〜久遠の過去編〜 マギカ魔導学院
遅れて誠に申し訳ございません
魔王国最西端の砦。
魔王国の所有する主要な砦の一つにして国境の西の守りの要である。
その威容は他国を威圧するほどに堅牢で突破されたことも過去に片手で数えるほどにしか存在しない。
しかも突破される度により強固に、より重厚に仕立て直された為ここ数百年、最西端の砦は正に不落の名を欲しいままにして来た。
つい先日までは。
重厚で堅牢な砦は見る影もなく、今では屋根一つない吹きさらしの瓦礫の残骸が転がるのみであった。
砦があった時の平時であれば魔族の兵士が詰めているのだが、今そこにいる人影はただの二つ。
「あ〜っ、ここでぼーっとして来るのにも飽きてきたなぁ。なぁ、瑞季?」
「別にいいじゃない。私は嫌いじゃないわよ。特にこの砦の残骸の上に座るのなんて最高ね。貴方も来る?」
「やぁだよ。そんな瓦礫の上に座って崩れでもしたらカッコ悪いってもんじゃねぇ」
「気にしなくていいじゃない。意外と丈夫よ、元が良いのね、きっと」
歳にして十代後半、黒髪の男女が片方は草の生い茂る地面に座りつつ、もう片方は高く積み重ねられた瓦礫の上に座っていた。
「で、俺たちはあとどれだけこうしてれば良いんだぁ?」
「三日くらいで良いんじゃないかしら。参謀殿は一週間程は居ろと言ってたけど……聞く道理はないわよね」
「あぁ? そんなことしたら怒られねぇか? 俺アイツやだぜ? 話が長えったらありゃしねぇ」
「言い訳としてはこうね。“暇で暇で退屈死しそうでした。命の危険を感じたので即座に撤退致しました”」
「お前、本当にそれ言うなよ? 俺まで巻き添え食っちまう」
彼等は話しつつも地平線の向こうをじっと見つめている。
彼等が見つめる先は魔王国領。
「……それにしても来ねぇなぁ」
「来たら困るわ。あれだけの砦を落として、次にここに来るのは砦にいた戦力よりは確実に上。私達じゃなくても死んじゃうわ」
「けど来ねぇんだろ? 参謀殿の予測だと」
「ええ、向こうは様子見に徹するだろうって。守りの要と言っても、ここが最後の砦という訳でもないしね」
「それでも落とすのにだいぶ苦労したけどな」
「何人死んだっけ?」
「三人だよ、三人。“玩具”があったにせよ俺達は百人しかいねぇ。結構な痛手だぜ」
「そ、まぁどうでも良いけど」
「酷えなぁ。知らない仲じゃねぇだろ」
咎めるように言いつつも彼等の表情は何一つ変わっていない。
「どうでも良いだけよ。それ以上に殺せば良いだけだもの」
「そだなぁ」
頭の黒髪をボサボサに伸ばした少年は地面に手をついて空を見上げながら呟いた。
「あ〜、もっとぶっ壊してぇ〜」
☆★☆
レイはその日、朝から機嫌が良かった。
レイラの祖国の敵の情報収集のための外出とはいえ、レイからすれば初めての外界への外出。
不謹慎だと心の中では思いながらレイの動きは普段よりも少し軽かった。
しかしそれに反してレイラの顔はやや硬い。
レイラはいつもの純白のローブを身に纏い、いつもとは違う木製の杖をその手に持つ。
「レイ、準備は出来ました? そろそろ行きますよ」
「もう出来てるよ。今から行くところは爺ちゃん先生が居るところだよね?」
「ええ、そうですよ。では、行きましょうか。マギカ魔導学院へ。私のローブに捕まってて下さい」
レイは言われるままにレイラの腰あたりのローブを掴む。
レイラはそれを見た後に、杖を掲げた。
「それじゃあ行きますよ。“転移”」
マギカ魔導学院。
そこは世界の魔法士達が集まる場所であり、一つの都市であり、国であり、学び舎である。
学院名はマギカ魔導学院、正式な国名は『魔導学院都市国家マギカ』。
魔王国の都市の一部ではあるが、魔王国からも国として自治権が認められている正式な国家である。
レイラはその国の中央に位置する尖塔の一室へと転移した。
この国は周囲に強力な結界が張られており、例え距離をゼロにして直接移動する転移の魔法であろうとも許可のない者は入る事すら出来ない。
レイラの持つ木製の杖はその許可証のようなものであり、転移する為の魔道具である。
転移したそこはその国家の長と学院の長を兼任している魔導師の執務室であった。
「来ましたよ、バルムント」
「爺ちゃん先生、お邪魔します!」
執務室の机の前に置いてあるソファーで寛ぎながらその彼は彼女達を待っていた。
対面するソファーの所には二つのカップに入れられた茶が湯気を立てている。
おそらくは先程入れたばかりのものなのだろう。
「おおレイラ、それにレイちゃん、久しぶりじゃのう。来るのは分かっておった。さぁ、座りなさい」
モノクルを掛け、豊かなヒゲを蓄えた好々爺然とした老人の名は『バルムント・リーベイン』。
