家族と前世、そして貴族
真っ直ぐ長い廊下を歩いていく。
執事が言葉を発することがないので、必然的にその場は静かな重っ苦しい空間が広がることとなっている。
この雰囲気で一言でも言葉を発せば目の前の執事はそれを嗜めるだろう。
ソウマもこれから一緒になるであろう執事に悪印象を与えたくないがためにジッと黙りながら歩き続けるだけだった。
ティニアとフレアもそんな彼のことをチラチラと見ながらも彼の意図を察し同じように口を閉ざしたままである。
長い廊下を歩き、何回か階段を登り、そして一つの扉の前で執事の足が止まる。
「こちらで御座います」
執事はさっと手で指し示してから扉の横に立ち不動の姿勢を保つ。
その姿からはこちらの言葉を受け入れず、扉の先に進むしか選択肢が用意されていないことを示していた。
ソウマははーっと息を吐き、緊張を和らげようと試みる。しかしそれは余り上手くは行かなかった。
ティニアはそんなソウマを見て、彼の手をぎゅっと掴む。
彼はハッとティニアを見た。
彼女が頷く。
彼女の手の温もりが、徐々に緊張で固まっている心を解すように感じられる。そして彼も意を決したように頷いた。
ソウマはドアをノックし、ドアノブを握りしめてかちゃりと開ける。
そのドアは常に整備されているからか、それとも脂が差し込んであるからか、驚くほどに軽かった。
「うわっ!」
しかし扉を開けたところで胸に誰かが飛び込んできたことで思わず声を上げてしまう。
フワリと優しい香りがソウマの鼻へと漂う。
目の前の彼女とは初対面のはずである。しかし何故かその匂いはソウマの心を刺激するような懐かしさを彼の胸に齎した。
「会いたかったっ!」
目の前にいるのはまだ年若く見える女性。しかしその目には夜によく眠ることができなかったのか薄っすらとクマが出来て見える。
艶やかな黒髪に長い睫毛。目からは大粒の涙が溢れている。
ソウマはその一言で理解できた。
そして彼はその一言がなくても理解できたかもしれないと思った。
彼は確信する。
この人が自分の母親である、と。
「ただいま、母さん」
「………っ! お帰り! ソウマっ!」
彼女のことは手紙でやり取りしていたからよく知っている。
いや、手紙の上だけでよく知らないと言うべきなのかもしれない。
彼女の名前はキリア・アスタリス。
アスタリス家公爵夫人でありソウマの母親である女性だった。
彼は嗚咽を続ける母親の背中を優しく撫で続ける。
しかし彼女の背後で声をかける者が一人いた。
「こらこらキリア。俺たちが待ち望んでいた息子の到着を独り占めするんじゃない」
「あなた」
ソウマはキリアの後ろへと目を向ける。
金髪に深い蒼の瞳。
髪色が違うために雰囲気がだいぶ違うが、その整った顔立ちはソウマを成長させたらこう言う青年になりそうだという程彼ととても似通った顔立ちをしていた。
「父さん?」
「おお! 分かってくれたか! 我が愛しの息子よ。会いたかったぞ!」
そしてジルドも彼らの抱擁に加わった。
ジルド・アスタリス。
アスタリス公爵であり、ソウマの父親でもある人物。
表にはそれを出していないが、ソウマの背中に回される大きな手が震えているのが分かる。
それだけでソウマは自分が彼等に受け入れられていることを感じることが出来た。
そしてそのまま数分ほど。
抱擁が解かれ両親共にソウマの両側に陣取る。
「さぁ、スィーア。お兄さんだぞ。挨拶しなさい」
ジルドの大きな手がソウマの頭にポンと置かれる。
両側に立つ両親は二人とも、ソウマよりも身長が高かった。
キリアはレイと同じくらいの身長であるらしく大分伸びたソウマの身長よりもやや高い。
ソウマは部屋の中心に目をやる。
そこにはソウマよりも少し小さめの身長の、そしてソウマを少女にしたらこうなりそうだと言う少女がそこにいた。
「お兄ちゃん?」
ソウマの胸に衝撃が走った。
首をこてんと傾げながらまだあどけない顔をソウマに向けている。
彼女の瞳と同じ濃い青色を基調にしたフリフリのドレスが彼女の愛らしさを倍増しているように感じられる。
「君が、スィーア?」
「うん」
トテトテと歩きながらソウマの胸にボフッと抱きついてくる。
「お兄ちゃん!」
「妹よ!」
感激したソウマも同じようにガシッと目の前の妹を抱きしめる。
