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AIで書いた小説  作者: 斉藤一


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(ミステリー)歪んだ轍(わだち) 一話目

その夜の国道413号線は、まるで世界から切り離されたかのように静まり返っていた。山あいを縫うように走るこの道路は、日中こそ観光客の車で行き交うが、午前二時を回れば、漆黒の闇と生い茂る木々に囲まれた孤独な一本道へと姿を変える。

街灯は数百メートルおきに申し訳程度に設置されているだけで、ヘッドライトが照らし出すアスファルトの白線だけが、唯一の道標だった。


時速五十キロメートル。シルバーの国産セダンを運転する折原(おりはら)は、極めて正確な速度を維持していた。彼は四十年近く警察官として勤め上げ、半年前、交通捜査課の警部補として定年を迎えたばかりの男だ。現役時代、何百件もの交通事故現場を見てきた折原の身体には、制限速度を遵守する癖が文字通り染み付いていた。


「……そろそろ、あの現場か」


折原は助手席のダッシュボードに視線を落とした。そこには、数日前に現役の後輩から個人的に回ってきた、ある事故の現場写真と実況見分調書のコピーが置かれていた。

三日前。この先の「神坂(かみさか)ストレート」と呼ばれる、約一キロメートルに及ぶ見通しの良い直線道路で、一台の高級外車が街路樹に激突した。運転していたのは、都内で手広く不動産業を営む実業家、木津川(きづがわ) 蓮(れん)、四十五歳。即死だった。警察の公式発表では「居眠り、または前方不注意による単独事故」と処理されかけている。しかし、折原の刑事としての嗅覚が、その調書に書かれたいくつかの数字に、強烈な違和感を覚えていた。


車を道路脇の広い路側帯に止め、ハザードランプを点滅させる。折原は懐中電灯を手に、夜の冷気の中へ降り立った。現場はすぐに見つかった。太いブナの木の幹が、えぐり取られたように白く剥き出しになっている。地面には、割れたフロントガラスの破片が小さな星のように散らばり、今もかすかにオイルの臭いが漂っていた。折原は懐中電灯の光を地面に向けた。


「やはり……ないな」


彼が探していたのは、ブレーキ痕(スキッドマーク)だった。激突した木の手前、十メートル、五十メートル、あるいは百メートル遡っても、アスファルトの上にはタイヤがロックした黒い線が一切存在しなかった。

居眠り運転の事故であれば、ブレーキ痕がないことは珍しくない。意識を失ったまま激突するからだ。しかし、この事故には、居眠り運転では絶対に説明のつかない「不自然な点」が三つあった。


第一に、木津川の車は、激突の直前まで「完全な直線」を描いて木に向かっていたこと。通常、居眠り運転の車は、路面の傾斜やハンドルのわずかな遊びによって、どちらかの白線に緩やかに逸れていき、ガードレールを擦りながら減速するか、斜めの角度で衝突する。しかし、現場に残されたわずかなタイヤの転がり痕は、木津川の車が道路の真ん中から、まるで定規で線を引いたかのように正確な角度で、ブナの木へ直進したことを示していた。


第二に、速度だ。大破した車両の変形具合から算出された激突時の速度は、正確に時速六十キロメートル。この道路の法定速度そのものだった。居眠りをしてアクセルを踏み込みすぎたわけでもなく、パニックになって加速したわけでもない。


そして第三の異常。それが、折原がこの場所に赴く最大のきっかけとなった「被害者の遺品」に関する奇妙な事実だった。


折原がブナの木の前に佇んでいると、背後から近づく車の気配がした。ヘッドライトの光が折原の影を長く引き延ばす。現れたのは、軽自動車だった。そこから降りてきたのは、小柄で知的な雰囲気をまとった若い女性だった。


「やっぱり、ここにいらしたんですね、折原さん」


彼女の名前は木津川 楓(かえで)。亡くなった木津川蓮の年の離れた妹であり、大学で心理学を教える准教授でもあった。彼女の目には、深い悲しみとともに、兄の死に対する強い不信感が宿っていた。


「楓さん。こんな夜更けにどうして」


「兄の車に残されていた『あのデータ』のこと、折原さんなら、警察の結論に納得していないはずだと思って。どうしても自分の目で、兄が死んだ場所を見ておきたかったんです」


楓はブナの木を見つめ、静かに唇を噛んだ。


「折原さん、警察は本当にあれを自殺か不注意で片付けるつもりですか? 兄が、あの瞬間に『クラシック音楽』のボリュームを最大にして、完璧な姿勢でシートベルトを締め、微笑みながら死んでいったかもしれないなんて……そんなこと、あり得ません」