この国で最高の魔導師であり、マギカ魔導学院の学長を務めている。
彼は世界でも高名な魔導師として知られているらしい。表現が曖昧なのはレイが外の世界の情報を知らず飽くまで又聞きでしかないからである。
レイラの知己であるバルムントはレイの誕生日に招待された時にレイと対面しており、それから彼女は彼を祖父のように慕っている。
バルムント自身も才能があり、感情表現の豊かなレイを孫のように可愛がっていた。
「早速で悪いですけど、聞きたいことがあるんです」
「分かっておる。西の彼等の事を聞きたいんじゃろ?」
「……流石“先見のバルムント”ですね。全く知らせていないのに私達が来る事を分かっていたとは」
「ほっほっほ、見え透いた世辞は言わんでええ。時間がないわけでもないが早いに越したことはない」
バルムント・リーベインの持つ特殊属性は『予知』
魔力の消費量に応じて確定した未来を覗くことが出来る。
応用が利かない代わりにその精度はピカイチである。
レイとレイラは促されるままにバルムントの対面に位置するソファーに座った。
「さて、異世界人の奴らの話じゃな」
「はい」
レイラは入れられた紅茶を飲み一つ「ほぅ」と息をつく。
レイはフーフーと息を吹きかけながらゆっくりと少しずつ飲む。
「早速じゃが、お主はどこまで奴らのことを知っておる?」
レイラは頭の中から情報を取り出すためか僅かに黙り込む。
「彼等の人数が百人足らずであるということ。そして彼等に何らかの特殊な能力を持っているという事ですね」
レイラの言葉にバルムントは「うむ」と頷く。
「その情報は間違いではない。そもそも彼等がやって来たのはおよそ八年前。西の大陸にある国家“ラガシャ王国”が行なった異世界召喚の儀式によって呼び出された」
「八年前……」
レイがこの世界に来て五年。
時間にしてレイが来る三年前に彼等は呼び出されたらしい。
「ラガシャ王国ですか……聞いたことないですね」
「そりゃそうじゃろう。ラガシャ王国はその国力もさることながら、物理的にも魔王国とは離れておったからのう」
「それでですか……」
そしてその国のことを話すに当たって彼はその眉を顰める。まるでこのことを話すのが不快だとでも言うように。
「じゃが問題なのはその当の国自身のプライドというものが無駄に高かったことじゃ」
「プライド?」
首を傾げるレイにバルムントは一瞬孫に向ける目を向けるが、すぐに真剣な目に切り替え続きを話し始める。
「ラガシャ王国の初代国王は昔に名を馳せた勇者だったらしくてな。歴史もそこそこあり自分達の小国という立場に不満を持っておった。だからと言って土地が殊更に豊かということもなく、軍事において優れているというわけでもない。そして無駄にプライドばかりが募り、腐敗していった」
「成る程、話が見えて来ましたね……」
「うむ、お主の思う通りじゃろう。ラガシャ王国の首脳部は異世界への扉を開く儀式魔法を決行させた」
「儀式魔法?」
思わず聞きなれない言葉にレイは話を遮るのを申し訳なく思いながらも首を傾げながらレイラの方を見つめる。
レイラはそれに気を咎める様子もなく微笑みながらレイの頭を撫でた。
「儀式魔法というのはその名の通り、何かを代償にして行う魔法のことです。基本はそれに魔力を捧げるので儀式というのは名ばかりなのですが……」
「じゃが奴等は最悪なことに全世界の禁忌を犯した」
言いにくそうに口を噤むレイラに続けるようにしてバルムントは話を再開させた。
「“一般民衆千人の命”、それを代償に奴等は召喚の魔法を発動させた」
「せっ……!」
話の内容にレイは思わず言葉を失う。
「そして召喚されたのが今世間を騒がせておる異世界人の集団じゃ。今は少し減っておるようだが、召喚された当初のその人数は百人。厄介なのはその百人全てが各々厄介な能力を保持しておる。我々は“祝福”と呼んでおるがな」
バルムントは話しているうちにすっかりと冷めた紅茶を喉の流し込むようにして飲む。
レイラとレイのカップは既に空になっていた。
「元々、異世界の住人を召喚するのは邪法として扱われている。記録にある内で過去に召喚が行われたのは僅かに三度。一度目は魔物が急激に大量発生した時。二度目は邪教が世に蔓延りそれを討伐するために。そして三度目は人里へ降りた超越個体を住処へと撃退する為に」
「そして今回がその四度目、という訳ですね」
「そうじゃ。過去に呼ばれた“勇者”と呼ばれた者達もまた今回の奴等のように特異な能力を持ち、それを役立てたという。誘拐するように呼び出す召喚は世界の危機と呼ぶべき時にしかするべきではない。なのにラガシャ王国の奴等はそれをやりおった。民衆の命を捧げてな」
「そのラガシャ王国は……」
