元令嬢の冒険者 その二
遅れました。
「殺された……穏やかじゃないな。その口調からすると、確信にたる証拠があるんだな?」
「ええ、そうよ。と言っても私が調べたわけじゃないわ。この国の王から直々に言われたのよ。世界最低の愚王、テロス一世にね」
ウェンディはギリギリ、と奥歯を砕かんばかりに強く噛みしめる。
「あいつはこう言ったのよ。『奴は我等の手の者によって殺した』ってね。あの時から決めたの。絶対に私の家を再興させて復讐してやるって……」
「……ほう。それで、どうやったら再興が出来るんだ?」
「……分からないわよ」
そこで彼女は机に思いっきり顔を突っ伏す。
レイは心の中でやっぱり、と思いながらやれやれと苦笑する。
それを見咎めたウェンディはレイに「ならどうすれば良いのよ!」と突っかかる。
「だって私元々貴族だったもの! どうすれば貴族になれるのかとか考えたことなかったし!」
机に乗り上げてレイに詰め寄るウェンディを宥めながら座るように促す。
彼女とてフィナンシェ帝国での大公という位置にいるがこれは飽くまで例外だと言うことをレイ自身がよく理解している。
そもそも国によって新たな貴族の興り方のシステムは異なってくる。レイの様に戦争で戦果を挙げて貴族に迎えられる者もいれば、新たに貴族が生まれるのを良しとしない国も存在する。
レイがこの国のシステムを理解していない以上ウェンディの目標について助言出来ることは皆無に等しい。
「私からは何とも言えないな。それでその愚王とやらがやらかした為に今の国が出来上がったと言うわけか」
「まぁ、今は愚王の名前を挙げたけど……もっと酷いのは貴族ね。国王を傀儡にして税を毟り取り贅沢をしているらしいわ。昔もそうだったらしいけど今は更にそれに拍車がかかっているみたい」
そこで女将が厨房から出てきて「はいよ、オーク肉のステーキ特製ソースがけ二人前だよ」と言ってでかい肉の乗った皿を二人の前に置く。
「うわぁ、今日のも美味しそうね!」
「ハッハッハ! 良いってことよ! 久々に新規のお客さんも来たんだ。お題は少し安くしとくよ!」
と女将は豪快に笑いながら厨房に戻っていく。
「良い人だな」
「ええ、そうね。この国の人達はみんな優しいの。だから尚更許せない。この国はお世辞にも豊かとは言えないけど、それでも肥沃な土地を持っている。農業に専念する政策を取れば他国とも良い関係を築けるのにそれをしないで貪ることしか考えない貴族や王族が許せない」
目の前の食料をじっと見つめるウェンディ。
この食料は大半が冒険者が狩った獲物たちだ。湯気の上がるステーキは彼女の胃を刺激するが、重税に喘ぎながら、飢えて暮らす農民のことを考えると胸が痛む。
「何を考えてるか知らないが。冷めないうちに食べようじゃないか。折角の女将さんの好意だからな」
「……ええ。そうね」
レイとウェンディはフォークとナイフを手に持つ。
レイはステーキを大きめに切り、豪快にかぶりついた。
「……上手いな。このソースは秘伝か? ぜひ教わりたいものだな」
「そうでしょ。ここの料理はとびきり美味しいの。だから夜は冒険者でいっぱいになるのよ」
因みに今は夕方よりも少し前の時間帯であり、彼女たちにとって今の食事はだいぶ早い夕食、若しくはだいぶ遅い昼食にあたる。
「この味ならそれも頷けるな。この宿は女将と旦那の二人だけで経営してるのか?」
「夜は私も手伝ってるわ。だから宿も格安で泊めてもらってるし、賄いも出るしで至れり尽くせりよ」
「そりゃ有り難いね! 旦那も喜んでるよ!」
厨房から女将の声が飛んで来る。
レイは「地獄耳だな」と思いながら「美味しく頂かせてもらってるぞ!」と叫ぶ。
そしてふと疑問に思ったことをウェンディに聞いた。
「こういう王族批判を他のヒトに聞かせても良いのか?」
「密告とかそういう心配? するわけ無いでしょ。してもなぁんの得にもならないし。それにもしそんなことしても密告者と誰も付き合いたくは無いわよ。特にこんなご時世じゃね。信用は大事よ? つくづくそう感じるわ」
今のこの王都の裏通りは恐らく中央も把握してない完全なる民間が維持している区域である。
誰もが国の中枢に不満を持っている中、誰かを売るような事をする者がこの様なコミュニティで受け入れられる筈も無いだろう。
「それに多分誰もが口に零してるわよ。国が税率を一律に引き上げてからどの村落も食料の入手さえ覚束ないらしいし……ただでさえ商人の数も少なくなったから外からの入手も難しい。口に出さなきゃやってられないわよ」
