旅立ち
レイがソウマに武器を渡したその翌日。
日が昇ってすぐにソウマ達は旅立ちの準備を始めていた。
まだ窓から差し込む光は薄暗いため明かりをつけて作業している。
「これと、これと、これと、あれ? あれどこだ?」
「これ?」
「ああ、それそれ。ありがとう」
レイから渡された道具袋に入れる中身の最終確認である。
旅に出るとは何も持たずに出るということではない。普通ならば必要最小限に抑えなければ足を引っ張り、道中危険に身を晒す事になるがレイから貰った空間魔法の込められたポーチのおかげでそれも解消される。
その腰に巻きつける形のポーチの見た目は地味な革造りであるがその素材はとても頑丈なものが使われている。
そしてソウマが成長しても使えるように余分に長さを作ってあるため調節も容易である。
まさに至れり尽くせりだ。
中身には歯ブラシや財布、そして昨日レイから貰った『羽剣』。尚資金は今までの見習い期間の間に結構溜まったのでレイから新たにお金をもらうことはしなかった。
ソウマはこう思う。よくラノベだとこういう時ある程度の資金だけ、若しくは何も持たされる事なく放置されることがあるけどそんな事にならなくてよかった、と。
旅に出るなら万全の備えをしておきたいというのは誰でも思う事である。
「これも持っておかなきゃな……」
レイが手にとって眺めたのは一つのペンダントである。金色のチェーンが施されており丸い鏡を左右から天使が支えている装飾がなされている。
これはアスタリス家の血縁のみが持たされるというペンダントである。これがあればソウマがこの家の親族だという証になる。
確認だけの作業のためそれ程の時間をかける事なく終えることができた。
ソウマはポーチを腰に巻きつけ、メインに使っている剣を腰に下げる。
「よし、これでオッケー」
「じゃ、行くわよ。外でレイも待ってるだろうし」
「そうだね、行こう!」
ソウマはドアから部屋を出る直前、ふと部屋の中を振り返る。
無意識に起こったその行動は、今までこの世界に生まれ変わってから過ごしてきた部屋への郷愁か。それとも……ソウマにもその気持ちを判別することはできない。
「何してるの〜? さっさと行くわよ!」
フレアに声をかけられハッとしたソウマは「今行く!」と言ってから走り出す。
ドアを閉める寸前ちらりと部屋の中に目を向けて「今までありがとう」そう呟いてソウマは部屋を後にした。
誰もいなくなり、これからも使われなくなるであろうその部屋は、どこか寂しく残るのだった。
「えーーっ!!?」
玄関を出た庭先にて、そう叫んだのはソウマである。至近距離でその声を聞いて耳がキーンとなったフレアは耳を抑えてプルプルと震えながらしゃがみこんでいた。
何故唐突にソウマが叫んだかといえば、それはレイに理由があった。
「ねえレイ。本当にここでお別れなの?」
そう少し寂しそうに喋るソウマ。
レイはここから直接ガレスの街へと彼等を送りそこからティニア達と合流。そして旅立つという流れを取る予定なのである。
ソウマとフレアはすっかりその見送りにもレイが来るものなのだと思っていたがレイとはここでお別れだという。
玄関でそのことを初めて聞かされたソウマは思わず叫んでしまったのだ。
「ああ。私とはここでお別れだ。こう言うと冷たいかもしれんが、あの街と直接の関係が深いのは君達だ。私はオマケにすぎん。さ、あっちも待ってる事だろう。準備はいいか?」
「そんな事ないのに」とポツリと呟くソウマ。
そんな彼の頭をレイはガシガシと撫でる。
「君の成長は見ててとても嬉しいものだった。渡した『転移珠』を使えば、使い捨てだがいつでもここに戻って来られる。君の行く先に幸せがあらんことを祈っている」
ソウマは何かを決意したような顔で「うん!」と頷く。
レイが次に目を向けたのはフレアだ。
「どうした、フレア」
フレアは先程からずっとそっぽを向いている。
どこかふてくされたような顔だ。
「……あんたも見送りに来てくれるもんだと思ってたわ……」
レイは目をパチクリさせた後「ぷっ」と笑いを漏らす。フレアはそんなレイを見て「何よ! 笑うことないじゃない!」と怒り出す。
レイはそんなフレアの頭もそっと撫でる。
「お前なりに、私を思っていてくれたのだな。ソウマを頼む。この子は強くなったとはいえ、まだまだ未熟だ。それはティニアに関しても同じ。彼等を支えてやってくれ」
いつになく真剣な顔をしてそうフレアに頼むレイ。
フレアはそんなレイの表情を眺めてから「言われなくとも、そうするわよ」と何処かつっけんどんに、しかし照れ臭そうに頬を染めながら言う。
レイは彼等の顔を再度眺める。
「さて、準備はいいか?」
こくりと頷く二人。そんな様々な面で成長した二人を見て、レイは何処か老獪とした笑みをフッと浮かべる。
