元令嬢の冒険者 その三
レイとの共同でオーク討伐の依頼を行った翌日、ウェンディは一人でギルドに足を運んでいた。
因みにレイは「今日はこの国を回ってみたい」という事で王都の外に出ている。本心から言えばウェンディは今日も彼女と一緒に依頼を受けたかったが文句も言えないだろう。
彼女はウェンディのパーティというわけでもなければそもそも冒険者でもない。
それに今日これだけ快調なのはレイのおかげと言っても過言ではないのだ。
ウェンディ一人でも昨日のオーク討伐の依頼を遂行できたか否か。それを聞かれれば彼女は“出来る”と答えるだろう。しかしかなりの消耗を強いられるのは確実だった。
ウェンディの魔力感知は範囲が余り広くなく、索敵の為と言うよりは不意打ちの防止という面の方が強い。
レイの感知技術はウェンディよりも遥かに格上であり、事前に心の準備が出来るというのは精神の負担軽減と無駄な負傷を抑えることが出来る。
普段なら昨日のような依頼を一人で受ければ翌日にも疲れを持ち越してしまう場合も多々あるが、レイのおかげで今日の調子は快調といっても良かった。
朝早くからウェンディはギルドに足を運ぶ。
早朝は冒険者達の活動始動時間であり、ギルドに冒険者達が出入りするピークでもある。
しかしギルドにいる冒険者達の数は他の都市と比べてかなり少ない。他のギルドに行った事が無いウェンディは実感していないが、レイが今のギルドを見れば驚愕するだろう。
しかしそれを今のギルドに指摘してもそれは酷というものである。
本来ならばこの国からギルドそのものが撤退していてもおかしくは無い。現に、利益を得られなくなった商人達が少しも寄り付かなくなった為商業ギルドが既にこの国から撤退している。
しかし冒険者ギルドがあるのは偏に、冒険者達がまだいるからだ。
国としての名声が地に堕ちたヴィルマ王国とは言えども、彼らが恨んでいるのは腐敗した王侯貴族であり、国民の全員が国自体を憎んでいる訳では無い。彼等とて日々を汗水垂らして生きた自分の国を愛する心が僅かながらにあるのだ。
そんな経済状況から国を出られない者や、この国に残りたいと希望する者達によって運営されているのが今のギルドの現状であった。
「あ、ウェンディさん。ちょうど良かった!」
「ん? 何かあったの?」
ギルドで一人でも受けれそうな依頼を物色していた所、カウンターの向こうからウェンディにそう声が掛けられた。
彼女はこのギルドの受付嬢の一人であり、新人時代のウェンディを良くサポートしてくれたので彼女も積極的に彼女のいる受付に依頼を受注しに行くという関係になっていた。
しかしこうやって彼女から話しかけられるのは初めてだ。
「はい、ギルドマスターがお呼びです。ですのでちょっと来て頂けませんか?」
「ギルドマスターが?」
何かあったのかしら、とか思いながらウェンディは促されるままに彼女の後ろをついて行く。
「貴女は何か聞いていたりする?」
「いえ何も。ただ呼んで来い、と」
ふーん、と何か心当たりがないか考え込んでいたウェンディは気づかなかった。受付嬢が気まずそうに彼女からソッと視線を逸らしたことに。
「着きました。既にギルマスがお待ちしてます。入ってください」
「そうね、案内ありがと」
ウェンディはギルマスのいる部屋の扉をノックする。
部屋の中から『入れ』という言葉が聞こえると共にウェンディは中に入った。
そこは彼女の想像とは違い、随分と質素な作りをしている空間だった。
「へ〜、中はこんな事になってるのね。思ったよりもさっぱりしてる」
「それはここが客と面会する場所だからだ。執務室ならもうちょい散らかってるよ」
中をチラチラと見渡すウェンディにそう答えるギルドマスター。スキンヘッドで筋骨隆々な体躯をしているが、最近は書類仕事ばっかりで専ら運動不足が悩みの種であると噂である。
「それで、何の用なの? 私を呼んで」
「まあまあ、取り敢えずは座りな」
立ったまま話そうとする彼女にギルマスは対面の椅子に座るように進める。
「……嫌よ、だってお尻が痛くなりそうだもの」
ここが本来の様なギルドであればこの部屋にあるのはソファーであっただろうが、移転してあらゆるものが急拵えのここではそんなものが用意できる筈も無い。
大きめな長方形のテーブルの両横に簡素なベンチが二つそれぞれに置かれていた。
「まぁそう言うな。取り敢えず座ってくれ」
「分かったわよ……」
渋々といった体で座るウェンディ。
彼は今までここで書類作業をしていたのか、テーブルの上にはいくつかの紙が散らばっている。
「それで、最近の調子はどうだ?」
「そんな話ならさっさと帰らせて貰うわよ?」
「まあそう言うな。お前が入ってから色々と骨を折ってきたんだ。気になっても仕方ないだろう?」
