疑問
遅くなり申し訳ありません。
そして『令和』明けまして
ウェンディが長期の依頼に向けて準備をしている頃、レイはヴィルマ王国の各地を訪れ見物していた。
今いる村もその一つである。
しかしレイはその惨状に眉を顰めていた。
「ここも、酷いな……」
一言で表すなら、この村はとても寂れていた。
まだ午前中ではあるがレイは転移を使えるので今までにいくつかの村を訪れていた。
しかし何れもここと同じように寂れていたのである。
それにしても、と周りを見渡す。
旅人らしきレイの存在は珍しいのか、チラチラとこちらに目を向けるが直ぐに農作業へと戻っていく。
住人達は見ただけでも分かるほどに痩せ細り、栄養が足りていないのが明らかだった。
レイは“超越個体”としての特性で“創造”を司る。
かつて動乱期の帝国でした様に土地の栄養状態を操る事も出来る彼女は土地の状態を見ることに長けていた。
そんな彼女の目から見ても、とてもこの土地が痩せている様には思えない。むしろ肥沃な土地と言っても良い。
本来なら税を納めて尚有り余るほどの作物の収穫を得ているべきはずなのだが、それだけ納めなければいけない税の量が多いのだろう。彼らの食糧事情が一目で分かるほどに彼らは弱っていた。
「すまない、ご老人」
「……何だい?」
「少し聞きたい事があるのだが」
畑に生えている雑草を引き抜いていた手を止めて顔を上げる老人。
その目は忙しく働いている時に話しかけられた苛立ちが込められていた。
さもありなん。ただでさえ食料のほとんどを税にとられてしまうのだ。少しでも多くの作物を育てなければいけないのにその手を止められて仕舞えば腹も立つ。
勿論レイとてただで話をしてもらおうとは思っていない。
亜空間からずるりと新鮮なイノシシの死体を取り出した。
それを見て老人は目を瞠る。
「これを貰って対価としてもらえないか?」
レイの言葉に返事を返さず老人はジッとレイのことを見つめる。
そして一つため息を吐いた。
「おい! おめえら! 今日はご馳走だ! こいつを解体して女衆に渡しときな!」
その声を聞いた村人達はイノシシの死体を見て歓声を上げ、何人かの若者達がそれを担いでどこかに運んでいった。
それが答えなのだろう。老人は立ち上がって伸びをしながら腰を叩き、近場の手頃な岩に座る。
普段から休憩の際はそこを使っているのか傍らにはここは自分の場所だと強調するように簡素なカゴが置かれている。
老人はその中から水袋を取り出して水を一口飲んだ。
「……それで、魔法士様が何の話を聞きたいってんだ?」
「この村のことだ。土地がこんなにも豊かなのに貴方がたがそこまで痩せ細っているのが疑問に思ってな」
「豊か……ね。そんな事言われたのは初めてだ」
老人が遠くを見る様な目をする。
その目が見つめる先は過去か、それともレイの言葉を噛みしめているのか。長い時を生きたとて、ヒトを見る目が培われる訳では無い。その為に彼の心境をレイは深くまで推し量ることは出来ない。
「儂が子供の頃から、こうじゃった。重い税に苦しみ、日々の食料にすら難儀する。なあ、魔法士様。質問に質問を返すようで悪いが、あんたこの国に来たのは最近か?」
「ああ、そうだ」
「他の国はここよりも酷かったりする場所は無いんか?」
「……いや、私も長く旅をしたがここよりも酷い場所は確かにある。だが、ここまで生きていない村はそう見ないな」
彼等の動きは死んでいた。
勿論物理的なことではなく比喩ではあるが、その畑仕事をする姿に、収穫まで育てる気持ちというのが全く篭っていなかった。
レイは相手の表情を見て気持ちを察する事はできない。しかし、雰囲気を読み取る事は人並みにはできるという自負がある。
そんな彼女は確かに、この村に生気を感じられなかった。
「確かにな、そうだろうよ。儂の爺様に聞いた話だが、昔はここまで酷くはなかったそうな。儂が子供の頃でもまだまともに飯を食えたが、今じゃ儂どころか子供に食わす飯さえ困る始末」
粗末な籠から老人は一つの握り飯を取り出した。
それは三口でも齧れば直ぐになくなってしまうほどに小さい。
「儂の昼飯もたったこれだけ。若い衆にはもうちょいやってはおるが、それでもこれとさして変わらん。畑仕事にはこれじゃ到底足りん」
