先
死ぬ気で食べ切ったトカゲの上半身のおかげで腹を満たされたオレは、下半身を食べ終わったネイさんと見張りを交代する。
「シルベ。二時間で起きるから火の番をよろしくね」
「わかりました。二時間ですね……ん?」
既にネイさんは、マントにくるまって地面に横になろうとしていたが……
「あの、お姉さん。時計とか持ってないんですか?」
時計があるなら、明確に起こす時間がわかる……そう思って訊いてみたが?
「時計ですって? そんなもの持ってる訳ないじゃない?」
横になっていたネイさんは、こちらに向き直して言う。
「でも、二時間で起きるって言いましたよね? 時計なしで時間がわかるんですか?」
この質問に彼女は笑みを浮かべる。
「フフフ……シルベ君、錬金術師の知識をなめてもらっちゃ困るわね」
そう言って、得意そうな顔でわざわざ起き上がると、人差し指を左右に振って得意そうに答える。
「時計なしでも時間がわかる方法、それは体内時計よ!」
「……わかりました。それでは二時間後の交代でお願いします」
納得して横になろうとしてると、ネイさんは何故か慌てる。
「ちょ、ちょっと! その反応そっけなく過ぎない? 体内時計と言っても、錬金術師の体内時計なのよ!」
体内時計は体内時計だろうに……
「あの……それって、決まった時間になったら目が覚めたり、お腹が鳴ったりするアレですよね?」
「概ねその通りよ。でも、お腹が鳴るのは腹時計だからね?」
ネイさんの話は続く。
「それから体内時計とは人間は元より、生物が活動する周期によって決定されるものなの。例えるなら魚の回遊や鳥の渡り、植物の開花みたいにね」
「な、なるほど……」
こうやってそれらしい説明を聞いていると、錬金術師という怪しげな肩書きが伊達ではないことを窺わせる。
「それじゃ、お姉さんが言う錬金術師の体内時計とやらはどういったものなんですか?」
「オホン! では説明してしんぜよう!」
ネイさんは軽く咳払いをすると、魅力的な胸を張って語り始める。
「錬金術師の体内時計とは、ズバリ、絶対時間感覚よ!」
「……言いますと?」
いまいちピンと来ない。
「体内時計が生物が活動する周期で決定する……って話はしたよね?」
「ハイ、確かに聞きました」
「絶対時間感覚とは自身の活動や体調はもちろん。太陽の動き、季節の変動……そして、体調変化などのあらゆる要素に全く影響されない。ようするに起きてる時も寝てる時も完璧に時間を把握できる能力というものなのよ!」
つまりは絶対音感の時間版ってことか……
「それは大したものですね」
「フフン♪ 少しは錬金術師の偉大さを理解できたかしら?」
ますます胸を張るネイさん。しかも、凄いドヤ顔でだ。
「じゃあ説明はこれで終わりにして……二時間後によろしく~♪」
そう言うと、焚き火を背にしてすぐに寝てしまう。
「グーグー……」
早っ! もう熟睡しているよ。
――――慌ただしく更けていく夜。オレは焚き火の炎を見つめながら無意識にネイさんと出会ってからのことを考えていた。
「彼女は一体何者なんだろうか?」
ライターを知らなかったり、トカゲを躊躇なく捕まえて食べたりはまだいいとして……オレと一緒で消えていないのは何故なんだ?
オレが見た限りでは、あの時はそこら中の人間が、両親を含めて分け隔てなく消えていた。
「なのに……なのに、オレとネイさんは消えていない。それにネイさんが話した消えた人達の行方、消えた行方だって……」
……ん、待てよ? そもそも二人が消えていない理由は同じなのか?
もし、もしもだ! 仮にオレとネイさんの《《どちらかだけ》》が世界から消えた存在だとしたらどうなる? その消えた人間は、“消えた先”に存在していることになるんじゃないのか!?
「そして、もしその消えた人間がオレの方だとしたら?」
あの自宅のドアを開けた瞬間、オレは見知らぬ森にいた。
これを自分が世界から消えて、その先……先の世界へ一瞬で移動したと解釈すれば……辻褄は合う!!
それにその理屈なら、ネイさんは必然的に《《消えた先にある世界の人間》》ということになり、消える理由が失くなる!
となると、消えた先は元の世界とは異なる世界だから……!?
「ま、待て! いくらなんでもその結論は突飛過ぎる。過ぎるが……もしその結論が正しければここは……」
自らが導き出した信じ難い結論。だが、それは紛れもない確信となって自身を納得させる真実へ変わる!
そう、今いるこの場所が異世界だという真実に……




