無能判定された底辺配信者、最弱ダンジョンを継承して魔王になる〜モンスター育成バトルを配信したら、世界最高の神ダンジョンに育ちました〜 一話目
世界に「ダンジョン」が突如として出現し、それを攻略する「探索者」と、彼らの冒険を映し出す「ダンジョン配信」が一大エンターテインメントとなってから数十年。
現代において、配信の同接数(同時視聴者数)やチャンネル登録者数は、そのまま個人の権力や富に直結していた。
そんな狂乱の時代の中、カナタ・エルフレアは完全に路頭に迷っていた。
「……はぁ。やっぱり、僕には才能がなかったのかな」
薄暗いカビ臭い小部屋で、カナタは自身のステータスプレートを見つめて深い溜息をついた。探索者ランクは最低のE。配信者としても登録者3桁のド底辺。これといった戦闘スキルもなく、配信ではいつもコブリン1匹に苦戦しては、コメント欄で「見ていてイライラする」「引退しろ」と叩かれる日々。
そんな彼に追い打ちをかけるように、先ほど探索者ギルドから「素質なし」として、半ば押し付けられる形で『運営放棄された最弱のF級固定ダンジョン』の管理権が格安で回ってきたのだ。
場所は街外れの寂れた廃墟の地下。魔素は枯渇しかけており、発生するのは最弱のゴミモンスターばかり。ダンジョンマスターとして黒字を出せなければ、毎月の維持費で即座に破産。まさに人生の崖っぷち、文字通りのどん底だった。
【マスター、何を落ち込んでいるのですか? 景気の悪い顔ですね! せっかく私がついてあげているというのに!】
空中から不意にポップアップしたのは、ダンジョン管理システムが擬人化したナビゲーターのルリだ。手のひらサイズの妖精のような姿をした彼女は、半透明の羽をパタパタと輝かせながら、腰に手を当ててカナタをジト目で見つめている。見た目は愛らしいが、その口調は少々辛口だ。
「ルリ……。だって、このダンジョン、初期配置できるポイントで呼べるのが『ボロ・スライム』だけなんだよ? 冒険者が一人迷い込んできただけでも一瞬で踏破されて終わりだよ。どうやって配信で稼げって言うんだ」
【ふふん、普通のマスターならそうでしょうね。ですが、あなたにはコレがあるのを忘れたのですか? 私がわざわざあなたの魂の底から引きずり出してあげた、特別な力が!】
ルリが小さな指をパチンと鳴らす。
直後、カナタの視界に、彼にしか見えない漆黒のホログラムウィンドウが展開された。
――固有スキル【万魔の調教盤】が発動中です
――――管理ダンジョン内に『育成闘技場』を開設できます――――
効果:ダンジョン内のモンスター同士を合法的に戦わせ、勝者は敗者の経験値と所持スキルを完全吸収。限界突破して『進化』します――
「……モンスター同士を、戦わせる?」
【そうです! 本来、モンスターは人間を殺すか、長い年月をかけて魔素を吸うことでしか強くなれません。ですがこのスキルを使えば、ダンジョン内で自給自足のデスゲームを行い、最強のモンスターを意図的に爆誕させられるのです! これを配信しない手はありませんわ!】
カナタの脳裏に電撃が走った。現在のダンジョン配信界は、どこもかしこも「人間がモンスターを華麗に無双する」動画ばかりで飽和している。
スタイリッシュな剣技、派手な大魔法。そんなものは見飽きているのだ。なら、その真逆はどうだ?誰も見たことがない、『モンスター同士を戦わせて、最強の1匹を育てる育成配信』。
「……いける。いや、やるしかないんだ。ルリ、すぐに配信の準備をしてくれ! 最初の相棒を召喚する!」
カナタはなけなしのダンジョンポイントを消費し、床の魔法陣からドロドロとした灰色の塊を呼び出した。
最弱のFランクモンスター、ボロ・スライム。
ただの泥水のように締まりのない体をしたそれを見て、カナタは優しく微笑みかけた。
