帝国への道 その2
ガタゴトと音を立てながら馬車は進んで行く。
ソウマ達がグレンやフォット達と一緒に進むようになってから数週間、途中いくつかの街が見えたがそれらを素通りし帝国へと真っ直ぐ進んでいた。
未だ帝国までの道のりは遠いが人数が増えてから口数も増え余り退屈とは無縁の状況になっている。
「ところで皆さん、一つ、お願いがあるのですが……」
「どうしたんですか?」
馬車の御者をしていたフォットが手綱をガメル兄弟の片割れに渡し横から馬車の中を覗き込むように声をかけてくる。
因みにガメル兄弟とはグレンの取り巻きの世紀末な双子のことだ。
襲撃への警戒を交代したばかりのソウマはウトウトと仕掛けていたがフォットに話しかけられたことでハッと目を覚ます。
因みにフレアはすでに爆睡しており、ティニアはソウマのポーチに入れてあった本を読んでいた。
フレアは寝たまんまであるが、ティニアはページを進める手を止めてソウマ達の方へと顔を向ける。
「実はこの先に山が見えてくるんですが、そこに群生するとある植物を採ってきて欲しいんですよ」
「山……?」
「ああ、もうじき見えてくるはずです。本来は秘境でしかあまり採れない植物なんですが、そこでは山のように生えてましてね。他にもあまり知られてないのでここを通る度に採っているんですよ」
ソウマとティニアは感心した風に頷いている。
馬車の上にいたグレンも今の話し合いを聞いていたのか上から首だけをにゅっと出してこちらを見つめてくる。
すごく怖い。
「ヒッ!」
「俺らもフォットの旦那に言われて何度か採取してるんだぜえ! だから今も殆ど専属みてえな扱いだしな!」
補足説明のために顔を出してきたらしい。
その余りの怖さにティニアは小さく悲鳴をあげる。
それが聞こえていたのかいなかったのか、それを言った後そそくさと馬車の上に顔を戻した。
「ええ、グレンさんの言う通り、彼等は長年の付き合いで信用できるのでいつも頼りにさせてもらってるのですよ。今回はそれをあなた方にも頼もうと思いましてね」
「何の植物なんですか?」
「その植物の名前はシルベ草と言いまして、その効能としては体の免疫力を上げる効果が有るのですよ」
「へーっ! 免疫力を!」
「ええ、ですので風邪の予防などに非常に有用なのです」
確かにそのような植物があれば体の健康を保つのには非常に役立つだろう。
薬として有名なのは『ポーション』があるが、あれは怪我は治せても病などには効果を発揮しない。
そのためシルベ草から出来る風邪の予防薬は非常に役に立つのだとか。
「あ、山が見えてきた」
進む先に山の上部分が徐々に見えてきた。
その大部分は森に覆われており山頂が少し禿げているくらいだ。
徐々に見えてくるその雄大な景色に思わずソウマとティニアの二人は目を奪われてしまう。
グレン達もこの景色は好きらしくソウマ達と同じように眺めていた。
「何か必要な荷物はありますか!」
意識を現実に戻したティニアは確認の意味を込めて馬車の上にいるグレンにそう問いかける。
ガタゴトとなる馬車の音に消されないよう声を大きく張っている。
「おう! まあ武器を持っていけばそれでいい! あそこには特に危険な虫とかは居ねえからな!」
上から声が返ってくる。
ティニアはその声を聞いてソウマと顔を見合わせて頷いた。
そしてソウマはフレアを揺すりながら「ほら、起きて」とフレアを起こしにかかる。
「んぁ、ふあぁ、何よ……」
「ほら外に出るよ。フォットさんに頼まれて採取に行く事になったんだ」
目をこすりながらフレアは「そうなの」と何処かフワフワしたような返事を返す。
「で、採取って何するのよ?」
「シルベ草って植物だって。知ってる?」
フレアの問いにティニアが答える。
フレアは「シルベ草?」と呟いた後「何処かで聞いたことがあるわね……」と考え込む。
「え、フレア知ってるの?」
「ほら、あれよ。レイの所の書庫に植物の図鑑があって、確か……小さいランプみたいな花をつけるやつよね。葉っぱがハートみたいな形をした」
「おお! まさにそれです!」
フレアが採取する対象であるシルベ草のことを知っていた事にソウマとティニアの二人は驚きを隠せないでいる。
「……あんたら、何よその顔」
「いや、よく知ってるな〜って」
何時ものフレアならこう言われたら怒るだろう。
「私をバカにしてるの?!」と。
