陽が落ちて
レイはソウマを担いだまま家の中に入る。
大広間まで行ったそこにはフレアがソファーで一人くつろいでいた。
「あら、結構早かったわね。お帰り……って、私無茶はしないでって言ったわよね!?」
「この程度無茶でもなんでもない」
レイは未だ気絶中のソウマをフレアの対面のソファーに放り込む。
「あーらら、こんな傷だらけにしちゃって」
「ふん、この程度の傷なぞすぐにでも治せるわ」
レイはソウマに手をかざし魔法を発動させる。
光属性治癒魔法、その名の通り体のいたるところを治癒させるその魔法はソウマの体を優しく包み込む。
ソウマの体についていた傷や痣が目に見えるほどのスピードで癒えていく。
しかしこの魔法で疲れまで取れるわけではない。
ソウマが起きる気配は今の所なかった。
「器用なもんね。魔法って結構分野で偏るものだと思うけど」
魔法にも属性の他に色々とジャンルに分けることが出来る。
以前、ソウマが苦労していた放出系の魔法含む攻撃系、治癒や身体機能の向上などの補助系、結界や魔力障壁など身を守る防御系。もっと詳しく分けることも出来るが大まかに分けるとこの三つとなる。
普通であればこの三つはどれかが偏るものなのである。
例えばソウマに関しては攻撃系に特化している。『鏡』の魔法を使えばかなりの防御魔法が使えるのだが今はそれを除外する。そしてティニアは補助系の魔法に特化している。
「当たり前だ、この程度、寝ていても出来る」
しかし世界でもトップの魔導師を自称するレイ、『久遠』とも呼ばれる彼女ならそれも間違いではない。
「それで、どうしたの。いきなりこんなボロボロにして」
「……師匠として、最後に弟子の実力がどれだけ上達したか、みて起きたいのは当たり前の気持ちではないか?」
一拍、間を置いてレイはそう言った。
フレアはこれ見よがしにやれやれと首を振る。
「不器用ね。よく分からないけど、その様子を見る限りじゃ一方的にボコボコにしたんでしょう? ソウマが自信を喪失したりするとは思わないの?」
「それはないな」
レイは即答する。
「ある意味、この子の周りの環境は、良くもあり、悪くもあった」
「どういうこと?」
「ソウマ君にとって今の環境は自分の腕を磨くという意味においては最高のものだろう。だが、自分の実力を確認するという事については今の環境は最悪だ。私やお前がそもそも普通のヒトと隔絶している上に、周囲の環境がこの世界でも最悪と言われる島だ。その名称は伊達じゃない」
レイの言う通り、今の環境はソウマにとって自信をつけさせる意味合いでは最悪のものとなる。
彼が普段生活している他の二人との実力差に於いては彼が圧倒的な最下位となる。
魔物で実践しようにも結界から一足出れば魔物に襲われて即お陀仏である。人類が探索を諦めたと言うキャッチフレーズは嘘偽りでもなんでもない。
勿論ガレスの街での冒険者見習い活動に於いて野生の獣の退治をしたこともいくつかある。しかしそれは飽くまで一般人でも出来ることの延長線上でしかない。
「だが、ソウマもそのことをしっかりと理解している。私に圧倒的な差を見せつけられたとはいえ、そのことは彼自身、百も承知のことなのだ。今更この程度で折れるはずもない」
その為ソウマの中には一種の諦観の様なものが宿った。
彼は今世における生活で嫌という程に数を圧倒する個という存在も見てきた。その筆頭がレイであり、蠱毒の島の魔物たちである。蠱毒の島という場所においてはその事実も霞むが大精霊であるフレアもその一人なのである。
「そういうあなたも相当謎な存在よね。見たところ人族としては相当な力を持ってるけど飽くまでそれだけ。どうしてあなたはこの島で生活できるのかしら」
それはひとえに彼女が『久遠』と呼ばれる存在だからなのだが、フレアはそのことを知らない。
「どうでもいいだろう。そんなこと」
「ふうん?」
『誤魔化すつもり?』というふうの視線をレイは肩をすくめることで受け止める。
