賢者の石と愚か者
大男が言っていたことがもし事実だとするなら、春野さんは少なくとも二年前にはこの世界へやって来たことになる。
「どうやらこれは……彼女とは一度じっくり話す必要がありそうだ」
しかし、残念なことに今のオレにはそんな暇がない。何故なら、新たに任された宣伝用のビラ配りへ集中してるからだ。
「さぁ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! 今宵を盛り上げる“賢者の石と愚か者”の幕がもうすぐ上がるよ~!!」
ビラを受け取った人達が次々に会場の方へ入場していくなか、ここでふとした疑問が過る。
「そういえば、演目である“賢者の石と愚か者”ってどんな物語なんだ?」
物語の内容を知らなかったオレは、たまたま近くでビラを配っていたモニカさんへ声をかける。
「モニカさん!」
「何だいテルミチ。何か用かい?」
「あの、演目の“賢者の石と愚か者”って、どんな話なんですか?」
好奇心から質問したつもりだったが、彼女は呆れた顔をして見せる。
「あ、あんた……あんな、子供でも知ってる超有名な物語を知らないと言うのかい?」
「え、ハイ、スミマセン……」
「はぁぁぁぁ……」
オレの答えを聞いて、大きなタメ息をつくモニカさん。
「まぁ、知らないなら仕方ないさ。いいかい? “賢者の石と愚か者”っていうのはね、いわゆる御伽噺の一種であって――――」
昔々……まだ世界に幾多の国が存在していた頃、人々は悠久の平和と繁栄を謳歌していた。
ある者は笑い。
ある者は歌い。
ある者は恋をする。
ある者はより素晴らしい暮らしを求めていた。
そして、ある賢者は不思議な石を手にしていた。
彼がどのような経緯で石を手にしたのかは定かではない。っが、石に無限の力が秘められている可能性を感じた彼は研究に没頭していき、やがて数年数十年の月日が流れる。そして、髪が白く変わった頃には石の力を完全に理解するにまで至っていた。
ただ……それは同時に石には図り知れぬ危険性が同居している事実をも知ることになる。
――――ある日のこと、賢者は研究の資金が枯渇してしまう事態に陥ってしまう。
「資金さえ……金さえあれば……」
悲壮感に暮れるなかで思わず石の前で弱音……“願い”を吐き出した瞬間だった。何と、彼の目の前には突如見たこともない量の黄金が出現していたのだ!
「こ、これは……黄金? ま、まさか……石が願いを叶えたとでもいうのか?」
我ながら荒唐無稽な発想としながらも、賢者は己の出した答えを受け入れる……っと同時に恐怖も覚えていた。
何故なら願いが叶えられにも関わらず、自分自身に何の異変もなかったからだ。
「見返りや代償がなく、願いが叶ったのか?」
一見すると夢のような話。だが、もし本当に見返りや代償もなく願いが叶うとしたら人間はどうなる?
「そんなのは決まっている。良くて堕落……悪くて世に混乱をもたらすだけだ!!」
石が悪用される未来を危惧した賢者は、直ちに石の隠匿を試みる……
――――数日後。賢者は人々の前から消え、石はとある男の手に渡っていた。
男がどのような経緯で石を手にしたのかは定かではない……っが、男か石を手にしたその日から世界は大きく変わり始めたのは明らかだった。
――――数年後。石へ願い続けた男は、“王”と崇められる存在にまでなっていた。
そう、これは男は己の欲望と野心を成就させることのみを石へ願い続けた結果。
無論、それまでに男の身勝手さを戒めようとする者達は多く存在していた……っが、それらの全ては石の力で尽くかき消され、時には見せしめにとその者達の国を丸ごと滅ぼす形で封じることさえもあった。
そして、そんな男の独裁的な支配が続いたある日に事件が起きる。
「石が盗まれただと!? 厳重に管理してたはずなのに何故だ!?」
男は狼狽えるも、犯人は程なくして判明する。なんと石を盗んだのは男の愛する妻であり、かつて石の力で滅ぼされた国に縁がある女だったのだ!
――――月日が経ち、復讐者となった女は再び夫であった男の前に現れて石を掲げる!
「家族、同胞……そして、国の仇を今こそ取らせてもらうぞ、愚かな王よ!!」
男はこの瞬間に確信する。彼女が願う先にある自分の運命を……
「そうか……私はこの世から消えるか。フフフ……石に魅了された愚か者にとっては似合いの末路というものだ」
消える間際、男は己へ問いかける。
「なぁ、かつて賢者と呼ばれた者よ……お前は一体どこで道を間違えた?」
誰が答えることでもない問いの答え。それは消えゆく男以外には決してわからない……
「――――ここで物語は、一応終わりさ」
語り部のモニカさんは、そう言って話を締め括った。
「なるほど。結局のところ、石に魅了された者は、石の力によって消えてしまうというわけか……」
物語としては良く出来ていて面白い。面白いが……
「一ついいですか?」
「何だい?」
「物語は一応終わりと言いましたが、その一応とはどういう意味があるんですか?」
「ああ、それはね……」
モニカさんが説明しようとしたその時。
「劇団長!」
彼女を見つけた団員が、慌ててこちらへ駆け寄って来た。
「はぁ、はぁ……劇団長、リハーサルの用意が整いました」
「おや、もうそんな時間だったかい?」
どうやら邪魔が入ったようだし、呑気に話せるのはここまでみたいだな。
「じゃあ、すぐにそっちに向かうとして……テルミチ、悪いけど続きはまた今度でいいかい?」
「ええ、またその時が来たらお願いします」
これにモニカさんは頷いて了承すると、急いで報告に来た団員と共にどこかへ走り去る。
そして、一人取り残されたオレはというと……
「さぁ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! 今宵を盛り上げる“賢者の石と愚か者”の幕がもうすぐ上がるよ~!!」
また途中だったビラ配りを健気に再開させるのであった。




