五話目
ネオ・トウキョウの夜空が、一瞬、完全な白に染まった。
それは太陽が地上に降りてきたかのような、あるいは巨大な星がその命を燃やし尽くしたかのような、圧倒的な光の爆発だった。
ガイスト・リベンジャーの超硬度チタン製ドリルが、アースセイバーの剥き出しの胸部コアを貫いた瞬間、二つの全く異なるエネルギーが臨界点を突破したのだ。エンパイヤの怨念を孕んだ赤黒いエーテルと、地球が紡ぎ出した七色の超エネルギー。二つの奔流は互いを拒絶し、食らい合い、周囲の空間そのものを歪めながら大爆発を起こした。
衝撃波が同心円状に広がり、周囲の工場地帯の建物を文字通り粉砕していく。海面は巨大な津波となって押し寄せ、コンテナヤードの地面はクレーター状に陥没した。
そして――静寂が訪れた。
もうもうと立ち込める白い煙と、焦げ付いた鉄の臭い。
ネオ・トウキョウのネオンは完全に消え去り、ただ静まり返った暗闇の中に、二つの巨躯が横たわっていた。
全高五十メートルの神の如き巨躯を誇ったアースセイバーは、その象徴であった黄金の翼を両方ともへし折られ、背後のひび割れた岸壁にもたれかかるようにして停止していた。胸部の中央には、ドリルが完全に突き刺さったまま固定されており、かつて七色に輝いていたクリスタルコアは、内側から完全に焼き切れて煤けた灰色に変色している。機体のあちこちから、パチパチと力ない火花が散るだけだった。
そのアースセイバーの胸に突き刺さる形で、ガイスト・リベンジャーもまた動かなくなっていた。
全身の装甲は九割が融解し、内部の骨格が剥き出しになっている。直列に繋がれていた二基のエーテル炉は、完全にメルトダウンを起こし、ドロドロに溶けた金属の液体が足元へ滴り落ちていた。それはまるで、自らの命をすべてドリルの一撃に変えて果てた、鋼鉄の獣の骸のようだった。
「がはっ……、はぁ、はぁ……」
ガイスト・リベンジャーの、大破したコックピットの内部。
アルスは、ひしゃげたシートに身体を埋めたまま、辛うじて呼吸を保っていた。
正面のメインモニターはすべて完全に割れ、むき出しになった配線からパチパチと青い火花が散っている。割れたガラスの隙間から、夜の冷たい潮風が吹き込んできて、血と汗に塗れたアルスの顔を撫でた。
全身が痛い。いや、もう痛みすら通り越して、自分の手足がどこにあるのかも分からなかった。サイコ・インサイドで機体と直結していた神経系が、炉の暴走によって焼き切られかけているのだ。
「まだ……動くか……?」
アルスは感覚のない右手を必死に動かし、胸の前にあった手動のハッチ開放レバーを掴んだ。
ギギギ……と、歪んだ金属が擦れ合う悲鳴を上げながら、コックピットの全面装甲がゆっくりと外側へ倒れ込んだ。
目の前に広がっていたのは、アースセイバーの、あまりにも巨大な顔だった。
その白き頭部もまた半分が砕け、片方のカメラアイは光を失っている。しかし、そのすぐ下――アースセイバーの首の付け根あたりにある緊急脱出用ハッチが、プシューという音を立てて開くのが見えた。
中から這い出してきたのは、白いパイロットスーツを着た小柄な人影だった。
速水トオル。
地球防衛軍の若き天才、絶対不敗の少年ヒーロー。
だが、今の彼に、テレビで見せていたような輝かしい笑顔はなかった。
スーツはオイルと煤で汚れ、額からは血が流れている。彼はアースセイバーの装甲の上に這いつくばり、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、目の前にあるガイスト・リベンジャーを、いや、そのコックピットにいるアルスを、激しい憎悪の目で見つめ返した。
「よくも……よくも、ボクのアースセイバーを……!」
トオルは声をもつれさせながら、叫んだ。その声は、正義の味方のそれではなく、ただの傷ついた子供の悲鳴だった。
「キミたちのせいで、街がめちゃくちゃだ! ボクはみんなを守るために戦ったのに! なんで邪魔をするんだよ! キミたちさえ来なければ、誰も悲しまずに済んだのに! 悪魔め! 宇宙の化け物め!」
アルスは、アースセイバーの胸部装甲に足を踏み出し、ふらつく足取りでコックピットの外へと出た。
冷たい風が、血塗れの顔に染みる。アルスはトオルを見下ろし、枯れた声で静かに言った。
「誰も悲しまずに済んだ、だと? ……ふざけるな」
「な、なんだよ……!」
「お前たちの世界からは、俺たちの姿が見えないのか? お前が『一匹残らず片付けた』と言ったあのガイストの中に、どれだけの命があったか、考えたこともないのか!」
アルスは一歩、トオルの方へと歩みを進めた。鉄の装甲の上で、アルスのブーツがコツンと音を立てる。
「俺たちの故郷、輝王星エンパイヤはな……もうすぐ死ぬんだ。エネルギーが枯渇して、地下ドームの気温は下がり続けている。俺の妹は、冷たいベッドの上で、次の配給を待ちながら震えている。このまま何もしなければ、あと数年で、俺たちの種族は子供から順番に全員凍りついて死ぬんだよ!」
トオルは目を見開いた。その瞳に、初めて「正義の敵」ではなく、「生きている人間」としてのアルスの姿が映ったかのように。
