〜レイの過去編〜 訪問
遅くなった挙句本編ではなく過去編……
ただ過去編でも本編に直結する内容も含んでいますので呼んでくれるとありがたいです。
レイが異世界へと落とされて早五年。
すくすくと育ったレイは今も変わらずレイラと二人で暮らしていた。
身長はレイラの膝上あたりしかなかったが今は腰より少し上ほどまでに成長した。
「レイラ〜! 洗濯物家の中に入れといたよ〜!」
このやり取りも最早日常となっている。
レイラの家事の手伝いをレイが行い、それが終わればレイラによる魔法講座。
セイとアーシャが遊びに来た時などは彼らにもまた彼等の戦法を教えてもらっている。
他にもレイラの知人が来た時は彼等にもその専門に扱う技術を授かっている。
広く浅く、そしてそれをより深く、あらゆる歴代の英傑の魂一億を使った彼女はあらゆる分野で多大な才能を発揮していた。
そんな日常がずっと続いていた。
しかしここは人里から離れているので外界の情報は入ってこない。レイラの知人は一癖も二癖もある人物ばかり。彼等に修行をつけて貰えばあっという間に時間は過ぎ、結局一つも外の情報が手に入らないまま一日が過ぎる。
「は〜、レイラの料理やっぱり美味しい〜」
レイは皿を台所に持って行きながらうっとりとそう呟いた。
「あら、そんな事だったらレイも料理を習えばいいじゃないですか? 自分で美味しいものが作れるって結構楽しいですよ?」
それを聞いたレイは渋い顔をする。
「それ、分かって言ってるよね……私、何でか調味料をうまく使えないんだけど……」
料理自体の腕は問題ない。
元より彼女の根本の魂の中には料理人の事も入っている。
しかし何故かレイは素材をうまく扱う事が出来ない。素材を最適な大きさに切る事が出来てもそこから先に進もうとするとどうしても些細な失敗が積み重なり、あまり美味しくない、はっきり言って不味い代物が出来上がってしまう。
彼女はあらゆる分野での才能を発揮するが数少ない例外が料理だ。彼女のベースとなった現代の男性の記憶から参照すると英傑の魂が生きた時代はその凡そが中世以前。香辛料が金よりも貴重な時代で料理はあまり発達していなかった。
その為彼女の料理の才能はあくまで一般人レベルしか存在しない。
レイラは筋は悪く無いといいレイを励ますがレイは積極的に料理を覚えようとはしなかった。
何故ならレイはレイラの作った料理が好きだからだ。
彼女の料理の腕前がプロに匹敵するというわけでは無い。
しかしこの世界に落ちて来たレイにとってレイラの料理はとても温かく、何より心に響くほどに美味しかった。
その日もまたいつもと変わらない夜を過ごした。
そんな日常に変化が訪れたのはその次の日の朝の事だった。
「ふんふんふふーん」
レイはいつも通りに鼻歌を歌いながら洗濯物を物干し竿に干して魔法で乾かしていた。
この冷え込む季節は自然に任せると乾きが遅く、レイが魔法により熱風を起こして手っ取り早く乾かしていた。
そんなレイの耳にガサリと草を踏みしめる音が届く。
特に気配を消す事なく歩いて来ていたのでレイは暫く前からその存在に気づいていた。
「お客様ですか?」
「おや、君は?」
目の前の男は目をまん丸に開いてレイを見つめている。
雰囲気からして敵というわけではないが不審者には変わりない。
思わず腰を落として手に持つ洗濯物をバッと前に広げる。彼女の気分はさながら闘牛士だ。とは言ってもさしてそれに意味はなく、もし目の前の相手が攻撃をして来てこの服が破けでもしたらレイラに怒られるだろう。
いや、レイに甘い彼女のことだ。困った顔をして何でもないかのように許すかもしれない。
寧ろそっちの方が困るのでサッと畳んで籠に入れて、目の前の訪問者に尋ねる。
「貴方は?」
「おや、失敬。私の名前はグーロンドという。レイラ様はご在宅かね?」
「(………レイラ、様?)レイラなら家の中にいると思いますけど……」
グーロンドと名乗る彼は長い黒髪を腰まで伸ばし、病的なまでに色白な肌と、その閉じた口からも見える長い八重歯、ここまでの特徴で彼が吸血鬼という種族であると彼女は推測した。
「そうか、ならば上がらせてもらってもよろしいかね?」
「あ、はいどうぞ」
レイは彼が何者なのかは知らないが、まだ幼い見た目の自分にも物腰丁寧でレイラの知り合いであるようだったからあっさりと彼を家の中へと通す。
