モニカ劇団
ネイさんと気まずい雰囲気になったあの日から一週間。騎士団での居候生活には特に変化はなかったが、二人の間にある関係は目に見えてギクシャクしていた。
よってオレは、そんな歪な日々で溜まったストレスをどうにか解消したくて……
「来な、ボウズ!」
「いきます、ワイマンさん! でゃあああああーーーー!!」
騎士団の中庭にて、オレは両手に握った木剣を目の前に立つ相手へ向かって全力で振り下ろす!
ガシィィーーー!
「遅ぇ!」
攻撃をあっさりと受け止められた瞬間、返しのカウンターとなる強烈な前蹴りを腹に食らわされて勢い良く後方へ吹き飛ばされる!
「ぐはぁ!」
ダメージを受けて地面に転がるも直ぐに立ち上がり、再び木剣をかまえる!
「ま、まだだ!!」
震える足に喝を入れ、今度は連続して攻撃!
「やああああーーー!!」
しかし、その一撃一撃はあっさりと躱され、またもやカウンターの蹴りによる餌食になって地面に転がされてしまうのだった。
「ダメだ!ダメだ! そんなへっぴり腰じゃ、ネズミ一匹倒せやしねぇぞ!!」
「くっ、くそ……言わせておけば……」
罵声を浴びせられながらも、剣を杖代わりにして何とか立ち上がる。すると……
「やめっ! 今日はこれまでだ!」
ゲルトさんの合図により、無情にも稽古の時間が終了させられる。
「ハハハ、残念だったなボウズ。今日もオレから一本を取れなかったな」
「うう……明日こそは、絶対に……」
そう、オレは溜まったストレスをどうにか解消したく、騎士団に居候する傍らで彼等に剣の稽古をつけてもらっていたのだ。
「いやはや……それにしても、毎日よくがんばるねテルミチくん。ワイマン相手に組み手をするなんて騎士の中でも嫌がる者が多いというのにさ」
「いえ、これくらいのことなら何ともありませんよ。それに、ワイマンさんは人格にさえ目を瞑れば、案外ちゃんとした指導をしてくれますからね」
「ボウズ……もしかして、オレのことバカにしてないか?」
汗を拭きながら答えてると、当のワイマンさんは複雑な表情で文句を言う。
「ところで、テルミチくん。キミのお姉さんについてなんだけど……」
「ネイさんの?」
何だろうかと耳を傾けると……
「そうだボウズ! お前、芝居には興味あるか?」
「芝居?」
急に違う方向から別の話題を振られたせいで、そちらの方に興味を引かれてしまう。
「じつは今夜よ、噴水広場でモニカ劇団による公演があるんだ。よかったら観にいかないか?」
“観にいかないか?”と言われてもなぁ。いくらネイさんとはギクシャクしてるからって、自分だけで楽しむのも……なんて悩んでいたらゲルトさんが?
「いってきなよ。せっかく誘われてるんだし」
「気晴らしでもしてこい」とばかりに促してるみたいなので……
「わかりました。それではお言葉に甘えます」
「そうこなくっちゃ! じゃあ、晩飯を食い終わったら出発だ!」
――――噴水広場。前にネイさんとやって来た時と比べて、今回はかなりの人数で賑わっている様子だった。
「やっぱり公演のせいか、今夜は人が多いな」
「みたいですね」
オレはワイマンさんのセリフに相づちを合わせつつも適当に辺りを見回す。すると……
『その幕は向こうや!! あ、そっちは観客用の敷物を急ぐんやで!!』
「この独特の訛りは……大男!?」
思わず上げた声に向こうも気づいたらしく……
「あんちゃん……って、何で騎士はんも一緒なんや?」
「ワイマンだ。よろしくな」
互いに顔を合わせたところで、オレ達はしつもする。
「大男さん、こんなところで何をやってるんですか?」
「何ってそないなもん、開演のための準備に決まってるやろ?」
「開演?」
「言ってなかったかいな? ワシ、モニカ劇団の一員なんや」
「大男さんが!?」
「せやで!」
このニヤリと答えてる男が劇団員とは……驚くしかない。
「ちなみに今は裏方の仕事をやっとるが、本来はちゃんとした舞台役者なんや」
「な、何と!」
またもや驚くしかない。
「で、では、今日の公演には……?」
「もちろん出演するで。主人公の敵役となる悪の王様でな」
大男が淡々と自分のことを話をしてると、そこにワイマンさんが口を挟む。
「なぁ。悪の王様って言ったが、もしや今回の演目は“賢者の石と愚か者”になるのか?」
「お察しの通りや、ワイマンはん!」
「へぇ、なら今日の公演は当たりみたいだな♪」
好きな演目なのだろう。ワイマンさんは嬉しそうに目を輝かせる。
「ほなワシは準備があるさかい、そろそろ失敬するで。公演の方も楽しみにしといてや♪」
大男はそう別れ告げると、足早にどこかへ向かう。
「それにしても、ボウズに役者のダチがいるとは驚いたな」
「ええ……オレはちょっと苦手なんですけどね」
何せ、殺されかけたことがあるしな。
「ところでボウズ。開演までにはまだ時間があるから……ん、何だ? お前のダチがまたこっちへやって来るぞ。しかも今度は、ひどく慌てて……」
「た、大変や!!」
大男は血相を変えて声を上げる!
