春野 香への興味
舞台の準備が大半終えてから一息ついていると、オレは唐突にモニカさんから尋ねられた。
「テルミチ。アンタ、カオリと知り合いなのかい?」
「カオリ……春野さんですね。え~と……」
この場合、何て答えればいいんだ? 彼女とは一応のクラスメートの間柄にはなるけど……
そんなふうに悩んでいたら、不意に一つの“答え”が浮かぶ。
「彼女とは同郷の仲なんです!」
住んでた世界は同じだから嘘ではない。
「同郷? カオリとは故郷が一緒っていうことかい?」
「ハ、ハイ、そうなります!」
オレは若干、目を逸らして答えた。
「ふ~ん……じゃあ、一つ聞いてもいいかい?」
「オレにわかることでしたら」
とは言ってみたが、何を聞かれるんだろ?
「カオリには男がいるのかい?」
「……え?」
突拍子もない質問に、一瞬頭がフリーズしかける。
「え、えっと……仰ってる意味がよくわからないのですが?」
「すまないね。言い方が少し回りくどかったよ」
回りくどい? どういうことだ?
「では改めて……テルミチ。アンタはカオリの男なのかい?」
「……スミマセン。ますます仰ってる意味がわからないのですが?」
オレが明らかに呆れた様子で答えると……
「あれ? もしかして違うのかい?」
「違います……って、テントでも『誤解』だと説明しましたよね!」
「そ、そうだったかい?」
「そうでしたよ!!」
まったく、勘違いも甚だしいものだ。本心としては満更でもないけど……って、そんなことよりもだ!
「その、モニカさんはどうして春野さんの男……交際事情なんかを知りたいと思ったんです?」
「ん? そんなのはもちろん、あの子が心配だからに決まってるじゃないか」
「心配とは?」
「……これはアンタとカオリが同郷のよしみとして話すけど、じつは彼女には入団したての頃から妙な違和感……影みたいなものを感じるんだよ」
「影? それが男の存在だと?」
「私はそう睨んでいたんだけど……どうやら外れたみたいだね」
「ええ、大外れでしたね」
「……アンタ、けっこう言うんだね」
多少の皮肉を込めたセリフは、余裕を持って返される。そして……
「それでは話は終わったみたいですし、まだ仕事が残ってるから戻りますね」
「ああ、舞台場の床磨きだったね。よろしく頼むよ」
――――数十分後、他の団員達に混じって一生懸命に舞台場の床をボロ布で磨いていた時だ。
「よぉ、あんちゃん。がんばってるみたいやのぉ!」
この口調は……
「大男さん、何か用です……え?」
見上げた先には、異常にガタイがいい褐色の王様が立っていた!
「え、え、大男さん?」
「他に誰がいるっちゅうねん?」
質問にキョトンとされるのはいいとして……
「な、何か御用ですか?」
「まぁ……な」
大男は何かを警戒するように周囲を見回してから言う。
「少し込み入った話があるさかい、場所を変えてもええか?」
「かまいませんが、まだ床磨きが……」
「そんなら大丈夫や。劇団長はんからは許可をもろうとるさかい」
「モニカさんから?」
なら問題ないか。
「わかりました。それじゃいきましょう」
「おおきに……」
――――舞台場を離れて向かった先は、古びたベンチが設置されてる静かな場所。
「さて……どう話せばええのやら……」
ここに来て会話の糸口を探し始める王様……もとい大男。その悩める姿は心なしか落ち着きがない。
「……大男さん?」
「ああ、すまん。じつはなワシ……その……何や?」
「いやいや、“何や”と言われても聞き手には見当がつきませんよ」
「せ、せやったな、すまん」
何だろうか? 話したいことがあるはずなのに……迷ってるのか?
「え~と、あの~、う~んと~」
ただ、この図体でいつまでもウダウダされるのは鬱陶しいので……
「あの、言いたいことがあるなら早くしてくれませんか? オレだって暇じゃないんですからね」
「わ、わぁとるわ! い、言うわ。言うから……その、ちょっと待ってぇな」
「待つ? オレは暇じゃないと言いましたよね?」
「だから、わぁっとるって、 ちゃんと言うから、深呼吸だけやらせてくれや。な?な?」
「……だったら、さっさとやって、さっさと話してくださいよ」
「お、おう……すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~すぅ~はぁ……」
「いい加減にしないと怒りますよ?」
「ほ、ほな……」
コイツ……止めなかったら、酸欠になって倒れるまで続けるつもりだったな。
「じ、じつはワシ……カオリはんのことが好きなんや」
「…………」
「あんちゃん、聞ぃとる?」
「お、おう…………え?」
「だから! ワシはカオリはんのことが好きなんや! ごっつう惚れとるんや!!」
こ、こいつ……どうしてそんな話をオレに?
「どうしてそんな話をオレに?」
いかん、つい本音が出てしまった。
「どうしてって……あんちゃん。テントでカオリはんと仲良うしとったやろ? その……抱き合ったりしてた……というか……」
やれやれ……あの現場を覗いていた訳か。
「あのね大男さん?」
「な、何や?」
オレは呆れた口調で切り出す。
「まず、彼女とオレは同郷の人間です」
「そ、そうなんか?」
「そうなんです! そして、彼女とああなったのは久しぶりの再会を喜んだ結果に過ぎません」
間違ったことは言ってない……はずだ。
「な、なるほど、久しぶりの再会やからか……そんなら、抱き合っても別に不思議じゃないわな。うんうん!」
笑顔で納得してくれるのはありがたいが、この信じやすさは心配になる。
「ふぅ、あんちゃんと話せたおかげで安心したわ。そんじゃワシは前稽古に戻るわ」
「なら、オレも仕事に戻りますね」
くだらない話が終わり、ようやく各々のやるべき役割へ戻ろうとする。しかし、ここで一つ気になることがあった。
「そういえば大男さん? 春野……香さんのことは、いつから好きだったんですか?」
「あんちゃん……いきなり恥ずかしいこと訊いてくれるのう?」
「一応、気になったので」
こう言うと、大男は少し照れたようにポツリと口を開く。
「彼女には一目惚れやったんや」
う~ん、考えてみれば二週間で恋愛に発展するならそれが自然か……そう納得した次の瞬間?
「二年前に出会ったあの日に……な」
「に、二年前!?」
「ほな、ワシはもういくさかい♪」
「えっ、ちょ待って大男さ……」
甘酸っぱい恋バナを一通り話して気が済んだのか、大男は足早に去っていく。だが、その一方で残されたオレは……
「大男と春野さんが二年前に出会ってるだと!?」
彼が発した“二年前”とういう言葉に対し、大いに困惑させられるのであった!