しかし今日の反応は何か違った。
「私はソウマが修行してる間暇だったのよ。その間に色々な本を読んだのだけど、役に立ってよかったわ」
ソウマはさらに混乱する。
如何してこんなに素直になったのか、と。
グレン達と一緒に行動しているからかと思ったが何時ものような掛け合いはそれからもずっとしていた。
「ど、どうしたのフレア? 何処か具合が悪いの?」
「なによ! あんたらさっきから私のことバカにしてるの?!」
「ああ、何時ものフレアだ」と二人はホッとし、それを見てさらにフレアはガルルル! と彼等に噛み付く。
フォットは壁の向こうで騒ぐそんな若い彼等をニコニコと何時ものような笑みを浮かべているのだった。
☆★☆
山の麓につき、手頃な位置に馬車を止める。
そのタイミングでグレンはある提案を彼等に告げた。
「よっし! じゃあ誰が行く? 全員行ったら馬車を護衛する奴がいなくなるからなぁ!」
その提案はまさに正論でありそれに異論を挟む者は誰もいなかった。
数分の議論の後、ソウマ達三人は経験を積みたいがために三人全員が採取に行く事になった。
グレン達三人はガメル兄弟が馬車の護衛に残る事になりグレンが彼等の案内役として山に入る事になった。
「じゃあ旦那! ちょっとこいつら連れて行ってきますわ! 俺らがいない間頼むぞ、お前ら!」
「ええ、いってらっしゃい」
「うっす! 兄貴!」
「ヒャッハー!」
「……なんか、もう慣れたや」
「……そうね」
斧を振り上げ声を張り上げるその姿は商人を人質に取った野盗にしか見えない。
だが彼等の事を知っているからこそ、その姿がとても頼もしく見え、なんか複雑だった。
「よっしゃ、じゃあ行くか!」
「「「はい」」」
グレンの背はソウマ達よりも頭一つ分以上に背が高く彼等を率いて歩く姿は遠足を引率する教師に見えなくもない。
ティニアは時折剥き出しの木の根に引っかかったりしているが、グレンは勿論のことながらレイとフレアも慣れたものである。
こけそうになったティニアの手を掴むまでの余裕すら持っていた。
「な、なんで、そんな二人は余裕なの?」
山の中を歩いて数十分。
ティニアは既に息も絶え絶えになっていた。汗も滝のように流している。
グレンの歩幅は身長の高い分ソウマ達よりも大きい。
そのため少し早歩きしなければならない分、森の中ということもあって体力の消耗も激しかった。
見習いとはいえ冒険者の依頼を受けていたティニアの体力はまだ十三歳の身とはいえ一般人のそれを上回る。
しかしそれはソウマ達二人も同じ。
精霊であるフレアは別として、男という事を差し引いても一切息を切らすことのないソウマをどこか恨めしげに見つめながら言う。
「いや、だってこの程度ならレイにも大分やらされたし。もっときつい地形での訓練もそれなりにやったから……」
ソウマはその端正な顔に苦笑を浮かべる。
実際、レイとの修行の時は足場が今よりも悪いところでやることも結構あった。
その成果が今に生きている事を嬉しく思った。
「もう、ずるいなぁ。私もレイさんの所で修行したかった」
「言ってもしょうがない事でしょ? あの人、あまり家に人を招待したがらない人だから」
彼等は知らない事だがレイはそれ程家に人を招く事に忌避感を抱いているわけではない。
それこそ、それなりに知った仲であれば『蠱毒の島』に家があるという事実を伏せて招待する事もやぶさかではない。
実際、ソウマの誕生日の際には誰かを招いて賑やかにする予定もあった。
ただそれが実行されなかったのは言い出すタイミングをレイが掴めなかっただけである。
「まあ、言ってもしょうがないことは分かってるんだけどねぇ」
ティニアは自らに疲労回復の魔法をかけて幾らか調子を取り戻す。
そこからまた時間が過ぎティニアだけでなくソウマも額に汗を滲ませ始めた頃、グレンはキョロキョロと辺りを見回し、しゃがみ込んだ。
「お、早速あったな。これだこれだ」
グレンは徐に近くの木の根元にあった植物を千切る。
そしてそれをソウマ達に見せてやった。
「へー、シルベ草ってこんなんなんだぁ」
「あ、結構かわいい」
フレアも言葉を発しないものの図鑑で見るのと実際に見るのとでは違うのか興味深そうにしげしげと眺めている。
「これを、まあ、あるだけ取ってくれれば良い。ただ根っこは残しておいてくれ。効能があるのは地上部分にあるやつだけで根っこを残せばまた次にも取れるからなぁ」
