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AIで書いた小説  作者: 斉藤一


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32/75

五話目

 ウーーー、という地鳴りのような赤い警告アラームが、円筒形の巨大なサーバー室に鳴り響いていた。

 壁一面の光ファイバーが狂ったように点滅し、中央の青白い液体カプセル――『大脳(ケレブラム)』の表面に、侵入者を拒絶するようなセキュリティの文字列が高速で流れていく。


「ハルト、まだ……!?」


 レティはへし折られたマチェットの代わりに、倒れた警備兵から奪ったサブマシンガンを構え、部屋の唯一の出入り口を警戒していた。

 肩と頬の傷から流れる血がアサルトスーツを汚しているが、彼女のペールブルーの瞳には微塵の揺らぎもなかった。


「あと少しだ……っ、このプロトコルさえ書き換えれば、お前の脳内チップの強制権限を剥奪できる!」


 ハルトは血の混じった汗を床に滴らせながら、狂ったように制御コンソールのキーボードを叩き続けていた。

 画面には、レティの頭部構造を示す3Dモデルと、脳幹に深く突き刺さった超小型チップのステータスが表示されている。そのステータスバーは、現在「82%」まで進行していた。


「――無駄な足掻きを」


 その時、空間全体に響き渡るような、低く冷徹な声がスピーカーから流れた。

 レティの身体が、本能的な恐怖で一瞬だけ硬直する。数え切れないほどの任務を命じてきた、あのハンドラーの声――『九番(ナンバーナイン)』だ。

 正面の頑強な隔壁が、重々しい音を立てて左右にスライドした。煙の向こうから現れたのは、仕立てのいい黒いスーツを一切崩していない九番だった。

 彼の背後には、最新鋭の重装甲服に身を包んだ、十数人の特殊執行部隊が銃口を揃えて控えている。


「九番……!」


 レティは銃口を彼に向けた。九番は、銃口を向けられているにもかかわらず、眉一つ動かさずにレティを見つめた。その目は相変わらず、命の温もりを一切感じさせないガラス玉のようだった。


「104号。お前のバイオデータに深刻なバグコードを検知した時は、ただの精神汚染かと思ったが……まさか、ここまで自律的な反逆を起こすとはな。ハルト、お前が余計な真実を吹き込んだせいか」


「九番……!」


 ハルトがキーボードを叩く手を止めず、背後へ鋭い視線を向けた。


「余計な真実だと? 子供たちの脳を玩具のように弄び、偽りの家族の記憶で縛り付けて人殺しをさせる……! そんな狂ったシステムを、俺はもう見過ごせなかったんだよ!」


 九番は小さくため息をついた。その仕草すらも、計算された機械のように冷徹だった。


「狂っている、か。感情的な言葉だな、ハルト。我々はただ、効率的な兵器運用を行っているに過ぎない。クローンという『空白の肉体』に、最も強い行動動機を植え付ける。それが『家族への愛』や『誰かを守りたいという義務感』だ。それは、あらゆる洗脳技術の中で最も強固で、最もコスパが良い」


 九番は一歩、前へと踏み出した。


「104号、お前も『お兄ちゃん』のために戦っていた時は、完璧な猟犬だった。今のお前を見ろ。そんな薄汚れた男のために傷つき、恐怖し、効率の悪い戦い方をしている。偽物であっても、美しい愛に満ちていた世界の方が、お前にとって幸せだったのではないか?」


「違う」


 レティの声は、静かだったが、部屋の警告音を切り裂くほどに真っ直ぐだった。


「あの世界は、綺麗だった。だけど、誰も私を見ていなかった。画面の向こうのお兄ちゃんは、組織が作った台本通りにしか喋らない。私がどれだけ苦しくても、どれだけ寂しくても、本物の手で抱きしめてはくれなかった」


 レティはサブマシンガンのグリップを、さらに強く握りしめた。


「ハルトは、私を『104号』じゃなく、『レティ』って呼んでくれた。私のために血を流してくれた。この人がくれる痛さも、温かさも、全部本物。私は、偽物の天国なんかより、この人と一緒に地獄を歩く方がいい!」


 九番の目が、わずかに細められた。それは、彼が初めて見せた、明確な「不快感」の兆候だった。


「……そうか。ならば、その『本物』とやらの限界を見せてやろう。ハルト、お前は104号のオリジナルの遺伝子が、誰のものか知っているか?」


 ハルトのキーボードを叩く手が、ピタリと止まった。


「……何だと?」


 九番は冷酷な笑みを浮かべ、自身の操作端末をタップした。すると、中央の巨大サーバーの画面に、一枚の古い書類と、一人の女性の顔写真が映し出された。その女性の顔を見た瞬間、ハルトは息を呑んだ。


