街へ
「ふぁあああ~」
二回目の見張り交代のために、目を覚ますネイさん。
「う~、背中がゴツゴツして最悪だわ……」
重い瞼をこすりながら嘆く彼女に、オレは同意するかのように声をかける。
「オレも起きた時は、そんな感じでしたよ」
「シルベもか……じゃあ、見張り交代するね」
「ハイ、あとはよろしくお願いします」
些細な会話を交わして、再び横になろうとしてた時だ。ネイさんが思い出したかの様に話しかける。
「そうそう、次に起きたら出発するわよ。夜明け前に立てれば、涼しい内に移動ができるから」
「ええ、了解しました」
「それと言っておくけど、シルベはちゃんと寝ないとダメだからね? さっきも寝言で羊がどうのこうのってうなされていたし……」
羊の原因がトカゲであることは、黙っておこう。
「オレなら大丈夫ですよ。例え眠れなくても横になっているだけでも、けっこう休めますから」
「そんな考え方はダメよ。睡眠はきちんと取らなきゃ! 出発なら少しくらい遅らしてもかまわないから、絶対にちゃんと寝なさい!いいわね!?」
余程の心配なのか、ネイさんは厳しい口調でオレを叱る。
「わ、わかりました……」
「……とにかく、ちゃんと眠ること。約束よ!」
「ハ、ハイ。では、お休みなさい」
やれやれ、これは本腰を入れて寝ないといけないな。
なんて思いながら横になって無理矢理に目をつぶるも、やはり簡単に眠れる訳がなく色々と考え込んでしまう。
特に消えた先と思われるこの世界……異世界についてには……。
もしこの異世界説が正しければ、この世界のどこかに父さんと母さんが、今のオレみたいに存在していてもおかしくはない。
けど、手がかりも何もないこの状況で、どうやって探せば……いや、悲観的に考えるのはまだ早い! 何せオレは、まだこの世界のことについて何も知らないのだから。
――――夜明け前……
「シルベ、時間だけど起きれる?」
いつの間にか完全に熟睡していたオレは、眠け眼のままで目の前の美人へ応える。
「う、う~ん……こんなステキな女神様が起こしてくるれなんて、ここは天国か?」
「ウフフ、女神とは嬉しいこと言ってくるわね。でも、残念ながらここは天国じゃないわ」
「…………あっ!」
完全に目が覚めたオレは、女神の正体を知って慌てる!
「あ、あの、その……スミマセン」
何で謝るかわからないが、とにかく謝った。すると女神……ネイさんは?
「ウフフ、それじゃ顔を洗ったら出発しましょうか?」
やさしい顔で朝の言葉を交わし、まだ夜も明けぬ内に出発の準備を始めるのであった。
――――数時間後、長く続くなだらかな丘を進んでいた時だった。
「シルベ。あそこから見てみてごらん」
ネイさんが“あそこ”と指したのは、ちょうど丘の頂上付近。なので、オレはそこまで移動して言われた通りに景色を眺めてみた。
「どれどれ……?」
見えたのは広大な草原地帯と、まばらではあるが人や馬車が往来する舗装された道。そして、その先には?
「あ、あれが、そうなのか?」
「見えた? それがアタシが……いえ、アタシ達が暮らす街“レナトス”よ」
レナトス……街の周囲は五、六メートルはありそうな高い壁でぐるりと囲まれており、その内側には膨大で様々な数の建造物が大小見た目と関係なくひしめき合っているのが遠目からでも確認できた。
「レナトス……か」
感慨深く眺めてると、隣に立つネイさんがやや深刻そうな声で話しかけてきた。
「そうそう、見ての通りでもうすぐ街に入るんだけど……」
「どうしました、お姉さん?」
「うん……例の“人が消えた件”。アレさ、シルベさえよかったら、すぐにでも調査を始めるつもりだけど、どうかな?」
彼女からの提案にオレは?
「いえ、消えた人の調査についてはやめておきましょう」
「え? でも、ご両親のことは心配じゃ……」
「おそらくですが、オレの両親はこの世界に存在しています」
「……どういうこと?」
「はい、それは――――」
オレは首を傾げるネイさんに、昨夜の自分が立てた仮説を話す。
「……なるほど。シルベ自身がこの世界にやって来たということは、両親や他の人達もこっちへやって来ている証明にもなる訳か」
「あくまでも仮説ですがね」
「仮説? そんなことはないと思うわ?」
「と言いますと?」
「じつはアタシも同じこと考えていたの」
「お姉さんも!?」
これには少し驚いた。
「フフフ、アタシは錬金術師だからね」
「そ、それは……お見それしました」
まさか、立場が違う彼女も同じ考えに行き着くとは思わなかったな。
「じゃあ、調査対象は消えた人達から、最近になって現れた人達に変更ね」
「最近?」
「だって、シルベがこの世界へやって来たのは最近でしょ?」
「え、ええ、確かにこの世界へやって来たのは二日前です」
「でしょ? それなら他の人達も同じ時期にこの世界のどこかへ現れているはずじゃない?」
「“はず”って……オレが言ってるのは、あくまでも仮説ですからね?」
オレは一応の念を押す。
「フフフ、そんなに言わなくてもわかってるわ。でもね、アタシはシルベの説を仮説とは思ってないの」
「え、それって……」
「彼等は確実にこの世界に存在するってことよ!」
今度は、逆にネイさんが念を押す。
「さぁ、早く街へいきましょう。どちらにしても、このままジッとしていては何も始まらないわ」
「始まらない……か。そうですね! いきましょう!!」
こうして新たなる可能性を導き出したオレ達は、街へ向かって歩を進めるのであった。