「今日からお前は『ポチ』だ。一緒に世界を驚かせよう」
プルン、とスライムが小さく震えた。それが全ての始まりだった。
カナタはスマートフォンの配信スイッチを入れた。
配信タイトルは――【最弱スライムを共食いさせて世界最強にする配信。第1回チキチキ闘技場】。
画面の向こう、数少ない常連リスナーがパラパラと入ってくる。同接数は、いつも通りの「12」。
『ん? カナタの配信か?』
『何これ、どこかの地下室?』
『タイトル悪趣味すぎて草。ついにトチ狂ったか?』
『スライムの共食いって何だよwwお前が戦えよww』
「皆さんこんばんは、カナタです! 今日から僕は、このF級ダンジョンのマスターとして、一風変わった配信を始めます。題して、モンスター育成バトル! さあ、第一試合を始めましょう!」
カナタが【万魔の調教盤】を操作すると、部屋の半分が頑丈な鉄柵で囲まれた直径十メートルほどの闘技場へと変貌した。中にいるのは、怯えたように震えるボロ・スライムの「ポチ」。
そしてカナタが対戦相手としてポイントを消費し召喚したのは、全く同じスペックを持つ『野生のボロ・スライム』だ。
【レディー……ファイッ!】
ルリが宙を舞いながら、可愛らしくも凛とした声で開始を告げた。
『おいおいマジで柵ができたぞ』
『CGか? いや、ガチのダンジョンギミックっぽいな』
『スライム同士の小競り合いとか地味すぎて草。画面がずっと灰色なんだが』
『ドロドロがぶつかり合ってるだけでワロタwwww』
『時間の無駄、解散』
最初は嘲笑のコメントばかりだった。画面の中では、ポチと野生のスライムが、のたのたと近づき、ベチベチと体当たりをし合っている。泥仕合なんてレベルではない。ただの液体のぶつかり合いだ。
だが、カナタの目は真剣だった。彼には【万魔の調教盤】を通じて、ポチの体調や感情が流れ込んでくる。
「ポチ、ただ突っ込んじゃダメだ。相手が縮んだ瞬間、次に跳ぶ予備動作を見極めて……今だ、右に引け!」
カナタの指示が飛んだ瞬間、ポチの動きが変わった。野生のスライムが体当たりを仕掛けようと体を縮めた瞬間、ポチはするりと右側へ滑るように移動したのだ。野生のスライムの突進は空を切り、地面にべしゃりと叩きつけられる。
「そこだ! 上から覆い被さって、核を押し潰せ!」
プルンッ! と勢いよく跳ねたポチが、無防備な野生のスライムの真上から落下。ドスッという鈍い音が響き、ポチの体の中に包み込まれた野生のスライムの『核』――魔石が、メリメリと砕かれた。野生のスライムは光の粒子となって消滅する。
『え、今スライムがステップ踏まなかった?』
『指示通りに動いたぞ!?』
『スライムって知能ないはずだろ?? 訓練された犬かよ』
『たまたまだろ。てか、勝っても何も起きないだろこれ』
リスナーがそう書き込んだ瞬間だった。敵を倒し、闘技場にポツンと残されたポチの体が、怪しく黒い光を放ち始めたのだ。
――告知:『ポチ』が勝利しました。経験値を吸収します
――――固有スキル【液状化・微】を奪取しました
――――ポチの個体ランクが『F』から『F+』へ上昇しました
――ポチの体が、一回り大きくなり、濁っていた灰色から、少し艶のある黒鉄色へと変化した。その表面は先ほどよりも弾力がありそうに見える。
『は?????』
『今、光った? 進化したのか!?』
『待て待て、スライムがスライムを食って進化するとか聞いたことないぞ!』
『嘘だろ、エフェクトじゃなくてガチの進化じゃん!!』
『画面の前の検証班だけど、明らかにボロ・スライムの体色が変わってる。これマジのやつか?』
「驚くのはまだ早いですよ皆さん。僕のポチの成長は、ここからです。ルリ、次の対戦相手を!」
【了解ですわ、マスター! 続いてのエサ……ゲホン、対戦相手は『ゴブリン』です!】
