浮島の墓
レイはその様子を『魔法』で見ていた。
『遠視』の魔法。この魔法は本来偵察や遠望をする為に使われる魔法、だがレイほどになれば島の外を、世界を見ることも可能になる。
「ーーー行ったか」
レイは居間のソファーで座りながら目を瞑っていた。
閉じた目の先にはソウマ達が旅立ち其れを見送る人々が映っている。
レイはそれを見届けた後ゆっくりと目を開け、立ち上がった。
彼女は壁まで歩き、徐に壁に向かって手を伸ばす。手を伸ばした先にあるのはとある絵画。花が辺り一面に咲き誇る絵が描かれている風景画である。
彼女はその横長の絵の額縁を掴み、ぐるりと半回転させて逆さまにさせる。
すると何処からともなく響くような音が聞こえる。
その音がしばらく響いた後、レイの目の前の壁が音を立てて開き始めた。
その壁の先に続いているのは地下へと繋がる階段。その道はとても暗く五歩でも進めば先が見えなくなりそうである。
レイはその先へと躊躇なく踏み込む。
するとどうだろう。レイが足を踏み入れると同時に、両側の壁に付けられている灯の魔道具が順繰りとつき始め、階段を照らし始めた。
レイはそれに気を止めることなく歩き続ける。
カツンカツンと規則正しく足を進める音が響く。
この階段は螺旋構造であるらしく微妙に曲がり続けている。踊り場の存在しない階段であるようだ。
未だに階段が途切れることが無い。
百段、二百段、三百段、五百段。延々と続く階段を降り続けて十数分ほど、ようやく終わりが訪れた。
階段の終わった先にあったのは木製の扉である。レイはその扉を開けた。
中は真っ暗で何も見えない。一寸先は闇を物理的に表現したかのような空間。しかし此処がどのような用途で使われるかは素人でも察することが出来るだろう。
何故ならその空間は余りある酒精の香りで充満していたためだ。
レイは『ライト』を浮かべその中に入る。ライトが照らすのはレイの周囲のみ。しかし部屋の全体像を見ることは叶わなくとも、足音の反響する音でこの酒蔵がかなり広い空間であることが察せられる。
この酒蔵にある酒、実は全てレイのお手製だ。
果実酒、葡萄酒、米酒、麦酒、水酒、ありとあらゆる酒がこの空間内には存在しており、その区域ごとにレイの魔法によってその酒にとっての適切な温度や湿度が保たれている。
レイはその中で、年数の浅い葡萄酒と果実酒の瓶をとった。
どちらも厳選された素材が使われた最高級品である。
レイはそれを亜空間内に収め、酒蔵から出て階段を上っていった。
☆★☆
地下から戻り、そのまま玄関から外へと出たレイは徐に腰を低くして地面を、蹴る。
その勢いのまま飛行の魔法を発動し空へと昇る。
結界を抜け、襲いかかる魔物たちを一蹴し、空へ、空へと昇り続ける。
蠱毒の島の全貌が見えるほどの高さまで来て、雲を越え、さらに、さらに昇り続ける。
レイの視線が目的地を捉える。
そこにあったのは島だった。
遥か上空に浮かぶ島。しかしその大きさはとても小さい。
面積にしてレイの屋敷ほどの大きさもないだろう。しかしこの島にそれほどの大きさは必要ない。
この島はレイ自身が浮かべ、とある人物のために創り出したものだからだ。
レイは島に足を踏み入れる。
さくりという草を踏む心地いい音が耳に届く。
レイ自身はなんの感慨も湧いていないが、そこはなんとも言えない幻想的な光景が広がっていた。
眼下には雲の海が広がり、そこに浮かぶ小さな島には色とりどりの草花が生い茂っているのだ。
地上のヒト、そしてレイ自身も知らないことではあるが、この島に生えている草花の多くは既に絶滅したと言われている希少種ばかりなのである。
この世界に“絶滅”という概念はあまりない。魔物も精霊も魔力によって生まれ、動物達も精魂たくましく生きているからだ。
しかし植物はそうもいかない。摘まれて、食われて、耕され。絶滅と生誕を繰り返している。
植物学者達から見たらこの島は垂涎ものの理想郷だろう。
しかし今のレイにとっては完全な余談である。
さく、さく、とゆっくりと歩いていく。
この小さな島の中央、そこには一つの石があった。
台座の上に楕円形のドームを描くような形をした石。この石は『墓石』である。