「では、失礼します」
家の中へと入っていくグーロンド。
その後ろにレイはそっと魔法符を飛ばす。
これはセイとアーシャから習った技術であり、紙などの物を媒介して様々な魔法を込めることが出来る技術だ。
セイとアーシャはこの魔法符を使った戦闘を行い、数多の魔法符を用いた弾幕は思わず眼を見張る程に激しく、美しい印象をレイは抱いた。
『あら、グーロンドじゃないですか』
二枚で一対の魔法符は片方の音をもう片方へと送り出す。
『はい、お久しぶりです、レイラ様。十年と少しぶりでしょうか』
『もうそんなに経つのですね』
やはり彼等は旧知の仲であったらしい。
魔族や吸血鬼は長命の種族であり見た目での年齢の判別がしづらい。
彼も若い風に見えてレイの思う以上の年齢を重ねているのだろう。
『今日ここへ来たのはレイラ様に頼みたいことがあったからです』
『唐突ですね。もう少し世間話を楽しむことはないのですか?』
『すみません。こちらとしても余り余裕がない状況でして』
レイの前ではそんな様子は欠片ほども見せていなかったが、こうして様子を聞いてみると若干声が急いているような雰囲気がする。
『セイとアーシャから時々外の情勢は聞いてますけど、魔王国はまだ余裕を持っているはずでしたが』
魔王国という単語に思わずレイはピクリと反応する。
魔王国は並み居る国々の中でも最強と謳われる北の大陸にある国家のことだ。
魔族が多く住む国でありレイラ、そしてセイとアーシャもその国の出身だと聞いたことがある。
『我が国はまだ大丈夫です。ですが東の大陸の国家は約半数が既に奴らの手に落ちています』
東の大陸は主に人族が勢力を振るっており、全四大陸の中でも最小の領土にも関わらず、人口は他の三大陸を圧倒的に上回っている。
勢力としては質を量で補っているため、大軍を用いた戦略は人族よりも屈強な他種族をも唸らせる。
『半数……そんなに強いのですか、彼等は?』
『そうですね。流石に神から連れてこられた異世界人なだけはあります』
異世界人。レイはこの世界に落ちる前にいた空間で神々に言われたことを思い出す。
この世界に来た異世界人がこの世界を滅ぼそうとしている、と。
もしかしたら近い将来、レイはそんな彼等と相対するのかもしれない。
『百人足らずではありますが、彼等の持つ能力の中には他者を強化するものや広範囲に被害を齎すものもあり、我等も迂闊に手を出すことが出来ず手をこまねいているのです』
『六魔将達はどうしたのです』
『彼等には本国の防衛に当たらせています。これ以上の被害の拡大を止めたいとは思うのですが、他の大陸ですので大軍を移動するのも難しく……』
『成る程、海に隔てられて手が出しにくいということですか。北と東の大陸は隣り合っているとはいえ難しいですか』
『レイラ様やセイとアーシャが戻って来ればまだやりようはあるのですが……』
聞くによるとセイとアーシャは彼等の国でも結構名が知られているらしい。
レイはこの森から出たことがほとんどないためそこら辺には大分疎い。
地理に関してはレイラの蔵書の中にかなり精密なものがあったので暗記するレベルでレイの頭の中に叩き込んである。
だが如何せん、森にこもる彼女にその知識が役立ったことは一度も無い。
『ふむ、そうですね。流石に隠居した身で戻るのはあれですが、私の方でも個人的に探ることはしてみましょう』
『ありがとうございます。それと、セイとアーシャにもその手伝いを言伝てもらえますか?』
『分かりました、言っておきましょう。ただ彼女たちがうちに訪れるのがいつになるのか分かりませんのですぐにとはいきませんが』
『そうですね。そういえば彼等は今どうなっているのですか? あれから進展したのですか?』
『ええ、それはもう。今は熱々のバカップルぶりですよ』
あれ? とその会話を聞いていたレイは首を傾げる。
何か会話がずれているような気がする。そこからはただの世間話へと移行していた。
「では、転移者の件、何とぞよろしくお願いします」
「分かりました。そちらこそお気をつけて。現魔王、グーロンド・ナラケニア殿。我等が祖国をよろしくお願いします」
家の玄関前での別れの挨拶。
彼等二人の顔は決意に満ちており、またお互いの安寧を祈っていた。
そしてその横でそんな彼等をレイは冷たい目で見つめていた。
