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幕間 大公と皇帝

幕間です。


 

 ヴォルガノフ盗賊団。

 それはフィランシェ帝国内における最大勢力を誇る盗賊団である。

 構成人数約百人という規模ながら、首領のヴォルフを始めとして高い実力を誇る十人の幹部格。彼等が部下をそれぞれ取りまとめ高い連携と素早い判断がなされる。

 それは一般の冒険者のそれを凌駕し、長い間盗賊稼業をし続けていたことから戦闘の腕もそれぞれベテランの域に達している。

 十人の幹部格はそれぞれAランク、Bランクの冒険者と同等の腕を持ち、首領のヴォルフはSランクの冒険者に匹敵する実力を持つとされている。

 狡猾な判断と、決して驕らない彼等は常に最良の、捕らえる側からすれば最悪の判断をいつもしてきた。

 既に彼等は個人ではなく団として国際指名手配されており、団長を仕留めれば一般人が一生遊んで暮らせるほどの懸賞金が与えられる。

 こぞって名のある賞金稼ぎやら傭兵、冒険者、果ては騎士までもが討伐に乗り出したが、その全てが壊滅。

 相手の装備の質だけを上げてしまう結果になった。


 彼等はそれほど精力的に活動しないのが救いなのかもしれないが、奪う時はとことん奪う性質は商人達を恐怖に陥れた。その結果一部地方では物流にまで滞りを齎し始めた。


 彼等が傭兵団として雇えれば、戦争に勝つことすら出来るだろう。

 そう言わしめるほどの強者の揃った集団。


 そんな集団が今、壊滅的な被害を受けていた。


 彼等がアジトにしていた洞窟。

 十幹部のうちの一人の魔法士が作った洞窟であり、その中はまるでアリの巣のように入り組んでいる。

 入り口は隠し扉を含めて何個も存在しており何者かに侵入された際の脱出経路として使用されるはずだった。

 しかしそれは遂に使用されることもなく、その道中には盗賊達の死屍累々とした姿が転がっている。

 剣を持った姿からは相手に攻撃する意思があったのだろうが、その何も付いてない綺麗な剣筋からは相手に何もしてもらえることもなく殺されたことがわかる。


 血が充満した空間は、この広大な洞窟の何処にいても届きそうなくらい濃い鉄の匂いを放っている。


 その洞窟の最奥、首領のヴォルフしかいないその空間に彼と、彼等を壊滅させたもう一人がいた。


「あっ…がっ……なんでっ……!」


「ふむ……『なんで』というのは何故、自分達がやれらたのかということか? それとも、何故私みたいな者がここを襲撃したのか、ということか?」


 やや薄暗い洞窟の中においても、その流れるような銀髪は自らを主張するように強く、美しく輝いている。


 ヴォルフは最早真面に回せない頭を回す。どうにかして今という状況が打開できないか、と。


 彼の心中は大いに荒れていた。

 目の前の“絶望”が現れる前までは、自分達はいつも通りの日常を送っていた。この日もそうなるはずだった。

 そんなところに現れた一人の侵入者。

 この洞窟は巧妙に隠されているとはいえ、そこに魔法的な要因が絡んでいるという訳では無い。その為何も知らずに迷い込んでくる侵入者おきゃくさまがたまにいるのだ。

 普段は侵入者が来たことをヴォルフに伝えた後、サクッと殺して頭目であるヴォルフに報告して終わりなのだが、侵入者の報告が為された後の殺害報告が上がって来なかった。


 不審には思ったものの特に気にすることもなく、酒を飲み続けていたのだが、洞窟内の気配が妙に少なくなったように感じられた。

 ヴォルフは傍に掛けてあった槍のような武器、偃月刀を持って様子を見に行こうとした。


 その時だ。ヴォルフの部屋にヒトが入って来たのは。


 息を呑んだ。

 流れる穢れ無き銀の髪に、人を射抜くような金の瞳。

 美しいという言葉がこれ程似合う女はいない、そうヴォルフは思った。

 金品を奪う過程で女を奪うことも少なくはない。

 その中には美女と形容できる女もそこそこいたが、目の前の女にはそれすらも塵芥に過ぎないと思えるほどの美しさがあった。