折原は調書の記述を思い出した。激突した車両の車載データ(イベントデータレコーダー)には、衝突の瞬間、オーディオの音量が最大に設定されていたこと、そしてエアバッグが作動した瞬間のシートの圧力センサーから、運転者が背もたれに完全に背中を預けた、リラックスした姿勢であったことが記録されていた。

居眠りでもない。パニックでもない。木津川蓮は、時速六十キロで、自ら木に向かって「静かに」激突した。まるで、そうすることが最も自然な行為であるかのように。


「これは、仕組まれた事故だ」


折原は闇を見つめながら呟いた。


「だが、どうやって? 物理的な証拠は、彼自身がハンドルを握り、彼自身の足がアクセルを踏んでいたことを示している」


完璧な直線、完璧な速度、そして完璧なリラックス状態。二人は、深夜の国道に深く刻まれた、目に見えない「殺意の轍」を探し始めるのだった。


翌日、折原と楓は、木津川蓮が経営していた都内のオフィスを訪れていた。生前の木津川は、冷徹だが極めて合理的なビジネスマンとして知られ、金銭トラブルや派手な女性関係とは無縁の人物だった。


「兄は極度の安全運転主義者でした」


楓は応接室で、兄の書斎から持ち出した日記や手帳を折原に見せながら語った。


「五年前、母を交通事故で亡くして以来、兄は車の運転に関しては病的なほど神経質になっていたんです。ドライブレコーダーは常に最新式、タイヤの空気圧は毎週チェック。そんな人が、居眠りや前方不注意で、しかもあんな見通しの良い直線道路で事故を起こすなんて、絶対に信じられません」


折原は手帳のページをめくった。直近の予定には、ある奇妙な記述が繰り返されていた。


『午後七時、Mのサロン。音の調整』

『午後八時、心身の調律』


「この『Mのサロン』というのは?」


折原が尋ねる。


「私も調べてみたんです。どうやら、会員制のメンタルヘルス・サロンのようです。代表は御子柴(みこしば) 衛(まもる)という、音響療法(サウンドセラピー)を取り入れた心理カウンセラーです。兄は半年前から、仕事のストレスを解消するためにそこへ通っていました」


心理カウンセラー、そして「音」。折原の脳裏に、事故車両のオーディオ音量が最大になっていたという事実が蘇る。二人はその足で、港区の閑静な住宅街にある御子柴のサロンを訪ねた。

防音設備が施された室内は、微かにアロマの香りが漂い、耳を澄ますと、人間の耳には聞こえるか聞こえないかという極めて低い、心地よい重低音が部屋全体を振動させているのが分かった。


「木津川さんのことは、本当に残念です」


現れた御子柴は、仕立ての良いスーツを着こなした、穏やかな笑みを浮かべる男だった。彼の声は低く、どこか人を安心させる響きを持っていた。


「彼は大変な努力家でしたが、その分、脳が常に過緊張の状態にありました。私のサロンでは、特定の周波数の音を用いて、脳波を強制的にリラックス状態(α波やθ波)へ導く施術を行っていました」


「特定の周波数、ですか」


楓が鋭い視線を向ける。


「ええ。例えば、1/fゆらぎを含む自然音や、左右の耳でわずかに異なる周波数を聴かせることで脳内に拍動を生み出す『バイノーラル・ビート』などです。これらを用いると、短時間で深い瞑想状態を作り出すことができます。木津川さんも、当サロンの施術を非常に気に入っておられました」


折原は一歩前に出た。


「御子柴さん、木津川さんの車は、事故の瞬間、クラシック音楽が信じられないほどの音量で鳴り響いていた。それについて、何か心当たりは?」


御子柴は眉一つ動かさず、哀れむような目を折原に向けた。


「元警察官の方とお聞きしましたが……それがどうかしましたか? 重度のストレスを抱えた方が、突発的な衝動(タナトス)に駆られ、大音量の音楽をかけて自暴自棄になる。心理学的には、それほど珍しいケースではありません。彼は自ら死を選んだ。それだけのことではないでしょうか」


「兄は絶対に自殺なんてしません!」


楓が声を荒らげた。


「では、どうやって彼が『事故を起こさせられた』と言うのですか?」


御子柴は静かに微笑んだ。


「彼の車を調べたのでしょう? ブレーキペダルに細工はなかった。自動運転のハッキング跡もなかった。彼は自分の意思でアクセルを踏み続けた。違いますか?」


サロンを後にした折原の背中に、冷たい汗が伝っていた。御子柴の言う通りだった。現代の車はコンピューター制御されているが、木津川の車に外部からハッキングされた形跡は一切ないと、車両検査課の人間が断言していた。


