ライター
夜の森は昼間とは違って少し肌寒い。なので……
「シルベ寒くない? ほら、こうしてアタシとくっつけば、お互いの体温で暖まるわよ……ね?」
そう言って、ネイさんは身に纏ったマントの片側を広げてオレを誘ってくる。
「いいんですか、お姉さん?」
「うん、シルベならぜんぜん平気。さぁ、こっちへ……」
言われるがままに側へ近づく。
「シルベ……早く……」
「お姉さん、オレ……」
「シルベ……早く……」
「お姉……」
「シルベ! 早く!」
「ハッ!?」
オレは妄想の世界から呼び戻される!
「ボ~としてないで、早く歩く!!」
「あ、ハイ! 今、行きます!」
そ、そうだった。オレ達は街に向かってる途中、日が沈み始めたために野営ができそうな場所を探している途中だったんだ。
「いやはや……それにしてもどうしたものか?」
じつは“二人で野宿”と聞いて以来、オレの中ではイケナイ妄想が膨らみっぱなしなだった。だいたい、十五の少年に“夜に女性と二人っきり”なんて状況はフレーズ的に刺激が強過ぎる!
まぁ、刺激を受けてるのはオレの勝手だけど……
「シルベ?」
でもこれって、何も想像しない方が不自然じゃないのか? いや、逆に想像することが健全な気さえしてくるというものだ。
「お~い、シルベ~?」
それに十五歳いえば、戦国時代では元服として立派な大人。ならばここは、余計なことを考えず本能の赴くままに……
「シルベぇぇぇぇーーーー!!」
「どわわわわわわわわっ!!」
急な大声に驚くオレ。正直、心臓が飛び出すかと思った!!
「ほら、着いたわよシルベ。今日はここで野宿よ!」
「ハ、ハイ、わかりました! よろしくお願いしますです!」
ちなみに今夜過ごす寝床は、ある程度の寒さや風が防げるということで、大きな岩に囲まれた隙間みたいな場所に決まった。
そして、場所が決まれば次は明かりだ。道すがらで拾った焚き火用の枯れ木を一ヵ所に集め準備を始める。
「ところでシルベ、順番のことなんだけど?」
「え? 順番って?」
ななな、何の順番だ?
「見張りの順番よ」
「あ、ああ~、見張りですね。ハイハイ!」
そりゃそうだ。
「シルベは疲れてるみたいだから、最初はアタシが見張りをやるわ。だから、その間はゆっくり休んでて」
疲れてる? どうやらネイさんの目には、オレが軟弱な坊やにでも映っているらしいな。
「いえ、こう見えてもけっこう鍛えてますので、最初の見張りくらいはオレがやりますよ!」
っと力強く言い、胸を叩いて男らしさをアピールする。
「ううん……いいからアタシにやらせて。シルベには色々と助けてもらったしね」
「助けた?」
「川で食べ物を分けてくれたことや休憩の時に水をくれたことよ。荷物は失くしちゃた身としてはすごく助かったわ」
ああ、そういえば荷物は川に落として流されたって言ってな。
「……わかりました。なら、御気持ちに甘えます」
気を遣ってる彼女に、これ以上坑がうのはかえって失礼……そう思い、ここは受け入れることにする。
しかし、“助けてもらった”か……
オレが両親が消えてしまって不安になっていた時、ネイさんは“可能性”という形で希望を与えてくれた。
帰る場所がわからない時、当たり前の様に“一緒にいこう”とやさしく気遣ってくれた。
「ハハハ……どう考えても、助けてもらったのはオレなのにな」
己の不甲斐なさを笑っていると、目の前でネイさんが大きめの木の破片に棒切れを立てて両手でグリグリと擦る様に回している姿が目に入った。
「あの、お姉さん? 何をなさっているんです?」
オレは“まさか”と思いながらも尋ねた。
「くっ、くっ……ひ、火をつけようとしてるに決まってるじゃない?」
そのまさかだった。
「はぁ、はぁ……もう少し、もう少し……」
一生懸命にがんばるネイさん。その姿は健気でかわいくも見えるが……
「お姉さん。よかったら、これ使ってください」
さすがにこんな原始的な方法は効率が悪過ぎると思い、持っていたライターを差し出す。
「くっ、くっ、な、何それ?」
この懸命に火をつけようとしている状況で、返される言葉としては想定外だ。
「くっ、くっ、くっ!」
だけど、このままでは明らかに埒があかないのは明白。
「ちょっと失礼します」
「はぁ、はぁ、ん?」
息を切らしてまで非効率に拘るネイさんの横から、そっとライターで火をつける。
「……え? ええ?えーーーーーーー!!?」
むちゃくちゃに驚くその顔は、まるで初めてライターで火をつける場面に遭遇した原始人の如き反応だ。
「こんなの初めて見た~!!」
原始人の反応だった。
尚、このライターは父さんがどこぞの店でもらってきた極々普通のライターであるはずなのだが……
「ねぇ!ねぇ!シルベ! それって何? 見せて!見せて! お願いだから、ねぇってばシルベ!」
ネイさんはそんな普通のライターへ、異様なまでに興味を持つ。
「……どうぞ、自分の手にとってじっくり見てください」
オレは戸惑いながらも彼女にライターを手渡す。
「これ、名前は?」
「ライターですけど?」
「……らいた?」
「いえ、らいたではなくライターですよお姉さん」
「……らいたあ?」
ネイさんはオレの話を聞きながらでも両手で大事そうに抱えたライターをまじまじと見つめている。
「あの、それ二本あるので、よかったら差し上げますよ?」
「え? これをもらってもいいの!? “やっぱり、やーめた”とか後から言わない!?」
「それはないですから、安心してください」
そう言ってやると、ネイさんは「二度と離さない」といわんばかりにライターを抱き締める。
「ありがとう、シルベ!」
そして、よほど嬉しかったのか、今度はライターを高く掲げたまま踊り始める。
「わーい!わーい!」
子供のように無邪気な顔で戯れる彼女の姿を見て、オレは自分の心が癒されていくことを実感する。
「まったく、本当に楽しそうにしてる……」
「きゃ!」
「あっ、こけた」
やれやれ……こりゃ、そろそろ止めた方がいいかな?