「どうした!何があったんだ!?」
この様子に只事ではないと判断したワイマンさんは、すぐに理由を訊ねた。
「だ、団員の一人が、舞台の緞帳を設置しとる時に足を滑らせて……」
「ちっ、案内しろ!」
オレ達が急いで現場へ向かうとそこには、左足を押さえてうずくまる若い男の団員と、それを囲む数人の男女の姿があった。
「いてぇーよ! 足がいてぇーよ!」
泣きながら痛みを訴えてる男にワイマンさんが近づく。
「見せてみろ」
「あ、はい……」
男と同じ高さに屈み、押さえていた左足にそっと手を触れる。
「あだだだだだ!!」
「これは……完全折れてやがる。待ってろ、すぐ手当てしてやるから!」
そう言ったワイマンさんは、持ち合わせていた包帯や湿布を使って手早く応急処置を施していく。
「な、治るんかのう……?」
不安そうに訊ねる大男。だが、返って来たのは「無理だ」だという短い答えのみ。そして、しばらくして処置が終われば……
「どうだ、少しはマシになったか?」
「う、うう……助かりました騎士様」
「いいってことよ。それよりも急いで誰かに病院へ連れていってもらうんだな」
「ハ、ハイ……ありがとうございます」
男は泣きながら礼を言う。
「さぁ、早くコイツを病院へ……」
ワイマンさんが指示を出したその時だった。
「待った! 今誰かに抜けられたら、舞台の準備はどうなるんだい!?」
声がした方に視線を向けたら、そこには三十代前半くらいに見える縦ロールを決めた金髪の女性が立っていた。
「げ、劇団長はん!!」
開口一番に発したのは大男。言葉から察するに彼女が劇団長らしい。
「なぁ、騎士さん。こっちは人手不足なんだ。悪いけど、そいつを連れていくならアンタがやってくれないかい?」
ワイマンさんは少し躊躇うが……
「ちっ、わぁったよ」
これも騎士の務めということで渋々に了承。そして、さらにモニカさんは続ける。
「あと、そっちの連れは置いてきな」
「ボウズをか?」
「人手が足りてないと言ったろ?」
「……仕方ねぇか。いいよなボウズ?」
この状況で嫌とは言えまい。
「わ、わかりました」
「決まりだね。じゃあ、とっととそいつを病院に連れていっておくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
こうしてワイマンさんは、男を連れて病院へ直行する。
「さて、連れのアンタ……手伝わせる前に名前くらい聞いておこうかね?」
劇団長はオレに向き直して訊ねた。
「導 輝道です。よろしくお願いします」
「テルミチ……一応の礼儀はできてるみたいだね。私はこの劇団を率いる劇団長のモニカだ。臨時の手伝いといえど、ビシバシいくつもりだから覚悟してもらうよ」
「ハ、ハイ!」
こうしてオレは、思いがけない形で劇団の仕事に関わる羽目になった……