三人はシルベ草を見つめたまま各々に頷きを返す。
「ここにあるってことは、群生地まであと少しだ」
太陽が天上に近づいたのか枝葉から漏れる日光が山に入った時よりも強くなった気がする。
グレンの言ったことは間違いではなかったようでそれから程なくしてシルベ草の群生地らしき所にたどり着くことが出来た。
「よしっ! じゃあ俺はちょっと離れた所にそれが生えてねえか見てくるぜ! お前らは根こそぎ取らねえように幾らか採取しといてくれや!」
「分かりました!」
代表してソウマが返事を返し、その返事を聞いたグレンが満足そうに頷きながらその場を離れた。
ソウマ達は早速シルベ草の採取を開始する。
「へー、本当にたくさんあるわね。予想以上だわ」
「そう? 群生地ってことだからこのくらいは普通だと思うけど」
フレアは感心した風に呟く。
その声にティニアは怪訝そうな声を返す。シルベ草を早速一つ摘みながら周りを見渡す。群生地といっても辺り一面にシルベ草が生えているということではなく数ある草花の中にシルベ草が分かりやすく混じっているという感じだった。
寧ろ少ない方ではないだろうか。
そのようなティニアの言葉なき疑問を感じ取ったのかフレアが「そうね」と言葉を続ける。
「私の読んだ図鑑では、シルベ草は群生する植物って書いてなかったのよ。ただ書いてあるのが秘境ではそれが見つけやすいというだけ。秘境でもないのにこれだけ群生してるってのは、本当に珍しいのよ」
「へー、そうなんだぁ」と何処か実感していないような声にフレアは聞こえないように「やっぱりお嬢様ね」と苦笑しながら肩をすくめる。
ティニアは辺境伯という大貴族の三女である。
その生い立ちからすれば我儘も言わない良い娘なのだが、家族から溺愛されていた彼女が望めば大抵のものは手に入った。
お金の重要さをソウマ達と共に学び、魔法の才能も見せ、今もこうして決して楽ではない道中を彼等と一緒に歩んできた。
しかしそれでもこう言った物の希少さをハッキリと理解しているとは言いづらかった。
「ほら、二人とも話してないで採取採取。違うものは取らないようにね」
「「はーい」」
間延びした返事を返しつつ二人もシルベ草を採り始める。
ソウマは採取したシルベ草を片っ端から腰のポーチに放り込んでいく。
内容量は未だ限界が見えないほどに広いため気にせずバンバン放っていく。
そしてティニアとフレアからもシルベ草を受け取りそれもまたポーチに入れていく。
群生地は結構広いためそんなすぐには終わりそうもないがただただ黙々とやる単調な作業はソウマの集中力を高めていった。
「ピヨ」
「ん? 誰かなんか言った?」
突如聞こえた鳥のような鳴き声にソウマはそう疑問の声を出す。
「え、聞こえなかったけど?」
「気のせいじゃない?」
「そう、なら良いけど……」
集中し過ぎたかな、と思いつつソウマは曲げ続けて若干固まった腰を伸ばす。
「ピヨ」
「……また聞こえた」
チラリと他の二人の方を見るも彼女達は変わらず黙々と作業を続けている。
彼女達は気づいていないようだ。
ソウマは周りをキョロキョロと見渡す。
二回目になると流石に何の音か聞き分けもつく。
鳥の声だ。
「ピヨ」
「え? 足元…………ん?」
声の出所は足元、先ほどよりも近い。
そこに目を向けると赤い毛玉がいた。
いや、毛玉のように見えるだけで黒いつぶらな目と小さい嘴がしっかりとある。
「ピヨ」
「……雛?」
疑問系の口調で言ったがほぼ断定だろう。
そこに居たのは赤い羽毛に包まれた鳥の雛であった。
何故かソウマの後ろをちょこちょこと付いてきており足をツンツンと突いている。
ただ雛の体高が低すぎたせいで靴の中ほどをつついており足に衝撃すら伝わっていない。
そのため気づくことが出来なかったようだ。
「……どうしたの?」
ソウマはしゃがんで赤鳥の雛を眺める。
「ピヨピヨ」
しかし雛はピヨピヨと鳴くだけで言葉が伝わっている様子はない。
小さい羽をパタパタとさせて、ソウマにてててと近づいてくる。
「ピヨ」
「………どゆこと?」
赤鳥の雛がソウマの足元に擦り寄る。
ソウマは採取のことをすっかりと忘れ足元をスリスリとする雛を見ながら首を傾げるのだった。
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