森の中での出会い
ソウマの手の上にちょこんと乗っかる赤い鳥の雛。
何故だかこの雛はソウマに懐いたらしく、手の上に大人しく乗っかりながら「ピヨピヨ」と小さい羽をパタパタさせている。
「可愛い、可愛いんだけど………うぅん…」
雛の無邪気な可愛さと手に乗っかる軽いながらもモコモコした感触に癒される。
しかし拾った状況が状況でありソウマはどうすれば良いのか判断に迷う。
数分の思考の末、「ティニアー! フレアー!」と女性陣の二人に助けを求めることにした。
「どうしたの?」
木々の向こうから二人が近づいてくる。
その両の手にはそれぞれシルベ草が握られており今まで採取を続けてきたことがうかがえた。
ソウマは雛を片手に持ち替え、彼女たちからパパッとシルベ草を受け取りポーチの中に放り込む。
そして二人に両手に乗っけられた赤鳥の雛を見せた。
「何か、これ拾っちゃったんだけど、どう思う?」
「え、何を? ……え、何これ。すっごい可愛い!」
「あら珍しい。不死鳥の雛じゃない」
赤いモコモコとした羽毛につぶらな瞳。
そして「ピヨピヨ」と鳴き続けるその姿にティニアは目を輝かせる。
ソウマもティニアの反応に頷きながら「そうだよね」と返そうとするが、その後のフレアの一言に思わず耳を疑ってしまう。
「え?」と言いながらソウマは「いま、なんて言った?」とフレアにもう一度今言った言葉を聞き返す。
「聞いてなかったの? 不死鳥よ。不死鳥の雛。珍しいわねー。私も初めて見たわ」
呑気に言ってるがその内容はとんでもない。
不死鳥とは魔物の一種であり炎を纏った巨大な鳥であり、とてつもない再生力と寿命を誇る。
冒険者ギルドが規定しているランク付けでは上から二番目のSSランクに位置付けられており、もし不死鳥を討伐しようとなると国が総出で当たらなければならない天災級の魔物である。
そしてその希少さから不死鳥の羽などは長寿のお守りとして高く取引されており、その卵などは見つかれば正に天文学的数字で取引されることもあるという。
その雛が今ソウマの掌の上で「ピヨピヨ」しているのだ。
「え、けど不死鳥って体に炎を纏っているんじゃ……」
ソウマが魔物の図鑑で見た情報と今の雛の見た目にある齟齬を指摘する。
「雛は別よ。けどそれを知らない人が多いから、意外と雛がいてもただの赤い鳥だと思われて気付かれないこともあるらしいわね」
他人事だが今のソウマがそれに当てはまる。
「へー」と言うソウマにはこのピヨピヨが不死鳥の雛だとは夢にも思っていなかった。
「で、どうするの?」
「どうするったって……」
「あんたに懐いてんじゃない。従魔契約でもしちゃえば」
「そんな簡単に言われても困るよ。それって一生涯のものなんでしょ? そんな簡単に……」
精霊契約は精霊側が主導で行うことがほとんどの為、もし主人が道を踏み外したりすれば精霊側からその契約を解除することができる。
しかしそれと違い従魔契約ではソウマの現在のような例外はあれど、基本卵から育てるか、従魔にしたい魔物を力でねじ伏せ契約するかの二択である。
その両方とも主人側が契約を行うので、基本従魔契約は一生涯のものになる。
その為ソウマはつい数分前に拾ってそんな安易に決めていいものか、と答えを渋った。
「いいじゃない。あんたもその子を気に入ったんでしょ? なかなか無いわよこんなチャンスなんて」
「そうだけど……」
何故ただ採取に来たはずがこんな目に……、と思いながらソウマはどうしようかと口ごもる。
確かに不死鳥の雛を従魔にするということは魅力的だ。
しかし降って湧いたようなこのチャンスに、ソウマは喜ぶよりもそれに対しての戸惑いの方が大きかった。
その間ティニアは雛に顔を寄せて指でツンツンしたりしている。