「別に、世には知らなければいい情報がある、とかいうことをほざくつもりはない。そんな事を知っても栓無きことだろう。私はこの島で生活していて、ソウマの師匠をしている。それだけで充分じゃないか」
それに、フレアがソウマと行動を共にするのなら、何れ分かることでもある。
ソウマは帝国の公爵家の嫡男である。そしてレイの唯一の肖像画が結構大々的に帝城に飾られている。彼が城に赴いた時、レイが『久遠』であることが知れるのだ。その時の彼らの反応が見れないのは些か残念ではあるが、この場で話すことでもない。
「さ、この話は終わりだ。ソウマ君もしばらくしたら起きるだろう。夕食の下拵えでもするか」
「逃げたし。ま、いいわ。あなたの言うことも最もだしね」
レイは腕を捲りながら調理場へ行きフレアはソファーに倒れてソウマと同じような格好で昼寝を始めた。
☆★☆
「ほら、二人ともご飯だ。さっさと起きろ」
陽が傾き空が橙色に染まった頃、レイはソファーに寝ている二人を起こしにきた。
「ん、んん、ふあぁ〜」
「あと五分」
因みにあくびをしながら起き上がったのがソウマで、睡眠時間延長を夢現に訴えたのがフレアである。
「ん、ここは……」
「話は飯を食いながらするぞ」
ソウマは寝ぼけ眼を擦りながらソファーから立ち上がる。
そしてレイは未だ寝続けるフレアの首根っこを掴みそのまま運びながら強引にフレアを椅子に座らせる。
「あ、ああー、僕、コテンパンにやられちゃったんだっけ?」
「うむ、まあ先に食い始めるぞ。今日は腕によりをかけて作ったからな」
『いただきます(むにゃ)』
フレアはまだ覚醒しきっていない。だが誰よりも先に夕飯を食べ始める。
レイとソウマはそれを横目に見ながらご飯を食べ始める。
「アム、ムグッ。結局レイには一当てもできなかったや」
「ズズッ、させるつもりもなかったからな」
「大人気ないなぁ」
レイはふんっと鼻で笑いながらちぎったパンを口に放り込む。
「最初からあらゆる魔法を駆使した弾幕でも張れば可能性はあったと思うぞ?」
「それでも意味不明な一撃で振り払うくせに」
ソウマはチーズのとろけるグラタンを口に運ぶ。思っていたよりも熱かったのかハフハフとしながら恍惚とした顔を浮かべる。
「このグラタン、美味しい」
「なら良かった。私の自信作だ」
「ねえ、レイ」
「なんだ?」
唐突にソウマは夕飯を食べ進めていた手を止める。
レイは手を進めながらも「どうした?」と言う目をソウマに向ける。
「僕、今日でこの屋敷で寝るのも最後なんだよね」
「そうだな」
「……また、この屋敷に来てもいい?」
レイにそう伺いを立てたのはこの屋敷に再度訪れるには彼女の助けがないと無理だと言うことを理解しているからだ。
「ああ、もちろんだ。……そうだな、後で倉庫に案内してやる」
「えっ?! 入っていいの?」
「もちろん私が案内するもとでだがな」とソウマに返事を返しながら頷く。
「あそこは色々扱いが複雑なものが混ざったりしているからな。まあ、最後だしいいだろう。渡しておきたいものもある」
「それ、私も行っていいのかしら?」
いつのまにかすっかり覚醒していたフレアはされに便乗していこうとする。
「だめだ」
「えーーっ! なんでよ!!」
「冗談だ。別に構わないさ」
遊ばれたことに気づいたフレアはムキーッと唸る。
時々フレアはその気質を利用されてレイに遊ばれていた。
その間もレイは食べ進める手を止めていない。
心なし動く手が早くなったソウマを見ながらレイは微笑むのだった。
☆★☆
レイの屋敷に存在する『倉庫』、ここにソウマが立ち入ったことは一度もない。その存在があると言うことはだいぶ早い段階で知っているのだが、レイに入りたいと懇願しても頑として首を縦に振らなかった。
しかし今、その扉の前にレイとソウマとフレアの三人が立っていた。
場所にして書庫の真反対に存在するその見るものに威圧感を覚えさせるような重厚な扉はどうやってもびくともしなさそうだ。
書庫の扉は木製で比較的簡素な作りになっているが明らかに手の込みようが違っているように感じられる。
