第五話 測れるもの――指示
次の検査室には、机が五つ並んでいた。
机の上には、色の異なる木片、数字札、歯車、短い紐、大小の重りが置かれている。
藤堂が部屋の中央に立っていた。
「次は、指示された順序で道具を動かしてください」
藤堂は穏やかに言った。
「最初は、指示を紙で渡します。次は口頭。最後は、作業中に別の指示を追加します」
白瀬が道具を覗き込む。
「組み立てるんですか?」
「組み立てても構いません。ただし、完成品を作る課題ではありません」
白瀬は少し残念そうな顔をした。
「動かす順番、作業時間、間違い、修正の仕方を見ます」
机の上へ、最初の指示書が伏せて置かれた。
藤堂は全員が席に着くのを待つ。
「始める前に一つ」
学生たちが顔を上げた。
「誰かが早く終わっても、焦らないでください」
藤堂は柔らかく微笑んだ。
「隣の人と同じ結果になる必要はありません」
琳斗は伏せられた紙へ目を落とした。
何を測られているのか。
どこまでできるのか。
どこから崩れるのか。
その境目は、自分にも分かるのだろうか。
「始めてください」
紙を裏返す音が、ほぼ同時に重なった。
琳斗は指示書へ目を落とす。
一、青い木片を机の左上へ置く。
二、数字札の三と七を入れ替える。
三、小さい重りを赤い木片の上へ載せる。
四、長い紐を二つ折りにする。
五、歯車を大きい順に並べる。
難しい指示ではない。
琳斗は一行ずつ読み、書かれた順に手を動かした。
青い木片を左上へ置く。
三と七を入れ替える。
小さい重りを取る。
赤い木片へ載せようとしたところで、隣から硬い音がした。
白瀬が歯車を一つ倒したらしい。
琳斗はそちらへ目を向けかけ、手を止める。
今は赤い木片だ。
重りを載せる。
紐を二つ折りにする。
歯車を大きい順に並べた。
「終わりました」
白瀬の声が最初に上がった。
琳斗は自分の机を見直した。
順番は合っている。
「終わりました」
ほかの三人も続いた。
藤堂と補助員が、机を一つずつ確認していく。
白瀬の机では、歯車が大小の順に並んでいる。しかし、中央の二つだけが噛み合わされていた。
「これは?」
藤堂が尋ねる。
「並べるだけだと転がったので、噛み合わせました」
「指示にはありません」
「禁止とも書いてありません」
「なぜ、この二つだけを?」
「全部を噛み合わせると、右端が机から出ます。二つなら収まるので」
藤堂は歯車を軽く回した。
隣の歯車も反対向きに動く。
「並べ終わるまでの時間は、少し長くなっています」
「はい」
「転がるままにして、早く終える方法もありました」
「でも、並べた後に崩れます」
「それを避けたかった?」
「避けられるなら」
藤堂が記録用紙へ書き込む。
「分かりました」
琳斗の机では、青い木片が左上にある。
三と七は入れ替わっている。
重りも、紐も、歯車も指示どおりだった。
「途中で一度、手が止まりましたね」
「音がしたので」
「何の音か確認しましたか」
「しませんでした」
「なぜです?」
「自分の作業と関係がなかったので」
「関係がある音だった可能性は?」
琳斗は少し考えた。
「あります」
「では、なぜ見なかったのでしょう」
「見たら、どこまで進めたか分からなくなると思いました」
藤堂が一度うなずいた。
「分かりました」
◇
最初の検査が終わると、指示書は回収された。
次は何も書かれていない机の前で待たされた。
「今度は、口頭で一度だけ伝えます」
藤堂が言った。
「質問は、説明が終わってから受けます。ただし、指示そのものを繰り返すことはしません」
白瀬が姿勢を正した。
「青い木片を中央へ。四の札を裏返す。短い紐で二つの歯車を囲む。大きい重りを右端へ移す。その後、赤い木片と黄色い木片の位置を交換してください」
藤堂は一定の速さで言った。
「始めてください」
五人の手が動く。
琳斗は、聞いた順序を頭の中で繰り返した。
青を中央。
四を裏返す。
短い紐。
二つの歯車。
大きい重りを右。
赤と黄色を交換。
青い木片を持つ。
中央へ置く。
四の札を探す。
裏返す。
短い紐を取る。
二つの歯車。
どの二つとは言われていない。
琳斗の手が止まった。
隣では、白瀬が最も小さい二つの歯車を紐で囲んでいる。
向かい側の学生は、大きい二つを選んだ。