「そもそも、この子の親はどうしたのさ? 不死鳥って子供を産んだらそれで放置なの?」
「多分死んでるわよ。その子の親」
「えっ?! どういうこと!?」
「不死鳥っていう種族はね、地中の中に卵を産んだらその後に自らの作り出した炎で自らの体を焼いて、それによって出来た灰を卵を産み落とした地の養分にするの。そしてその卵は地中の中にいながらまるで母親の胎内にいるかのように周りの地面から栄養を吸収して、孵化するの。納得したわ。なんでこんなところにシルベ草がたくさん生えてるのか。不死鳥の卵は孵化するのにとても長い時間をかけるのよ。その間ずっと溜まり続けた豊かな土地がシルベ草を育てる土壌に適したのね」
一気に頭に流れてくる情報にソウマは目を回して混乱する。
そのような情報を知らなければ、ここで何故かたシルベ草の生えている要因も発覚してしまった。
つまりは………
「この子の親はいないってことだね」
それに尽きる。
フレアは頷いてソウマの言葉を肯定した。
不死鳥の雛はティニアのツンツンにいやいやしながら小さい翼で顔を隠す。
しかし小さい翼で顔を隠しきれない様子を見てティニアは「きゃー!」と身悶えている。
「不死鳥の習性がそうってだけでたまに例外もあるわ。子供に寄り添いたいからと自分で卵を温め、孵化するのに必要な養分を精霊に頼み込んで、孵化するまでの間地面に養分を注ぎ込んだっていう話があるわ。けど、状況から考えてもその線は薄いわね」
ソウマはその言葉を聞いて頷いた。
この子のことを自分に重ね合わせたのだ。
今の自分には会ってはいないだけでしっかりとした親が存在している。
しかし“前世”という自我が目覚めて、レイが自分を拾ってくれたのだと知って、自分に親はいないものなのだと思ってしまった。
だが彼にはレイという人物が近くにいた為寂しいと思ったことはなかった。
しかしこの子はどうだろうか。
魔物の世界はヒトの世界よりもなお厳しい。
雛のままじゃとても成体になるまで生きられるか分からない。
それにここはヒトの余り来ない場所だからとはいえそれは必ずしもヒトが来ないという訳では無い。
寂しいという感情がこの雛に宿るのか分からない。
しかしソウマに懐いてくれるその姿を見て、少なくとも自分ならば寂しい思いをさせない、と考える。
「ちょっとソウマ、難しく考えすぎじゃない? 一生涯のことを決めるのにそんな重い決断をしなくてもいいのよ? ただ一緒にいたいと思えばそれで充分」
そしてそのフレアの言葉がソウマを後押しさせた。
「それもそうだね。それにここで会ったのも何かの縁だし。この子と契約するよ!」
「そ」と短い言葉を返してフレアはフッと笑う。
そしてその目をジトーとしたものに変えながら、少し真剣なムードになっていた自分たちを差し置いて頬に手を当て身悶えているティニアを見つめる。
「……何してんのよ?」
「だって、可愛いもの」
「“もの”じゃ無いわよ! “もの”じゃ! 少しは雰囲気を考えなさい!」
「だって可愛いから仕方ないじゃん!」
「ピヨピヨ!」と抗議するような声を上げる雛を見て再びティニアは「きゃー!」と興奮する。
流石にその様子を見たソウマは苦笑するしかなかった。
「それで、従魔契約ってどうすればいいの?」
「簡単よ。自分の魔力をその子に流して、その子がそれを受け入れて自分の魔力を繋げれば成立するわ」
「結構簡単なんだね」と言いながらソウマは早速実行する。
雛に魔力を注ぐと雛は「ピヨ?」と首を傾げて、一瞬後に「ピヨ!」と鳴く。
その瞬間、ソウマと雛の間で何か言葉に出来ないような、感覚的な繋がりが両者の間に出来上がった。
「繋がった。じゃあこの子も今日から家族?」