そう言われて気まずそうに口を噤む。
その通り、ウェンディにはこのギルドには測りきれない程の恩があった。
彼女の生家であった公爵家は民からの評判が良く、その理由は周りの貴族の横暴を諌める役柄をしていた空である。
その為に領民に搾取と横暴を働くことを是としていた他の貴族に大層煙たがられていた。
そんな公爵家が当主夫妻が殺害され、その一人娘が残ったらどうなるか。これ幸いとばかりに抹殺しようとするだろう。若しくは公爵家の血筋を入れようと手篭めにするかもしれない。
どちらにしろウェンディにとって碌な未来にならない事は明らかであった。
そんな時に彼女の支えとなったのがこの王都の裏に移住した住人達であり、冒険者ギルドのギルドマスターである彼であった。
「……それには感謝の言葉しかないわ。ありがとう」
「クックック、あの世間知らずのお嬢様が随分と成長したもんだ。まあ気にするなや。お前がここでやってけるのもお前に資質があったからだ。気にすることじゃねぇ」
笑いながらギルマスたる彼はそう言う。彼のウェンディを見つめるその目はまるで娘を見るかの如くだった。
身内贔屓を抜きにしても確かに彼女は優秀だった。若くして数年でBランクにまで昇格し、若者特有の前のめりな態度が無い彼女は一人の冒険者として頼れる存在へと成長していた。
「それで……本題は何なの?」
「ああ、そうだな。お前に指名依頼という奴だ」
そう言って彼はテーブルに散らばっている紙の中から一枚の依頼書をウェンディに渡す。
「これは……」
「依頼者は匿名。そして長期の依頼だ。これが終わればAランクの昇格も見えてくる。これをお前に受けて欲しいんだ」
ギルドマスターから依頼書を受け取り、サラッと読み込む。
内容は採取依頼。ヴィルマ王国とフィランシェ帝国の国境沿いにある渓谷型の秘境に自生しているアカシャ草の採取。
長期というのは護衛依頼などの長期間拘束されるタイプというわけではなく物理的な距離から長期の依頼となっているタイプらしい。
「アカシャ草……って何だったかしら?」
「聞いたことねえのも無理はねえよ。それはポーションでも特上級のものを作る時に必要な素材らしいからな」
「そうなの? というか、ポーションとかの作り方って部外秘じゃ無かったかしら?」
ウェンディは冒険者としても身近な道具の材料と聞いて興味を抱きながらも、ふと思いついた疑問をそのままギルドマスターに尋ねる。
「そりゃ素材じゃ無くて調合の配合やらのそっち系だ。ギルドとしても知らない内に禁制の薬物の素材を集めてしまっていた、じゃ洒落にならないからな。事前にどういう奴を作るのか申請を出さねえとそれ系の依頼は発行しないようにしてるんだ」
成る程、とウェンディは頷く。
確かに完全に善意で受けた依頼が実は暗殺用に使う毒でした、という展開はギルドとしても避けたいだろう。
冒険者ギルドは“冒険者”とは謳っているがその実は“何でも屋”である。確かに秘境や人類にとっての未踏破領域の探索もまた冒険者の仕事でありロマンとも言えるがそれだけでは立ち行かない。
魔物の討伐及びそれから取れる素材をギルドに売却する事で生活費を賄う冒険者も多いが、そんな毎日を命がけで生活する事が嫌だと思う冒険者も少なく無い。
魔物の討伐も冒険者の使命とも言える仕事だが人々の生活圏内での依頼の数も又多い。
そんな組織が犯罪に関わる依頼を受注したと広まれば信頼の失墜まではしなくとも、心底から安心して依頼を出しにくくなるだろう。
犯罪に抵触するような依頼を受ける冒険者もまた犯罪者の仲間である、そう結びつけて考えられてもおかしくは無い。
冒険者ギルドという組織の信頼性は彼らにとってもまた他人事では無いのだ。
「それで、私はそれを受ければ良いの?」
「ああ、あの秘境は地形の厳しさもさる事ながら生息している魔物も強力だ。そこで恙無く依頼を完遂出来れば晴れてAランク冒険者に相応しい実力があると見て間違いない」
「……つまりはこの依頼を達成すればAランクに昇格出来るのね?」
「そういう事だ」
この時点でもうウェンディの心は固まっていた。
しかしその表情を一切変えずに質問を続ける。
「人数の制限は? 一人じゃなくても良いの?」
「勿論構わない。そういえば昨日この国に来た変な魔法士と依頼を受けたと言ったな。なんならそいつといっても構わない」
それを聞いてウェンディは口角をニィッと釣り上げて満面の得意気な笑みを浮かべた。
「それなら私に任せなさい! この依頼を達成して見事、Aランクに昇格してみせるわ!」
「よく言った! だが無茶はすんなよ」
「誰に口を聞いてるのよ。慎重に慎重を重ねるわ。万が一にも失敗なんてしないようにね」
彼女が親を亡くして直ぐに冒険者になったかと言えばそうでは無かった。