そう言って老人は大きな口を開けて小さな握り飯を放り込み、数度咀嚼して水で流すようにして飲み込んだ。
「たくさん食いもんを作っても、全部税として取られていく。もし飢饉なんぞ起これば儂らは終いじゃな」
そう言ってもう一度水を飲んだ。
「まあ、救いは税が少し減ったということかの。それでも前とあんまり変わらんが。今の王様は愚かだと言われとるようだが、そこだけは有り難い」
「ん?」
ここでレイは疑問に感じた。
一昨日の酒場で、ウェンディはこう言ってはいなかっただろうか。
『国が税率を一律に引き上げてからどの村落も食料の入手さえ覚束ないらしい』
彼女が嘘をついたとは思わない。嘘をつく意味もない。
なのに何故、情報に違いが出ているのか。
信憑性で言えばこの老人の言っている事の方が高い。何しろ彼は当事者であり税が生活に与える影響を誰よりも知っているだろう。
かえって彼と違いウェンディが聞いたのはあくまで噂に過ぎない。
しかしおかしい。確かに噂は流れる過程で多少脚色、曲解される事はよくある。だがそこにはある程度の事実という基盤があっての脚色、曲解である。
事実と噂が真逆になるという事は殆ど無い。あったとして権力者達が意図的に広めた場合であるが、果たして自らが不利になるような噂を流すだろうか。
(分からん……一体何が……)
もしかすれば税が減ったという事実を真実だと信じられなかった国民達を経由する内に事実が真逆に捻じ曲げられてしまったのだろうか。
「魔法士様? どうかしたか?」
考え込んでいたレイを訝しく思った老人の言葉にレイはハッと意識を戻す。
「ん、いや、すまない。続けてくれ」
「ふむ、そうだの。大体それが全部だな」
「そうか、良い話を聞かせてもらった。礼を言わせてくれ」
「何を言うか。儂の方こそ、久々にご馳走にありつけそうなんじゃ。気にする事はないわい」
ここで初めて老人が笑顔を見せる。
それは先程までは無かった生気が感じられる顔だった。
「あ、そういえば、最後にもう一つ聞きたいことがあったんだ」
「ん、なんだ?」
レイは老人に対し、これまでの村で行ってきたある質問をする。
それに対して老人が返した答えはこれまでの村のそれと一致していた。
彼女はその答えを聞いてある仮説を心の中に浮かべていた。
レイは手を振りながら村から出て行く。
「思っていたよりも、面白い話が聞けたな。幾つかの村を回った甲斐があった」
ここに来るまでの多くが日々の労働に対する愚痴だった。
確かに幾ら土地が豊かでもそれを搾取する貴族が悪どければとても満足な生活は出来まい。
本来ならば豊かな土地の農民の生活は一部の都市住民のそれよりも充実している。学習環境こそ様々な施設のある街には劣るがあらゆる食材を自分達の手で作り、売ることさえ出来れば金銭もそこそこ稼げるのだ。
この国の土地がそれが出来る土地と言っても良い。
本来ならばここまで住民達が痩せ細るのはまずあり得ないことなのだ。
「さて、次に向かうべきは……」
彼女の見つめる方角、その先にあるのはこの国の王都。
「いざ行かん、王城へ」
レイは転移する場所に気をつけながらその場から空気のように消え去った。
そしてそこで見つけたのはレイの仮説を裏付ける事実であった。
その日、レイは宿屋に帰還するとウェンディから足早に長期依頼に同行してくれないかと言う嘆願があった。
レイはそれに快く了承するのだった。
☆★☆
時は進んで一週間後。
フィランシェ帝国皇城の執務室にて、レオル二世は一通の書状を読み込んでいた。
端から端まで、一字一句逃さずゆっくりと、読み込んでいく。
その直ぐそばではこの国の宰相、ミド・コースアンが控えていた。
本来ならミドは別の執務室で宰相としての仕事をしていたのだが近衛が使者として彼をこの部屋に呼びに来たのだ。
そんな彼は珍しいものでも見たかのように己が主君であるレオル二世を見つめていた。この皇帝は若くして非凡な才の持ち主である。
しかし真面目に執務を取り組みながらもその姿勢は常にダラけた格好だった。仕事はしっかりしているのであまり強くは言わないが、それでも彼は皇帝、この国の最高権力者である。
