、ハヤテのスピードがロゼを切り裂く感じ?』
『ガチの検証班がマッハで相性表作ってて草』
「プルルン!」
「ワオォン!」
「ふん、手加減なんてしてあげないんだからね」
スタジアムの中央に、3匹の看板モンスターが集結する。ポチは軽自動車サイズの鈍い黒曜石のような体躯を震わせ、ハヤテは影を纏った銀の毛並みを逆立て、ロゼは茨の鞭を周囲に這わせながら不敵に笑っている。
【それでは、万魔の調教盤限定ルール! 『三つ巴の進化ロワイヤル戦』……レディー、ファイッ!!】
ルリの緊迫感あるコールと共に、3匹が同時に動いた。
先手を打ったのは、最年少にして搦め手の天才、ロゼだ。
「まとめて私のお庭の肥やしになりなさい! 【狂乱の毒香】!」
ロゼの薔薇の角から、五感を狂わせる紫色の胞子がスタジアム全体に爆発的に拡散する。前回の防衛戦でAランク探索者をハメ殺した極悪なトラップスキルだ。
『開幕ロゼちゃんの毒ハメきたあああ!』
『これまともに食らったらポチもハヤテも同士討ちするぞ!』
「プルルルルッ!」
ポチの巨大な軟体が変形し、中心部に巨大な「渦」を作り出した。スタジアム中の空気が凄まじい勢いでポチの体内へと吸い込まれていく。ロゼが放った毒胞子は、ハヤテに届く前にすべてポチの強酸の体内に吸引され、中和・無効化されてしまった。
『ゲェーッ!? 毒が吸い込まれた!?』
『ポチ、いつの間にそんなダイソンみたいなスキル覚えたんだよww』
『ロゼちゃんの嫌がらせを完全無効化するポチ有能』
「チッ、使えないスライムね! じゃあ、これはどう!?」
ロゼが怒って地面を叩くと、ポチの足元から【アイアン・スキン】を付与された鋼鉄の蔦が死神の鎌のように飛び出し、ポチの巨体をがんじがらめに縛り上げた。
毒が消えた一瞬の隙を突き、ハヤテが光の速さでロゼの影へと潜り込んだ。固有スキル【影潜み】だ。ロゼの真後ろの影から、銀色の死神が牙を剥いて飛び出す。
「しまっ……!?」
「ガルルッ!」
ハヤテの鋭い牙が、ロゼの身代わりとなった植物の盾を粉砕する。ロゼは悲鳴を上げて後方へと大きく吹っ飛んだ。
『ハヤテ速ええええええ!!』
『影から奇襲とか、暗殺特化すぎるだろハヤテウルフ』
『ロゼちゃん大ピンチ! 誰か俺の胸に飛び込んできて!』
『↑そのまま食肉植物の餌にされろww』
だが、ロゼもただでは起きない。吹き飛ばされながらも、指先をパチンと鳴らす。
「ただで転ぶわけないでしょ! 【茨の呪縛】!」
ハヤテが着地した瞬間、その足元の影から、今度はハヤテ自身の影が実体化した「影の茨」が伸び、ハヤテの動きを完全に封じたのだ。ハヤテのスキルを逆手に取ったカウンターだ。
これで、ポチは蔦に縛られ、ハヤテは影の茨に拘束され、ロゼはダメージを負って満身創痍。スタジアムは、完全に膠着状態に陥った。
『うわ、全員が全員の足を引っ張り合ってる!』
『これが三つ巴の醍醐味か。誰が抜け出すんだこれ?』
カメラは、キャットウォークの上で不敵に微笑むカナタを映し出した。
「皆さん、これが僕の狙い(コンビネーション)です。……3匹とも、今だよ。調教盤の共有リンクを起動。お互いの魔力を、反転させて融合させろ!」
――告知:固有スキル【万魔の調教盤】の隠し機能『魔力共鳴』が発動します
――――ポチ、ハヤテ、ロゼの3個体が同時に『限界突破』の条件を満たしました
「えっ!?」
とロゼが目を見開く。ハヤテが、そしてポチが、お互いを縛り合っていたはずの蔦や影の魔力を、拒絶するのではなく、むしろ自らの体内へと「あえて受け入れ、吸収」し始めたのだ。
これは戦いでありながら、お互いの弱点を補い合い、さらなる高みへ登るための『試練の儀式』だった。