その間には約一ヶ月の空白期間が存在している。即ち、貴族でも冒険者でも無かった時期だ。
彼女はその期間をこの都市に隠れて過ごしていた。彼女が両親を亡くして泣きくれていたのは最初の一日だけである。その後に感じたのは他の王侯貴族対する憎悪と自分もまた刺客に命を狙われるのではないかという恐怖だ。
彼女は隠れた。現れるかもしれない刺客のみならず、この都市に住むあらゆる住人からも。
隠れて隠れてそして行き倒れそうになったところで助けられたのが今目の前にいるギルドマスターその人なのだ。
そこから彼女は冒険者になり、力をつけ、もし今刺客が来ても返り討ちに出来る自信もある。
しかしそれでもなお心の底で燻る恐怖は冒険者という職業に就く彼女にとって警戒心の向上という良い方面での成長を促した。
彼女は命を賭ける場面もざらに訪れる冒険者であるにも関わらず、その白い肌は貴族令嬢時代のそのままを保っている。
傷一つないその肌は彼女がこの数年間一度も傷が残るような怪我をしていない証左でもある。
「私は冒険者に身をやつそうとも、貴族であることに変わりは無いわ。美に気を遣い、尚且つ更なる強さを求める。それが私のスタイルよ」
因みにこのギルドマスターはウェンディが元は令嬢である事を知る一人でもある。
「なら良いさ。健闘を祈ってる」
ギルドから出たウェンディは早速長期の依頼に出るために準備に取り掛かることにした。
今回の依頼は長期となる為テントなどの野宿用の道具が必要になってくる。これまで殆どの依頼をソロで受けていた彼女は日帰りの依頼しか受けたことがなかった。
日を跨ぐ依頼を受けなかった理由は単純で夜間の見張りを一人ではすることが出来ないからである。一日二日だけなら今の彼女でも余裕で徹夜出来るだろうがそれで十全のパフォーマンスは出来ない。
しかし今回彼女にはレイという伝手が出来た。
その為、彼女は今回の依頼の応援をレイに頼みたいと思っていた。
「さて、あの人が来るまで備品を買い込まなくちゃ」
彼女の胸は明日への未知の期待で溢れていたのだった。
☆★☆
「話は終わったんですか? ギルドマスター」
ウェンディがギルドマスターの部屋から退出してギルドからも去った頃、彼の部屋にいつもウェンディを担当している受付嬢が入って来た。
「おう、お前か。ウェンディにはあの依頼を受けて貰ったよ」
「これで、一月はこの都市から離れますね……あの渓谷に行けるまで強くなるとは、歳をとりました」
「おめえまだ三十少しぐらいだろうが、働き盛りめ」
「そうは言ってもまだ独身ですしねぇ。ま、今のこの状況じゃそれどころじゃないってのも分かってますけど。これでも一応副ギルドマスターの身ですし」
ウェンディを担当する彼女は受付嬢をする傍らギルドマスターを補佐する副ギルドマスターも務めていた。
「それで、一応聞くがウェンディの奴は大丈夫なんだな? あいつもだいぶ経験を積んだが、森と渓谷じゃだいぶ環境が違うぞ。その分勝手も違ってくる」
「大丈夫ですよ。おそらく昨日彼女に付き添ってた人が今回の依頼でも一緒でしょうし。だから先程も複数人で依頼を受けるのが可能かも聞いたんでしょう」
「ああ。そうだな。それで魔法士としてお前はその付き添いの魔法士? とやらをどう見る」
そして受付嬢の彼女は上級の魔法士でもあった。
本来なら宮廷魔法士として活躍出来るほどの腕前である。因みにそんな優秀な彼女がそうならなかったのは国の中枢部の腐敗が世間に広く知れ渡っていたからである。
流石にそこに身を置きたくなかった彼女は冒険者という危険な職にも就きたくはなく受付嬢として働いていた。
「相手にもなりませんよ。勿論私があの人に、ですよ? おそらく魔導師でしょうね。しかもかなり高位の」
その言葉を聞いても彼は余り驚いた様子はなかった。
「そうか、やはり帝国の差し金か?」
ここで彼の口から帝国の名前が出てくるのはつい最近入手したとある“情報”が原因だった。
「さぁ、とりあえず変な行動はしてないみたいですね。昨日もただ観光してただけみたいですし。一応言っときますけど監視は十中八九バレてたと思いますよ?」
「構わん。帝国が動けばこの国は蟻のように吹き飛んじまうからな。それにしても……」
そう言って机に散らばる書類から一つの紙を取り出し、ジッとそれを見つめた。
それはその“情報”が書かれているものであり、これ一枚でこの国を揺るがしてしまうほどの事が書かれていた。
「馬鹿な真似をするもんだぜ……恨むぞ、陛下よ」
その呟きは何処か悲しい雰囲気を含んだものなのであった。
更新速度が遅いくせに話の進みも遅くてすいません……。
次話はおそらく今月内に投稿出来ると思います。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。




