三話目
チャンネル登録者数はついに30万人を突破。カナタの運営する『万魔の調技場チャンネル』は、もはや一過性のブームではなく、配信界の一大勢力となっていた。
だが、急激に膨れ上がった富と名声は、当然のように貪欲なハイエナたちを引き寄せる。
「――おいおい、これが噂の『ゴミ箱ダンジョン』かよ。思ったより魔素が濃いじゃねえか」
重々しい足音と共に、カナタのダンジョン『奈落の底』の第一階層に現れたのは、数人の探索者たちだった。
彼らの胸元に輝くのは、最高峰の証であるAランクのギルドバッジ。大手配信事務所『プレアデス』に所属するスター探索者チーム、【夜天の牙】。そのリーダーである重戦士・ガイルだった。
彼らは「違法なモンスター育成・虐待の疑いがある」という、全くの言いがかりをでっち上げ、ギルドの強制立ち入り権限を盾に、カナタのダンジョンを力ずくで占拠――事実上の『乗っ取り』を仕掛けてきたのだ。
「カナタとか言ったか? 貴様のような底辺配信者に、この優良ダンジョンを管理する資格はない。今すぐ管理権を我が事務所に譲渡しろ。拒むなら……ここにいるモンスターごと、お前を『不慮の事故』として処理するだけだ」
ガイルは下卑た笑みを浮かべ、巨大な大斧を地面に叩きつけた。彼らの背後には、彼らの息がかかった配信カメラが浮遊しており、【夜天の牙】の視点でも生配信が始まっている。
ネット上はすでに大炎上していた。だが、カナタは一切動じず、自身の配信カメラを起動した。
「皆さん、こんばんは。……ご覧の通り、悪質なAランク探索者による、我がダンジョンの不当な襲撃が始まりました。ですので、本日予定していた配信内容を変更します」カナタは静かに、しかし冷徹な声でカメラを見つめた。
「【緊急生配信:Aランク探索者チーム vs 我が家のモンスター。どっちが強いか分からせてみた】。……ルールは簡単、ダンジョン防衛戦です。僕の仲間たちを突破できたら、管理権でも何でもくれてやるよ」
『うおおおおおおおおお!! マジで始まった!!』
『夜天の牙じゃん! ガチのトップランカーだぞ!?』
『カナタ、さすがに相手がプロのAランクじゃポチたちでもヤバいだろ!』
『プレアデス事務所のやり方汚すぎる。カナタ負けるな!』
『でも戦力差がありすぎる。詰んだろこれ……』
コメント欄が一瞬で数万件の書き込みで埋まる。同接数は開始1分で8万人を突破した。
ガイルは鼻で笑った。
「ハッ! Dランク止まりのスライムとウルフで、俺たちAランクに勝てるわけねぇだろ! 蹂躙してやるよ!」
【マスター、奴ら完全に調子に乗っていますわね! ですが、ちょうど良かったですわ。先ほど改装した第二階層『忌み子の庭』に配置した“例の新人”の、絶好のお披露目舞台になりますわ!】
ルリがタブレットを叩きながら、凶悪な笑みを浮かべる。
「ああ。……第一階層はあえて突破させる。本番は、第二階層だ。いくぞ、三人目の仲間の初陣だ!」
◇ガイルたちは鼻歌交じりで第一階層の罠を破壊し、ポチやハヤテの幻影を退けて、意気揚々と第二階層へと足を踏み入れた。そこは、先ほどまでの荒涼とした岩肌とは一転し、妖しく光る巨大なキノコや、美しいが毒々しい茨が咲き乱れる「地下庭園」だった。
「チッ、気味の悪いフロアだな。おい、中央に何かいるぞ」
ガイルの部下が指差した先。庭園の中央に据えられた豪奢な玉座に、それはちょこんと座っていた。
見た目は、十歳ほどの可愛らしい人間の幼女。しかし、頭部からは薔薇の棘のような角が生え、その背中には巨大な食肉植物の茎が、まるで数本の蛇のようにうねっている。
植物系の固有変異種、Cランクモンスター――【アルラウネ・ドール】。カナタが名付けた名前は、「ロゼ」。
ロゼは小さな足をぶらつかせながら、侵入者である【夜天の牙】を、ゴミを見るかのような冷たい瞳で見下ろした。
「ふん……マスターが言うから待っててあげたけど。こんなむさ苦しい人間たちが、私のおやつなの? 期待外れもいいところね」
『かわえええええええええ!!!』
『新モンスター!? 幼女系植物モンスターだと!?』
『ちょっと待って、声がドS可愛すぎて昇天しそう』
『ロゼちゃん! 俺を喰ってくれ!!』
『いや、可愛いけどCランクだぞ? Aランク相手に保つのか?』
コメント欄がロゼのビジュアルに大熱狂する中、ガイルは不快そうに顔を歪めた。
「ガキが、生意気な口を! 魔法職、一撃で焼き払え!」
【夜天の牙】の魔導士が杖を掲げ、上級火炎魔法【プロミネンス・ランス】を詠唱する。超高温の炎の槍が、ロゼの華奢な体を蒸発させんと放たれた。
「ロゼ、反撃開始だ。スキル【千紫万紅】、発動!」
遠隔で見守るカナタの指示が飛ぶ。
「言われなくても分かってるわよ、バカマスター!」