ポチの黒曜石の体が、ハヤテの影の魔力とロゼの植物の生命力を吸って、怪しく明滅する。
ハヤテの銀色の毛並みが、ポチの鋼鉄の硬度とロゼの毒の魔力を宿して、パキパキと音を立てる。
ロゼの薔薇の翼が、ポチの質量とハヤテの隠密性を得て、より大きく、妖艶に開花していく。
スタジアム全体が、見たこともない漆黒と黄金の光の奔流に包まれた。
『おいおいおいおいマジかよ!!!』
『進化エフェクトが3匹同時に起きてる!!』
『画面が光りすぎて何も見えねえええ!!』
『共食いじゃなくて、お互いの力を高め合う進化かよ! カナタ、お前どこまで天才なんだ!?』
光が弾け飛んだ。スタジアムの中央に現れたのは、これまでの姿を遥かに凌駕する、圧倒的な威厳を持った3匹の新たな姿だった。
ポチは、ただの硬いスライムではない。体内にドロドロとした暗黒物質を湛え、周囲の光すらも歪めて吸収する、B+ランクの個体――【ダーク・アイアン・フルイド】へと進化。
ハヤテは、影の翼を背中に生やし、一歩動くだけで周囲に黒い残像を残す、B+ランクの神獣の雛形――【シャドウ・ストームウルフ】へと進化。
ロゼは、幼女の姿から少し成長した少女の姿となり、背中の食肉植物が美しい「黒薔薇の大鎌」へと変形した、B+ランクの王族種――【エクス・アルラウネ】へと進化。
3匹の放つ凄まじい魔力の波動に、スタジアムの石造りの壁がビリビリと震える。カメラの向こうのリスナーたちは、完全に圧倒され、コメント欄が一瞬だけ静まり返った。そして、次の瞬間。
『うおおおおおおおおおおお!!!!!』
『かっこよすぎるだろぉぉぉぉ!!!』
『ロゼちゃんがちょっと成長して美少女になってる!!最高!!』
『ポチの禍々しさヤバい、これもうフルイド系の上位種じゃん』
『ハヤテに羽が生えた!? 狼に羽とか厨二病の理想郷かよ最高かよ』
『チャンネル登録した!! 投げ銭10万円いくぞオラァッ!!』
凄まじい弾幕と、画面が見えなくなるほどのスパチャ(投げ銭)の嵐が再来した。同接数は驚異の15万人を突破。日本のトレンドワード1位に「#万魔の同時進化」が躍り出た。
進化を遂げた3匹は、お互いの顔を見合わせると、どこか満足そうにフンと鼻を鳴らし、カナタの元へと歩み寄ってきた。
「みんな、最高の進化だ。お疲れ様」
カナタがしゃがみ込み、ポチの弾力のある体を撫で、ハヤテの柔らかい羽に触れ、少し照れくさそうにしているロゼの頭をポンポンと叩く。
「ふ、ふん。今回は引き分けってことにしてあげるわ。でも、次は負けないんだからね!」
ロゼが頬を染めながら大鎌を消し、ツンとした態度を取る。その様子に、リスナーたちは「可愛い」「ご褒美です」と大歓喜だ。
【マスター! 今回の同時進化配信で、チャンネルの総収益が過去最高をさらに更新しましたわ! これで次の『第3階層:防衛エリア』の建築も、より凶悪なギミックを満載にできますわね!】
ルリがタブレットの数字を見て、悪い顔をしながら笑う。カナタはカメラの前に立ち、世界中の視聴者に向けて力強く宣言した。
「皆さん、今日もご視聴ありがとうございました! 我がダンジョンのモンスターたちは、こうして日々、限界を超えて強くなっていきます。次は、この進化した3匹の圧倒的な力を見せる、新たな『高ランク探索者への挑戦状配信』を予定しています。……絶対に見逃さないでくださいね!」
カナタの不敵なウィンクと共に、配信は「最高だった」「次回も絶対見る」という熱狂的なコメントの嵐に包まれながら、大盛況のうちに終了した。
チャンネルの急成長、そして看板モンスターたちの中間進化。世界最強のエンタメ魔王への階段を、カナタと仲間たちは確実に、そして圧倒的な速度で駆け上がっていくのだった。




