姉弟喧嘩とは?
『大丈夫。中庭の空気にあたってくるだけだから』
シルベにそう言って部屋から出て来たはいいけど……
「はぁ、何が大丈夫だっていうのよ。アタシは」
中庭にある適当な庭石に腰をかけ、自己嫌悪に陥っている時だった。不意に頭上から誰かの声が聞こえる。
「お疲れですか、ネイ=サン?」
見上げると、そこには見覚えがある者の姿が。
「ゲルト……器材の運搬では世話になったわね」
「いえいえ。ところで浮かない顔をしてましたが、どうされました?」
「う、うん、ちょっと……ねぇ」
何と答えればいいかわからずに言葉を濁してると、彼は何かを察したように言う。
「あの……もしかしてテルミチくんと喧嘩でもしました?」
「え?」
図星ともいえなくもない指摘に、アタシは思わず反応した。
「ど、どうして……そう思ったの?」
「何となくです。ボクにも姉がいるので」
「アナタにお姉さんが?」
「ええ……」
ゲルトはそう返事をし、自分の近くにあった適当な庭石に座ってから話を続ける。
「三つ上が一人。嫁にもいかずに、ボクと同じで両親と一緒に自宅暮らしをしてます」
「へぇ、賑やかでいいじゃない」
「ハハハ、確かに賑やかですね。けど、喧嘩もしますよ」
「ゲルトが喧嘩? 意外ね」
彼の人柄を考えたら本当に意外だった。
「差し出がましいことを聞くかもだけど、どんな理由で喧嘩なんてするの?」
「そうですねぇ……例えば食べ物の取り合いや、どちらが先にお風呂に入るとかですかね?」
「へぇ……でも、結局最後は仲直りはできてるんでしょ?」
「もちろん……とはいえ、一度だけ長引いたことがありましたよ」
「長引いた? どんなふうに?」
この質問に、ゲルトはしばらく考え込んでから答える。
「え~と……あれは確か、ボクが七歳の頃だったかな? ちょっとした不注意で姉の大事にしていた鏡を割ってしまったことがあったんです」
「ええ! 女の子の鏡を割るなんて最低!」
アタシはやや軽蔑した態度を取ると、彼は慌てて言い訳をする。
「そ、そんな目で見ないでくださいよ! わざとじゃなかったんですから!」
「ごめんごめん。ちょっとからかっただけよ」
「まったく……人が悪いですよ!」
「フフフ、ごめんなさい……っで、その後はどうなったの?」
「……まずは姉からこっぴどく怒られた挙げ句、その日のオヤツを無理矢理に奪われました」
「あらあら。ゲルト少年も大変ね」
茶化すと少しだけ「ムッ」っとされたが、話は滞りなく進む。
「とにかくその日以降、ボクは鏡を割ったバツとして一週間、姉からオヤツを奪われ続けられました」
「一週間も……辛いわね」
「ハイ。子供ながらにかなり憂鬱に気分なったのを覚えてます」
この時、アタシがゲルト少年に心底同情したのは言うまでもない。
「それじゃあ、お姉さんは一週間も二人分のオヤツを我が物にしてたってこと?」
「いえ、じつは取り上げオヤツは一度も食べずにゴミ箱は捨てていたそうなんです」
「捨てた? せっかく手に入れたオヤツなのにどうして?」
「それは『美味しくなかった』からというのが理由だったみたいです」
「美味しくない? ゲルトの家のオヤツはそんなに不味いの?」
「いや、我が家の名誉のためにも言わせてもらうと、決して不味くはないかと……」
「ならどうして?」
アタシはお姉さん姉の行動の意味を知りたくなった。
「たぶんですが、いくら仕返しのためだとしても理不尽な手段で手にした“賠償”を食べるには気が引けたからじゃないですかね?」
「それってつまりは、お姉さんに罪悪感があったってこと?」
「おそらくは……でも、その後はすぐに何事もなく仲直りしましたよ」
「え? 何事もなくって……どちらかが謝ったりはしたの?」
「謝る? そういえば、そんな記憶はありませんね」
「どちらも謝らなかったってこと!? それでどうやって仲直りができたの!?」
この疑問に、ゲルトは首を傾げながら淡々と答える。
「さぁ? 所詮はただの姉弟喧嘩。どうやって仲直りしたかなんて気にしたこともありません」
「はぁ? じゃ、じゃあ……二人が何もしないで勝手に仲直りしたってことなの!?」
「平たくいうと、そんな感じですね」
「…………!」
あまりの理解を越えた適当な答えに、何も言えなくなる。
「――――さてと……ボクはそろそろいきます。仕事が残ってますので」
そう言って庭石から立ち上がったゲルトは、足早にこの場から立ち去ろうとしてたが……
「待って! 最後に一つだけお願い!」
「何でしょうか?」
アタシが呼び止めたことによって、その行動は一時中止される。
「お姉さんとは……今のお姉さんとの関係はどうなってるの!?」
「姉との関係? そんなものは何も変わりませんよ」
「何も……変わらない?」
「ええ、変わりません。相変わらずくだらな理由で喧嘩して、いつの間にか有耶無耶になって仲直りしたりするの繰り返しです」
「そ、そうなの?」
「そうですよ。では、これで失礼します」
答えたゲルトは一礼し、今度こそ立ち去る……と思いきや!
「そうだ! 一つ助言をしてよいいですか?」
「……お願いするわ」
突然の提案を、アタシは流されるままに了承。
「どんな経緯があってテルミチくんと喧嘩したかは知りませんが、無理に謝らないのも一つの手だと思いますよ」
「謝らないのが……手?」
「この世の中、有耶無耶のままの方がかえって上手くいくことがあるということです。それこそ、ただの姉弟喧嘩みたいにね!」
ゲルトはニヤリと笑みを見せてそう伝えると、今度こそこの場から立ち去る。そして、一人中庭に残されたアタシは……
「有耶無耶かぁ……それでもいいのかな?」
彼の言っていたことを、胸の中で密かに反芻してみるのだった。




