家族団欒
鼻に届く芳しい匂いに思わず口の中で涎が溢れそうになるソウマ。
すでに昼時を過ぎたあたりの時間帯であり、成長期真っ盛りな少年のお腹は目の前にあるご馳走を寄越せとせがんでくる。
しかしまだ食べることは出来ない。
今はまだ使用人達が配膳をしている途中であり、その最中に食べ始めるのは些か行儀が悪い。
そんなソウマに触発されたかの様に肩のノーラもソワソワしている。
食卓の上に所狭しとご馳走が並べられたところでジルドが声を上げる。
「さあ、存分に食べてくれたまえ!」
先程と場所を移動して食堂へと集まった六人。
広い部屋の中央には大きな細長い楕円型のテーブルが置かれており、上座にジルドが座りその左右にソウマ達とキリア達が座る位置になる。
壁際には執事とメイドが十人ほど待機している。
父親の声を聞いた瞬間、ソウマは漸くとばかりに取り皿に料理を乗せ始める。
ティニアも腹が減っていたようでいつもなら少しずつしか食べないのだが今日は皿いっぱいに料理をよそっている。
フレアはいつも通りただただパクパクとさらによそっては食べるを繰り返す。
その動作はそれほど早いものではないが止まる事なくずっと動いているので何気にこの場で一番食べ進めている。
フレアは精霊のため食べる必要はないが味覚はしっかりあるので好んで食事をしている。
そして対面のスィーアもソウマに負けじと、と言わんばかりの勢いで口に食べ物をリスのように詰め込んでいる。
そのもごもごした姿はとても愛らしい。
「こら、スィーア。もっと上品に食べなさい」
「むぐ、すいません」
キリアはスィーアを注意するがその顔はとても嬉しそうなものである。
「どうだ、ソウマ。うちの自慢の料理人の料理達は?」
「うん、美味しい!」
「そうか! ならもっとどんどん食ってくれ!」
ジルドがソウマの答えを聞いてさらに機嫌が良さそうな声を上げる。
彼にとって、そしてキリアにとっても今のこの状況はソウマが生まれてからずっと待ち望んできた状況なのだ。
「そうだそうだ。手紙では聞いていたが、そちらのお嬢さん方を紹介してはもらえないかな?」
そこでソウマは先の話でティニア達の紹介をする事が出来なかったことを思い出す。
毎月両親と交わしていた手紙では普通に彼女達のことを書いていたのでそのことをすっかり彼も失念していた。
「むぐ、ゴクッ。うん、じゃあ僕から紹介させて貰うね。それでいいかな?」
念の為ティニア達の了解を貰う。
もしかしたら彼女自身が自分で紹介したいかもと配慮してのことだ。
「いや、ここは礼儀だし、私から言うよ」
「じゃ、私もそうするわ」
彼女達はソウマの提案をやんわりと断る。
その言い分は至極納得出来るものだったのでソウマも特に抵抗する事なく頷いた。
「では、ソウマから伝わっているようですが、私はシルヴェスタ家が三女、ティニア・シルヴェスタと申します。これからもどうか宜しくお願いします」
「私はフレアよ。炎の大精霊の一柱。敬語はあまり好きじゃないから、そこら辺気にしないでくれるとありがたいわ」
そしてソウマが皿の端っこにはみ出ている野菜を啄ばんでいるノーラを両手の平で持ち上げる。
「そしてこの小鳥がノーラ。ここに来る途中で使い魔にしたんだ」
「ティニアにフレアにノーラか。良い仲間を持ったな」
ジルドはそこで少し切なそうな顔をする。
ようやくソウマを家に向かい入れる事ができたかと思えばすっかり大きくなっていた。
自分の息子が知らない所で成長したと言うことに寂寥感を感じてしまう。
「こら、あなた。そんなしんみりしないの。折角の目出度い日なのだから、もっと楽しそうにしなきゃ」
「ああ、そうだな。そうだ、ソウマ」
「何? 父さん」
ジルドはソウマから父さん呼びされた事が嬉しかったのか思わず頬を緩めてしまう。
「どうしたの?」
「ハッ! うっ、うん! それで、ソウマ。ティニア嬢とは正式なお付き合いをさせて貰っているのかな?」
そこでいきなり話の矛先が向かってきたティニアが口に含んでいたサラダを吹き出してしまった。
目の前の料理に吹き出さないように無意識ながらの配慮をしたのか右隣に座っていたフレアの顔に吹き出してしまう。
「ちょっと! 何するのよ!」
「え、い、いやぁ、お付き合いは、まだ……」