床の魔法陣から、今度は緑色の肌をした小鬼、ゴブリンが召喚された。手には錆びた短剣を持っている。
通常、ボロ・スライムにとってゴブリンは天敵だ。酸の攻撃も効きにくく、短剣で核を突かれれば一撃で死に至る。
『おいおいゴブリンはヤバいだろ!』
『スライムじゃ勝てないって!』
『虐待配信か? 通報するぞ』
『いや、さっきのポチの動きならワンチャン……?』
同接数は、いつの間にか「12」から「350」へと跳ね上がっていた。ネットの海の片隅で、奇妙な配信が行われているという噂が、SNSを通じてじわじわと広まり始めていたのだ。
キキィーッ! と耳障りな声を上げ、ゴブリンが短剣を振りかざしてポチに襲いかかる。対するポチは、どっしりと構えて動かない。
「ポチ、引きつけて……相手が短剣を振り下ろす瞬間、新スキル【液状化・微】を発動だ!」
ゴブリンの短剣が、ポチの脳天目がけて突き刺さる――誰もがそう思った瞬間。ポチの体が、一瞬にしてドロリと水のように完全に平べったく崩れた。短剣は虚空を切り、ゴブリンは前のめりに体勢を崩す。
「よし、そのまま刃を巻き込んで、武器を奪え!」
平べったくなったポチの体が、津波のようにゴブリンの腕に絡みついた。【液状化】によって変幻自在となった粘体が、ゴブリンの手首を締め上げる。
ギギャッ!? とゴブリンが悲鳴を上げ、手から短剣がこぼれ落ちた。ポチはその短剣を自分の体内に取り込み、包み込むようにしてゴブリンの顔面へと跳ね上がった。
「トドメだ! 体当たり!」
体内に錆びた短剣を内包したポチが、質量を増した弾丸となってゴブリンの胸元に直撃する。内側から短剣の硬い感触がゴブリンの肋骨を砕き、ゴブリンは仰向けに倒れて消滅した。
『うおおおおおおおおおおお!!』
『スライムがゴブリンをハメ殺したwwww』
『戦術的すぎて草。カナタの指示的確すぎない?』
『スキル使った!? スライムがスキル使うとかあり得ねえだろ!!』
『【液状化】って普通は上位のフルイドスライムが持つスキルだぞ!?』
――告知:『ポチ』が勝利しました。経験値を吸収します
――――固有スキル【不意打ち・微】を奪取しました
――――条件達成:ポチが『アイアンスライム』へと進化します
――闘技場の中央で、ポチの体がパキパキと音を立てて硬質化していく。その体色は完全に漆黒となり、鈍い金属光沢を放ち始めた。サイズもバレーボール大から、大ぶりのスイカほどに巨大化している。
『アイアンスライム!? Dランクモンスターじゃん!!』
『嘘だろ、配信開始から15分だぞ!?』
『最弱のスライムがDランクに超スピード進化とか、どんなバグだよ!』
『これガチの神配信かもしれん……チャンネル登録したわ』
『待って、同接1000人超えてるんだけどwwww』
コメント欄の流れる速度が、目に見えて加速していく。カナタは画面の向こうの熱気を感じ、拳を強く握りしめた。
いける。この【万魔の調教盤】があれば、僕は底辺から這い上がれる。
「皆さん、応援ありがとうございます! ですが、僕たちの伝説はまだ始まったばかりです。アイアンスライムになったポチは、どこまで強くなるのか? 次は……Dランクの『コボルト』を3匹、同時に投入します!」
カナタの宣言に、コメント欄はさらに大荒れのお祭り騒ぎとなった。
『3匹同時!?』
『無茶苦茶だけど見たいwwww』
『いけー! ポチ! 鉄塊の力を見せてやれ!』
【ふふん、チョロいリスナーたちですね。マスター、この調子でガンガン稼ぎますわよ!】
ルリが耳元で悪魔のようにつぶやく。カナタは苦笑しながらも、次のモンスター召喚のボタンを押した。
暗闇から現れる、鋭い牙を持つ犬頭の獣人、コボルトたち。対するは、鈍く黒光りする鋼鉄のスライム、ポチ。
誰も見たことのない、モンスターによる大金星の育成劇が、今まさに加速しようとしていた。




