国境
フォットやグレン達と同行して一ヶ月と少し。
あらゆる街を素通りして一路帝国まで向かっていた彼ら一行はミスティリア王国とフィランシェ帝国の国境にまで辿り着いていた。
シルベ草の採取を行ってからこれまでの道中、何度か魔物の襲撃にあったが、その時のための護衛であり冒険者である。
特にレベルがそれほど離れていない程度だったのでソウマ達でも十分に対処できた。
何度かグレン達とも手合わせをしてもらい、一対一、一対複数、複数対複数の修行をつけてもらった。
魔力的にはこの場の誰よりもソウマ達三人の方が強いのだが、模擬戦において経験と技術の差においてグレン達の方に軍配が上がっていた。
そしてソウマと従魔契約したノーラは基本ソウマの肩を定位置としている。
小さくモコモコしたその体躯はとても愛らしくフォットやグレン達ですらデレデレしていた。
特にグレン達に関してはその面からよく怖がられることも多かったのでその反応が顕著であった。
そして国境に辿り着いたソウマとティニアの二人は国境を境にした砦の前で馬車から降りて立ち尽くしている。
そんな彼等を見てまるで悪戯が成功したかのような笑みをフォット等が浮かべていた。
「おわぁ……凄い」
「話に聞いてたけど、これは……」
彼等の目の前に広がっているのは見渡す限りの地平線にまで広がる重厚な壁だった。
見上げるほどに高く、見る者を圧倒させるような威圧感を放つのは王国と帝国の間に広がる国境門とその壁。
通称『平等の壁』
“壁”と略されることも多いそれはあらゆるヒトや魔物の侵入を拒む不落の砦である。
初めてその壁を見た者は誰であろうとも圧倒され言葉を失うという。
ソウマとティニアもその例外にもれなかった。
ソウマはそれの存在を知らされてなかったが、何度か国を出たことがある両親や兄弟からその存在を知らされていた。
しかしそれは自分の想像を遥かに超えていた。
「やっぱり初めて見るとそうなるよなぁ」
グレンも彼等の姿に覚えがあるのかしみじみといった様子でうんうんと頷いている。
何故かその後ろでは双子が各々マッスルポーズをとっており大胸筋や上腕二頭筋といった筋肉がもりもり盛り上がっている。
心なしか人通りがそこそこ多いこの場所に於いて彼等の周りにぽっかり空白地帯が出来ているような気がする。
「ほっほっほ、やはり皆様その反応をするのは変わらないのですね。思い出しますよ。私がまだ下積み時代の頃、師匠に連れられてここに来たことを今でも覚えています」
若い二人が若かりし頃の自分と同じ反応をしているのを見て共感を覚えたのか、過去に馳せるような目でうんうんと頷いている。
「おー、やっぱりいつ見てもでっかいわねー」
「フレアは見たことがあるの?」
「私は一箇所に留まるタイプじゃ無かったから、ここに来たことも結構前に何度かあるわ」
もしかしたらそれは数百年前のことかもしれないが、彼女曰く一番初めに見た時と何一つ変わっていないらしい。
王国と帝国は友好な関係を築いており、両国のヒトの行き来も盛んである。
今もその門からは多数のヒトが出入りしており彼等を目当てにした露店も開かれているくらいである。
だが国境付近に街は存在しない。
街を作れば極論、その地に軍隊を作ることも可能だからである。
国境のすぐそばで軍隊を保持する街があれば隣国は常にそれに集中しなければいけなくなり、その緊張はあらゆる交易に差し障ることもある。
もちろんそれは例え話だが、全くあり得ない話というわけでもない。
それ等の理由などから国境に街は作られないのだが、露天に宿とまるで本当の街のような雰囲気を出しており、地面が整地されればそのまま街と呼称してもいい程の活気を見せている。
馬車を引く商人や中には貴族の紋章が入った馬車も走っている。
しかし出入り彼等のほとんどがギルドに所属する冒険者であった。
冒険者の数が多いのには理由がある。
国を出るにはある程度の地位を持つ人物からの推薦状に、自分の住む地の領主の許可証が必要なのだが、冒険者はその条件が比較的ゆるい。
全世界にその組織が存在することもあり、あらゆる組織、国の中枢に融通が利くギルドの許可さえあれば自由に他国を旅することが出来る。
