四話目
悪徳Aランク探索者チーム【夜天の牙】を完封したあの伝説の防衛戦から、数ヶ月。
カナタ・エルフレアを取り巻く環境は、天と地がひっくり返るほどの激変を遂げていた。
乗っ取りを企んだプレアデス事務所は悪事が白日の下に晒されて失脚。逆にカナタのダンジョン『奈落の底』は、国やギルドから正式に「世界初の観客席付き・モンスターバトルスタジアム」としての公認を受けたのだ。
かつて街外れの廃墟だった場所には、今や巨大なドーム型の競技場が建設されている。そこへ世界中から集まるのは、最前線のトップ探索者、国家元首、そして一目そのバトルを見ようと数倍の倍率のチケットを勝ち取った大富豪たち。
そして、カナタの配信チャンネルの登録者数は、驚異の1000万人を突破していた。
「――さあ、お待たせしました! 本日は記念すべき、チャンネル登録者数一千万人突破記念、そして我がダンジョンの“頂上決戦”を生配信いたします!」
カナタが超満員のスタジアムの中央、かつての地下室とは比べ物にならないほど巨大化した『万魔の神闘技場』のキャットウォークから声を張り上げる。
地鳴りのような大歓声がドームを揺らし、宙に浮く無数のカメラの向こうでは、配信の同接数が開始直後から300万人という前人未未濤の領域に達していた。
『きたあああああああああああ!!!』
『登録者1000万人おめでとうカナタ!!』
『ついにこの日が来たか……!』
『今日の対戦カード、マジで頭おかしくて最高(褒め言葉)』
『世界トップのSランク探索者が挑戦者だろ? 激熱すぎる!!』
コメント欄は超高速の弾幕と化し、お祝いのスパチャが滝のように画面を埋め尽くしていく。
カナタの隣では、すっかり一流のプロデューサー風の衣装に身を包んだルリが、満足げにふんぞり返っていた。
【ふふん、世界一の配信チャンネルの誕生ですわね、マスター! さあ、本日のメインディッシュ、世界最強の挑戦者をお呼びしましょう!】
ルリのコールと共に、対面のゲートが開く。現れたのは、世界に数人しかいないSランク探索者の一人、激震の拳を持つと言われる世界最高峰の戦士・オリヴァーだった。
彼は不敵に笑いながら、カナタを見上げる。
「カナタ殿、お前の配信をいつも見ているぞ。モンスターをただの害獣ではなく、魂を持った戦士として育てるその手腕、見事だ。今日は我が全力を以て、お前の『最高傑作』たちに挑ませてもらう!」
「ありがとうございます、オリヴァーさん。手加減は無用です。……なぜなら、僕の相棒たちは今日、この日のために、さらなる限界を超えてきたのですから」
カナタがニヤリと笑い、【万魔の調教盤】の全リミッターを解除した。ボードに蓄積された莫大なダンジョンポイントと、これまでの死闘の全経験値が、三つのアイコンへと一気に注入される。
――警告:固有スキル【万魔の調教盤】の最終権限が開放されます
――――指定個体の『最終進化』を開始します
――闘技場が、まばゆい黄金の光に包まれた。光の奔流の中から、かつて最弱と言われた彼らの、神話の領域へと至った姿が次々と現れる。
一番手として前に出たのは、漆黒のドロドロだったはずの、あのスライム。現在の姿は、天を衝くほどの巨体を持つ、美しく透き通った宇宙のような藍色の結晶体。
体内には星々のような魔力が渦巻いている。
――個体名『ポチ』:最終進化
――【捕食神・コスモ・スライム】。
二番手として、ポチの影から滑り出すように現れたのは、銀の狼。その姿は、周囲の空間すらも漆黒の影へと歪める、気高き神獣。
その背には影で形成された漆黒の翼が羽ばたいている。
――個体名『ハヤテ』:最終進化
――【終焉の神狼・フェンリルシャドウ】。
そして最後、スタジアムの天蓋へと届く巨大な黄金の薔薇の玉座から、優雅に見下ろす少女。
頭上には新緑の王冠、背中には世界樹の枝を思わせる無数の茨の鞭が、神聖なオーラを放ちながらうねっている。
――個体名『ロゼ』:最終進化
――【世界樹の女帝・イグドラシル・クィーン】。
三匹の放つ圧倒的な神威に、スタジアムの観客は息を呑み、総立ちとなった。
『え……これ、本当にあのスライムとウルフと植物なの……?』
『神話の顕現じゃん……』
『かっこよすぎて涙出てきた』
『最弱のFランクからここまで育てたとか、カナタはマジで神の調教師だろ』
『Sランクのオリヴァーが小さく見えるレベルの威圧感なんだがwww』