 まるで人ではないかのようなその姿に、彼は思わず心身ともに硬直させてしまった。


「お前が首領か?」


 その言葉にハッと現実に戻った彼は、得体の知れない者から一瞬でも意識を逸らしてしまったのを恥じる。

「そうだ、死ね」と、言葉少なく返事を返して地面を踏み込む。


 身体強化により増大した身体能力は、洞窟の硬質な地面にヒビを入れるほどの踏み込みを生み、絶大な力とスピードを発生させる。その速さは最早並大抵の者には、見切るどころか視認することさえできない。

 この初撃にして彼最大の威力を誇る一撃は人も魔物も関係なく、あらゆる相手をその一刀の元に斬り伏せて来た。

 この女を自分のものにできないのは残念だが、こいつを倒して早く外の様子を見に行かなければならない。

 彼の頭に占めることはそれだけだった。


 未だに平静ではなかった彼の頭は、侵入者が首領の部屋にまで辿り着き、未だ部下が誰もここに入ってこないという意味をまだ理解していなかった。


 余りのスピードの為にゆっくりと動く彼の時間は確実に正体不明の侵入者の姿を捉えていた。

 このまま相手は彼が動いたことも、死んだことすら気付かずに終わる。

 それが当然であり、今までそうであったからこその確信。


 これで終わり、そう思った瞬間、意識が暗転した。


 それを至っての今の状況。


 体中に激痛が走り指先一つ動かすことすらままならない。

 痛みによって怒りの冷えた彼の頭は理解していた。仲間は全員やられていると。

 怒りは湧いてこない。彼も自分達は悪いことをしているという自覚があり、いつ死んでもいいと云う思いはあった。

 だがそれでも相手の思い通りにさせるつもりはなかった。少なくとも相手に一生残るような傷を残して死ぬつもりだった。

 だが現実はどうだろう。

 何が起きたかも分からず地面に倒れ伏し、ただ唯一少しだけ動く首を使って相手を見上げることしかできないのだ。


「まあいい、ここで終われ」


(畜生………)


 侵入者の手が振り下ろされると同時に、ヴォルフの意識は暗転し、それから目覚めることは二度となかった。


 世を恐怖に陥れたヴォルガノフ盗賊団。

 その最後は生命の域を超えた、超越の個体によって呆気無い幕切れとなった。




 ☆★☆




 フィランシェ帝国、帝都にある帝城フォルテシア。

 その最上階の執務室に帝国皇帝レオル二世その人がいた。

 フィランシェ帝国は人族の国家で最古の歴史を持ち、同時に人族の国家で最大の領土を誇る。

 つまりは人族最強の国。


 そんな彼は側近から整っているが何処か無骨と評される顔を幾分か緩めながら書類に判を押し続けていた。


「………待っていた」


 この部屋には誰もいない。

 いや、天井裏などの見えないところにはひっそりと彼を守る護衛が潜んでいるが、その誰でもないところに手を動かし続けながら話していた。


「だから嫌なんだ。この国の奴らは変態的なまでに私の居場所を掴んでくる」


  虚空から幽霊のように姿を現したのはレイ。

 その端正な表情には憮然としたものが宿っていた。


「そう言ってくれるな。初めましてだな“久遠”。私の名はレオル二世だ」


「知っている。私の名前はレイ・ウィストリアだ」


「それはこちらも知っているぞ、英雄殿」


 レオルの顔には悪戯が成功したかのような、レイの顔には諦めの表情が、それぞれに浮かんでいた。


「やはり私の名前も残っていたか………、ならば私の『姓』の意味も知っているか?」


「ああ、知っている。だからこそ、我が一族は無闇に領土を広げることなく、平穏を守っていた」


 彼等は初対面ではあるがまるで久方ぶりにあった友人であるかのように話している。


「……まだ続けているのか? 感知省による私の追っかけは?」


「当たり前だ。お前はこの帝国史に残る大英雄だぞ? 誰もがお前の話を聞いて子供時代を過ごす。他の国にとってお前という存在は恐怖の象徴なんだろうが……この国にとっちゃお前は憧れの対象だ。お前の存在をどこにいるのか知ることができる感知省は結構人気なんだぞ?」