琳斗は中央に並んでいた二つを囲んだ。
大きい重りを右端へ移す。
赤と黄色を交換する。
「終わりました」
一人が声を上げる。
それに続き、全員が手を止めた。
藤堂は、歯車を囲んだ紐を見る。
「二つの歯車について、質問はありませんでしたね」
誰も答えない。
「選び方が分かれました。どうして、その二つにしましたか」
最初の学生は、大きい歯車を指した。
「目立っていたからです」
白瀬は小さい歯車を見る。
「紐が短かったので、確実に囲める物を選びました」
琳斗は中央の二つを見た。
「近くにあったので」
「どれが正解ですか」
白瀬が尋ねる。
「正解は決めていません」
「決めていない?」
「指示が不完全な時、どう補うかを見ました」
白瀬は机上の紐を見る。
「聞けばよかったんですね」
「質問しても構いませんでした」
「でも、指示を繰り返さないと言いました」
「繰り返しはしません。ただし、『どの歯車か』という確認には答えます」
「答えはあったんですか?」
「こちらで指定するつもりでした」
白瀬はわずかに眉を寄せた。
「質問しなかった場合だけ、選び方を見る?」
「はい」
「ずるくないですか」
「検査ですから」
藤堂は穏やかに答えた。
白瀬は何か言いかけたが、口を閉じる。
◇
「次は、作業中に指示を加えます」
補助員が机の上を元へ戻していく。
「最初の指示は三つです。数字札を小さい順に並べる。木片を同じ色ごとにまとめる。歯車を重ならないよう、机の奥へ置く」
藤堂が一度、全員を見る。
「始めてください」
琳斗は数字札へ手を伸ばした。
一、三、四、七、九。
小さい順に並べる。
木片は青、赤、黄色。
同じ色を集める。
歯車を奥へ置こうとした時、藤堂の声が入った。
「追加します。数字札の偶数を裏返してください」
琳斗は四を裏返す。
「黄色い木片は、まとめずに一列へ並べてください」
一度集めかけた黄色を戻す。
「歯車のうち、最も小さい物は手前へ置いてください」
奥へ運びかけた小さな歯車を引き戻す。
さらに声が続く。
「七の札を左端へ移してください」
数字札の順序が崩れる。
琳斗は七を左へ移した。
最初の指示では、小さい順に並べるはずだった。
追加指示では、七を左端へ置く。
両方は満たせない。
手が止まる。
どちらが後の指示か。
追加された方だ。
七を左端へ残す。
しかし、ほかの数字札は小さい順に並べ直した。
「終了してください」
藤堂の声がかかる。
琳斗は手を離した。
五つの机は、それぞれ違う形になっていた。
一人は七を左端へ移した後、残りの札を触っていない。
一人は最初の小さい順を優先し、七を元へ戻している。
白瀬の机では、七だけが数字札の列から離れ、左端へ単独で置かれていた。
「神代君」
藤堂が琳斗の机を見る。
「なぜ、七以外を並べ直しましたか」
「最初の指示も、取り消されてはいなかったので」
「七を左端へ置くと、小さい順ではなくなります」
「はい」
「矛盾していると思いましたか」
「思いました」
「では、どうしました?」
「両方に近い形にしました」
「白瀬君は?」
白瀬は離して置いた七を見る。
「数字札を小さい順に並べた列と、左端の七を別にしました」
「七は数字札では?」
「数字札です」
「では、同じ数字札を二か所へ置くことはできません」
「できないので、列から外しました」
「最初の指示から外れていますね」
「七を左端に置く方が後でした」
藤堂は記録する。
「では、最初の指示は無効になったと?」
「七についてだけは」
「なるほど」
向かい側の少年が手を挙げた。
細い眉の下で、机を見つめている。
「追加指示を受けた時点で、前の指示が残るかどうかを確認するべきでしたか」
「確認してもよいです」
「確認しない場合は、解釈を見る」
「そのとおりです」
少年はうなずいた。
篠原透だった。
琳斗は名前と顔が、ようやく一致した。
同じ指示を聞いたはずだった。
それでも、完成した机は一つとして同じではない。
間違えた者がいたわけではない。
全員が、自分なりに足りない部分を埋めていた。
琳斗は、左端に置かれた七の札を見る。
指示に従うだけでも、人によって答えは変わる。
それなら、指示を出す側は、どこまで伝えなければならないのだろう。




