再会
突然の事態で舞台準備を手伝わせられる羽目になったオレは、劇団長のモニカさんから次々に出される指示を必死にこなし続けていた……
「テルミチ、その小道具はそっちだよ!」
「ハイ!」
「テルミチ、木の背景はこっちだ! さっさと運びな!」
「ハイ!」
「ほらほら、早くしないかい! お客さん達を待たせる訳にはいかないんだからね!」
「ハ、ハイ!!」
「さぁさぉテルミチ、今度はこの衣装を向こうのテントへ持ってきな。急いでね!!」
「ハ、ハイィィィーーーー!!」
まったく、ここまで忙しいとは……“暴れ馬”の比じゃないぞ!
オレは弱音を吐きつつも、大急ぎで衣装を運ぶ。
「お待たせしました。衣装を持って来ました!」
テントの入口を開けると、中では黒渕メガネをかけたショートカットの女性が台本片手に夢中でセリフの練習をやっている姿があった。
「家族、同胞……そして、国の仇を今こそ取らせてもらうぞ。愚かな王よ!!」
何か役の演技だろうか? 感情のこもったセリフと独特の言い回しからは、彼女がここではないどこかに立っているのでないかと錯覚させる程だった。
「す、すごいな。役者って……あっ!」
いかんいかん、感心してる場合じゃなかったんだ!
「あ、あの、衣装をお持ちしました!」
「えっ……ひゃい!?」
気を取り直したオレが声をかけると、彼女は驚いてその場で飛び上がる。
「ご、ごめんなさい。わ、私ったら、練習に夢中になってて……クション!」
「あ、大丈夫?」
風邪ではなかろうと心配になり、声をかけると?
「ス、スミマセン。ここ、少し埃っぽいのかな?」
「ハハハ、かも知れませんね。みんなバタバタしてますから……ん?」
会話の途中、彼女がオレの顔をじっと凝視してることに気づく。
「あ、え……な、何か?」
困惑しながらも訊ねてみると?
「導……輝道くん……なの?」
「え?」
初対面と思われた女性から、まさかの名前を言われて驚愕する!
「え、え~と、どこか……で……お会いし……ま、まさか!?」
瞬間、オレは“神”の存在を本気で信じた!
「は、春野……春野 香さんなのか!?」
「うん! 私だよ導くん!!」
「ど、どうして、春野さんが……いや、それよりも、まずはこうやって無事に会えことを……え?」
せっかくの再会を喜ぼうとしてたら、春野さんからいきなりオレの胸に飛び込む!
「よかった……あなたに、また会えて……」
精一杯に抱き締める彼女の細い腕からは、彼女自身が如何にこの瞬間を望んでいたかが伝わるようだった。だから……
「春野さん……オレもキミに会えて嬉しいよ」
だからオレも、彼女のそんな想いに純粋に応えたくてそっと抱き締め返す。
「…………」
「…………」
――――ひとしきりに互いの存在を実感し合った頃。
「あのね、導くん……私、あなたのことをずっと気になっていたんだ。あの入学式でくしゃみをした時に声をかけてくれた時から……ずっと……ね」
「春野さん……それって……」
「そこから先は内緒ね♪」
「な、何だよそれ?」
「フフフ。言える時が来たら、いつか言うわね」
彼女の“いつか”がいつになるかはわからない。けど不思議と、それを無理に聞き出そうとか、追及したいとする気持ちはまったく湧かなかった。
「ところで導くん。聞きそびれていたんだけど、どうしてこんなところに? しかも、私が舞台で使うはずの衣装まで持って……?」
「ああ、これはモニカさんから頼まれて……あ!!」
それは、オレが本来の目的を思い出したと同時に訪れた!
「遅いよテルミチ!! 一体いつまで待たせて……あん!?」
大声で捲し立てるモニカさんがテントへ乱入して来た……のだが?
「何だいこれは?」
「これ?」
何のことかと自分の状況を確かめると……
「あ、ああああああーーーー!!」
オレは今の今まで自分が春野さんと抱き合ったままでいたことを思い出して、慌てて彼女から離れる!
「ご、誤解です! これはそんなんじゃ……!!」
必死に言い訳をしようするも、モニカさんは呆れたように大きなタメ息を吐いて言う。
「はぁ~、加勢人ごときの分際で役者に手を出すなんて……今時の若いモンはそういうものなのかい?」
「だ、だから、誤解ですってば!!」
オレは必死になって抗議するが……
「いいよいいよ。二〇分程目を瞑っててやるから、終わったら仕事に戻りな」
どうやらまったく通じてない様子。いや、それどころか変に誤解してテントから出ていってしまう始末だ!
「ちょ、待ってくださいモニカさん! 本当に誤解なんですってば!」
さすがにまずいと判断するオレは、急いであとを追う……っが、それをやろうとする前に春野さんから足止めされてしまう。
「導くん。あのさ……」
「え、春野さん、何?」
「あのね、私、導くんのことを……ううん、何でもない。引き留めてごめん」
「あ、ああ……うん。じゃあ、またあとで」
オレは彼女との束の間の邂逅をそうやって終らせると、急いでテントから立ち去った。
――――ここは春野 香だけが残されたテント。その限定された静寂の空間の中では、彼女が胸に秘めたるものを静かに吐き出していた。
「“何でもない”か……そんな訳ないじゃない。だって導くん、アナタは私に……私達にとっては、全ての元凶になる人なんだからね……」




