元令嬢の冒険者 その一
信念あけましておめでとうございます。
長らくお待たせしました。
ヴィルマ王国。そこは帝国のすぐ隣にある何処にでもあるような小国と認知されている。
地域によってはその国の存在を知らない地域があっても不思議では無い。しかしとある訳故にその国の名は多くの地域に知られていた。
時に、国の名前には俗称が付けられる事がある。
例えば『最も強い国』と言われればそれは現魔王、シャルレア・ウロボロスが治める魔国ディートレスのことを指す。
そしてヴィルマ王国はこう呼ばれる。
『最も愚かな国』ヴィルマ王国、と。
☆★☆
冒険者ギルド、それは犯罪に抵触するような物で無ければあらゆる依頼を取り扱う機関。
そのシステム上魔物の討伐などの戦闘系の技能を必須とするものが多く、冒険者には腕っ節が求められやすい。
その為に強さが正義であり絶対視される傾向が強い。そしてそれ故に冒険者達の性格は男女問わず良い意味でも悪い意味でも我が強い。
「ちょっと! その依頼は私が先に取ったのよ!」
「うるせえ! お前にはこの依頼はまだ早えよ! もっとお仲間を作ってから出直せや!」
今日もヴィルマ王国王都は朝から騒がしかった。
口論しているのは男女の二人。
片方は眼を見張るほどのサラサラな茶髪を腰まで伸ばした少女。
そしてもう一人がガタイの良い黒髪を短く刈り上げツンツンにしてある冒険者。
そのからの手には依頼書が握られていた。
「まーたやってるぜ、ウェンディのやつ」
「ま、あの若さでBランクにまで上がったんだ。慢心してもおかしくはねえさ」
その周りの声に口論していた少女の方、ウェンディはますます顔を羞恥と怒りで赤くする。強さはあっても、若さとそれ故の短気な性格から周りから馬鹿にされることが多かった。
それを見て相手の男は鼻で笑ってその依頼書を受付へと持っていった。
「ハッ! じゃあこれは俺たちが貰ってくぜ! じゃあな!」
「あっ! ちょっと! 待ちなさいよ!」
ウェンディが慌てて手を伸ばすが男達は既に受付へと向かっていった。
ウェンディは悔しそうに地団駄を踏む。
「何よ! 私が先にそれを見つけたのに!」
彼女はその怒りのまま冒険者ギルドから出て行く。
しかしギルドから出てしばらくすると我に帰ったかのように「またやってしまった」と弱々しく呟いた。
彼女は懐から財布を取り出す。
その中身には銀貨が十数枚に銅貨が数枚。
そこらの宿屋に一月泊まって尚且つ一日三回食事をするには困らない蓄えである。
「……全然足りない」
しかし彼女の目的のためには途方のない金額が必要だった。
それは家の再興。
彼女は元々は貴族家であった。しかし数年前に没落。彼女の両親は数年前に事故で没していたとはいえ急な変化に彼女自身が当時はついていけなかった。
幸い彼女には魔法の才能があり、冒険者として生計を立てる事はそれほど難しいことではなかった。
しかし彼女が目指すのは貶められた自らの家の名誉の復活。
それをお金を稼いで何とかなるものなのか分からないが、平民へと落ちぶれた彼女にはそれくらいしかやる事が見つからなかった。
そして彼女は憎々しげに遠くにそびえ立つ王城を睨む。
「あいつらがいなければ……」
その気持ちはこの国の全住人がおそらく持っているであろう気持ちだ。
この国は元々裕福というわけではなかったがそれでもまだマシな方だった。
それが変わったのは数年前。他の民からすれば急に変わったという他なかったろうがウェンディは違った。
彼女の両親が乗った馬車とその一行が盗賊に襲われ壊滅したというのだ。
彼女の親はこの国の公爵であり権威も権力も大きくそして慈愛の心を持っており民にとても慕われていた。
他の貴族は民衆を人とも思っていない様な扱いで民は貧困に喘いでいた。
それを諌めていたのがウェンディの父親の公爵だったのだ。
そんな彼等がいなくなった。
そこからが酷かった。まるで抑えがいなくなったかのように王からの命令で一律で税が引き上げられ農民は貧困になりこの王都の民ですらも満足に飯が食えないほどに困窮するようになった。
その酷さは他国にも広く知れ渡り嘲笑と共に『最も愚かな国』と揶揄される程にまでなった。
彼女の両親が死んだことも合わせて偶然のタイミングとは思えない。
公爵夫妻の子供はウェンディしかおらず、まだ幼かった事もあって殺される事は無かったが没落させられた。
「……畜生」
ふと、こんな汚い言葉を使うようになったのはいつからだったか、とウェンディは考えてしまう。
彼女はそんなことを考えながらも複雑に道が入り組んでいる裏通りを進んでいく。