「折原さん、私、御子柴のサロンのスピーカーから流れていた音に違和感がありました」


歩きながら、楓が青ざめた顔で言った。


「あれはただのヒーリングミュージックじゃない。人間の脳の『認知』を狂わせるための、もっと精緻なプログラムです。もし、兄が御子柴によって、ある種の『条件付け』をされていたとしたら?」


「条件付け……パブロフの犬か」


「はい。特定の音、特定の環境が揃ったとき、人間の身体が意識とは無関係に、特定の行動を強制される。もしそれが、あの『神坂ストレート』という場所で発動するように仕組まれていたとしたら……」


車のメカニズムではなく、「人間の脳」をハッキングする殺人。折原は、これまで扱ってきたどの事件よりも凶悪で、目に見えない犯罪の輪郭を感じ始めていた。


折原は、現役時代のツテを使い、木津川の事故の直前に現場周辺を通過した車両のドライブレコーダー映像を片っ端から集めた。その執念が、一つの「光」を捉える。事故の約十分前、現場の神坂ストレートを通過したトラックのドライブレコーダーに、奇妙な映像が残されていた。

真夜中の直線道路。その中央付近、木津川が激突したブナの木のすぐ手前の路肩に、一台の不審なバンが停車していた。バンの後部ハッチは開け放たれ、中から「巨大な精密機械のようなもの」が道路に向けて設置されていた。

さらに、その機械からは、目に見えないはずのものが、かすかに、空気の歪みとして写り込んでいた。


「これは……熱気による陽炎(かげろう)か?」


折原が画面を凝視する。「いえ、違います」同席していた楓が息を呑んだ。


「これは、強力な『超指向性スピーカー』、あるいは『超音波送信機』による空気の震えです」


楓は急いで手元のノートに数式と図を書き殴った。


「超指向性スピーカーは、特定の狭い範囲だけに音を届ける技術です。その光線のなかに割り込まない限り、周囲の人間には一切音が聞こえません。もし御子柴が、兄の車が通過する瞬間に、その機械から『特定の周波数』を照射したとしたら……」


「それがどうして、時速六十キロの正確な激突に繋がるんだ?」


折原は尋ねた。


「折原さん、『ロードハイプノシス(高速道路催眠現象)』という言葉を知っていますか? 単調な直線道路を走っているとき、ドライバーが一種の催眠状態に陥り、意識が朦朧とする現象です。兄が走っていたのは、まさにその『神坂ストレート』。完璧な直線です」


楓の推理は、聴覚心理学の恐るべき悪用を示唆していた。


「御子柴は、サロンで数ヶ月かけて兄の脳に『特定の音を聴くと、激しい眠気と同時に、現在の速度を維持して直進し続ける』という強力な催眠・条件付けを植え付けた。そして事故の夜、現場に超指向性スピーカーを設置し、兄の車が近づいた瞬間に、その『トリガー(引き金)となる音』を照射したんです」


「なるほど……!」


折原の目が光った。


「車載オーディオの音量が最大になっていたのは、兄が自分で音量を上げたのではない。超指向性スピーカーから発せられた強力な超音波が、車のルーフやガラスを振動させ、車内全体に大音量の音を『発生させた』んだ。あるいは、オーディオの電波に直接ノイズとして割り込んだか。兄は、その音を聴いた瞬間、脳を完全にジャックされた。パニックを起こす暇もなく、極上のリラックス状態のまま、時速六十キロを維持して直進する『人形』に変えられたんだ。だから、ブレーキ痕がない。姿勢も崩れていない」


「でも、折原さん」


楓の声が震える。


「これだけでは、まだ仮説です。あのバンが御子柴のものであるという証拠も、彼がその音を流したという証拠も、今の警察は動かぬ証拠(物理的証拠)として認めてくれないでしょう」


「ああ、分かっている。奴は完璧な犯罪を成し遂げたつもりでいる」


折原は立ち上がった。彼の目には、かつて数々の凶悪犯を追い詰めた執念の炎が灯っていた。


「なら、奴の『完璧』を逆手に取るまでだ。御子柴がそこまで音と心理の天才なら、同じ方法で、奴自身の口を開かせてみせよう」


三日後の夜。再び、午前二時の「神坂ストレート」。闇の中に、一台のシルバーのセダンが静かに止まっていた。折原の車だ。助手席には楓が座り、ノートパソコンの画面を凝視している。車内には、微かにあの御子柴のサロンで流れていたものと似た、低い重低音が響いていた。楓が兄の遺品やサロンのデータから解析し、再現した「脳の防衛を解除する周波数」だ。

