二話目
耳を劈くような金属の軋みと、五感を狂わせる警報音が、アルスの意識を現実へと引き戻した。
視界を覆うメインモニターの八割は、砂嵐と赤文字のシステムエラーで埋め尽くされている。ガイスト三号機の左半身は、アースセイバーが放った余波の熱線だけでドロドロに融解していた。直撃ですらない。かすめただけで、エンパイヤの誇る最新鋭の重機神が機能停止寸前まで追い込まれたのだ。
「う、あ……あ、あ……」
レバーを握る両手は激しく震え、爪の間から滲んだ血が操縦桿を赤く染めている。
アルスは必死にハッチの手動開閉レバーを引き、煙の立ち込めるコックピットから這い出した。
そこは、かろうじて大気圏外へ離脱したエンパイヤ軍の強襲揚陸艦『ネクロニア』の格納庫だった。しかし、出発時にあれほど整然と並んでいた重機神の列は、今や見る影もない。
「負けた……。俺たちは、手も足も出ずに……」
格納庫の床に力なく膝をついたアルスの目に飛び込んできたのは、無惨な姿で回収されたガルバ隊長のガイスト一号機だった。
胸部中央に大きな穴が空き、内部の疑似エーテル炉は完全に砕け散っている。コクピットがあった場所は、アースセイバーの『セイバー・ナックル』の凄まじい衝撃によって、パイロットごと屑塊へと変わっていた。そこにはもう、アルスの肩を不器用に叩いてくれた、あの厳しくも優しい隊長の姿はなかった。
「お前が、アルスか」
声をかけてきたのは、右腕に包帯を巻いた初老の技術チーフ、ボルクだった。彼の顔は煤と涙の跡で汚れ、目は血走っている。
「チーフ……隊長は、他の皆は……」
「全滅だ。第一陣で出撃した三十機のうち、回収できたのはお前の三号機と、あの一号機の残骸だけだ」
ボルクは悔しそうに拳を壁に叩きつけた。鉄の壁がゴンと鈍い音を立てる。
その時、格納庫の大型スピーカーから、奇妙なノイズ混じりの音声が流れ始めた。通信兵が地球側の電波を傍受し、艦内に流したのだ。
『――やりました! 我らが地球防衛軍のスーパーロボット、アースセイバーが、宇宙からの残虐な侵略者『エンパイヤ』の機動兵器部隊を完全に撃破しました!』
弾んだ女性アナウンサーの声が、格納庫に虚しく響く。
『スタジオには、今日も地球を救ってくれた若き英雄、速水トオルくんにお越しいただいています! トオルくん、今の気持ちを聞かせてください!』
『うん! 悪い宇宙人たちが、ボクたちの平和な海を汚そうとしたからね。アースセイバーの怒りの必殺技で、一匹残らず片付けてやったよ! 正義は絶対に負けないからね!』
スピーカーの向こうで、無邪気な少年の笑い声と、割れんばかりの歓声、そして拍手が巻き起こる。
一匹残らず、片付けた。
彼らにとって、ガルバ隊長や仲間たちの命は、ただの「駆除されるべき害虫」に過ぎなかったのだ。彼らが守る「正義」や「平和」という美しい言葉の裏側には、自分たちの生存をかけた必死の叫びを聴こうともしない、絶対的な拒絶があった。
「一匹残らず、だと……?」
アルスの胸の奥で、何かがパチンと弾けた。
恐怖は完全に消えていた。代わりに、ドス黒い、煮え立つような憎悪が全身の血を駆け巡る。
「あいつらは……あの輝かしい正義の味方は、俺たちの何を知っているんだ! 故郷のドームで、凍えながら死を待つ子供たちの声を聴いたことがあるのか! 生き残るために戦うことが、そんなに悪いことなのか!」
アルスはガルバ隊長の亡骸が眠る一号機に駆け寄り、その装甲に額を押し当てた。
「俺は、まだ死ねない……。妹を、エンパイヤの民を、犬死にさせた仲間たちの無念を、ここで終わらせるわけにはいかないんだ……!」
アルスは振り返り、技術チーフのボルクを強い眼差しで見つめた。
「ボルクチーフ。俺の三号機を……いえ、隊長の一号機の残骸も含めて、使えるパーツをすべて俺の機体に注ぎ込んでください。地球の神様に、一矢報いるための武器を!」
「……本気か、アルス。もう正規のスペアパーツはない。ここにあるのは、壊れた重機神の残骸と、掘削用の工業用重機のジャンクだけだ。そんなものを繋ぎ合わせれば、機体のバランスは崩れ、疑似エーテル炉はいつ暴走してもおかしくないぞ」
「構いません。まともな兵器で勝てないなら、化け物になるだけです」
アルスの覚悟を前に、ボルクは深く息を吐き、不敵な笑みを浮かべた。
「よし、乗った。地球の綺麗なヒーローどもに、泥にまみれた飢えた狼の意地を見せてやろうじゃねえか。……おい野郎ども! 徹夜の作業になるぞ! 眠気はアドレナリンで吹き飛ばせ!」
そこから、ネクロニアの格納庫は地獄の鍛冶場と化した。
火花が飛び散り、重機が唸りを上げる。ガルバ隊機の強固な右腕装甲がアルス機へと移植され、左腕には地球の装甲を強引に破壊するための、超硬度チタン製の「巨大掘削用ドリル」が無理矢理ボルト留めされた。
さらに、胸部の疑似エーテル炉には、一号機の炉の残骸から抽出したコアを直列で繋ぐという、狂気的な二連動同調システム(ツイン・エーテル・ドライブ)が組み込まれた。
「出力は通常の二・五倍まで跳ね上がるが、リミッターを外してある。三分以上最大出力を出せば、炉が自爆してお前は木っ端微塵だ」
翌朝、完成したその機体を見上げながら、ボルクが告げた。
そこにいたのは、かつてのスマートな重機神ガイストではなかった。
左右非対称の歪な巨体。全身に走る溶接の跡。右肩には亡き隊長のパーソナルマークである「一筋の傷」が刻まれ、左腕には血に飢えた獣の牙のようなドリルが鈍く光る。赤黒いエーテルの光が、機体の隙間から蒸気のように噴き出していた。
「ガイスト・リベンジャー……これが、お前の新しい身体だ」
「最高です、チーフ。これなら……あの神様を引きずり下ろせる」
アルスは迷わず、漆黒のコックピットへと乗り込んだ。
システムを起動した瞬間、二つのエーテル炉から発せられる凄まじい衝撃波が、アルスの脳を直接殴りつけるような激痛となって襲いかかった。鼻からツッと血が伝う。だが、その痛みがむしろ、アルスの闘志を極限まで研ぎ澄まさせた。
『アルス・メイル、ガイスト・リベンジャー、出撃する……!』
ハッチが開き、地球の青い光が再びアルスを照らす。
待っていろ、正義のヒーロー。俺たちは、お前たちの輝かしい物語を終わらせる「悪夢」だ。