レイの耳には彼が今の魔王国の王、すなわち魔王であるという何やら重大な事実が入って来たがそれでもなお、その冷たい目を止めようとはしない。
そんな彼等の頭上には満点の星空が広がっていた。結局彼等はあの後ずっと空が真っ暗になる夜中まで世間話に花を咲かせていた。
レイラ達が国を出た後どうなったのか、またレイラはこの十年何をしていたのか。
会話の中にはレイの事も出てきており、またグーロンドにも成人した息子がいたらしく育児談義にも移行していた。
最初こそ外の情報が手に入ることを喜びレイも熱心に話を聞いていたが、育児談義の頃に移行した頃には既に昼。
朝からグーロンドが訪れていたことを考えれば既に数時間過ぎていることになる。
いい加減お腹も空いてきたレイは話が途切れたタイミングで家に入ろうとしたが話は全く途切れない。
寧ろ一方が口を開けばもう一方が聞き手に回り、その話し手が口を閉ざせば聞き手が今度は話し手に回り、そのエンドレスだった。
いい加減痺れが切れたレイはドアを開けて中に入り、自分で料理を準備した。
肉を豪快に切って塩胡椒を振りかけただけの単純なものだが、この程度ならレイでも失敗せずに出来る。
全部で三人分合わせた料理(肉)をテーブルの上に置く。彼等は料理を出したレイに一言ずつ礼を述べてからナイフを使って上品に食べ始める。
しかしその間も話は止まらない。
レイは若干うんざりしながらも話を聞き続ける。
そして窓から入る陽の光が無くなり、夜になったところで思わずレイは話を中断させた。
そこで場面は先ほどのところへと戻る。
グーロンドが手を振りながら暗い森の中へと消えていく。
レイラ達二人はその背中を見送った後家の中へと入った。
「レイ」
「なあに? レイラ」
「明日は外に出ますよ」
「え?」
「情報収集です。ちょうどいい機会ですからレイの社会勉強も兼ねて外へと出ましょう」
☆★☆
魔王グーロンドは吸血鬼である。
そんな彼は足で移動することはほとんどなく、大体はその蝙蝠の翼で飛んで移動していた。
レイラの家に来るまでの途中も空中を移動しており、途中で降りて足で移動したのは敬愛する先代魔王への礼儀である。
そんな彼は魔王国王城のテラスへと降り立った。
「ふぅ」
久々にレイラと話せた事に彼は久方ぶりの充実感を得ていた。
ここ最近は執務室で書類戦争の最前線、転移者への対策や主要人物への謁見など慣れぬ魔王としての執務に多大なストレスを感じていた。
吸血鬼という種族は魔族のうちの一つとして数えられているが、その中でも取り分け寿命が長い。
数百年生きた彼にとっては十年という時間はとても短く、さりとてまるで百年間を生きたような心地に陥っていた。
(元々私は裏方の方が得意なんですがねえ)
今は六魔将と呼ばれている魔王国の中でも最高位の実力を持つ彼等、十年前までは八魔将と呼ばれていた。
今では存在しない消えたその二つと席にいたのはグーロンドではなく、レイラと共に国を出たセイとアーシャ。
グーロンドは魔王国の参謀長として勤務していた。
実力としては八魔将達とどっこいどっこいだが頭が切れ、彼等よりも上の地位に位置していた。
とは言ってもやっていたのは書類仕事ばかりである。最終的な判断こそレイラに任せていたが彼のやる事は多く、しかし今よりは確実に少なかった。
彼はそんな日々を懐かしむようにして思い返す。
そんなグーロンドの耳が反射的にピクリと動く。
種族特性として尖った耳は獣人族並みに聴覚が鋭く、その耳が廊下を忙しなく走る音を捉えていた。
バンとテラスと場内をつなぐ扉が勢いよく開かれる。
忙しない様子に思わず眉を顰め一つ注意をしようとしたが開きかけた口は半ばで止まる。
兵士が尋常ではないほどに汗を流し、焦っているように見えたからだ。
「どうしたのです?」
「ご、ご報告します!」
叫ぶように発した兵士の次に続いた言葉に思わずグーロンドは目を見開いた。
「我が国の最西端の砦が陥落! 六魔将第六席が瀕死の重傷を負い、意識が不明! 下手人は異世界人の例の軍勢との事です!」
その瞬間、グーロンドの腹にキリリとした痛みが走る。
思わぬ凶報に彼のストレスがマッハで蓄積される。
彼が胃潰瘍になる日は近い。
なるべく近いうちに投稿したいです(願望)
少なくとも十月中には次を投稿します。
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