踏んだり蹴ったりな今の国の状況に誰もが嫌気をさしている。
しかし、とレイは考える。
彼女は今まであらゆる時代のあらゆる国を旅してきた。その中にはこの国の様な貧困に喘ぎ、それでいて貴族の横暴がまかり通っている国もいくつか見たが、ここ程酷くは無かった。
有り体に言えば『アホ』過ぎる。
商人に高い関税をかけなくても金は稼げる。貴族の権力をもってその商人を贔屓する。それの為に賄賂を受け取る。そうすれば余程効率よく金を稼げる。
ただ破滅に向かうだけの政策。成る程、周辺諸国から『最も愚かな国』と揶揄されるのも納得だった。
「成る程、良い話が聞けた」
「ええ、私もお金をたっぷり貰ったから別に良いわよ。ってかいつの間に貴女食べ終わってたのよ」
ウェンディの皿の上にはまだステーキが半分ほど残っているがレイの方は既に完食されていた。
しかも彼女が気づかぬ間にである。
「そういえば今更だけど、貴女なんて名前なの?」
「……そういえば名乗ってなかったな。私の名前はレイ。レイ・ウィストリアだ。何時までの付き合いになるか分からないがよろしく頼むぞ、ウェンディ」
「レイ……レイね。分かったわ。こちらこそよろしく。明日からは貴女どうするの?」
既に日も傾きかけであり、これから活動するには外が暗くなり過ぎるだろう。
「暫く、この国をまわってみようと思う。せっかく来たんだしな」
「まわるねぇ……特に何も無いわよ? 取り立てて見るべき観光地もないし」
「構わないさ、それはそれで」
「奇特ねぇ。あ、そうだ!」
そこでウェンディは何か閃いたのか、レイにとある提案を持ちかけた。
「明日私の冒険者活動手伝ってくれない? 勿論依頼料は折半でいいわ!」
それにレイは「いいぞ」と軽く承諾したのだった。
☆★☆
ウェンディとレイが出会った同日の夜。
ヴィルマ王国の王城カローティオンのとある部屋にて三人の人物が密談していた。
「それで首尾の方はどうだ?」
そう切り出したのは愚王と名高き国王、テロス一世であった。
不摂生が祟った様なでっぷりと肥えた体躯に威厳を付けようとしたのか顎からヒゲを生やしている。
「上々ですとも。万事、計画通りに進んでおります」
そう答えたのはこの国の政治における頂点、宰相ジェサイ・ノード。彼の生家であるノード公爵家はウェンディの家と政敵関係にあった。
体型はテロス一世程ではないが小太りであり、しかしその指には成金趣味を極めたかの様な財を凝らした指輪を全ての指にはめていた。
「それで、そちらはどうなのだ? ズガイ将軍」
「ハッ、こちらも抜かりなしですぞ。陛下」
ズガイ・ポスン将軍。この国の武のトップでありポスン侯爵家の当主でもある。
彼は武人にあるまじき肥えた体躯をしており、それはテロス一世も超える程だった。その体重では馬にも乗れないのではないかと思う程である。
「そうか……では計画の開始は明日から一週間後。抜かりのない様に進めよ」
テロス一世はその悪人面をニヤリと、愉悦を含んだ笑みで歪ませるのだった。
☆★☆
夜が明け、レイがヴィルマ王国に訪れてウェンディと出会った次の日。
二人は王都から離れた森の中にいた。冒険者ギルドの依頼を受けたが為である。
「獲物、いた?」
「うむ、前方にある大岩が見えるか? あそこの裏で丁度食事をして居る様だ」
彼女達が受けた依頼は“オーク十匹の討伐”である。
オークは単体の実力で言えばDランク上位の冒険者でも何とか狩れる程度である。しかしその膂力は人族を軽く超え群れをなす習性のためCランク、或いはBランクの依頼で出される事が多い。
つまりは今のウェンディにとって丁度良い難易度の依頼なのである。
「何匹いるか分かる?」
「三匹だな。全員座っているから不意をつけば一匹はすぐにでも仕留められる。丁度こちらが風上だから匂いで気づかれることもない。音にさえ気をつければ危なげなく制圧出来る」
レイはこの道中でウェンディの事を観察していたが、元々貴族令嬢だとは思えないほどに森での彼女の動きは淀みなかった。
人の手が入った林なら兎も角、自然に任せた森の中では木の根が盛り上がり、地面が歪んで所によってはぬかるんでおり歩くのに思う以上の体力がいる。
幼き日のソウマがレイの屋敷の外周を走り体力をつけ始めた時期で、彼が最も体力を削ったのは長距離走における持久不足ではなく思うように走れない事へのストレスだった。