フレアのうがー! と言う声も耳に入らないほどティニアはテンパる。
そして当のソウマはニッコリとしながらコクリと頷いた。
「近いうちに告白しようかなって考えてるんだよ」
「ふぇっ!」
「そうかそうか。早いうちに告白しとけ。じゃないと横から掻っ攫われてしまうかもしれないからな」
「ティニアは誰にも渡さないよ」
何故か親子でドンドン進んでいく話にティニアは顔どころか首まで真っ赤に染めてしまう。
それもそうだろう。
自らの予期せぬタイミングで告白同然の会話を交わされたのだ。
動揺するのも止む無しというものである。
長い間、彼等からすれば人生の半分近く、ガレスの街にて友好を深めていた。
互いに会えるスパンは長くともその分多くの経験を共にしてきた。
ティニアは貴族、そしてソウマはレイの弟子として、余りヒトと関わる機会が無かった為にその分互いの関係を好ましく、大切に思っていた。
そしてそれは今もなお変わらない。
ソウマはティニアの可憐さ、そして年を追うごとに丸みを帯び、女性らしさが増していく彼女を魅力的に思うようになった。
ティニアはソウマの何処か飄々としながらも自分がはっきりしている所。そして元々は同じくらいの身長だったのが、いつのまにかソウマと大きく差をつけられ彼の男らしさが増してきた。そして彼の変わらない笑顔に好意を寄せるようになった。
物語で主人公とヒロインはよく劇的な出会いを果たし、そして大きな事件の果てに結ばれる事が多くある。
しかし彼等の間にそのような事が起こったわけではない。
だが六年という時間を接してきて互いの良いところ、魅力的な所を多く知る事ができた。
ならば年頃になれば互いに好意を寄せるようになっても何ら可笑しくは無いのである。
そしてその好意を互い自身がしっかりと理解していた。
「そうか、大切にしなさい」
「うん!」
ソウマの大きい返事にティニアは益々赤くなる。
そして照れと、何もここでそんな事を言わなくても良いじゃないかと言う気持ちを込めてソウマをど突く。
ど突かれたソウマは激しく咽つつも何処か嬉しそうである。
そんな様子をキリアは微笑みながら、スィーアは年頃の女子みたく目をキラキラさせながら二人を見比べている。
そしてフレアはそんな彼等をよそに我関せずとばかりに料理を食べ進めていた。
いつのまにかテーブルの上の三分の一の料理が彼女の細い腹の中に消えていってる。
その様子を後ろから見ていた使用人一同は目を剥きながらその光景を唖然としながら見つめていた。
これには思わず羞恥で顔を染め上げていたティニアも驚き、そして思わず呆れてしまう。
「……ちょっとフレア、食べ過ぎじゃない?」
「だって食べる為にあるんでしょ? ここの料理は。食べないと勿体無いじゃない」
キョトンとした風にフレアはティニアの方を見つめる。
だがティニアが言いたいのはそういうことでは無い。
「そんなに食べて太らないのはずるいと思うんだよ、私は」
「食べて太るってところが分からないわ。精霊はものを食べても全部魔力に変換されるから、そんな事を気にしたことも無いわよ」
精霊は体内に取り込んだ物質を全て魔力に変換する事ができる。
故に排泄物は無く、さらに老廃物が分泌されることも無いので汗もかかない。
精霊は大気中の魔力を糧に活動している。そのため食事による栄養摂取を必要としない。だが味覚はしっかり存在する為、個体によっては食事を趣味にする者もいる。
「はっはっは! 大精霊たる御身に、我が家の料理は合いましたかね?」
「ええ、とっても美味しく頂いているわ」
そしてその食べっぷりは側から見ててもとても気持ち良いものである。
スィーアはそれを見て負けじと料理を口に掻き込み、そして咽てキリアに背を叩かれている。
普段は物静かだが、ソウマの妹君はとてもお茶目であるようだ。
「それでだ。先程の話の続きになるのだが……」
「続きって、冒険者関連のこと?」
もしかしたらダメなの? という不安そうな視線を自らの父親へと向ける。
その目を向けられた父親は苦笑しながら首を振る。
「冒険者関連は……まあその通りではあるのだが、明日からのことだ。流石に公爵家の跡取りであるお前を迎え入れるだけ迎え入れて、あとはそのまま冒険者稼業の続き、というのでは流石に格好がつかんのでな」