その代わりに命が関わるとしてもギルドの緊急依頼などの拒否は余程のことが無い限り出来ないため一長一短である。
「列はあれですね。最後尾に並びましょう」
フォットが門の内部にまで続いている列を指差す。
国境の要となる砦には大きな両開きの門が一つあり、それが僅かな分だけ開いている。
そしてその横の小さな扉のある場所にその列はある。
ここはガレスの街と大きさは違えど似たような物である為迷わずすぐにそこに並ぶことができた。
歩きでここに来た者たちも多いが、馬車も多い。
馬車が通る度に僅かに開かれた門を通っている。
あそこはちょうど馬車が一台分だけ通れる大きさのようだ。
体感二時間程だろうか。
フォットは度々帝国に赴くため、現在シフトに当たっている兵士達に顔見知りがいたらしい。
言葉を二、三度交わした後、荷物をさっと確認してギルド証を見せるだけで通された。
兵士に何やらお礼をするように頭を下げたフォットがこちらに戻ってくる。
「さ、参りましょう。諸々の手続きが終わりましたからな」
ソウマ達は馬車に乗り込む。
グレン達は外にそれぞれ陣取っているがそれも今に限っては形だけのものだ。
冒険者達が多く出入りするここを襲撃する愚か者は、そうはいない。
馬車が門に向かって進み始める。
門の真横には一人の兵士が立っている。
背筋をしっかり伸ばし、槍を地面につきながら直立している姿は堂々としたものであり、その練度の高さが伺える。
そしてソウマ達の馬車が横切る時、一人の兵士が声高だかにこう叫んだ。
「ようこそ、フィランシェ帝国へ!」
☆★☆
当たり前ながら帝国領に入ったとしても劇的に風景が変化するわけではない。
王国から続いている整地された道が伸びている。
「このペースですと、ここから半日かからずに一番最初の街につきます」
御者をしながらフォットがソウマ達にそう呼びかける。
「ありがとうございます! 何から何まで……」
ここまでの道のりは全てフォットありきの物である。
途中フォットから頼まれた採取をこなしたとはいえ、報酬をもらった以上あれも依頼である。
寧ろ、その依頼のおかげで資金を増やせたことを考えればそれも感謝すべきことである。
しかもソウマ達からすれば、彼等のおかげでこの道中の時間を短縮出来た。そのことは感謝してもしきれない。
「ハッハッハ! 良いんですよ。これからも我が商会を贔屓にしていただければそれで。旅は道連れとも言います。この御縁を今後も大切にしていければ、それで幸いでしょう」
何処までも人の良いことを言うフォットにソウマは馬車から顔を出しながらぺこぺこ頭を下げまくる。
「ハッハッハ! そんな難しいことを考えなくても良いんだよ! 一緒に旅ができて楽しかった。それで良いじゃねえか!」
「そうだぜぇ!」
「ヒャッハー!」
フォットの隣、馬車の屋根上、馬車の後ろからそれぞれ声をかける。
「有難うございます……フォットさんにグレンの兄貴達……」
これまでの道程を思い出してか、若干涙ぐむソウマ。
そんな彼を見てティニアは苦笑していた。
「ありがとうございます。フォットさん」
「いえいえ! ティニア様を見かけながら私達だけ馬車を使って先を進めた、ということをマンス様に知られればお叱りを受けますからな。お互い様ですよ」
フォットはティニアの言葉に対してそう冗談めかして言う。
ティニアは未だシルヴェスタ家に籍を置いているとはいえギルドに登録した歴とした冒険者である。
命に関わる依頼で命を落としても、それはギルドの責任にはならない。
だがそれを救える位置にいながら助けの手を伸ばさなければその貴族の縁者からどんな仕打ちを受けるかわからない。
そしてシルヴェスタ家は領民にとても慕われている。
そのご令嬢であるティニアを見捨てたという話が漏れればフォットの立場も悪くなる。
彼の言ったことはあながち間違いでもない。
だがその表情と口調からはそんな本気の色は見て取れない。
冗談だというのが伝わったティニアもフォットと同じく、だが控えめに小さい笑い声を漏らす。
そしてフレアはというと、ティニアの肩に寄りかかりながら爆睡していた。
ノーラも火を司る不死鳥ということもあってかソウマの次にフレアに懐いており、彼女の頭でスヤスヤと昼寝を勤しんでいる。