レイはその石の目の前に来てドサっと音を立てながら胡座をかいて座った。
「遅くなってごめん。最近ね、色々忙しかったからさ」
その口調を彼女を知る者が聞いたら心底仰天するであろう。
普段の彼女は何処か仰々しく、威厳を感じられる喋り方をしている。しかし、今の彼女はその正反対。
幼さの残る口調で満面の笑顔を称えながら喋っていた。
キュポッとレイは果実酒の栓を開ける。
レイはその果実酒をその墓石の頂点からトポトポと流し始めた。
「あなたは甘いお酒が好きだったよね。そのくせ、お酒に弱いくせにガバガバ飲んではすぐ潰れてさ。未だに覚えてるよ」
レイはまるでその墓石に語りかけるようにしながらお酒を流し続ける。
そして徐にプハッと吹き出した。
「てか! やっぱこの口調は今の私に合わないや! うっゔん。うむ、考えればこの口調もすっかり板についた」
この口調、実は最初はただのキャラ作りのためにこの口調をしていたのだ。
しかしこの口調も長年続けていればそれもじき定着する。
そしてレイはもう一つの葡萄酒の瓶の栓を開け、それを豪快にラッパ飲みし始める。
ゴク、ゴク、プハーッと言いながら袖口で口を拭う。レイの喉にはひりつくような熱さが残る。
「やはり酒の味はよく分からん。酔うことも出来んこの体では楽しめぬのも無理はないがな」
レイは瓶を横に置き、胡座をかきながら両手を後ろにつきリラックスした体勢になる。
「私が生まれて数千年。いくつもの国が生まれ、滅んだ。文明だって一度滅んだ」
レイは空を見上げている。
口から出している言葉は墓石に対して話しかけているのか、それとも……
「今まで魔法を教えた奴は、何人かいた。だが子供の時から育てたのはシャルとソウマの二人だけだ」
「驚いたのはシャルに告白されたことだ。あいつ、私と同じ女のくせして同じ女の私に告白したんだよ。まあ、嬉しくないわけじゃなかったけどな」
「ソウマのことは本当に驚いたんだ。なんせ大貴族の嫡男だったからな。どんな確率だって話だよ」
訥々と喋り続けるレイは気づいていない。
口調が徐々に昔のものに戻って来ていることに。
「それとさ、ソウマは『転生者』だったんだよ。私と同じ。いや、同じなのかな……」
レイは膝を丸くし抱え込む。そして膝に顎を乗せ首をコテンと傾げる。
「気にしてないつもりでもつい気にしてしまう。やだなぁ。これじゃあこの世界に私を連れて来てくれた神様に申し訳が立たない」
彼女は自分の生い立ちに少なからずのコンプレックスを負っている。
それは彼女の前世に関すること。いや、厳密に言えば、彼女に『前世』というものは存在しない。
「ま、そんなこと気にしても仕方ないか。動き続ける世界にそんな感傷は不要だからね」
「せいぜい有効活用すればいい。私の中の『記録』はそれだけの価値があるから」
「否が応にも世界は動く。大きかれ小さかれ動かない世界は無い。私は守るよ。みんなと守ったこの世界を。貴女の愛したこの世界を。ヒトをじゃない、魔物をじゃない、精霊をじゃない、世界を。その為なら……」
そこでレイはハッとして立ち上がる。
そして残った葡萄酒を一気に煽って飲み干し、空になった瓶を二つ亜空間にしまう。
「そろそろお暇する。次来るのは、いつ頃かな……。今回ほど間を空けるつもりはない。また美味い酒を持って来る」
レイが再び口を開いた時、その口調はすっかり今のものへと戻っていた。
レイは来た時と同じようにゆっくりとした足取りで歩いていく。
島の淵、眼下に広がるのは雲の海。
「また来るよ」
レイはその最後に言葉を残して島を飛び降りた。
ヒトが一人もいなくなり、風と揺れる草花の音のみが耳に入る大空に浮かぶ小さな島。
その島の真ん中に置いてある、所々苔が生え、酒に濡れた墓石にはこう記されてある。
『我が母にして我が恩師 レイラ・ウィストリア ここに眠る』
次回の更新まで少し時間を開けさせてもらいます。
とは言ってもこれまでの更新の間がめっちゃ空いてますが……
これで一章は終わりとなります
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です




