レイと帝国
遅くなって申し訳ありません
「ふ〜、終わった〜」
「なかなか様になってたぞ」
「そうね、とっても堂々としてたわ!」
お披露目を終えたソウマ達はそのまま退場して入場する時と同じ場所へと戻っていた。
そこでソウマは両親二人から褒められ、「いや〜」と満更でもなさそうな顔をする。
その後ろでフレアは精霊体から実体のある体へと変化する。
「これからどうするの? お父さん」
「これからはパーティだな。そこで分家当主達と挨拶をしておくといい」
時刻は夕方。
まだ日は沈んでいないが緊張もあってかソウマも程よく空腹感を感じている。
「じゃ、行きましょう」
キリアはソウマの手を取り歩き出す。
そしてその逆の手をスィーアが握る。
そしてスィーアの左手には既にフレアの手が握られていた。
フレアは少し驚いたような目をしつつもスィーアに見た目には不相応の老獪な暖かい目を向ける。
そして廊下の向こうからはノーラを肩に乗せたティニアがメイドに案内されながら歩いてきた。
「あら、もう終わったんだ?」
「うん、だいぶ簡易的なものだったけどね」
「それほど難しい形式は俺たちは好まん。俺らは武の貴族。公の場ならまだしも、今日のは身内での集まりと言ってもいい」
ジルドがそう横から挟む。
ジルドだけではなく分家達は考えるよりも身体を動かすのが好きな脳筋である。
それは彼等の中でも頭脳担当である第三、四分家の当主達であっても変わらない。
この様な身内の集まりで堅苦しいのは誰としても望んではいなかった。
そしてその言葉に本当にあれで良かったのか少し不安だったソウマはホッと安心した。
「あの、そのパーティは私も出られるのでしょうか?」
ティニアはそうおずおずとジルドに尋ねる。
流石にこれ以上自分が蚊帳の外という扱いは寂しすぎる。
これからもソウマと過ごすつもりの彼女としては彼等との時間を大切にしたかったし、分家との顔の繋がりも作っておきたかった。
ソウマはそんなティニアをチラッと見てから「いいよね?」という目をジルドに向ける。
ジルドはティニアの様子とソウマの目を受けこくんと頷く。
「もちろん構わないとも」
「流石にまた一人は寂しいでしょう」
キリアもニコニコしながらそう告げる。
「ありがとうございます!」
「さ、行こうか。他の皆も首を長くして待っているだろう」
☆★☆
「ふむ、あちらはもう問題なさそうだな」
レイはその頃、自宅にてソウマの様子を魔法による遠視で眺めていた。
ソウマがどのように行動しているか、というのと暇つぶしも兼ねてのことである。
道中での出会いは少々予想外であったが総じてソウマにとってプラスに動いたので問題はない。
それは兄貴分の冒険者にしても、超希少な魔物を使い魔にした事も含めて、だ。
「それに、アスタリス家一門。私がこの国に訪れた後に出来た武門の名家、なかなかに興味深いものがある」
そう呟いてレイは遠視の魔法を閉じる。
「さて、私もそろそろ外へと出るか」
レイは椅子に座ったそのままにとある場所へと転移した。
「…….で、何故貴女はまたここにいるのですか?」
「なんとなくだ」
その転移した場所は皇城、レオル二世が仕事をしている執務室であった。
そのすぐそばの机で書類を確認していた宰相らしき人物は思わずその手を止めてあんぐりと口を開けてレイを見つめている。
「く、くくくく、久遠!?」
「ああ、そうだ。レイ・ウィストリアという。以後、よしなに」
気だるげにレイはそう名乗る。
実際に少し気が抜けていたという事もある。彼女自身が思っている以上にソウマの事が心配だったようだ。
今のレイはローテンションである。
「わ、私の名はミド・コースアンと申します! この国の宰相を務めさせて貰っています!」
「ミド、うるさい……」
老いではなく元々白かったであろう髪をオールバックにし、ダンディな髭を伸ばしたおじさまといった風体がレイという歴史上の大英雄を前にして緊張でガチガチになっている。
「気にすることはないさ、突然訪れた私が悪いんだからな」
そしてレイはコースアン家の情報を頭に思い浮かべる。
「コースアン家、知っているぞ。代々宰相を輩出している公爵家で建国時から皇帝に仕えている忠臣。私がこの国の戦に介入した時もずっと皇帝のそばに仕えていたのを覚えている」
「それは……ありがとうございます」
宰相、ミドは深々と皇帝に対して行う最敬礼をレイにする。
レオル二世もその気持ちはよくわかるので口には出さない。
コースアン家、皇帝を支える文の三家のうちの一つであり、宰相を歴史上最も多く輩出した家。
国境に設置してある“阿修羅門”を守護する武の三家と文の三家を合わせて『六皇臣』と呼ばれたりもしている。
この三家はそれぞれの分野で絶大な権力を誇り、皇帝からも大きな信を置かれている。
コースアン家は政務と財務への権力がとても大きい。
他の二つはそれぞれ『司法と治安』、そして『外交と交易』を司っている。
「それで、今日はどうしたのだ」
「ただのお節介だ。私の弟子が家に着いた。ジルド等とも会え、次期当主に就任した」
「ほう、こちらにはまだ届いていない情報だな」
皇帝は本当は届いていないのか? という視線を宰相に送るがミドは首を横に振る。
「そりゃそうだ。先ほど決まったばかりだからな」
「何故、それを貴女が知っている?」