「そうなるわね」
「ねえねえ! この子の名前どうするの!」
しっかりと話を聞いていたのかよく分からないティニアではあるがこの子鳥が自分達の仲間になることには肯定的であるようだ。
寧ろ三人の中では一番積極的かもしれない。
未だ実感がわかないソウマに終始冷静なフレア。そして何故か三人の中で一番興奮しているティニア。
ソウマはうんうん唸りながらこの雛の名前を考える。
しかし頭に電球がピコンと浮かび上がった様子を幻視したところを見ると、それほどの時間はかからなかったようだ。
「名前、うーん、よし、決めた! この子の名前は『ノーラ』にしよう!」
「へえ、なかなかいい響きじゃない。由来とかあるの?」
「不死のノーラ。健康で怪我とかしないようにってね。なんかパッと浮かんだんだ」
フレアは「なかなかいい名前ね」と言いながらノーラをじっと見つめ、ティニアはノーラに「よろしくね!」と挨拶をする。
「ノーラ、僕の名前はソウマ。彼女たちがそれぞれティニアとフレア。長い間になるけど、これからよろしく!」
その言葉が通じたか通じてないかは分からないが、「ピヨピヨ!」と羽をバタバタとさせはしゃぐ姿はその姿を見る三人をほっこりとさせるものだった。
☆★☆
「おぅ! お前ら遅かったじゃねえか! って、そりゃなんだ?」
グレンがソウマ達の元に戻ってくる。
その腰にはシルベ草がはみ出して見えている袋が二つほどぶら下がっており、この群生地から外れた場所でもそれなりの量が採れたという事が伺える。
「“炎の鳥”の雛ですよ。拾ったら懐かれたんで、そのまま従魔契約したんです」
ソウマはグレンが戻ってくる前に考えた設定を彼に話す。
フレイムバードとはBランクの魔物であり赤い体毛と火属性の魔法を使うのが特徴の魔物だ。
体長も翼を広げると不死鳥ほどではなくともかなりの大きさを誇る魔物である。
流石にそのまま不死鳥の雛と言ってしまってはグレン等の人柄を考えれば騒ぎにはならずとも何処かから話が漏れないとも限らない。
フレイムバードの雛の特徴は不死鳥の雛であるノーラにも当て嵌まるのでカモフラージュするには打って付けの設定である。
「ほぉ、これがフレイムバードの雛か! 契約とはまた思い切ったことをしたなあ! 珍しいもんを見たぜ!」
本当は不死鳥の雛なのでもっと珍しいものです、と心の中で思うがもちろん口には出さない。
「まあお前らがそれで良いなら何も文句を言うことはねえな! ところでシルベ草は何処にあるんだ?」
ソウマは「ここに入れてあります」と腰にあるポーチをぽんぽんと叩く。
「レイからもらったこの鞄に、空間の魔法がかけられているんですよ」
「ほー! 今日は珍しいもんをよく見るなぁ! 大事にしろよ? 買おうとすればすんごい金が必要になるからなあ!」
「ガハハハ!」と笑い出すグレンにソウマは「分かってます」と返事を返す。
「なら良いんだ! よっしゃ、じゃあフォットの旦那のところに戻るぞ!」
帰りも行きと同じようにグレンが先導して歩いていく。
ノーラはソウマの肩を定位置と決めたらしく、彼の肩で「ピヨピヨ」と囀っている。
あまりやかましい声ではないのでソウマの耳を煩わすこともない。寧ろ良い声なので耳心地が良いくらいだ。
帰りはティニアも慣れたものでそれほどの疲労をせずに進む事ができた。
もしかしたらノーラを見て興奮した事でアドレナリンが異常分泌でもしたのかもしれない。
行きほどの時間はかからず、程なくして一行はフォットとガメル兄弟の待つ馬車のところへと戻ってきた。
彼等がその場を離れていた間、特に何の問題も起こらなかったらしく、降りてきた彼等を早々に気づいたフォットが彼等の方に歩み寄ってきた。