ティニアとフレアは互いに見合わせて微笑み合う。
彼女達の脳裏に浮かぶのはソウマが手紙の内容を楽しそうに話す姿。
その姿を知っている身としては目の前の光景は見てるこちらも嬉しくなってくる。
いつのまにか兄妹の抱擁に両親も混ざっているのだが、彼等からすれば今ようやく家族として揃うことが出来たのだ。
余計な口を挟むのは野暮というものである。
開きっぱなしになっているドアの向こうでここまで案内した執事が感動の涙を流していたのは見なかったことにした。
☆★☆
ジルド達は机を挟んで対面になった横長のソファーに三人並んで座る。
「さて、早速ですまないが、座ってくれ」
ジルドはソウマたち三人を対面のソファーに座るように促す。
その言葉に従い三人は並んで座った。
「昼は食べたか?」
「いえ、食べてません」
「ソウマ。敬語はやめてくれ。家族なんだぞ?」
思わず敬語を使ってしまったソウマをジルドは苦笑しながら注意する。
ソウマはハッとした顔をしながら「ごめん」と言った。その様子を見てジルドはウンウンと頷く。
「昼を食う前に、いろいろ確認しておきたいことがある。まずはソウマ。『鏡』を出せ」
ソウマはいきなり鏡を出せと言われて困惑するが、すぐに鏡属性の魔法を出せということに気づく。
ソウマはパパッと鏡を具現させる。
それを見てジルドとキリアはホッとした様子であった。
これでソウマが彼等の血を受け継いでいることが百パーセントとなったからである。
「これで、お前を我が公爵家の正式な嫡男としての資格があると明らかになった。すでにお前の生存は公式に発表したが、明日に正式に発表お前を次期当主として迎え入れたという発表を布告しよう」
その言葉をキリアとスィーアは当然と受け取っており、特に反応は見せていない。
しかしこれに驚いたのはソウマだ。
「布告って、冒険者はもう出来なくなるんですか?」
その可能性は大いにあるとは考えていたが、だがやはり自分の夢だった冒険者を諦めるのは難しい。
「その通り、と言いたいところだが、出来るとだけ言っておこう」
その言葉にソウマはホッとする。
しかしすぐに疑問に思った。
「貴族の次期当主なのに、冒険者って出来るの?」
つまりはこういうことである。
「まあ、出来る。ソウマ、その疑問が出るということは貴族に対する最低限の認識は出来ているわけだな?」
最低限というのが何処のラインを指すのか分からないが、彼はレイから学んだことを思い出しこくんと頷く。
「なら良い。まずだが貴族の領主は誰でもなれるという訳ではない。経済学に政治学、そして他の貴族達と接するためのことも学ばなければならない。お前の師匠たる人物から聞いたが、このうち経済学と政治学の最低限は叩き込んであると聞いた。それに間違いはないな?」
「うん。最低限っていうか基本的なことは学んでるつもりだよ」
ソウマは全く興味のない座学をして居た日々を思い出す。
ソウマの前世は高校二年生で終わっている。
彼の死因は酔っ払い運転による暴走車にはねられたことだ。
彼は所謂隠れオタクであり表ではラノベとかには興味ないですという体を装っていたが、家では本棚がラノベで全て埋め尽くされる程にラノベを愛読していた。
その為この世界に転生した時はそれは喜んだものであるが、政治学と経済学の勉強をしなければならないと分かった時は思わずベッドに潜り込みレイに反発したものだ。
勿論レイはあっさりとソウマをベッドから引きずり出し無理矢理机の前に座らせた。
頭から湯気を出し、フレアの声援を受けながら何とか基本的なことは学べたのだが、基本的なことしか学べなかったという方が正しいのかもしれない。
「基本的なことを学んでいれば十分だ。我等が持たなければいけないのは外敵を排除する武力。いくら難攻不落の壁があるとはいえそれに甘えて力を磨かないのは愚か者のすることだ」
ソウマはこの国に入ってくる時に通った“壁”を思い出す。
確かにアレがあれば安心してしまうだろう。
しかしだからと言って好きに攻撃させるという訳にもいかない。その考えはソウマとしても大いに共感できた。
「冒険者稼業をしていればいずれ力もつくだろう。この家の当主として言わせて貰えば、魔法の中でも“鏡”を優先的に鍛えて欲しいがな」
ソウマはこくんと頷く。
確かにアレは防衛に適した魔法だ。
