トカゲ
辺りがすっかり暗くなった頃。オレが明かりと暖をとるため炎の番をやっている一方、ネイさんはライターを手にしたまま未だに踊り続けていた。
「フフフ……本当に嬉しそうだな」
そんな幼子の如く、戯れる彼女を眺めていたら……
グ~!
腹の虫が鳴るではないか。
「そういば、そろそろ飯時か……」
オレは食べ物を探すためリュックを漁る。すると、ブドウ味とリンゴ味のゼリー飲料が出てきた。
「栄養が取れるだけマシか……」
取り敢えずそれだけを用意すると、踊り狂うネイさんへ声をかける。
「おねーさーん! ご飯にしませかー?」
ひとしきり踊って気が済んだのか、彼女はゆっくりとした足取りでこちらへ向かって歩いて来る。
「え~と、こんなモノしかありませ……んんん!?」
オレは近づいて来るネイさんにゼリーを勧めようとする。しかし、彼女の右手には何故かバタバタと必死にもがく全長一メートル程あるトカゲが尻尾からぶら下げられていた。
「え、え~と……」
この光景を目撃したオレの頭には二つの“まさか?”という疑問が浮かんでいた。
「あの……お姉さん。このトカゲは?」
「捕まえた」
笑顔で返される……一つ目の“まさか?”は当たりだ。
「……何のためにトカゲを捕まえたんですか。」
「食べるために決まってるでしょ?」
笑顔で返される……二つ目の“まさか?”も当たりだ。
「クエ~!」
そして、捕まってるトカゲは己の運命を悟っているのか、悲しそうな声で鳴く。いや、泣く!
「ちょっと待っててね。今すぐに締めるから」
「え? 締め……?」
オレが言い終わるのも待たずに、ネイさんは腹に携えてあった短剣を抜くと、躊躇なけトカゲの喉を切り裂いた!
「クエェェェェェェーーーーー!!!」
悲しいまでの断末魔を上げて大量の出血をするトカゲ。この瞬間に彼の人生……いや、トカゲ生は終わりを迎えるのだった。
「うわぁ……」
爬虫類とはいえ、あんな惨めな死に様を見せられると同情したくもなる。
「さぁて、最初の見張りはアタシだから、シルベが寝ている間にじっくり焼いておくね♪」
「わ、わぁー、そ、そいつは、た、楽しみデスネ」
何とか絞り出した声で返事を返したオレは、持っていたゼリーをそっとリュックへ戻した。
「じゃあ、出来上がったら起こすから!」
「ハ、ハハハ……よ、よろしくお願いします……」
起きがけにトカゲとは、キツイそうだな。
自分の近未来に一抹の不安を覚えながら、地面へ横になろうとしてると……
「そうそう、最初の一口はシルベに譲るね!」
「あ、ありがとうございます……」
自然な笑顔で伝えてくるネイさんに対し、オレは不自然な笑顔で礼を言うしかなかった。
「頭が一番美味しいから、楽しみにしててね♪」
しかも、頭から食べるのか……
一抹どころか、百抹くらいの不安を抱えるオレは、とにかく現実逃避したくて横になる。
「ああ……どうなるんだろな、オレの運命は?」
不安過ぎて眠れないので、羊でも数えてみる。どれだけ数えても眠れる気はしないが……
――――その後、どれくらいの時間が過ぎただろうか? たぶん羊を二〇〇〇匹まで数え終えた頃だったと思う。
「シルベーーー! トカゲが焼けたわよーーー!」
ついに、ネイさんからのお呼びがかかってしまった!
「やれやれ、ついに運命の瞬間ってヤツか」
覚悟を決めて向けた視界の先には、まるでケーキでも焼いたみたいなノリで、串刺しにされたこんがりキツネ色のトカゲを手にしたまま手招きするステキな女性が見えた。
「ふぁあああ! 美味しそうに焼けてますね~」
トカゲがどれだけ美味しく焼けるかは疑問だが、言うだけは言う。
「でしょ? 中身を少し生焼けにするのがコツなんだよ!」
「へぇ~、そんなこと初めて聞きましたよ」
本当に初めて聞いた。
「さぁ、シルベ。約束だった最初の一口をどうぞ♪」
言いながらネイさんは、串刺しにされたトカゲの頭をオレに向ける。
「さぁ、口を開けてあーん!」
たしか、頭が一番美味しいと言ってたな。
「で、では、お言葉に甘えて……」
トカゲと目が合うのが怖いから、あさっての方向を見ながら頭にかぶりつく。
「どうかなシルベ?」
絶対に怒られる感想しか思いつかないが、女性の手料理に対する返事は昔から決まっている。
「うん! とっても美味しいよ!」
オレは全身全霊のあらゆる力を駆使して、この言葉を絞りだした。
「ふふーん! アタシは錬金術もだけど、料理もなかなかのなのよ!」
自分の手料理を評価してもらい、ネイさんは満足気だが……また出てきたな錬金術。
トカゲの頭をボリボリ噛み砕きつつ考える。度々出てくる錬金術というワード。当然だが、この二一世紀において、それはファンタジーの産物でしかない。
なのに、ネイさんは自信たっぷりにそれを口にする。
「一体何故だ?」
「何が“一体何故”なの?」
「どわぁぁぁーーー!」
集中してる時の急な問いかけに、オレはひどく慌てる!
「ねぇ、シルベ? 一体何故っどういう意味?」
「え、え、そうですね、え~と……トカゲ! このトカゲが一体何故、こんなに美味しいのかって感動してたんですよ! ハハハ……」
焦りながらも何とか上手く返す……返せたと思うが?
「え、そんなに美味しいの? よかったぁ。シルベに喜んでもらって♪」
オレに喜んでもらって……? そんな反応をされると、騙してるみたいで罪悪感が湧いてしまう。
「はい、シルベ。もう一口あーん!」
けど、今しがた頭を噛られたばかりのトカゲを差し出されては、その罪悪感も……ねぇ?
ただ、男としては女性からの「あーん」を受け入れないわけにもいかないので……
「い、いただきます……」
大人しく口を開くしかなかった。
――――何度かの「あーん」を繰り返された後、ネイさんは唐突にトカゲの頭から腰の部分までを指でなぞりながら言う。
「この部分までは、シルベが食べていいよ」と。
つまりは、オレに上半身を担当させるってことを言っているらしい。
「いや、それはさすがに無理!」
そう告げようとしてネイさんの顔を見ると、満面の笑みを浮かべている。
「……フッ、仕方ないか。ここは男、導 輝道……根性を見せてやるぜ!」
覚悟を決めたオレは、自ら危険へ飛び込む!!