「お帰りなさい皆様! 何事も無かったようで何よりです!」
「おう! 旦那たちの方こそ何も無かったようで何よりだ! お前等! 何も問題はなかったな?!」
「勿論だぜ兄貴!」
「ヒャッハー!」
ソウマは三人の代表としてフォットに歩み寄り、ポーチの中から三人分のシルベ草の入った大きい袋を取り出す。
「フォットさん、これです」
「おや? それは空間魔法のかかった……、いやはや! 珍しいものが見られましたな! おっと、これ程の数を集めていただきありがとうございます」
フォットはソウマの腰のポーチに目をやったがすぐさまそれの正体を見破る。
ここでよく深い視線を向けない所が彼の好感の持てるところだ。
ソウマとティニアはそこら辺をまだ見分ける事ができないため、フレアがそこら辺を判断している。
旅に出る前にレイに頼まれたことでもあることだ。
「これが報酬です」
フォットがジャラリと音のする両手の平ほどの大きさの袋をソウマに渡す。
「え、こんなに貰って良いんですか?」
ソウマはちらりと中身を見て、中には金色の効果もいくつか混ざってるのが見られる。
「いやいや、シルベ草がそれほどの価値を持つということですよ。それに……貴方達の旅立ちの祝いも兼ねて、ですね」
ソウマはそれに申し訳なさそうな、しかしそれ以上の嬉しさを顔に表す。
「さ、進みましょう。流石によるになれば、山の近くは危険になりますからな」
フォットが切り出して、各々が出発のための行動を始める。
テキパキと準備してそれから数分程で彼等はその場を後にするのだった。
☆★☆
パチパチと焚き火が弾ける音を立てる。
そこに新たな小枝を投げ込み、火の粉が飛ぶ。
この焚き火後ろのテントでは三つの幼い寝息が立てられている。
焚き火の周りを囲むのは四人。
それぞれがいい年をした大人であり、そのうちの三人がまるで鬼のような顔をその火に照らされ闇に映し出されている。
しかしもう一人の恰幅の良い商人、フォットはそこそこの付き合いを持つため、彼等のそんな顔にも特に反応を示さない。
「それで、どうでしたか?」
「あん? まあ、まあまあだな。戦闘力に関しちゃ、冒険者の中でも上から数えた方が早え位置にはいる。だが、それだけだな」
「兄貴、今の時点ならそれだけでも十分だぜ?」
「これから伸びやつだぜ、あいつらは、ヒャッハー」
夜のためそれほど大声ではなく、飽くまで少しの距離にしか聞こえない音量で話す。
「まあな。けど俺の甘々の尾行にも気づかなかった。あいつらには敵意には反応しやすいが、そうじゃない場合に弱すぎる。気づいてたのはフレアの嬢ちゃんだけだぜ?」
「まあ、あの方は大精霊様ですからね」
フォットはさもありなんという風に頷く。
魔力が大気中に漂うこの世界において、精霊の感知能力をしのぐことは生半可な腕じゃ出来ない。
「まあ、若い者達の成長を見守ることは、幾つになっても、楽しいものです」
フォットの呟きに返される首肯が三つ。
「フォットさん、あとは俺たちでやっときまさぁ。ゆっくりと休んでいてください」
「おや、そうですか? では、お言葉に甘えて」
フォットはやや覚束ない足取りで馬車の中へと入っていく。今日の道のりはそれほどキツかったものではないとはいえ、それでも動くことを生業としていないフォットはそこそこの体力を消費する。
ソウマ達の様子を聞きたいがために起きていたが、やはり限界だったようだ。
「よし、お前ら。気張ってけよ」
「うっす」
「ヒャッハー」
彼等は今日も、交代の時間まで周りを警戒し続ける。
この日もまた、魔物や夜盗の襲撃が起こることなく夜が過ぎていった。
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