そして、彼らの車の後方数百メートルには、一台の高級セダンが止まっていた。運転席にいるのは、御子柴 衛。

彼は折原から「木津川蓮が残した、御子柴のサロンに関する裏帳簿のデータを、今夜あの現場で引き渡す。警察に持って行かれたくなければ一人で来い」と呼び出されていた。御子柴は、折原たちが自分の手口を完全に見抜いているとは知らず、口封じのために、あるいは元刑事の脅迫をあざ笑うために、この場所にやってきたのだ。


「御子柴の車のオーディオと、携帯電話のBluetooth(ブルートゥース)への接続を確認しました」


楓がキーボードを叩きながら言った。


「よし、始めるか」


折原が無線機を握る。折原は車を発進させ、時速六十キロで神坂ストレートを走り出した。御子柴の車も、それを追うように加速する。突然、御子柴の車のスピーカーから、奇妙な音が流れ始めた。それは、彼自身が木津川蓮を殺すために使った、あの「トリガーの音」に酷似していた。だが、わずかに異なる。楓がアレンジを加えた、「恐怖と自白」を誘発する周波数だった。


『御子柴さん、聞こえるか』


車のスピーカーから、折原の声が響く。


「な、なんだこれは……!? なぜ私の車のオーディオから……!」


御子柴はハンドルを握りながら、不意に襲ってきた強烈な目まいに襲われた。周囲の景色が、ぐにゃりと歪む。街灯の光が、まるで自分を凝視する無数の目のように見える。


『お前は完璧な計画を立てたつもりだろうが、一つだけ計算違いがあった』


折原の声は、音響効果によって、まるで御子柴の脳内で直接再生されているかのように響いた。


『木津川蓮は、死ぬ直前までドライブレコーダーの音声録音機能をオンにしていた。そこには、お前が仕掛けた超指向性スピーカーの「音」が、はっきりと記録されていたんだよ。今お前が聴いているのが、その音だ』


「嘘だ……! あの距離からの超音波が、市販のレコーダーにまともに記録されるはずがない……!」


御子柴は叫んだ。しかし、彼の脳は、自身が植え付けた「条件付け」の恐怖によって、すでに正常な思考力を失いつつあった。


『お前が木津川を殺した理由は、彼がお前のサロンで行われていた違法な薬物投与と、心理誘導による資産奪取に気づいたからだ。違いますか、御子柴さん』


今度は楓の声が響く。彼女の声には、亡き兄の無念が乗っていた。


「黙れ! 黙れ!」


御子柴はブレーキを踏もうとした。しかし、彼の足は、なぜかアクセルを踏み込み続けていた。脳が恐怖でパニックを起こし、身体のコントロールを失っていた。彼の目の前に、あの「ブナの木」が迫ってくる。ヘッドライトの光の中に浮かび上がる、剥き出しの白い幹。木津川蓮が命を落とした、まさにその場所だ。


「う、あああああ!」


死の恐怖が御子柴を支配した。完璧な理論で人を殺した男が、今、自分自身が作った「音の檻」に閉じ込められ、同じ木に向かって突き進んでいる。


「私がやった……! 私が木津川を殺した! あのバンも、スピーカーも、すべて私の指示だ! だから、この音を止めろ! 止めろおぉぉ!」


御子柴が狂ったように叫んだ瞬間。キィィィィィィッ!!激しいタイヤの摩擦音が、静寂な夜の森に響き渡った。御子柴の車は、ブナの木の手前、わずか数センチメートルのところで、猛烈なブレーキ痕を残して急停車した。

御子柴はハンドルに突っ伏し、激しく呼吸しながら涙を流していた。彼の車のドアが外から開けられる。そこに立っていたのは、録音機を手にした折原と、数人の警察官たちだった。


「御子柴 衛。お前自身の口から、明確な殺意と犯行の手口を聞かせてもらった」


折原は冷徹な声で言い、手錠を取り出した。


「お前は『完璧な直線』で人を殺せると思ったようだが、人間の心は、お前が思うほど単純な直線じゃない。歪んだ轍は、必ず最後に破滅へと繋がっているんだ」


東の空から、かすかに朝焼けの光が差し込み始めていた。神坂ストレートを照らすその光は、もう二度と、目に見えない殺意の音を響かせることはないだろう。折原と楓は、深く一礼するようにブナの木を見つめた後、静かに現場を後にした。

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