扉の各所には幾何学の魔法陣のような図柄が彫ってあり魔法的な効果も込められているのかもしれない。
「相変わらず、でっかいわね〜」
呆れた風に呟くのはフレア。
その隣でソウマは今まで謎だった場所が初めて見れると言う事実に目をキラキラとさせている。
レイはそんな二人を尻目に扉に向かって歩く。
「よし、行くぞ。ついて来い」
そしてレイはその重厚な扉を開ーーーかずにそのままスゥ、と壁に吸い込まれるようにして消える。
「「扉の意味はっ!?」」
思わず声を合わせて突っ込むソウマとフレア。
この分厚い頑丈そうな扉の意味はなんなのか、思わずそう問い返したくなる。
「おい、早く来ないか?」
「いや、なんで?! 扉を開いて入るんじゃないの?!」
「そんなのカモフラージュだ」
衝撃の事実に唖然とした顔をしながら二人は再び扉の向こうに消えて行ったレイの後ろをついて行く。
若干躊躇した足取りだが二人はレイに少し遅れて扉の奥へと消えて行った。
「おわぁ……」
「これは、凄いわね……」
先ほどの衝撃もなんのその。二人は思わず扉を抜けた先の光景に息を飲んでいた。
そこにあったのは武器、巻物、美術品、希少金属、上位の魔物の素材の数々であった。
目に入る一つ一つが目が飛び出るほどの金額だろうことが予想される程の繊細で洗練された意匠をしている。
地面に雑多においてあるものもあれば机の上に展示されるようにおいてあるもの、壁に掛けてあるものもある。
「ほら、あれを見てみろ」
「ん、あ、あの水晶玉って」
見覚えのある水晶玉。レイの指差す先にある棚の上に飾ってあったのはソウマの適性を測った時に使ったやつである。
「あの時から地道に掃除し続けてな、今も定期的に掃除している」
「こんな範囲を? やるわねー」
フレアが感心したのはこの倉庫の広さが故である。
「見学もいいが目的は奥にある」
「そういえばどうして今日はここに入れてくれたの?」
「餞別だ。ソウマ君が旅立つに当たって色々渡して置こうと思ってな。私の持っている武器の中からも一つソウマにやろう」
ソウマは武器という言葉に目を輝かせた。
レイが倉庫の奥の方へと進む。
ソウマやフレアは歩くたびにすれ違う貴重品に目を取られていたがレイが足を止めることで彼らはそちらに顔を向ける。
そこには幾つもの武器が立てかけてあった。剣や杖、中には拳を覆うグローブもある。
しかしそれだけなら他にも似たようなところがある。もちろん、レイには敢えてここに置いてある武器を選んだ理由があった。
「んーっと、どれだったか」
レイはその中でも幾つかの剣を手に取りながらソウマに渡すつもりだった剣を探し始める。
「ああ、あった。これだこれだ。ほれ」
レイは一振りの剣をソウマに渡す。
ソウマは喜色満面の顔をして受け取るが、受け取ってすぐにそのなんとなく感じた違和感に顔を顰めた。
「ん? ……これ、軽くない?」
「どういうこと?」
ソウマの感じた違和感。それはその剣があまりにも軽かったからだ。
普通、どれだけ小さくても剣というのはずっしりとした重さがある。しかしソウマのそれはまるで鞘の中身が存在しないような、本当に剣身があるのか分からないほどに軽い。
鞘の方が重いのではないかと錯覚するくらいだ。
「抜いてみろ」
「うん……」
ソウマはスッと鞘から剣を抜く。
剣を抜くと、現れたのは顔を明瞭に反射する程に曇りが一切ない剣身。角度によってはその銀の輝きが金色の輝きに変わる。
「これってもしかして……」
「「オリハルコン!?」
ソウマとフレアの声が重なる。
オリハルコンとはこの世界で最も希少な金属である。世界で最も硬く、さらに加えて柔軟性があり、魔力を通しやすい鉱物である。
しかしそんな希少な金属ながら産出量がとても少なくその希少価値に加えてオリハルコンの加工はとても難しい。時代によっては加工できる鍛治師が一人もいないということも稀にあるのだ。
つまり、オリハルコン製の武器なり道具は金で買おうとすれば天文学的な価値にまで登ることもザラにある。