物理的な障壁も出来て、魔法に至っては反射する事もできる。
鏡で自分の分身体を作り出せばより威力の高い魔法を出すことも出来る。
攻撃に利用するには難しいが、守ることに徹すればこれほど適した魔法属性も少ないだろう。
「などの理由から冒険者をするのには何ら問題は無い。分家連中が何か口を挟むかもしれんが、そもそも俺がそうだったからな」
ジルドは少し照れくさそうな顔をして頬をかく。
しかし何処か嬉しそうな雰囲気が混じっているのは息子に自分の武勇伝を聞かせたかったが為だろう。
この発言にソウマ達は声を上げて驚いた。
「父さんって冒険者だったの?!」
「ああ、これでもかなり腕を振るったんだからか。だからお前の道に口を出すわけにもいかんだろう?」
その言葉にそれはそうだと納得する。
そして先程の言葉に少し気になる言葉が混じっているのでそれについて聞くことにする。
「分家連中ってなんのこと?」
「その名称の通りだ。我等アスタリス家を本家とするアスタリスの傍系の家だ。分家の主な役割は本家の補助、そしてもう一つが本家の跡取りに何らかの不具合が生じた場合に代わりを出すというものだ」
そのもう一つの理由の方にソウマはいまいち要領を得なかったのか眉を顰め首を傾げている。
ジルドは息子に何かを教えるという今まで出来なかったことを今ようやく出来たということを噛み締めながら話を続ける。
「我が家の血を継ぐ者が全員鏡属性を持って生まれる訳では無い。確率にして五割といったところだ。アスタリスの当主という証明をするにはこの『鏡』を示す必要がある」
「え………じゃあもし僕が鏡属性を持ってなかったら」
「この場に来ることは無かったかもしれんな」
特殊属性は基本属性よりも使える魔法の幅が狭い分、とても大きな力を発揮する。
帝国の武家であり、帝国の守護を司るこの家系の頭となるには分かりやすい力の証明が必要となる。
もしソウマが鏡属性を持っていなければ“キリアの手紙”という証拠品があったとしても、彼がアスタリスの血を引くと認められるかは怪しい。
ジルドの言葉にソウマはやや顔を青くする。
彼の見た目は明らかにキリアとジルドの血を引いていることが分かる。
しかしそれだけであり、彼が公爵家の嫡男と証明するには確実性が足りない。
それを確実なものとするには血筋によってのみ伝わる遺伝型特殊属性の発現が最も確実となる。
「そして当然だがその確率的に当主子息、或いは娘が誰も“鏡”を持っていないという事もあるんだ」
「その場合に代わりに当主を継ぐのが分家筋の鏡属性保有者よ」
ジルドが途中に口を挟んできたキリアに「俺の台詞をとるな」というが、それにキリアが「だってまるで蚊帳の外で退屈だったんですもの」と返す。
「そして中には鏡属性を持つ子供を複数産む場合もあるのよ。その時に当主になれなかった子供の選ぶ道の一つが分家の設立よ。つまりは新しく貴族を興すということね」
「帝国って新しく貴族を立てることが出来るんですか?」
ティニアがそこで疑問の声を上げる。
「王国は確か新しく貴族を興す事は出来なかったかしら?」
ティニアはキリアの疑問に首肯で返す、
「そこら辺は俺が説明しようか」
そこで私の出番だ、とばかりにジルドが説明を始める。
「そこは少しややこしい話だ。ティニア嬢の生家があるミスティリア王国は国王の権力が一番だが他の貴族の権力もかなりある。だが貴族家を新たに作るには国王の許可が必須になる。だが帝国は皇帝があらゆる物事を決定する権力を持っているが、伯爵家以上の帝国貴族は数に制限はあれど新しく貴族家を作ることができる。貴族の権力は強いが新しく貴族を作ることが出来ないのがミスティリア王国。貴族の権力は少ないが新しく貴族家を作れるのがフィランシェ帝国と覚えておけばいい」
最後に短くまとめてジルドは長い説明を終える。
そこら辺のシステムをよく理解していなかったソウマ達三人と、ジルドの右隣に座るスィーアはふんふんと頷いている。
ジルドは彼らの反応を見て一つ頷いた後、パンと手を一つ叩いた。
この場の全員の目がジルドの方へと向く。
「さあ、難しい話はこれで終わりとしようじゃないか。みんなで昼食をとろう。ソウマ、隣のお嬢さん方とこれまでの話を聞かせてくれ。今日という日を俺たちは心待ちにしていたんだ」