「まさか……そんな、嘘だろ……!?」


「ハルト、お前がかつて愛し、そして組織の実験の過程で死なせた研究員――エマ・ロレンズだ。104号は、彼女の遺伝子をベースに作られたクローンだよ」


 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


「な……に、を……」


 ハルトの顔から、血の気が完全に引いていく。


「ハルト、お前は組織を裏切り、この少女を救うことで、過去の罪から救われた気になっていたのだろう? だが違う。お前が『レティ』と名付け、自分の意思で救ったと思っているその少女は、お前がかつて殺した女の生き写しだ。お前はただ、自分の罪悪感を消すために、彼女を利用しているに過ぎない。お前たちの絆もまた、過去の亡霊に囚われた『偽物』だ」


 九番の言葉は、鋭いナイフのようにハルトの胸を正確に突き刺した。ハルトは愕然としてレティを見つめた。レティの銀髪、ペールブルーの瞳。それは、確かに彼がかつて失った最愛の女性、エマの面影そのものだった。


「俺は……俺はまた、エマの影を追って……この子を……」


 ハルトの心が、内側から激しく崩壊していく。画面の解除ステータスは「91%」で止まっていた。彼の指が、小刻みに震えて動かない。


「ハルト……」


 レティが彼の顔を見た。ハルトの目に宿った深い絶望と、自分に対する微かな「恐怖」の混ざった視線。


「ほら見ろ、これが本物の現実だ。美しさなどどこにもない、ただの醜い因果の鎖だ」


 九番が冷酷に言い放ち、背後の執行部隊に手を挙げた。


「終わりだ。ターゲットおよび、バグ個体104号を処分しろ」


 執行部隊の銃口から、一斉に容赦のない火線が放たれた。

 激しい銃撃音が円筒形の部屋に炸裂する。超高初速の弾丸が雨あられと降り注ぎ、制御コンソールの金属筐体を容赦なく削り取っていく。

 火花と爆煙が視界を遮り、飛び散る破片がレティの頬を新たに切り裂いた。


「ハルト、伏せて!!」


 レティは我を失いかけていたハルトの身体を強引に床へと引き倒し、コンソールの強固な台座の陰へと身を潜めた。

 頭上を何十発もの弾丸が通り過ぎ、鼓膜を劈くような金属音が連続する。


「……あ、ああ……」


 ハルトは床に両手をついたまま、虚ろな目で自分の手を見つめていた。


「俺は、また……エマの遺伝子から作られたお前を、俺の都合で連れ出して……。俺がやっていることは、組織の記憶操作と同じだ。自分の罪悪感を消すために、お前を『エマの身代わり』として利用していただけなんだ……」


 彼の心は完全に折れていた。九番が暴いたのは、ハルト自身すら無意識の奥底に封じ込めていた歪んだエゴだった。自分が救世主気取りで救おうとしていた少女は、自分がかつて死なせた女性のクローン。その事実は、ハルトから戦うためのすべての立脚点を奪い去った。

『大脳(ケレブラム)』の解除ステータスは「91%」のまま停止している。あと一歩。あと数キー叩けば、レティは自由になれるというのに。


「ハルト!!」


 レティはハルトの胸ぐらを両手で掴み、自分の方へと無理やり向かせた。彼女のペールブルーの瞳が、ハルトの怯えた瞳を真っ直ぐに射抜く。


「私を見て」


 レティの声は、激しい銃撃音の中でも、ハルトの耳の奥に驚くほど明瞭に届いた。


「その『エマ』っていう人がどんな人か、私は知らない。その人の記憶なんて、私の頭の中のどこにもない。……私は、その人の身代わりなんかじゃない」


 レティの小さな手が、ハルトの頬を包み込んだ。彼女の手は血と硝煙で汚れていたけれど、そこには確かな生への執着があった。


「あなたが第七層区の解体工場で、私を『レティ』って呼んでくれた。組織の嘘を教えてくれた。血を流しながら、私の手を引いて走ってくれた。……私にとって、ハルトは過去の罪を消すための道具なんかじゃない。私を『道具』から『人間』にしてくれた、世界でたった一人の、私の本物なの!」