「とっくに呼び出された異世界人の手で滅んでおるよ。まあ、因果応報じゃな。それが時間にして七年前」
あちらからこちらの世界に呼び出されて一年で自分達を呼び出した国を滅ぼした。元々腐敗していて側から聞いただけでも長続きしなさそうな国であったが自分で自分の首を絞めてしまった。
「誘拐されるようにこの世界に呼び出された彼等はこの世界自体を憎むようになり、各国に猛威を振るった。“祝福”の中には他者を操る能力を持つ者がいるらしく数で制圧するのも難しくなった。それで今の西の大陸の半分が制圧されたという現状」
バルムントは「それで現在に至ると言うわけじゃ」と締める。
「それで、昨日予知したことなのじゃが、西の砦が陥落したらしい」
「それは本当のことですか?」
レイラの声が先ほどよりも硬いものへと変わる。
「うむ、この国にそれを伝える伝令が今から三日後に訪れる。その伝令に不慮の事故があればそれも分からんが、砦が陥落したと言うことに変わりはない。事実じゃ」
「思ったよりも行動がずっと早いですね。北の大陸に来るとしてももう少し先だと思っていたのですが……」
「そんなのは簡単じゃ。この国に制圧の邪魔をして欲しくなかったのじゃろう」
レイが口を挟む暇もなく話がどんどん進んでいく。
転生者で神様から指名を託された彼女ではあるがまだまだ発展途上の最中であり、付いていくのに必死であった。
「砦を落とせば魔王国は少なからずの警戒を抱き防備を整える。じゃが今回の邪魔が無ければ脅威に思った魔王国が異世界人達の侵略に介入するじゃろう。彼等はそれを嫌がったのじゃ。例え魔王国が復旧をどれだけ急いだとしても、彼等を警戒せざるを得なくなる。単純じゃが、その分効果的じゃな」
「確かに……」
「それで、それを聞いてレイラはどうしたいのじゃ?」
「そうですね……その前にレイに聞きたいのですが、貴方はこの世界に来る前に異世界の神にであったのですよね?」
いきなり話を振られたレイは少し慌てながらもレイラの言葉に頷く。
この事はレイラの家に訪れる彼女の知人のほとんどが承知している事である。
その内には勿論バルムントも含まれている。
「その時に神が貴女に何て言ったのかを思い出せますか?」
「何て言ってたか? えっと……“彼等が異世界を滅ぼそうとしている。それを防ぐ為に貴女を作り出した”っていう感じだったと思う」
少し自信なさげにレイが言う。
あの時の状況を仔細に思い出すことは容易いが、言われた言葉を確実に、と言われれば少し自信が無かった。
とは言ってもレイが言うことに大きな間違いがあるわけではなく概ね彼女が言われた事と合致している。
「ええ、そう言っていましたね。だからこそ疑問に思うのです。正直、確かに彼等は脅威ではあります。ですが、世界を滅ぼすかと言われれば首を傾げざるを得ません。やろうと思えば魔王国だけで彼等を壊滅させることも出来る筈です」
「ふむ、確かにそれはそうじゃな。如何に西の大陸を制圧しようとしてると言っても飽くまで数多くの国を各個撃破してるに過ぎん。北の大陸の大半は魔王国領。それなりの犠牲は出るじゃろうが、例え策なしで正面から迎え撃っても負けることはあるまい」
「けど、それだけ転移者達が持つ“祝福”が強力って事じゃないの?」
「確かにそれもあるかもしれません。しかし貴女も考えたことがあるのではありませんか?」
「何を?」
「“一億人分”の命は過剰ではないか、と」
「それは……確かに」
しかしそれは飽くまでも任務遂行を確実にする為の予防線としてだと思っていた。
何か凄い方法で自分の魂は作られたんだな〜、程度にしか思っていなかったがそう言われると確かに過剰であると思われる。
「確かに貴女が使命を全うしやすくする為ということも考えられますが、一億人分の魂ということは凡ゆるものがヒト一億分のリソースを持つということ。“祝福”を持つとは言え、たかが一個人の持つ能力。過剰と言わざるを得ません」
魔力量は魂に依存すると言われる。その視点から見ればレイの魔力は常人の一億倍もの魔力を持っている。
しかし現時点では技術が伴わない為にその魔力は宝の持ち腐れとなっているが。
「じゃあ、そう言うことなら異世界人がこの世界の脅威じゃないってこと?」
「ええ、おそらくその通りです」
レイラは一つ頷き、そして述べる。
「世界の脅威は異世界人ではなく、もっと別の存在であり、そして彼等がその“脅威”を創り出す、または呼び出す危険性があるからこそレイはこの世界に呼び出されたのだと思います」
多分次も来月になります。更新速度を上げたい。
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