「それは一千数百年前に訪れた『鍛治黄金時代』。その中でも最高峰の腕を持っていた神工カルラが拵えた『銘剣』が一振り。名を『羽剣 翔』という」
『鍛治黄金時代』それはかつて訪れた鍛治が最も輝いていた時代。
時代によっては当代一流を名乗れる天才鍛治師がその時代にはゴロゴロ存在していた。その中でもトップクラスの腕を誇った名匠。
ヒトは彼を『神工』と呼んだ。
「神工カルラ?」
「し、神工カルラって、あの!?」
ソウマは知らなかったようだがフレアは知っていたようだ。
ソウマは説明を求めるような眼差しをフレアに送る。
「簡単に言えば、歴史上最高の鍛治師のうちの一人よ。鍛治師がオーダーメイドで作る武器にはその大体に『銘』が刻まれているの。けど、カルラはそれをしなかった。彼が『銘』を刻んだのは生涯最高傑作の数点だけ。それが神工カルラのシリーズ『銘剣』。オリハルコン製の武器というだけでとんでもない値段になるのにそれに加えてあのカルラの作ったものとなるとーーー」
「……なると?」
「国が買えるわね」
「そんなに!!?」
これがあながち冗談じゃないだけにタチが悪い。
「そ、そんなものを渡されてもっ……?!」
「勿論、勝手に使うことは許さん。ソウマ君はまだ発展途上だからな。そこに性能の良すぎる武器を持たせると怠慢しかねん。例え自覚してなかろうがな。いざという時の切り札に使え。魔剣でもないただの武器だがそれだけの力がその剣には秘められている」
「魔剣って、あの魔力が込められた剣だよね? 魔力によって特別な力が備わるっていう。これもそれじゃないの?」
彼はそれほど凄い鍛治師ならてっきりその魔剣とやらだと思っていた。
「カルラの凄いところはそこなのよ」
フレアがびしっとソウマのことを指差す。
そして先程からなぜかテンションがおかしくなっているフレアの事をソウマは胡乱げな瞳で見つめる。
「何よ、その目は?」
「いや、なんでそんな事に詳しいのかなーって」
「ふん? 考えたら当然のことじゃない。鍛治ってのは火と関係が強いのよ。土もそうだけど、火も同じくらい鍛治と深い関わりを持ってるわ。鍛治をするには鋳造にしろ鍛造にしろ火は不可欠なものだからね」
「あー、そういうこと」
この説明でソウマは納得する。その関係でフレアは鍛治や武器関係に詳しくなったのだとか。
フレアは一旦咳払いして説明を再開させる。
「カルラの凄いところは剣に一切の魔力を加えていないことなの。鍛治師は一定の技量まで登るとただ叩くだけの工程に限界を感じるの。それを極めただなんて口が裂けても言わないけどそれでも圧倒的な質の向上は見込めなくなる。だから彼等は金属を叩く傍らで武器に魔力を込めるの。楽な方に逃げたなんて思わないでよ? 魔力を込めるのもえらい集中力がいるんだから」
フレアはマシンガントークをやめて一旦口を切りペロリと下で唇を舐める。
尚、余談ではあるが精霊は魔力でできた存在であり唇が乾くということもない。あくまで気分である。
「その中でも魔剣鍛治に走ることなくただ黙々とあらゆる金属を叩き続けたのが鍛治師カルラ。元々飛び抜けて天才だった彼は研鑽を続ける事によってとんでもない武器を生み出した。それが『銘剣』。どういう原理か知らないけど、カルラのそれらの剣は尖った性能に特化したのよ」
「尖った性能?」
「そうよ。オリハルコン製の武器はただでさえよく切れるしとても頑丈。それに加えてカルラの剣はある一方向へ性能を特化させた。“とてつもなく良く切れる剣”、“とてつもなく硬い剣”、“とてつもなく重い剣”、そして……」
フレアはソウマが大事そうに持っている剣に目をやる。
「“とてつもなく軽い剣”」
「それが『羽剣 翔』だ」
どこか満足そうな顔をしたレイが久々に口を挟む。
「それは“世界で最も軽い剣”だ。大事に持っておけ。私の珠玉のコレクションの一つなのだ」
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