この裏通りは王都が攻め込まれた時に避難、そして敵を撹乱するために敢えて複雑に造られている。
最初はウェンディも迷ったものだが今ではある程度は迷うことなく進むことが出来る。
通りから元気な声が聞こえてきた。
「今日はオークの肉を俺の家の秘伝のタレでおいしく焼いたもんだ! 安くしとくよ!」
「おじちゃん、それ一つください」
「おお! ウェンディちゃんじゃないか! ほれ、一本オマケしとくよ」
「ありがとうございます!」
裏通りにこのような露店が出来始めたのも数年前だ。
表に露店を開くと兵士が賄賂をせがむ様になり拒否すれば武力行使で店を壊す事は日常茶飯事。
まるで野盗が徘徊するがの如く街の治安は悪化していった。
そして住人たちもまるで表から逃げるように裏へと移住してきており、今では表通りよりも裏通りの方が栄えている。
幸いこの王都は入り組んでいてサボり症の兵士達が態々迷うかもしれない危険を犯してここに来ることはない。
本来ならば治安が悪い筈のこの裏通りがこの王都で最も栄えることになった。
「……ん?」
ここに来た当初は今まで屋敷という檻に入れられた箱入り令嬢らしく食べ歩きなど以ての外であったが今ではすっかり慣れきっていた。
そうして歩く途中で最近ではめっきり見かけない外から来た人物らしき人が歩いていた。
「ちょっと〜、そこの人」
最初は声をかけられた当人が自分のことだと分からなかったのか反応を示さない。
それに業を煮やしたウェンディは近づきながら少し大きめに「ちょっと!」と声を掛ける。
振り返った際にローブの端から覗く長い銀色の髪から彼ではなく彼女だということが分かった。
「………もしかして私のことか?」
「そうそうあんた。あんたって外から来た人でしょ?」
ウェンディは好奇心から裏路地を歩く彼女に話しかける。
「そうだが、なぜ分かる?」
「ここってさぁ、王都なのにこんな状況でしょ? 表を歩くのは野蛮な兵士やら悪徳商人ばっかだからここに来る事はほとんど無いのよ。それでここは住民達が互いに支え合って成り立つ場所。大体の顔は覚えているしそもそもそんな怪しい格好をする人は居ないわ」
「怪しい……か? 結構普通の格好だと思うのだが」
彼女、魔導師であるレイはローブを全身で覆っているが、むしろその格好は魔法士がする格好からすれば比較的スタンダードなものである。
そしてこの認識はレイの方が正しい。確かに今のこの国で表を歩けば兵士から声を掛けられはするだろうが、それは見かけない魔法士を警戒するものだろう。
実際ここにはウェンディと彼女の二人以外にも人はいるが外から来たであろう彼女に対して警戒を示す者はいない。
ウェンディは数年経ったとはいえそれまでは家の中で蝶よ花よと育てられた箱入り娘である。そこら辺の一般認識は未だに疎かった。
「今の王都でそんな格好してたら兵士に連行されるわよ」
悲しいことにそれは事実だった。
普通ならばローブを着ていても雑踏に紛れて気にならなくなるだろうが、今のこの状況で一目で魔法士だと分かる見た目をしていたら兵士に声を掛けられて、そして難癖を付けられて連行されてしまう。
勿論兵士にそのような権限はないのだが、今の王都は兵士の質からして悪く、彼等の横暴は留まるところを知らない。
「ならば教えて欲しい。今の王都のこの状況を。流石に来てびっくりした」
王都は国王が居を構える国の中心地であり必然的に人も多く集まってくる。
今のこの場所の状況は異常と断定しても過言ではなかった。少なくとも、数千年の永い時を生きた彼女からしてもありえない。どれだけ廃れた国であってもその国で一番王都が栄えていたからだ。
今のこの国は国としての体裁すら成していない。
「良いわよ。いっぱい話してあげるわ。その前に、はい」
ウェンディはそう言って右手をレイの方に差し出した。
「なんだ? 握手?」
「お金。情報量を頂戴」
ここ数年で守銭奴と化したウェンディ。
宿と食料代で常に素寒貧ではあるが、ここぞという稼ぎ時を逃す彼女では無かった。
この後でまた今回の強請りという貴族時代では考えられなかった行為に頭を抱えて悶える事になるのはご愛嬌である。
レイは苦笑しながら亜空間から財布を取り出した。
☆★☆
「それで、話を聞かせてもらうか」
「良いわよ、なんでも話してあげる」
思いがけず金貨という大金を手に入れたウェンディはホクホク顔でレイを自らの住処に案内していた。
「ここよ、今の私がねぐらにしているのは」
「これは……こう言っては失礼だが、見窄らしいな」