「レティ……」


「過去なんてどうでもいい。私は今、ここに生きてる! ハルトと一緒に、生きたい!」


 その言葉は、ハルトの魂の最深部に突き刺さった。エマの幻影ではない。今、目の前で必死に自分を呼び覚まそうとしているのは、他ならぬ「レティ」という一人の少女だった。


「……ッ、ああ……そうだ、そうだな、レティ……!」


 ハルトの目に、再び烈火のような光が戻った。


「俺は最低の人間だ。だけど、お前をここで死なせるわけにはいかない……。お前は、お前の人生を生きるんだ!」


 ハルトは弾丸が飛び交う中、再びコンソールへと手を伸ばした。血に濡れた指先が、再びキーボードを叩き始める。


「残り9%。防壁(ファイアウォール)を強引に突破する! 30秒……いや、20秒持ちこたえてくれ!」


「了解」


 レティは立ち上がった。彼女の胸の奥から、未知の、しかし圧倒的な力が湧き上がるのを感じていた。それは組織に与えられた「兄を救う」という命令コードではない。自分の意志で、大切な人を守り抜くという、本物の人間の『意志』だった。

 レティは奪ったサブマシンガンを両手に構え、コンソールの陰から飛び出した。


「させんと言っている」


 九番が冷酷に手を振ると、執行部隊の三人が光学迷彩を展開しながら、変則的な軌道でレティへと肉薄してきた。

 見えない敵。しかし、今のレティの五感は、かつてないほどに研ぎ澄まされていた。

 空気の密度の変化、わずかな足音の反響。


「そこ!」


 レティは一切の迷いなく銃口を向け、トリガーを引いた。激しい銃声とともに、空間に血飛沫が舞い、光学迷彩を解かれた兵士が崩れ落ちる。

 さらに迫る二人の兵士の銃身を、レティは空になったサブマシンガンを投げつけて弾き、即座に彼らの懐へと潜り込んだ。

 床に落ちていたミーアの「鋼線の鞭」を瞬時に拾い上げる。高周波の駆動音が響くと同時に、レティは身体を独楽のように回転させ、鋼線を虚空へと振るった。

 目に見えない死の軌道が、接近していた兵士たちの装甲ごと、その肉体を正確に切り裂いた。


「――バグ個体が、これほどの出力を……!?」


 九番の顔に、初めて明確な驚愕と焦燥が走った。レティの脳内チップが、限界以上の戦闘機動に対して「過負荷エラー」のアラームを鳴らし、彼女の視界を赤く染めていく。

 耳の奥で、脳が沸騰するような激痛が走る。それでも、彼女は一歩も引かなかった。

 ハルトの背中に弾丸を一発たりとも通さない。その絶対の決意が、彼女の肉体限界を凌駕させていた。


「ハルト、まだ!?」


「あと、3秒……2秒……クソ、最終プロテクトが固い……!」


 ハルトの指先から、キーボードへ血が滲む。


「しぶとい虫どもめ。私が直接引導を渡してやる」


 九番がスーツの懐から、鈍く光る高精度プラズマピストルを抜き放った。その銃口が、完全に無防備なハルトの頭部へと向けられる。


「しまっ――」


 レティが気づいた時には、九番の指が引き金にかかっていた。彼女の距離からは、どれだけ速く動いても間に合わない。


(ハルトが、死ぬ――)


 その瞬間、レティの身体が、彼女自身の思考よりも早く動いた。ハルトの前へと飛び出す。その華奢な背中で、彼に迫るすべての死を受け止めるために。ドォン!!鼓膜を破らんばかりのエネルギー炸裂音が、サーバー室に響き渡った。

 青白いプラズマの弾丸が、レティの左肩から胸元にかけてを激しく貫いた。

 肉の焦げる凄まじい臭いとともに、レティの身体が大きく弾かれ、コンソールの床へと倒れ込む。


「レティーーーッ!!」


 ハルトが絶叫した。


「ハハ……これで終わりだ」


 九番が冷酷に微笑み、再び銃口を掲げる。だが、レティは血の海の中で、確かに聞いた。コンソールのスピーカーから流れた、機械的な電子音を。


『――全アクセス権限の移譲を確認。脳内チップ、精神拘束シークエンス……完全消去(デリート)』


「……あ」


 レティの脳を二十四時間、物心がつく前から支配し続けていた、あの忌まわしい「金属的なノイズ」が、完全に消え去った。視界を覆っていた赤いエラー文字も、システムログも、すべてが霧散していく。

 頭の中が、驚くほど静かだった。冷たくて、澄み切っていて。そこに残されたのは、組織が作った精巧なプログラムではない。今日までハルトと共に歩み、ハルトを「守りたい」と願った、純粋で、真っ白な、彼女自身の『心』だけだった。


「私は……もう、誰の人形でもない」


 レティは、プラズマで焼かれた凄まじい激痛に耐えながら、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女の身体から流れる血は、赤く、生々しく、本物の「命」の輝きを放っていた。

 ペールブルーの瞳に、九番への、そしてこの理不尽な世界への、本物の怒りが宿る。

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