「俺たちだって、こんな戦いをしたくて地球に来たんじゃない! お前たちの綺麗な街を壊したくて来たわけじゃないんだ! でも……奪わなければ、死ぬんだ! 生きるために戦うことが、そんなに悪いことなのか! お前の言う『正義』は、俺たちに、ただ静かに飢えて死ねと言うのか!」
アルスの叫びは、夜の海に響き渡り、そして消えていった。
トオルは言葉を失い、ただ呆然とアルスを見つめていた。彼が地球防衛軍の大人たちから教えられてきた歴史では、エンパイヤはただ「地球の資源を狙う残虐な侵略者」だった。彼らの背後に、そんな悲惨な現実があるなど、想像したこともなかったのだ。
「そんなの……ボクは、知らなかった……」
トオルの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「知らなかったら、何をしても許されるのか? お前が笑顔で引き金を引くたびに、俺たちの仲間が死に、その向こうにいる家族の未来が消えたんだ。お前は……お前たちの正義は、俺たちにとってはただの無慈悲な天災なんだよ」
アルスは、腰のホルスターから、一本の不骨な軍用ピストルを引き抜いた。
エンパイヤ軍兵士に支給される、実弾式の拳銃。ガルバ隊長から「いざという時は、これで自分を処置しろ」と渡されたものだ。
その銃口が、まっすぐにトオルへと向けられる。
トオルは恐怖に身体を硬直させた。アースセイバーという無敵の鎧を失った彼は、ただの、肉体的に脆弱な十四歳の少年に過ぎない。弾丸が一発当たれば、簡単にその命は散る。
「ボクを……殺すの……?」
トオルは怯えながら尋ねた。
アルスは、引き金にかけた人差し指に力を込めた。
こいつを殺せば、ガルバ隊長の復讐は終わる。地球防衛軍の絶対の象徴を排除すれば、エンパイヤの侵略作戦は大きく前進するかもしれない。こいつを殺す理由は、いくらでもあった。
しかし、銃口の先にいるトオルの姿が故郷のドームで自分の帰りを待っている妹の姿と、どうしても重なって見えてしまった。
もし自分がこいつを殺せば、地球の誰かが、トオルの親が、今の自分と同じような燃えるような憎悪を抱くことになるだろう。そしてまた、新しい「復讐の化け物」が生まれ、エンパイヤの民を焼き殺しに来る。
その終わりなき血の連鎖の先に、本当に妹が笑える未来はあるのだろうか。
「……殺して、何になる」
アルスは、ゆっくりと銃口を下げた。
「え……?」
「お前を殺しても、俺たちの星にエネルギーが戻るわけじゃない。ガルバ隊長が生き返るわけでもない。……俺は、復讐のためにここに来たんじゃない。生きるために、来たんだ」
アルスはピストルをホルスターに戻すと、アースセイバーの胸部プラントの、さらに奥へと目を向けた。
そこには、地球防衛軍が保管していた、手つかずのエーテルエネルギーのコンテナが、爆発の衝撃に耐えて奇跡的に無傷のまま残されていた。
アルスは、背後の夜空を見上げた。
東の空から、ゆっくりと夜明けの光が差し始めていた。煤けた鉄の色ではない、本物の、まばゆいばかりの青い朝焼け。
「ボルクチーフ……聞こえますか」
アルスは、壊れかけた通信インカムに語りかけた。ノイズの向こうから、チーフの、泣き出しそうな声が返ってくる。
『アルス! 生きてるか! おい、無事なのか!?』
「はい。アースセイバーは機能停止しました。……ここに、手つかずのエーテルコンテナがあります。強襲揚陸艦『ネクロニア』を、ここまで降下させてください。これを回収して、一度、母星へ退きます」
『分かった! すぐにそっちへ向かう! よくやった、アルス……お前は、俺たちの英雄だ……!』
英雄。その言葉が、アルスの胸に皮肉に突き刺さる。
地球にとって、自分は最悪のテロリストであり、侵略者だ。今日、テレビのニュースは、このネオ・トウキョウの惨状を「悪のインベーダーによる暴挙」として大々的に報じるだろう。
だが、それでも構わなかった。泥にまみれ、悪名を背負い、世界中から憎まれようとも、この手で掴み取ったエネルギーがあれば、故郷の家族はもうしばらく生き延びることができる。
アルスは、まだ装甲の上で震えているトオルを振り返った。
「速水トオル。お前がその機体を直し、再び俺たちの前に立ち塞がるなら、俺は何度でもお前と戦う。……だが、次に出会う時は、お前もその『正義』って言葉の重さを、少しは背負って戦えよ」
トオルは何も答えなかった。ただ、朝焼けの光の中で、去っていくアルスの後ろ姿を、じっと見つめていた。その瞳には、もうかつての無邪気な光はなく、何か重く、深い覚悟のようなものが宿り始めていた。
天空から、エンパイヤ軍の強襲揚陸艦ネクロニアが、巨体を軋ませながら降下してくる。
アルスは大破したガイスト・リベンジャーのコックピットから、エネルギーコンテナを牽引フックへと固定した。
戦いは、これで終わりではない。地球とエンパイヤの、生存をかけた戦争は、これからさらに激化していくだろう。
しかし、アルスはもう恐れていなかった。ボロボロになった鉄の柩の中から、彼は確かに、自分たちの手で掴み取るべき「明日」の光を見出していたのだから。
ネクロニアのハッチが閉まり、アルスを乗せた艦は、青い地球の空を突っ切って、遥かなる星々の彼方へと帰還していった。