「君達の行く末に幸あらんことを。『転移』」
「「レイ、いってきます!」」
次の瞬間に、二人の姿はその場から消え去る。
そんな彼等を送ったレイはポツリと一言こぼす。
「いってきます、か………」
彼等をガレスの街へと送り出したレイは暫くその場にジッと佇みながら空を眺めているのだった。
☆★☆
ガレスの街の門の前へと転移した二人。
何時もならば街から少し離れたところに転移してくるのだが、朝早くで出入りする人が少ないということと、領主であるデリックの計らいで直接来ることの許可を貰ったのだ。
彼等の転移した先ではデリックとティニア、そしてその周りを数人の護衛が固めていた。
「あれ? レイさんは来なかったの?」
ソウマはティニアにレイがここに来ないということを伝える。
「そうだったんだ……、残念だね。私もお礼が言いたかったのに……」
ソウマと同じく十三歳となったティニアはそう残念そうに呟く。
深い青色をした長い髪は横に縛って肩から垂らしている。
「彼女が来れなかったのは残念だが、時間も押している。早速ギルドへ行こうじゃないか」
やや沈んでいる彼等を慰めながらそう発言したのはデリックだ。領主である彼がこの場に来れたのも日が昇って間もない時間というところが大きい。
「そうだね…….行こう、ソウマ」
「うん、行こう!」
まだ成長期真っ只中の彼等の身長はほとんど変わらない。仲良く子供三人で並びながら彼等を先頭にギルドへと向かうのだった。
「うーん?」
「どうしたの?」
ギルドへの道中、周りを見渡しながら首を捻るソウマ。そんな彼にティニアは不思議そうな視線を向ける。
「いや、なんか、朝だからってヒトが少なすぎない?」
「確かに……」
ソウマと同じように首を辺りに回しながら同意したのはフレアである。
普段であればこの朝早くであれば人通りが少なくとも露店を出しているところなどはその準備に精を出しているものである。
しかし今日という日は何故かそれが一人もいない。
“一人も”だ。不思議に思わない方が変である。
「まあまあ、それより早くギルドに行こうじゃないか」
首をひねる彼等を急かすのはティニアの父のデリックである。彼の浮かべる意味ありげな笑みを見る限りこの事情を彼は知っているようである。
「何か知っているのですか? お父様」
「いやいや、何も知らないとも」
あからさまに胡散臭い笑みを浮かべながら否定の言葉を返すデリック。そんな彼に答えを言うつもりはないとソウマ達は理解する。
「うーん?」
とりあえず歩を進める一行。
ギルドのある広場につくもそこでも誰一人いない。この街がゴーストタウンにでもなってしまったかのようだ。
しかしここでソウマはふとあることに気づく。
ソウマはここ数年で魔力を使わずともヒトの気配をある程度掴めるようになってきた。
ギルドの中の人口密度が何故か異様に高い。しかも隠すつもりもない、あからさまに気配をダダ漏れにしている。
「一体……」
疑問の声を漏らすソウマ。それは他の二人も同じである。
彼等に対する答えはギルドの前に来た瞬間に起こる。
彼等がギルドの前に来た瞬間、バンと閉まりきっていたギルドの窓が勢いよく開け放たれる。
それを合図に広場に存在するすべての窓が勢いよく開け放たれた。
『せ〜の』
『『ソウマーー!!』』
「はいっ?!」
『『お嬢ーー!!』』
「ふへっ?!」
『『フレアちゃ〜〜ん!!』』
「私だけ何よっ!!」
『『『ギルド本登録、おめでとーーーーっ!!』』』
次の瞬間、窓から大勢の人が顔を出し、紙吹雪が舞い始めた。
広場中央の噴水が勢いよく吹き始め空に虹が架かる。
窓から落ちそうな程に身を乗り出し彼等を祝福する冒険者、露店の店主、そしてどこかで見た兵士たち。
未だ呆然とする三人の前にギルドから出てきたアリアが歩み寄る。
「さ、入って! 三人とも。すでに準備はできてるのよ」
「え、え? これってどう言う……」
未だこの状況が理解できていない三人を連れアリアはギルドに入る。
そこにもまた数え切れないほどの冒険者たちが詰めていた。
「おう! お前らももうそんな歳か! 時間が経つのは早えな!」
「綺麗どころを二人も連れてんだ。男見せてやれ!」
「ティニア様、どうか怪我のないようお元気で!」
「フレアちゃん、俺らの弟分をよろしく頼むな!」
カウンターまで歩く傍ら、次々と冒険者たちから声をかけられる。
「あなた達が思っている以上に、街のみんなはあなた達を見てたのよ」
突然の歓迎に戸惑う三人にウインクをしながら声をかけるアリア。
もちろん彼女もそのうちの一人である。
彼女が彼らと初めて顔を合わせた時は彼女の腰ほどまでしか背がなかった。そんな彼らもすっかり頼もしいと思えるほどに大きくなったのである。