 レオルは面白がるようにくっくっと笑う。


 それを聞いてまたげっそりとするレイ。

 要はアイドルの追っかけのようなものだ。


 今から千数百年前、この西の大陸、人族の生存圏ではとある宗教が流行っていた。

 その名は神上教。

 その宗教の掲げるのは人族至上主義。人族が神に愛された種族であり、その他は神に見放された種族と説いた。

 そこから来るのは亜人差別。

 大小多くの国が人族以外の種族を下に見て、場所によっては問答無用で奴隷にされる場所もあった。

 多くの国の中枢に取り入り、勢力を拡大し続けた神上教の影響は計り知れなかった。


 その中で唯一と言ってもいいほど人族以外の種族を受け入れていたのがこのフィランシェ帝国である。

 当時から人族の国家の中でもそこそこ大きく、大陸の最北端に位置する国のため、北の大陸との交易が盛んだったのだ。

 その為多くの種族が訪れ、神上教とは折り合いが悪かったのだ。


 なまじ国家としても精強だったのと広大な領地に目をつけられた為に、神上教を国教とする国全てから宣戦布告されたのだ。

 帝国以外のすべての国が敵に回り、更には神上教による内部工作で兵の約半分が寝返り、助けを出そうとした他大陸の国も人族至上主義による者達の暴動でそちらに軍を回さざるを得なくなった。

 絶対絶命かと思われた時に、偶々レイの活動時期、乃ち秘境づくりの時期にぶち当たった。

 これを見て時の皇帝はあることを閃いた。


 あの“久遠”の力を借りることはできないか、と。


 皇帝と宰相、そして軍部のトップである元帥がレイの元へと訪れ嘆願したのだ。

『我が国を助けてください』深々と頭を下げてレイにそう願った。

 その姿を見て流石に人族至上主義がこれ以上広められたらいかんと考えたレイはこれに手を貸すことにした。


 久遠によって瞬く間に各国の軍勢を滅ぼし、そして“創造”の力の応用で人族至上主義を掲げる国の土地の栄養を数十年間増えにくくするように細工した。

 そしてそれに対処せざるを得なくなり神上教への各国の対応がおろそかになったところに、レイが裏表全ての神上教を潰し、ことが終結した。


 そして作物が育たないことには生きることが出来ない。

 帝国以外の国は存亡の危機に陥り他種族の国家に助けを求めざるを得なくなった。

 最初は自分たちの種族を排斥した為に援助を渋った他国も時間が流れるにつれてそれを許そうという風潮になり、徐々に人族への援助が増えていった。


 レイはこの件により帝国からは国の危機を救った大英雄と崇められ、時の皇帝から本来皇族の血縁しかなれない“大公位”をレイに与え、帝国史で最も重要な事項へと相成ったのだ。