人の目もあるのでもう少し気にして欲しいと常々思っていたのだ。
しかし今はどうだろうか。
珍しくも彼は非常に真剣な面持ちで書状を読み進めている。これほど真面目な顔をしていたのは彼が皇太子時代の時に今の奥方が婚約者だった頃に貰った恋文の返事を書いていた時以来では無いだろうか。
記憶の限り、確かその書状はヴィルマ王国から来たものの筈である。
あの国は記憶の限りさして重要度の高いものでは無かった筈である。特にこれという特産品もなく、優れた人物がいるというわけでも無い。
寧ろあの国はその真逆を行っている。
彼の国が今まで存続出来ていたというのは偏に隣国がこのフィランシェ帝国だからという理由である。
あの国の土地を得たということはそこを陣地にして帝国に攻めてくるつもりなのではないか、と思われる事を恐れてのことである。
言うならば帝国という強大な国の“名前”が今まで守っていただけの無価値な国。
それがミドのヴィルマ王国に対する印象であった。
そしてそれはこの国の貴族のほぼ全ての認識でもある。
「それで、私をお呼びになった理由はなんでしょうか? 陛下」
その時、レオル二世がミドを見つめた目は彼の人生で殆ど例を見ないほどの重圧に襲われた。
“最も優秀な国”フィランシェ帝国が皇帝レオル二世。
そう呼ばれるに相応しい圧を今の彼は放っていた。
ミドの顔が自然と引き締まる。
「帝国宰相にして“参謀のコースアン”であるミド・コースアンに勅命を下す!」
「ハッ!」
その言葉と共にミドは自然と跪いた。
この国に於いて跪くというのは儀礼的な意味が強く、専らこの行為が行われるのは玉座の間でのみである。
このような執務室では効率面を重視して腰を直角に曲げる礼式をとる事が多い。
しかし今は自然と、もはや無意識の内に彼は跪いていた。
「“羅門”を守護するアルダール家に伝達せよ!」
その言葉にミドは内心を表に出さないように驚愕する。
帝国という大国における貴族という特権階級の数はとても多い。
しかしその中でも六皇臣、とりわけ武の三家は貴族として持つ権限が強く、一種の独立状態になっている。
帝都に勤める官僚及び貴族達の殆どは一生に一度も荒事を経験していない場合が多々ある。
そんな彼等と阿修羅門を防衛するのが主な役目の武の三家とは常識も大分違ってくる。
政治中枢にいる者達が怖れているのは有事の際に起こるその常識の齟齬である。そのためにそれを無くすために武の三家が持つ軍事の際に発揮出来る権限は強く、中央が武の三家に何かを口出しする事は殆ど無い。
過去に三家の内の一つから帝国に侵略した他国の宣戦布告を記した書状が帝都に届くと同時にその国の軍を追い返し賠償金をぶんどったという書状が届いたことがある。
戦後の処理を勝手に進められるほどの権限と信頼を任されているのが武の三家という貴族達なのだ。
武の三家及びその分家達は巨大で長大な『阿修羅門』を守る“王”として君臨していると行ってもいい。
絶大な信頼を皇家から寄せられている三家に皇帝といえど勅命を出すことは殆どない。
「ヴィルマ王国から“宣戦布告”の書状が届いた!」
しかし何事にも例外はある。
例えば皇帝が退位し、新たな皇帝が戴冠されるとき。これは全ての貴族達の出席が義務付けられているので例え武の三家であろうと例外ではない。
そしてもう一つは皇帝という最高権力者が直々に動かなければならないほどの事態に陥った時だ。
だからミドは皇帝の次の一言を予想し、そして理解することが出来なかった。
「ヴィルマ王国との戦争を開始する!」
何故『最も優秀な国』と呼ばれる帝国の皇帝が『最も愚かな国』と呼ばれるヴィルマ王国との戦争にそこまで緊張した面持ちになるのか、理解できなかった。
しかし命令は命令。
ミドは即座に「ハッ!」と返事をして行動を開始した。
その日のうちにフィランシェ帝国対ヴィルマ王国の開戦の報が世界各国に飛び回ったのだった。
活動報告にも書きましたが、次の更新も来月になるかもしれません。
大変な亀更新でありますがこれからもよろしくお願いします。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。




