異世界のお風呂事情
暴れ馬を出発したオレとネイさんは、まだ宵の口で賑わう夜道を通って帰宅する。
「はぁ~、ただいまぁ~っと……」
テンション低くため息吐いて家の中へ入るのは、酔い足りなくて不満顔をしている家主のネイさん。
「……ただいま」
さらに低いテンションで続くのは、バーバラさんからいろいろ言われて落ち込む居候のオレ。
「ねぇシルベ。元気がないみたいだけと、もしかしてさっきのことを気にしてるの?」
「……ハイ。我ながら自分の不甲斐なさが情けなくて……」
自責の念に駆られて肩を落としてると、ネイさんから心配そうに声をかけてきた。
「あのねシルベ。辛いの察するけど、アタシ別にそこまで気に病む必要はないと思うわよ……ね?」
慰めてるつもりだろうが、今はそのやさしさが辛い。
「……お姉さん、心遣いは大変ありがたいですけど、いくら取り繕ってもオレがアナタの安全を失念していたとする事実は変わりませんよ」
「アタシの安全……ごめん」
あまりの自虐的に言い回しがまずかったか、今度は彼女の方が自責の念で落ち込みそうになる。
「そ、そうだ、ゲルトさん! 研究室に寝かしたままになってましたど、あの人いつ頃起きるんですかね?」
なのでここはどうにか気分を紛らわせようと、話題を変えてみた。
「……ゲルト? ああ、彼なら明け方頃には目を覚ますはずよ。そういう計算で眠り玉は設計してたから」
「明け方ですか……なら、それまでどう過ごします?」
オレはここぞとばかりに畳み掛ける。すると……
「う~ん、そうね。寝るにしても少し時間が早いから……お風呂なんてどうかしら?」
「おっ! いいですねそれ!」
思いがけぬ嬉しい提案をされ心が躍った。
「それじゃすぐに準備するから、お湯が沸いたら一緒に入りましょ」
「ハイ、一緒に…………一緒?」
な、なんだ? 今、ものすごくとんでもないことを聞いたような……
「あの、お姉さん。なんと言いました?」
「え? お湯が沸いたら一緒にお風呂へ入ろうって言ったけど?」
「…………え!」
いやいやいやいや! 冷静になれ導 輝道。ここは異世界だ。一緒に風呂へ入るといっても、元の世界とはまったく別の意味かも知れないじゃないか!!
「あ、あの……お姉さん? つかぬことを訊きますが、『一緒にお風呂へ入る』というのは、こちらの世界ではどういった意味として捉えたらいいんですかね?」
「え? 意味と言われても……アタシとアナタが裸になって、同じ湯船へ一緒に浸かるとしか言えないと思うけど?」
「裸になって同じ湯船へ一緒に浸かるぅぅぅーーーーーー!?」
オレは驚きのあまりに声を張り上げて大絶叫!!
「ちょ、大声はやめてよ! 近所迷惑になるから!」
「ス、スミマセン。で、でも、その、年頃の男と女が……」
「もう、そんなつまらない話はいいから。とにかく、お風呂が沸いたら一緒に入るわよ。いちいち沸かし直すのも勿体ないんだから!」
「いやいや、だからってそれは……」
「それとも何? アタシが一人でお風呂で入っている時に黒いフードに襲われてもいいって言うの!?」
「うっ!」
い、痛いところ突いてくれる……
「クスッ、どうやら決まりみたいね♪」
「き、決まりて……って」
決まっていいのか? 本当にいいのか!?
そんな嬉し恥ずかしの狭間で葛藤してたら、ネイさんは準備のためにと一人で浴室の方へいってしまう。
「あ、待ってください、お姉さん!」
慌てて追いかけた先は、タイルを張りの空間と時代劇で見かける木製のデカイ桶みたいなタイプの湯船が置かれた浴室。
「これが異世界のお風呂かぁ……」
そんな感慨深く目の前の光景に見とれてる間にも、ネイさんは備え付けの水道らしきものを使って黙々と湯船に水を貯め始めて……あれ?
「あの、これって電気やガスが繋がってるように見えませんけど、どうやってお湯を沸かすんですか?」
この素朴な疑問に、彼女は首を傾げながら答える。
「デンキ? ガス? よくわからないけど、お湯を沸かすにはこれを使うわ」
そう言って懐から取り出されたものは単一乾電池くらいの大きさがある……
「魔法石? それでお湯を?」
「そうよ。見てて」
ネイさんは無造作に湯船の中へ魔法石を放り込む。すると、数十秒後には貯まりつつあった水が少しずつ泡立ち始める。
「これは……まさか、お湯が沸いてるのか? あんな小さな魔法石で!?」
「驚いたみたいね。そう、あの石は液体の温度を上昇させる効果があるのよ」
「それは……すごいものですね」
「まあね。でも、使う度に石の体積が減っていくから、永遠に使える訳ではないのよ」
「なるほど……あ、ちなみに今の魔法石ならあとどれくらい使えるんですか?」
「う~ん、正確には言えないけど……三、四回くらいが限界じゃないかな?」
「三、四回……」
そうか。だからネイさんは『いちいち沸かし直すのも勿体ない』と言っていたのか。
そんなふうに異世界独特のお風呂事情を学習してると……
「――――さぁて、そろそろ頃合いかな?」
ネイさんはそう確かめながら、おもむろに湯船に張られた水に手をつける。そして、何かを確信したのかニヤリと笑みを浮かべて言った。
「お風呂……沸いたわよ」
「え、それって……」
「アタシとアナタが裸になって、同じ湯船へ一緒に浸かる準備が完了したってことね♪」
「…………ハッ!?」
オレは彼女が言っていたことを思い出し、あからさまな危機感を覚える!
「さぁ、シルベ……一緒に入るから服を脱いでちょうだい」
「え、あの、オレ、お風呂は基本的に一人で入る派なので……」
「くだらない言い訳はいいから…………さっさと脱ぎなさい!」
「い、いや、おかーーーさーーーん!!」
オレは彼女の圧力に押され、次々と着ている物を脱がされていく!
「ほらほら、あとはこの布切れ一枚でおしまいよ!」
「あ、パンツだけはさすがに……」
「ダメよ! そんなもの履いたままで、お風呂に入れる訳ないじゃない!!」
「そ、そんなぁーーーー!!」
強引に引っ張られるパンツ。オレはそれを何とか守り切ろうと懸命に抵抗する!
「ちょ、お姉さん! お願いですから、もう勘弁してくださいよ……」
「何が“勘弁”よ! まったく、昔はあんなに素直な子だったのに、どうして今になって……」
「え、昔、今?」
この瞬間、何故かネイさんの手が突然止まった。
「え、あの……お姉さん?」
彼女は怯えるように身体を震わせ、真っ青な顔でオレを見て狼狽する。そして……
「ご、ごめん……ちょっと疲れたから先に寝るね……」
「お姉さ……!」
「お風呂……悪いけど一人で入って……」
そうやり取りを無理矢理に終わらせると、力のない足取りでその場をあとにするのであった。




