(ヒーロー物適役側)鉄の柩(ひつぎ)から明日を望む 一話目
輝王星エンパイヤの空は、いつだって煤けた鉄の色をしている。
地表を覆う巨大な工場群から吐き出される排熱と、星の寿命と共に枯渇しつつあるエーテル光粒子の残滓が、ねっとりとした紫の雲となって天を覆っているからだ。
「おい、アルス! またそんなジャンクの山を凝視して、遠い目をしてやがる」
背後から飛んできた硬い声に、アルス・メイルは肩を震わせて振り返った。
そこに立っていたのは、顔中をオイルの汚れと歴戦の傷で固めた、先任突撃兵のガルバ隊長だった。彼が叩いたアルスの肩からは、使い古された耐圧宇宙服の繊維から鉄錆の粉がパラパラと落ちる。
「……すみません、隊長。少し、故郷のドームに残してきた妹のことを考えていました」
「ふん、相変わらず湿っぽいガキだ。だが、その感傷も今日までにしておけ。我々の戦線は、ついにあの『地球』という名の緑の惑星の衛星軌道まで到達した。今日から始まるのは、威力偵察なんて生温いもんじゃない。我らがエンパイヤが生き残るための、総力侵略作戦だ」
ガルバ隊長が指し示した先には、巨大な出撃ハンガーが広がっていた。
そこに鎮座しているのは、エンパイヤ軍が誇る重機神『ガイスト』の列だ。全高三十メートルを超える、どっしりとした鋼鉄の巨人たち。太い四肢と、胸部に埋め込まれた不気味に赤く発光する疑似エーテル炉が、重低音の唸りを上げて戦闘態勢を待っている。
彼ら輝王星の民にとって、この戦いは略奪ではなく、生存をかけた「聖戦」だった。 エンパイヤの母星は、エネルギー源であるエーテルを使い果たし、あと数年で完全に凍結する。地下ドームで怯える数億の民を救うには、エーテルを豊富に含んだ未開の惑星・地球を奪い取るしかなかった。悪に手を染めている自覚はある。しかし、退けば種族の絶滅が待っている。彼らに選択肢はなかった。
「お前が乗る三号機だ、アルス。出力調整は俺が完璧にやっておいた。死ぬなよ」
「ありがとうございます。……必ず、生きて資源を持ち帰ります」
アルスはガイスト三号機のハッチへ飛び移り、狭く、鉄の匂いが充満したコックピットに滑り込んだ。
操縦システムは骨太なレバーと物理スイッチが並ぶ、荒々しい戦士の城だ。肉体を駆動系と直結させるサイコ・インサイドを起動すると、ガイストの重厚な金属の身体が、まるで自分の肉体になったかのような錯覚と、エーテル炉の熱が背骨を伝って押し寄せる。
『全機、カタパルトへ進出せよ。目標、地球防衛軍の第一絶対防衛線。我らが鋼の足で、青き星を踏み荒らすのだ!』
艦隊司令の狂熱を帯びた号令と共に、ガイストの部隊は暗黒の宇宙空間へと射出された。
眼下に見えるのは、禍々しいほどに美しい、生命の輝きに満ちた地球。
エンパイヤの突撃部隊は、大気圏突入の摩擦熱で真っ赤に燃え上がりながら、地球の海上に浮かぶ防衛拠点へと降下していった。
「全機、主砲開け! 地球の鈍重な兵器どもを消し飛ばせ!」
ガルバ隊長の怒号。アルスもまた、牙を剥くようにガイストのトリガーを引いた。
ガイストの胸部から放たれる赤黒いプラズマ光線が、地球側の防衛艦隊や量産型の戦闘ロボットを次々と容赦なく引き裂いていく。爆炎が海面を焼き、勝利の予感がアルスの胸を駆けた。地球の科学力など、星の命を削って磨き上げたエンパイヤの重機神の敵ではない――そう思った、次の瞬間だった。
ドンッ
大気そのものが恐怖で震えるような、圧倒的な「圧」が空間を支配した。
海上拠点の中心部、引き裂かれた炎のカーテンの向こうから、それは現れた。