ウェンディがレイを連れてきたのは大きさこそそれなりにあるものの所々壁に穴が開いていた所を接木して塞いでいたり、悪い意味で年季が入っていると見て分かるような見た目をしていた。
躊躇いながらそう口にするレイに彼女は「アハハ、そうよね〜」と同意する。
「ここの主人達もそう思ってるみたいよ。元々は表で営業していたらしいんだけど、ここ最近こっちに移してきたみたい。表じゃほとんどヒトは居なくなったから」
その後に「けど中は清潔だし、安くてご飯も美味しいのよ」とフォローするあたり彼女もこの宿屋を気に入っているのだろう。
「おや、お帰りウェンディちゃん。お友達かい?」
「ただいま、女将さん。いや、ただのお客さんよ。外から来たんだって」
宿屋の女将は恰幅の良い人の良さそうな顔をした女性だった。彼女のウェンディを見る目もまるで実の娘を見るかの様に優しげなものである。
しかしレイが外から来たということがウェンディの口から出た瞬間彼女はレイを丸い目で見つめた。
「珍しいねぇ。今のこの国の状況は外に知られて居ないのかい?」
「さあな。私は世間に疎いんだ」
「そんなことを堂々と言うあたり、流石魔法士様って感じだね」
肩を竦めてやれやれといったポーズをとる。
ウェンディはそんな女将に「適当なものなんか二人前!」と頼む。
女将は「あいよ!」と返事を返して厨房の方へと消えていく。
「それで、何が聞きたいの」
「そうだな。この国は今どんな状況なんだ? 政治とかな」
レイが思ったのはまずそれだった。
国の中心部の王都があそこまで寂れているのは有り得ない。例えどれだけの小国でも国主が住む都は国で一番、又はそれに準ずる程度には栄えるはずなのである。
「そんなの、国の上層部が無能だからに決まっているでしょ」
それにウェンディは苦虫を噛み潰したような表情でそう吐き捨てる。
「昔はそりゃあこの国のここも活気があったわよ。私の目からも貴族の腐敗は溢れてたりしたけど、それでもこの王都にはまだ多くのヒトが訪れていた。変わったのは数年前に王が代替わりしてからよ」
「ふむ……」
「上層部は総入れ替え。自分に都合の良いヒトばかりを側近に置く。商人の運ぶ荷物の関税も大幅に上げてお金も大量に毟り取ろうとするし……まあそのせいで商人が誰も訪れなくなったからそこはざまあみろって感じなんだけどね」
「成る程、酷いな」
レイの言葉に「でしょ!」と彼女の方に机に乗り出しながら顔を近づけるウェンディ。
「この王都以外の場所はどうなんだ? 農村とかそこら辺のことなんかを知ってたりするのか?」
「うーん、噂程度だけど、税率が高くて飢えてるみたいね。悪どいことするわ」
レイはそこでじっと黙り込む。
その間もウェンディの罵倒は続く。
曰く、昔も酷かったが今はもっと酷い。貴族の全てが腐敗して真面なのは一人もいない。国の上層部の奴らは全員ブサイクな悪人面。
「おい、最後のはただの悪口だぞ」
「いいじゃない、事実だもの」
彼女の憤懣やるかたないその様子から余程今の状況に腹を据えかねているらしい。
レイも今の話を聞いて其れもやむなしと彼女に共感する。
「それで、ウェンディとやら」
「なによ?」
「お前は元貴族、若しくはその関係者だったりするのか?」
「……驚いた。どうして分かったの?」
「いや、結構見てすぐに分かるぞ?」
ウェンディは口こそ荒いがその動きの所々に高い教養が見え隠れしている。
女将が運んで持って来てくれた料理を食べる時も決して頬を膨らませないように口に入れる分は必要最低限にしている。さらに食器を擦らせる音も決して鳴らさないようにしている。
そして今の話もそうだ。
一般の民衆に王が入れ替わってから酷くなったという判断がついても上層部が総入れ替えという言葉は早々出てこない。
王の代替わりを民衆に示すことはあってもその側近、大臣その他諸々の役職が変わったとて民衆に布告することは殆ど無い。
その点を鑑みて若干鎌かけの要素も含んでいたがウェンディの反応を見るとどうやら当たりらしい。
「そうよ、元は私はこの国の公爵家の出身だったの。けどお取り潰しにされたわ……」
「公爵家……大貴族じゃないか」
「そうよ。それに世間的には私の両親が死んだのは事故ってことになってるけど、そうじゃない。私の両親は、殺されたのよっ!!」
そう振り絞るように言うウェンディの目には溢れんばかりの涙が溜まっていたのだった。
今年はもう少し執筆スピードを上げていきたいです。
せめて月に二話は更新出来るように頑張ります。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。