まだまだ若い彼女もこれには時間を感じざるを得ない。
「本当に大きくなって……。さ、早く登録を済ませましょう」
アリアがカウンターに入りソウマとティニアに「あれを頂戴」と言う。
ソウマとティニアは冒険者の見習い証をアリアに渡す。
「はい、これでいいわね。登録料は要らないわ。すでに彼等から貰ってるから」
アリアが指し示すのは彼等の背後。
屈強な冒険者達は年少組三人に思い思いのサムズアップをしてみせる。
「どうぞ、無くしたら追加で銀貨三枚を使うことになるけど……無くさないでね?」
「け、けど、本当にいいんですか? 僕たちが払わなくて」
「いいのよ。新入りに先輩冒険者が代わりに金を出すことは結構あることなんだから」
アリアはカラカラと笑いながらそう言ってカードを二枚彼らに渡す。
彼等は赤銅色に光るカードを受け取る。
そこには自らの名前と『E』というアルファベット数字が入っていた。
「これで今日から貴方達は歴とした冒険者よ。外に出なさい。みんな待ってるから」
言われるままに外に出る三人。
そこにはデリックと、他にも見知った面々が揃っていた。
無関節の魔道具の開発者、ドンガ。
ラーダル商会ガレス支部支部長、マンス。
この数年間ソウマ達は彼等にも随分と世話になった。
「時が経つのは早いですなぁ。歳が老いていくのを実感します」
「なんでぇ。そう言いつつまだまだ現役なんだろうよ」
「もちろん、一生現役ですとも」と軽口を叩き合いながら彼等は三人に歩み寄る。
「冒険者本登録、おめでとうございます。この場にあと一人がいないのが寂しいのですが……色々と事情もおありなんでしょう」
マンスが指摘したのはレイのことである。
「なんでかレイはここに来ないって……」
「ああ、いいのですよ。咎めたつもりはありません。それよりも今は祝福を致しましょう」
マンスは笑いながらぴちっと着こなしているスーツの胸元から三つの小包を三人にそれぞれ渡す。
「その中に入っているのは魔石です。少々心許ないかもしれませんが……御守りがわりにはなるでしょう。持っていてください。あなた方の前途に祝福があらんことを」
マンスが一歩下がり、次にドンガは真っ黒い立方体の何かをソウマに手渡す。
「これは俺の手作りだ。そんな洒落たやつじゃなくて無骨なやつだが、その上のボタンを押すと持ち主の魔力を微量吸い取って魔物の嫌がる音波を出す優れものだ。もう一回押せばその装置を止めれる。末永く使ってやってくれ」
ニヤリとした笑みを浮かべるドンガ。
「この催しはな、冒険者達から言い始めたことだそうだ」
デリックは語る。
とある発端はある冒険者が放った一言だそうだ。
『そういえばあいつらってもう本登録するんだよな』
『次来た時にするって言ってたぜ?』
『なら祝ってやらねえとな』
『皆んなにも声をかけるか?』
こういう流れでどんどんと規模は広がっていき遂には今のようなお祭り騒ぎになったのだとか。
「このことを聞いた時、私は誇らしく思ったぞ。まだ登録もしていない未熟者の為に、これだけの騒ぎを開いたのだ。ただ強いだけでは、ここまでのことはされんだろう」
ソウマ達は思わず胸にグッときた。
ただ自分達は楽しみながらも、真摯に依頼を受けていただけなのだ。たまにはボランティアのようなこともしたが、それをこれだけの人に評価してもらえたのだ。
種族問わず、年齢問わず、性別問わず、彼等に祝福の声をかけながら祝っている。
「あ”りがとゔございま”ずぅ」
遂には涙を流し始めるソウマ。ティニアも涙を浮かべ、フレアも照れ臭そうに頬をかいている。
「おいおい! 何泣いてんだよ!」
その言葉にドッと周囲は湧き上がる。
言わばこの場にいる冒険者達は全員が彼等の師匠とも言えるのだ。
冒険者の心構え、パーティの立ち位置、レイが収める以外の流派の剣術などなど。彼等に立派な冒険者になれと、そのように手ほどきをしてもらえたのだ。
ここはソウマにとっても第二の故郷と言える。
旅立ちの高揚感の中に僅かな悲しみが覗いてくる。が、ソウマはそれを押し殺す。
ガレスの街の門の前でも大勢の人が見送りに来てくれた。
デリック、アリア、マンス、ドンガ、街の兵士、冒険者にその他大勢。
その中からデリックが代表するように一歩前に出る。
「さあ! いってらっしゃい!」
「「「いってきます!」」」
彼等はその言葉を胸に歩き出す。
背後から見送りの言葉が騒がしく飛ばされるのを背にして彼等は前に歩く。
これから先、彼等には多くの試練があり、出会いがあり、時には残酷、悲しいこともあるかもしれない。
しかし間違いなく、今日というこの日が彼らにとって良き思い出になることは疑いようのない事実なのであった。
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