配信のタイムラインが恐怖と興奮で思考停止する中、Sランク戦士・オリヴァーは、むしろ歓喜に顔を歪めた。
「素晴らしい……! これぞ私が求めていた、極限の戦いだ! いくぞぉぉぉっ!!」
オリヴァーが地面を爆砕しながら跳躍し、山をも穿つ金色の拳を突き出す。
「ポチ、防壁展開! 宇宙の理を見せてやれ!」
カナタの指示。
「プルルルッ!」
コスモ・スライムとなったポチの体が波打ち、その表面に『極小のブラックホール』を展開。オリヴァーの放ったSランク級の衝撃波を、一粒残さず歪めて飲み込んでしまった。
「なにっ!? 衝撃そのものを喰うというのか!」
驚愕するオリヴァー。
「ハヤテ、影の神速で攪乱しろ! ロゼ、世界樹の檻で退路を断て!」
「ワオォォォォン!!」
ハヤテが咆哮すると、闘技場全体の『影』が爆発的に広がり、オリヴァーの視界を完全な闇で覆い尽くした。目にも留まらぬ速度で、四方八方から影の爪撃がオリヴァーの鎧を切り裂いていく。
「ふふん、そこでおとなしくしてなさい、人間の分際で!」
ロゼが指先を優雅に振るうと、地面から黄金の茨がせり上がり、オリヴァーの四肢を完璧にロックした。神の硬度を持つ茨は、Sランクの怪力をもってしてもビクともしない。
「くっ……なんという、完璧な連携……! だが、まだだぁぁっ!!」
オリヴァーが命を燃やし、全身から限界以上の闘気を放って茨を吹き飛ばそうとする。
「――これで終わりです。みんな、最大火力の合同奥義だ!」
カナタの掲げた手が、チェスのチェックメイトのように振り下ろされる。ポチが宇宙の魔力を集めて巨大なエネルギー弾を形成し、そこへハヤテが終焉の影の力を纏わせ、さらにロゼの世界樹の魔力がそれを極大レーザーへと変貌させる。
三位一体の神殺しの一撃――【万魔・創世の咆哮】。
ドォォォォォォォォォン!!!!!
スタジアムの強力な結界すらも軋ませる、眩い光の柱が闘技場の中央を貫いた。光が収まったとき、そこには、武装をすべて破壊され、大の字になって清々しい顔で失神しているオリヴァーの姿があった。
完全なる、世界最高峰(Sランク)への勝利。一瞬の静寂の後、スタジアムから割れんばかりの、地響きのような大歓声が巻き起こった。
「勝者――我がダンジョンの最強の家族たち!!」
カナタが叫ぶと、ポチは嬉しそうに元のバレーボールサイズのスライム(ただし藍色の星空模様)に戻ってカナタの胸に飛び込み、ハヤテは大きな頭をカナタの肩に預け、ロゼは「べ、別にこれくらい当然なんだからね!」と言いながらも、カナタの袖をきゅっと掴んだ。
画面の向こう、コメント欄は文字通り『お祝いの弾幕』で埋め尽くされ、文字が読めないほどの光の速さで流れていく。
『うおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
『世界最強(Sランク)に完全勝利キタアアアアア!!』
『まじで神配信、いや伝説の配信だわこれ』
『最弱から始まった物語の最高の結末じゃん……泣いた』
『カナタ! お前が世界の【魔王】だ!!』
『一生ついていきます!!!』
投げ銭の総額は、一晩で数億円というレベルに達していた。ルリが涙目でタブレットを抱きしめる。
【マスター……や、やりましたわ……! 私たちのダンジョンが、本当に世界一になりましたわ……!】
「ああ、ありがとうルリ。みんなのおかげだ」
カナタは集まった超満員の観客、そしてカメラの向こうにいる1000万人以上の視聴者に向けて、最高の笑みを浮かべて語りかけた。
「皆さん、最高の応援をありがとうございました! 僕たちの育成バトル配信は、ここで一度区切りとなります。……ですが、僕たちのダンジョン管理は、まだまだ終わりません。次はどんな面白いバトルを作ろうか、今からワクワクしています」
カナタは看板モンスターたちを優しく撫でながら、不敵にカメラを指差した。
「さあ――次の配信でも、僕たちと一緒に、最高のバトルを楽しもう!」
画面には、最高潮の盛り上がりを示す【CHANNEL FINISHED】の文字と、世界中のリスナーからの鳴り止まない「ありがとう」の弾幕。
無能と蔑まれた少年が、モンスターたちと共に駆け上がった、世界最強のエンタメ魔王の伝説。
その第一章は、今ここに、最高の喝采と共に幕を閉じるのだった。