「伊達に長く生きてはいないさ。遠くを覗くことなど造作もない」
「そうか、確かにお節介だな。ジルドの倅、ソウマを気遣えということだろう?」
「いや、そこまでしなくていい。ただ見守ってやってくれ。これから先、色々な事に巻き込まれる。長年の時を保って来たこの国も例外でない。世界最古の国である魔国も今は揺らいでいるんだ」
「まあ、そこは頑張るとしか言いようが無いな。我々とて巻き込まれたくて巻き込まれるわけじゃ無い」
「ま、そりゃそうだ。私はもう行かせてもらう。邪魔したな」
「待て」
「……何だ?」
まさか呼び止められると思っていなかったレイは、少し驚いた顔をしながらレオルの方を見つめる。
「…………頼みがある」
「言ってみろ」
レオルの本当に言ってもいいのか、という一瞬の逡巡の後の言葉にレイは言葉で先を促す。
「ヴィルマ王国へと行ってもらいたい」
「ヴィルマ王国? それはこの国の隣の、あの小国か?」
「そうだ」
ヴィルマ王国、この帝国の隣国に位置する国であり、帝国とは比べ物にならないほどの小さな領土しか持たない国である。
歴史はせいぜい百年と数十年しかなく、なんの特徴も無い小国であり、これといった特産品があるわけでも無い。
彼の口からその国が出てきた事にレイは意外に感じた。
「何故だ?」
「理由は言えない。ただ行って欲しいのだ」
レイはレオルの真意を探ろうと彼を見つめる。
しかしそこにはただ純然たる決意の表情しか宿っておらず、その向こうを見る事は出来なかった。
レイはハァと溜息を吐く。
「分かった。だが、お前の望むような結果になるとは限らないぞ? レオル二世」
「構わない。俺がして欲しいのは其方に見届けて貰うことだ」
どういう事だ、という風にレイは整った眉をピクリとするが、レオルはそれ以上語る気は無いらしい。
「まあ、仕方ない。自覚する気も認める気も全く無いが、私も帝国貴族の端くれだからな。本当に見届けるだけだからな」
「ああ、頼む」
レイは瞬きする間もなくその場から転移で消える。
宰相はいきなりの事に目を見開き辺りを見渡した。
「もう居ないぞ」
「ハッ、分かってはおりますが、つい……魔法の発動の兆候も見られないとは……流石としか言いようがありませんな」
「まあ、それもそうだ。おい!」
「ハッ、ここに!」
天井からさっと飛び降りて来る黒装束。
これに宰相も思わず「ヒャッ!」と情けない声をあげた。
しかし二人はその事を気にも留めない。
「しっかりと書いたのだろうな?」
「ハッ、もちろん、今回もしっかりと書かせてもらっています」
黒装束が胸元から取り出した数枚の紙。
そこにはソファーに踏ん反り返っているレイがまるで写真のように精密に描かれていた。
無駄にスキルが高すぎる。
それを見てレオル二世はニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべる。
「しかし陛下」
「何だ、ミド」
「先程の件、本当に久遠殿に任せても良かったので?」
先程の件とはヴィルマ王国の事。
皇帝が行った事をその側近筆頭である宰相が理解できないはずもなく、その意図を察していた。
「良いも何も、あの人に言って、引き受けて貰ったらそれで十分だろう。あの人ほど“世界”を見るのに優れた人はいない。俺としてもここでゆっくりと報告を待つさ」
「そうですか………」
「どうした? 何処か納得してなさそうな顔だぞ?」
「私とて、物心がつく前から陛下にお仕えせんと教育されてきました。陛下の一番の側近は私だという自負もあります」
「そうだな」
レオル二世は淀みなく返す。
それは実際その通りであり、彼自身もそれは認めるところであったからだ。
「近くで見てきたからこそ、思うのです。陛下ならあの国をどうにかすることもできたのでは無いですか?」
「お前がそれを言うな。この国の文のトップであるお前が。それは私情だ。この身でおいそれとそういう風に権力を振るうのはいかんと知らんお前ではあるまい」
ミドは「そうですが」と口籠る。
「それに、奴らが望んだ結末だ。見届けようでは無いか」
「そう、ですね。承知いたしました」
この国の絶対権力者の決定に宰相ミドは深々と頭を下げるのだった。
☆★☆
レイが訪れていたのはヴィルマ王国王都スラグレン。
王都というものはえてして栄えているものである。
国の顔として、国の中心地として、栄えているのが当然であり、義務とも言える。
しかしレイの目の前の光景はそれとは酷くかけ離れたものだった。
「おいおい、これはひどいな……」
道を歩いているヒトが少ない。
全くヒトがいないわけではない。レイの感覚でも家の中に閉じこもっているのを把握している。
しかし外に出ているのは殆どが武装した、兵士、或いは冒険者だった。
彼女の知る限りどの街でも溢れていた住民達の威勢のいい声が全くない。
それだけでこの王都がどれだけ終わっているかということが分かる。
「面倒だな……」
レイは改めてフードを深く被る。
彼女の容姿は非常に目立つ。今この状況で混乱に巻き込まれるのは御免だった。
「さて、色々なところを見て回るか……」
そしてレイは荒廃した王都を歩き始めるのだった。
少々駆け足になりましたがこの章はこれで終わります。
次話も来月中にはお届けしたい……
誤字脱字や文章の違和感などの報告大歓迎です。