それから街に着くまでの間、彼等は和やかな雰囲気のまま道を進んで行くのだった。
☆★☆
“壁”から馬車で半日、太陽が頭上を上回って暫く経った頃、国境から一番近い街が見えてきた。
フォットから聞く話によるとその街の名前は“ナット”。
帝国が他国と接する国境線の大部分を防衛している“平等の壁”に存在する砦。
その中でも大国と呼ばれるミスティリア王国に接する門から一番近いその街は多くの人が行き交っているという。
現に広く整備された街道には既に多くの人が行き交っている。
街が見えればたどり着くまでにそれ程の時間はかからない。
ナットの街に入ったところでフォットとソウマ達の三人は馬車に降りて向かい合っていた。
「ありがとうございます、フォットさん!」
「いえいえ、此方こそ。この一ヶ月の間、とても楽しく過ごすことができましたぞ」
ソウマの後ろにはティニアとフレアが、フォットの後ろにはグレンとガメル兄弟が、それぞれ立っている。
「元気でな! お前ら! 怪我とか病気には気をつけろよ?!」
「そうだぜぇ!!」
「ヒャッハー!!」
「ありがとうございます。修行とか本当、いろいろお世話になりました!」
「ありがと。あんた達こそ、いろいろ気をつけなさいよ?」
グレン達の激励にティニアとフレアがそれぞれ返す。
フレアは若干素直じゃない物言いだが、ガレスの街で彼等と交流のあった彼等からすれば慣れたものである。
その素直じゃない言葉にニヤニヤと笑っていた。
ソウマ達とフォットはこれから別々の行動をとることになる。
フォットはここが目的地の一つである。だがソウマ達にとってみればここから更に国境沿いを進んで、ソウマの生まれ故郷であるアスタリス領へと向かう必要がある。
故にこうして最後に別れの挨拶をしているのだ。
「最後にこれを。今まで護衛をしてもらった分です」
ソウマはフォットからずっしりと手に重さがかかる袋を持たされる。
今の言葉で渡されたものといえば、容易に想像がつくだろう。
「え、いやそんな! 受け取れませんって!」
ソウマはお金の入った袋をフォットに返そうとする。
ここまで乗せてもらったのは飽くまでフォットの好意であり、ソウマが護衛をするために乗ったわけではない。
夜の警戒に当たったのも一緒に過ごすからには当然の義務であるし自分達の安全のためにもしなければいけなかったことだ。
断じて護衛料を取るためにした行動ではない。
「いえ、受け取ってください。私からのささやかな餞別です。それにこの中のお金は私だけでなく彼等の分も入っているのですよ」
そういってフォットは後ろの方へと目線を向ける。
グレン達はどこか照れ臭そうに笑っており、その顔がフォットの言ったことが真実だということがうかがえた。
「気にするな。これから金はいくらあっても足りなくなってくる。俺らからの気持ちだ。受け取ってくれや」
「そうだ、受け取ってくれ!」
「これからも元気でな! ヒャッハー!」
彼等からもソウマは色々なことを教わった。
寧ろお金を払いたいのはこちらの方だ、と言いたいくらいに。
だがそれを言って仕舞えば彼等は悲しむだろう。
故にソウマはこれ以上何かを言うのは止めることにした。
それに今はそれ以上に言わなければいけない言葉がある。
「ありがとうございます。兄貴達」
ソウマは彼等にもまた頭を下げる。そしてそのソウマの行動に後ろの二人も追従する。
「それじゃ、私たちはそろそろ行くとしましょう。このままではズルズルと長くなりそうですしな。では、あなた達の行く先に幸あらんことを、祈っています」
「じゃあ、僕たちも。これからも頑張ってください、フォットさんに兄貴達」
その言葉を最後にフォット等はこれまでと同じように馬車に乗り込み、街道を進んで行く。
ソウマ達はそれをジッと見守っていた。
そしてその馬車が人混みに紛れて完全に見えなくなった頃、ソウマは二人に向かい合う。
「じゃ、行こうか!」
「うん!」
「そうね」
彼の声にそれぞれの返事を返した後、彼等もまた雑踏の中に紛れ込んで行くのだった。
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