帝国は王国ほどでは無いが、やはり貴族の面子というのは存在する。
嫡男が生きていた、帰ってきた、冒険者として旅に出た、というのでは流石に公爵以前に貴族としても示しがつかない。
それはソウマも分かっていたことである。
寧ろ旅がひと段落した今、目的も無しに旅立つ事が難しいということもある。
そして道中の疲れも残っている。
今しばらくの休息が必要なのもあり、ソウマはこくんと頷いた。
「うむ、まず明日は分家筋含め、各方面への連絡があるので外には出なくていい。しておきたいのは礼服の採寸だな。本格的に動いて欲しいのは一週間後からだ。ちょうど来週の今日に我が公爵家の分家にお披露目をし、その次の日に領民へのお披露目だ」
「うわぁお。お披露目って何をすればいいの?」
「特に特別なことはしなくてもいい。やる事といえば“鏡”を持っていることの証明くらいだな。後はこちらに任せてもらえれば良い」
ソウマは若干緊張したような面持ちになる。
これから貴族になるという実感が漸く湧いてきたためだ。
ヒトの上に立つという経験は嘗ての前世であっても経験していない。
それが今、大貴族の次期跡取りとして振舞わなければいけなくなったのだ。
「そう緊張しなくても良い。それに、お前には頼りになる仲間がいるだろう?」
ソウマの隣に座るティニアが頷き、未だにペースを落とさず食べ続けているフレアは右手を上げてサムズアップする。
それを見てフッと彼は表情を崩した。
「もう、食事時までそんな話ばかりでつまらないわ。ねぇソウマ。ティニアちゃんとの馴れ初めを聞かせてくれないかしら?」
「つまらないとはなんだ。貴族としての務めをだな……」
そんな彼等にソウマ達は笑い声をあげる。
「あはは! うん、ティニアと初めて会った時だね。あの時は面白かったなぁ」
面白がるようなソウマの声にティニアはソウマと初めて会った時のことを思い出す。
街中で挙動不審な全身をローブで包んだ自分。
レイに自己紹介した時にテンパって思いっきり素性を明かしてしまった自分。
今度は先程の照れとは別種類の羞恥に頬を赤くする。
「ちょ、ちょっと! その話はいいでしょ!」
「ええー、どうしよっかなー」
「それならソウマが先輩達にコテンパンにされた時のことを話すわよ」
「えっ! ちょ、それは無いでしょ!」
ギャーギャーと二人は激しく言葉を交わし合う。
「なら私のそんなこと言わないでよ! もし言ったら私がソウマの御両親にその事とかその他諸々のことをバラすからね!」
「それならこっちだってあちこちに言ってやる!」
その口論にも近い状況になった彼等は血が頭に登ったからか、それともお腹が膨れて気が緩んだからか、普段ならば決して言わないようなことを言い合う。
そしてそれが進むにつれ彼等は互いの黒歴史を暴露し合う暴露合戦のような状況になってきた。
それが自爆になっているということはまだ互いに気づいていない。
「まあ!」「ほう!」とそれを聞く彼等の両親はニコニコ、或いはニヤニヤとそんな若き二人を見つめている。
その口論がひと段落したところで二人は自分達の犯した失態を悟る。ソウマとティニアはソウマの両親の方へとギギギ、という効果音がなりそうな動きで振り向いた。
そこには案の定、ニヤニヤした姿の父親と、ニコニコとまるで慈母が浮かべる様な笑みをしたキリアがいた。
「いい話を聞かせてもらった」
バタンと二人は仲良く頭から湯気を出しながらテーブルの上に突っ伏した。
既にご飯を食べ終わって暇を持て余していたスィーアはそんな二人をツンツン突いている。
その間もフレアは大量の料理を食べ進めている。
そしてノーラはそんなフレアの頭の上で丸まってモコモコした姿で眠り始めている。
次第に無表情を保っていたメイドや執事の中にもその光景を見て頬を緩める者が現れ始める。
その緩んだ空気は伝播していき、その部屋は何時もであれば考えられないほどの賑やかな空間が広がっていた。
ソウマsideを書くのが思いの外時間がかかり次の投稿まで結構間が空いてしまうかと思われます。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。