 そのことは絵本にも残り今でも帝国に伝わっている。

 レイはその事と、当時の自分が悪ノリして作成の許可を出してしまった肖像画があるためにこの国へ訪れるのを嫌っているのだ。


「それで、お前は何故この国にいるのだ?」


 そしてその事はレオル二世も分かっている。

 彼としては子供の頃から聞かされた英雄を前にして平静を保っているが内心はかなり喜んでいる。

 しかしこの国に訪れるのを頑なに渋っている彼女がこの国に来た理由を彼は推し量れなかった。


「なに、ただ私の弟子がこの国に戻って来る、ということを伝えたかっただけだ。それと、もう一つ要件はあるがな」


「肖像画に手を出すのは流石の貴女でも許さん。弟子? 戻って来る? ああ、ジルドの倅か」


 速攻で自分の魂胆を見破られたことと、ソウマのことを今の言葉だけで即座に理解したことに今代の皇帝が優秀であることを悟る。

 この国で感知省が久遠の居場所を掴んでいるのは公然の秘密となっているため、貴族の当主はこの事実を大体の者は知っている。

 そもジルド等と会うときに時間を止めはしたが帝国内に入るまでに時間を止めるという事はしていない。

 そしてジルドは息子の無事を世間に公表したという。

 そしてレイがアスタリス領に向かったことを合わせればその事を思い付くのは難しくは無い。

 しかしそれを一瞬で思いついたことが彼の優秀さの現れである。


「(チッ)そうか、それは残念」


「おい、今舌打ちしなかったか? まあ、あいつとは友誼を結んでいる。無碍にはせんさ」


「そうか、とりあえずはそれだけだ。また時々来る」


「おいおい、どういう風の吹き回しだ? ずっとこの国に来なかった久遠が?」


「流石に弟子の様子は見に来るさ。あ、そういえば、これ」


 レイは両腕で抱えられる円柱型の木箱を亜空間から取り出す。


「なんだそれは?」


「途中に仕留めた盗賊の首だ。置いとくぞ。じゃ、私はこれで行く。さらばだ」


 その言葉を最後にレイはその場から消え去った。



 その場に残るのは静寂。

 その場に一人残された皇帝は本当にレイが去ったか周りをチラチラと確認し、腕を振り回して変な動きをする。


 そしてなんの反応も返ってこないことからしっかりと去ったことを確認したレオル二世は、ちらりと目の前の絨毯の上に置かれた木箱に目を見やり、指をパチンと鳴らす。


 すると音も無く天井から黒装束を着た隠密が降りてきた。

 もしここに日本人がいたらその黒装束を見て「忍者のようだ」といったかもしれない。


「ここに」


「これを片付けておけ。それと……しっかりできたか?」


「勿論でございます」


 覆面をしていて表情は分からないが、その口調からするに口元をニヤリとしそうな雰囲気で、胸元から三枚の紙を取り出し、レオル二世に差し出す。


 そこには先ほどのレイの絵がまるで写真のような正確さで描かれていた。

 それを見た途端、レオル二世は先程まで皇帝然としていた威厳のある表情を崩して年相応な青年の顔に変わる。


「くっふっふ……よくやった!」


 レオル二世は久遠がここに来ると分かった途端、潜む隠密に久遠の絵を描かせるように命じたのだ。

 国宝である肖像画の他にも久遠の絵が欲しかった為に。

 この国には御伽噺にもなった久遠のファンがとても多い。

 帝国史上最大の英雄に憧れる者は平民はおろか貴族にもその憧れを持つ者がいる。いや、魔力を多く持ちやすい貴族にこそ、久遠の偉大さを理解し、それがどれだけの凄いことなのかをより理解している。

 それは皇族も例外ではない。

 そして、皇族にこそ久遠の絶大なファンになる確率がとても高かった。


「よっし! それを画家に書かせてもっと大きくしろ! それを国宝の両隣に飾れ! さぞ映えることだろう! ハッハッハ! 永遠を生きるからといって、人の執着を甘く見過ぎだ!」


 レオル二世はまるで子供のようにはしゃいで喜ぶ。

 彼も幼い頃にかの美しき大英雄の話を聞かされ肖像画を見て実際はどのような人なのかを夢想した。

 しかし彼女は御伽噺の戦争以来、一度も帝都に訪れた事はなかった。

 それは感知省の役目然り、肖像画然りの原因があった事は理解しているのだがファンの心理としてどうしてもそれらを欠くことは出来なかった。

 だが今まで一切姿を現さなかった彼女が今日ついに自分の目の前に現れたのだ。

 実際は肖像画と同じように、いやそれ以上に美しく、その力の一端を見られなかったことが残念だが、彼女と相対したという事実がそのマイナス点をも霞ませる。


 こうしてフィランシェ帝国に“久遠”のレイの肖像画が二つ、増えることになったのだった。



とりあえずこれで連続投稿は終わりです。

ソウマsideを書き続けるのが思いの外難しい……

次回の投稿は未定です。


誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。

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