四話目
煙を上げるコンテナヤードのただ中で、アースセイバーがゆっくりと、不気味な動作で立ち上がった。
その胸部、かつて非の打ち所のない美しさを誇っていた黄金の装飾は、ガイスト・リベンジャーのドリルによって歪に抉られ、内部の回路が剥き出しになって七色の火花を散らしている。
金属の擦れ合う音が、まるで獣のうめき声のように夜のコンテナヤードに響き渡る。
『ボクの、アースセイバーが……傷ついた……?』
通信回線から聞こえるトオル少年の声には、先ほどまでの無邪気な余裕は欠片もなかった。低く、地を這うような、震える声。それは、生まれて初めて「自分の絶対性」を脅かされた者が抱く、純粋な混乱と、それを塗りつぶすような爆発的な拒絶の響きだった。
『ありえない。ボクは地球を守るヒーローなんだ。みんながボクを応援して、ボクを信じてくれている。テレビの前のみんなも、パパもママも、ボクが勝つのを待っているんだ。それなのに……キミたちみたいな薄汚い、泥まみれの侵略者に、負けるわけがないんだぁぁぁッ!!』
ドン、と街全体が跳ね上がるような衝撃が走った。
アースセイバーの傷口から、制御を失った七色の超エネルギーが奔流となって溢れ出し、周囲のコンテナやクレーンを一瞬で分子レベルまで分解していく。触れるものすべてを光の粒子へと変えるその輝きは神々しく、しかし同時に、近づくものすべてを無慈悲に拒絶する「絶望の光」そのものだった。
「チーフ、奴のエネルギー出力が計測不能なレベルまで上昇しています! これは……ただの機体出力じゃない、星のエネルギーそのものを引き出しているのか!?」
『アルス、マズいぞ! あいつは傷つけられた怒りで、エネルギー炉を限界以上に暴走させてやがる! 出力の制御を捨てたんだ! 周囲の街ごと、お前を、すべてを消し飛ばす気だ!』
モニターの警告灯が真っ赤に染まり、警告音が鼓膜を容赦なく刺す。
ガイスト・リベンジャーのツイン・エーテル・ドライブもまた、限界まであと六十秒を切っていた。直列に繋がれた二基のエーテル炉は、互いの熱量で焼き切れかかり、背骨を通じてアルスの肉体に激しい負荷を与えている。操縦桿を握る両手は熱で微かに煙を上げ、皮膚からは汗と血が混じり合って流れ落ち、コックピットの床を汚していた。だが、アルスの目は死んでいなかった。
『正義は、絶対に勝たなきゃいけないんだ! キミたちみたいな悪党は、一匹も残さず、この宇宙から消えてなくなればいいんだよ!!』
アースセイバーが両腕を天に掲げると、その頭上に都市を丸ごと覆い尽くすほどの、巨大な光の球体が形成されていった。ネオ・トウキョウの夜空が、夜明けのように白く染まっていく。地球防衛軍が誇る最終破壊兵器――すべてを無に帰す、絶対消滅光流『ファイナル・ジャッジメント』。
その光の球から放たれる凄まじい引力によって、周囲のビルの残骸やアスファルトが次々と宙へと吸い上げられ、光に触れた瞬間に消滅していく。
「消えちゃええええええッ!!!」
トオル少年の絶叫と共に、光の嵐が放たれた。
「ふざけるな……!」
アルスは迫り来る光の圧力を全身に受けながら、限界を超えてレバーを押し込んだ。
「勝たなきゃいけないのは、俺たちも同じだ! お前たちには帰る家がある! 温かいスープをくれる家族がいる! 明日を疑わずに眠れる夜がある! だが、俺たちにはもう、この戦いに勝つ以外に生き残る道は残されていないんだ!」
黄金の光流が、ガイスト・リベンジャーの身体を包み込む。
ガガガガガガッ!と装甲が削れる絶望的な音が響く。右肩のガルバ隊長の形見である装甲が、アースセイバーの放つエネルギーの波動に耐えかねて弾け飛び、夜空へと消えていった。左腕のドリルも、限界以上の超高速回転によってベアリングが激しい白煙を上げている。
それでも、アルスは退かなかった。ここで一歩でも退けば、故郷のドームで待つ妹が、暗闇の中で凍える数億の同胞が、永遠に歴史の闇の中に消え去ることになる。
「綺麗な大義名分だけで、俺たちの生存を奪ってんじゃねえぇぇぇッ!!」
ツイン・エーテル・ドライブが完全に限界を突破した。
残された時間は、あと三十秒。アルスは全てのエネルギーを、焼き切れかけた左腕のドリルへと一点集中させた。赤黒いエンパイヤの怨念の炎が、アースセイバーが放つ黄金の絶滅の光を押し返し始める。
アースセイバーのコックピットでは、トオル少年が狂気に満ちた目でレバーを引いていた。
『なんで……なんで沈まないんだよ! ボクは正しいんだ! ボクの邪魔をする奴は全員悪なんだ! 悪は滅びなきゃいけないんだ!!』
彼が信じる正義の辞書には、「敵の事情」などという言葉は存在しない。ただひたすらに、目の前の異形を破壊することだけが、彼の世界の平和を守る唯一の方法だった。
だが、その純粋すぎる正義の刃は、泥濘の中で血を吐きながら足掻いてきたアルスの執念を、容易には断ち切れなかった。
ガイスト・リベンジャーの全身の装甲は容赦なく剥ぎ取られ、もはや内部のフレームが剥き出しになっていた。コックピットの計器は次々と爆発し、飛び散ったガラスの破片がアルスの頬や額を切り裂く。視界が自身の血で真っ赤に染まる中、アルスはただ一点、アースセイバーの剥き出しになった胸の傷口だけを見つめていた。
「これで……最後だ!!」
残光を撒き散らしながら、ガイスト・リベンジャーは光の奔流を突き破った。
超常の力を誇る神の如きヒーローの目の前まで、泥と血にまみれた暗灰色の鉄の塊が、必殺のドリルを掲げて肉薄する。
空間が歪むほどの咆哮を上げながら、アルスのドリルが、アースセイバーのコアへと一直線に突き刺さった――。