木の根に足が取られ、捻りそうになり、時には泥濘で足を滑らせる。それは必要以上の体力と気力を削られるのだ。
しかしウェンディは足元を見ずとも木の根や泥濘を避けていた。
ここの地形に慣れているか、それとも“森”という環境に慣れているか。どちらにしろ伊達に若くしてBランク冒険者に上り詰めた訳ではないのだろう。彼女の練度はそこらの冒険者に劣らない。
「あの岩の上に乗っかればオークの手とかが届かなかったりする?」
「そこまで大きくも無いだろう。多分無理だな。オークの背丈よりも少し高い程度だ」
綿密な襲撃の打ち合わせをする。
このまま突っ込んでも二人ならば余裕で勝てるだろうが、それとこれとは別である。
レイは兎も角、ウェンディの装備は軽装であり、手足と首から上は自由度の確保のため防御力は皆無に等しい。その装備が魔物の素材を使用している防具とはいえオークの膂力で繰り出される攻撃を真面にくらえばただでは済まないだろう。
無傷で生還するには念には念を。時間に余裕があり、周囲に標的以外の脅威が無いのなら対策をし過ぎたとしても損にはならない。
「オークはどういう風に座ってる?」
「三人で横並びだな。だが真っ直ぐ横並びではなくて若干三角形の様な形になっている。岩を背にしているオークを起点に薄く広がっている感じだ」
そしてウェンディにとってもレイの魔力操作技術は舌を巻くほどだった。
彼女自身も魔法を戦闘の主軸に織り込んでおり、そこらの魔法士には決して引けを足らない自負がある。
しかしどちらかというと攻撃魔法に偏りがちだった彼女にとって感知は苦手分野であり、自分よりも広範囲で余裕でこなすレイは何時も以上の心の余裕をウェンディに齎した。
因みにウェンディが展開出来る感知の範囲は両手を広げた彼女が五人分並んだ程度である。これは一般の魔法士としても狭めであり、冒険者として生き抜くために攻撃手段を増やさざるを得なかった弊害とも言えるだろう。
「じゃあ岩を背にしているオークを私が岩に登って殺して直ぐに降りる。残りの二匹が逃げる様なら後ろからドカン。左右に分かれて来るようなら一匹ずつ排除。右側が私がやるから左側をお願い。どちらか片方だけから出てきたら一当てして下がるからその内に一匹殺して、もう一匹を二人掛かりでやる」
「異論は無い。了解だ」
そこからウェンディは音を立てずに岩まで駆け寄る。そこから更に音を立てないように岩の上まで一足飛びで飛び上がった。
岩の向こうから「プギャッ!?」という断末魔が響き、残り二匹の怒りの声が木霊する。
その声に耳を傾ける事なくウェンディは素早く岩から降りて身構える。
数秒待たずしてオークは左右に分かれてこちらに出てきた。
「『氷槍』」
レイの放つ『氷槍』が左側のオークの胸に風穴をあける。
そしてオークは断末魔を上げる事なく後ろにドスンと音を立てながら倒れ伏した。
その間、ウェンディもまた右側のオークと接敵していた。
オークに行動させる事なく棍棒を持つ腕の腱を切り、逆側の腱を切り、両足を切り裂いてから首元を切り裂いた。
四肢の動きを封じられたオークは大きく開いた五箇所の傷口から大量の血を流しながら膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
「中々に容赦が無いな」
「あら、生きるか死ぬかの勝負に卑怯なんて言葉は無いわ。その言葉が許されるのはルールの元での勝負事だけよ」
「至極最も、その通りだな」
二人はそう軽口を叩きながらも討伐証明の部位である右耳を剥ぎ取っていく。
剥ぎ取った三つの耳をウェンディが全て腰の魔導具であるポーチに入れ、周りを警戒しながら立ち上がる。
撲殺などの血が出ない殺し方ならばまだ時間の余裕はあっただろうが、血の出る殺し方をしたのでいつ別の魔物が寄って来ないとも限らない。
オークの肉は食用にもなりギルドに持っていけばそこそこの値で売れるだろうが、それが主目的でない以上手間は避けたい。
「じゃあさっさと別の場所に移りましょう。後方の警戒をお願い」
「承知した」
その日の依頼は特にさしたるアクシデントが起こる事なく恙無く終了したのだった。
来月は二話投稿出来るか怪しいです。
新年度に当たってバタバタしそうなので……
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