全高五十メートル。ガイストを遥かに見下ろす巨体。白と青、そして鮮烈な黄金の装飾で彩られた、あまりにも尊大で、あまりにも美しいフォルム。
地球防衛軍の絶対不敗の象徴。スーパーロボット『アースセイバー』。
「な、んだ……あのデカさは……!」
通信回線から、仲間のパイロットの怯えを孕んだ声が聞こえる。
アースセイバーの胸部にある、巨大なクリスタルが目も眩むような七色の光を放ち始めた。それはエンパイヤの「汚れたエーテルエネルギー」とは根本的に異なる、無限の熱量を秘めた未知の超エネルギーだった。
『邪悪なインベーダーども! この地球の平和は、ボクとアースセイバーが絶対に守ってみせる!』
コックピットに直接響いてきたのは、驚くほど若い、少年のような声だった。
その声の無邪気さと、あまりに不釣り合いな破壊の嵐が巻き起こる。
『喰らえ! ガイア・ノヴァァァァーーーッ!!』
アースセイバーが両拳を突き出すと、そこから放たれたのは、海を割るほどの奔流となった黄金の熱線だった。
それはビームなどという生易しいものではなかった。ただのエネルギーの質量兵器だ。
「回避しろッ!!」
ガルバ隊長の叫びも虚しく、黄金の光に呑み込まれた前衛のガイスト二機が、装甲の融点を無視して一瞬で融解し、粒子となって消滅した。叫び声をあげる暇さえ与えられない、完全な無への帰還。
「バカな……! 一撃で、我が軍の重機神を跡形もなく……!?」
アルスは歯の根がガタガタと震えるのを止められなかった。
目の前にいるのは、戦うための兵器ではない。正義という名の衣を纏った、理不尽な「神」そのものだった。
「ひるむな! 距離を詰めて叩け! 奴は一機だ!」
ガルバ隊長が機体を激しく加速させ、アースセイバーの懐へと飛び込む。ガイストの巨大な実体剣『デス・サイズ』が、アースセイバーの太い首筋めがけて振り下ろされた。星をも両断せんとする、決死の一撃。
だが、アースセイバーは避けることすらしなかった。
黄金の光の障壁が展開され、デス・サイズは火花を散らして虚しく弾き返される。
『無駄だよ! 正義の力は、キミたちのどんな攻撃も通さないんだ!』
アースセイバーの右拳が、信じられない速度で突き出された。
『セイバー・ナックルッ!!』
ロケットの噴射を伴って放たれた巨大な拳が、ガルバ隊長のガイストの胸部を完璧に貫いた。疑似エーテル炉が激しくスパークし、機体が歪にへし折れる。
「隊長ーーーっ!!」
アルスは叫び、我忘れて三号機を突進させた。しかし、アースセイバーは一瞥もくれず、貫いたガイストをそのまま海へと叩き落とした。
『次はお前だ、悪党め!』
アースセイバーが背中の巨大な翼を広げ、天空へと舞い上がる。その姿は、逆光の中で神々しく輝き、地球の空に巨大な影を落としていた。アルスが見上げるその頭上で、アースセイバーは額のランプを明滅させ、次なる必殺技のチャージを始めていた。
圧倒的な力。洗練されたデザイン。非の打ち所のない「正義の味方」。
しかし、その足元で赤黒い炎を上げて沈んでいく仲間たちの骸を見つめながら、アルスの心の中にあった恐怖は、冷酷な怒りへと変色していった。
(ふざけるな……。俺たちが悪だと? じゃあ、何も知らずに飢えて死んでいく俺たちの家族は、死んで当然の悪だというのか……!)
アースセイバーの手から、光の巨大な剣が形成されていく。
アルスは壊れかけたレバーを血が滲むほどに握り締め、光り輝く絶対的なヒーローに向かって、怒りの咆哮をあげた。