ロゼがふん、と鼻を鳴らして指先を鳴らす。直後、庭園の地面から、無数の巨大な「蔦」が防壁となってせり上がった。ただの植物ではない。カナタの調教盤で強化され、ポチの【アイアン・スキン】の特性を一部融合させた、鋼鉄の硬度を持つ魔導蔦だ。
ズガァァァン!! と激しい爆発が起きるが、炎が晴れた後、ロゼは傷一つなく、玉座の上で優雅に足を組み替えていた。
『防いだ!? 上級魔法を無傷で!?』
『あの蔦、金属の光沢があるぞ! ポチのスキルか!?』
『ロゼちゃん、可愛い顔して防御力バケモノじゃん!』
「次は、こちらの番ね。……お姉さんたち、いい匂いがするわ。私のお庭の肥やしになって?」
ロゼが妖しく微笑むと、庭園中に咲き乱れる花々から、目に見えない微細な胞子が大量に撒き散らされた。固有結界スキル――【狂乱の毒香】。
「くっ、何だこれは!? 体が、動か……」
前衛の重戦士たちが、突然顔を真っ赤にして苦しみ始めた。この胞子は、吸い込んだ者の五感を狂わせ、味方同士を敵と誤認させる強力な精神汚染毒。さらに、体の自由を奪う「麻痺」の複合トラップだ。
「おい! 何をしている、前へ出ろ!」
ガイルが怒鳴るが、部下の剣士は目が血走り、突然ガイルに向けて剣を振り下ろした。
「死ねぇぇ! 魔王め!!」
「なっ、貴様狂ったか!?」
【夜天の牙】の陣形が、一瞬にして内側から崩壊していく。
『うわああああああエグいいいいいい!!』
『精神攻撃のトラップ系かよ!!』
『さっきまで可愛いって言ってたリスナー息してる?ww』
『見た目は天使、中身はガチの悪魔(植物)だこれ!!』
『味方同士で殺し合い始めてて草。分からせ(物理)が始まっとる』
「ロゼ、トドメだ。ハヤテのスキルを貸与する。……【影潜みの捕食顎】!」
カナタの【万魔の調教盤】のボード上で、ハヤテのアイコンからロゼのアイコンへとスキルラインが結ばれる。
「ふふ、お兄さんの影、いただき」
ロゼの背後にある食肉植物の顎が、地面の「影」へと潜り込んだ。直後、錯乱する探索者たちの足元の影から、巨大な植物の牙がバクリ!と飛び出した。
「ぎゃああああああっ!?」
足を噛み砕かれ、次々と拘束されていく【夜天の牙】のメンバーたち。残されたのは、毒への耐性装備を持っていたリーダーのガイル一人だけとなった。
部下たちはすでに身動きが取れず、ロゼの蔦に吊るし上げられている。
「化け物め……! 俺はAランクの、ガイルさまだぞぉぉ!」
プライドをへし折られたガイルが、狂ったように大斧を振り回してロゼに突撃する。だが、その背後の影から、漆黒の狼――ハヤテが音もなく出現し、その牙で大斧の柄を噛み砕いた。さらに正面からは、軽自動車サイズの黒曜石スライム――ポチがずんっと立ちはだかり、ガイルの体を体当たり一撃で壁まで吹き飛ばした。
ドゴォォォン!!!壁にめり込み、白目を剥いて失神するガイル。完璧な、圧倒的な、ぐうの音も出ないほどの完勝だった。
――告知:ダンジョン防衛に成功しました
――――防衛報酬:莫大なダンジョンポイントを獲得
――――ロゼの個体ランクが『C』から『B』へ上昇。限界突破進化します
――ロゼの背中の植物が、さらに禍々しく、しかし美しく巨大な薔薇の翼へと進化していく。
画面の同接数は、なんと驚異の40万人を記録していた。コメント欄は、文字通り画面が見えなくなるほどの弾幕状態だ。
『うおおおおおおお!! Aランクを完封したぞおおお!!』
『ポチ、ハヤテ、ロゼの連携神すぎる!!』
『悪徳探索者ざまぁぁぁぁwwww』
『これもう世界最強のダンジョンだろwww』
『ロゼちゃんの「バカマスター」呼び、ご褒美ですありがとうございました』
ロゼは進化した自身の体を確認すると、画面に向かってツンとそっぽを向いた。
「ふ、ふん、マスターの指示がちょっとだけ的確だったから、勝たせてあげただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
【まぁ! テンプレなツンデレ植物ですわね! でもリスナーには大ウケですわ、マスター!】
ルリが画面のスパチャ額(一瞬で数百万円規模)を見て目を¥マークにしている。カナタはカメラの前に立ち、気絶したガイルたちを見下ろしながら、世界中の視聴者に向けて告げた。
「ご覧の通り、我がダンジョン【奈落の底】は、いかなる侵略者も歓迎します。……もし、僕の可愛いモンスターたちに挑戦したい命知らずな探索者がいれば、いつでもどうぞ。次の配信で、最高のエンターテインメントをお見せしましょう」
カナタの不敵な微笑みと共に、配信は割れんばかりの拍手のコメント(弾幕)に包まれながら幕を閉じた。
底辺配信者だった少年は、今や世界を震撼させる「エンタメ魔王」としての第一歩を、完全に踏み出したのだった。




