契約 後編
文章力が欲しい……
それから一週間、ソウマの魔法には何の進展も起きていなかった。
それと同時にソウマの中の焦りがますます加速していく。
食事の時も常に何かを考えるかのように黙り込み、食卓は沈黙に包まれていた。その時フレアはちらちらと時折ソウマの方へと視線を向けるがレイは気にせず食事を進めている。
そんな日がここ最近続いていた。
「どうすればいいんだろう……」
このところ彼は一人で考えることが多くなってきた。レイからはまた別の魔法を習うか? と問われたがソウマとしても今の問題を解決しないで他のことに目を向けるのは逃げだということを知っている。そのためその誘いを断った。
しかし何も進展がないことも事実。彼も原因は知っている。他ならぬレイ自身に聞かされていたからだ。
しかし彼は理解はできても直すことができなかった。
彼のその行動は無意識なのである。例え魔力を手から放出しないように気張っても今度は魔法が飛ばなくなる。かと言って飛ばそうと思えば手から魔力を放出してしまう。その繰り返しという悪循環に陥っていた。
「うーんっ、ハァッ!」
魔法を放つ。しかし変な方向へ逸れる。
「ハァ…出来ない」
ソウマはガックリと肩を落として落ち込む。
「また放出してたわよ」
「知ってるよ」
ソウマの背後ではフレアが見ていた。因みにレイは買い出しに外に出かけている。
「ねえ、なんで契約してくれないの?」
「それは自分で考えなさいって言ったでしょ?」
しかしそれで分かれば誰も苦労しない。
かと言ってその口実で逃げているのかと思えばそういう事でもなさそうなのがソウマの混乱に拍車をかけていた。
「ねぇ……」
「なによ?」
「精霊と契約するのに、何か条件があるの?」
「無いわよ」
「なら、どうして、むぐっ!」
そこから先の言葉をフレアは強引に手で防ぐ形にして防ぐ。
「そこから先はダメ。本当にあなたと契約できなくなるから。精霊と契約するのに基本、条件はないわ。けど守らなければならないことが一つだけある。それがわからない限り契約はしない」
それだけ言ってフレアは先ほどまで座っていた位置に戻る。
「どうしよう……」
始めた当初はやってもやっても楽しさしか感じなかった魔法。しかし最近になって彼は魔法を使うことが苦痛になり始めていた。
☆★☆
なにが悪いのか。なにが足りないのか。なにが間違っているのか。
ベッドの上でソウマは考え続ける。ソウマの部屋は非常に簡素である。質こそ高いものの置いてあるものは必要最低限の家具だけである。
ごろりと寝返りを打ちながらソウマはこれまでのことを考えていた。
この世界に転生してよく分からない場所でレイと二人だけでの暮らし。魔法の才能に恵まれ、ティニアという友達だって出来た。新しい魔法を一つ覚えるごとに飛び上がるほど喜び、所在不明であった実の親とも面識は合わさずとも文通ができるようにもなった。
しかし最近はその気分も下がり気味である。
ガレスの街に行くときこそ心の底からバカンスしてはいるが、このままの調子では楽しむものも楽しめなくなりそうである。
「ハァ…」
最近溜息が増えてきた。
溜息が多いと幸せが逃げるというのは本当なのかもしれない、そんなことを考えながら「よいしょ」とベットから立ち上がって部屋を出る。
窓から差し込む月明かりを頼りに廊下を進む。
暗くて足元が見えない階段に差し掛かってから魔法でライトを浮かせ二階へと上がる。
書庫の扉を開き、中に足を踏み入れる。
足が止まることなく向かった先にあったのは契約に関する本。
それを本棚から取り出しパラパラとページをめくる。魔物との契約の項目も興味はあるが今はそれではなく精霊との契約に関する情報である。
「ない、ない……このページにも」
淀みなくこの本を手に取ったことから分かるようにソウマはこの本を読んだことが一度や二度ではない。
もちろん他にも似たようなことが載っている本はあるがこの本が一番内容が濃く載っているのである。
だが肝心の契約する際の内容が載っていない。
それは他の本でも共通である。
おそらくその抜けた箇所がソウマの求める情報である。
どうして書かれていないのか? とソウマは考える。書かれていないのには意味があるはずなのだ。
(何か特別なことをしなきゃいけないのかな? 上級魔法の習得? いやいやもう僕は火の魔法だけなら上級まで使えるし、真っ直ぐ撃てないけど……なら超級? なわけないか。難易度が高すぎる)
ウンウンと頭をひねっても答えは浮かばない。
ソウマは肩を落としてトボトボと寝室へと戻っていった。
☆★☆
「……まだ分かっていないのか?」
「みたいね」
レイとフレアはいつもレイがお茶を楽しむ部屋で対面しながら緑茶を湯呑みで飲んでいた。
レイとフレアは眠ることができる。だがそれはあくまで眠ることができるというだけで決して必要というわけではない。
時たま二人で夜な夜な魔法についてや世間話を楽しんでいた。
「難しく考えすぎだな、ソウマ君は」
そして魔法に秀でる二人がコソコソしていようとも夜中部屋から出歩いているソウマに気づかないわけもない。
「まあいいじゃない。それも子供の特権よ」
と見た目ソウマと同年齢のフレアが言う。確かに彼女はソウマよりも長生きしているだろう。しかし普段の言動からして精神年齢はソウマとさほど変わらないような気がする。
つまりーー、
「お前がそれをいうと複雑だな」
「どういうことよ!」
うがー! とレイに突っかかるフレア。
彼女たちの夜はこうして過ぎていった。
☆★☆
時は流れて二週間に一度のガレスの街を訪れる日。
彼は時間が経つにつれ溜息を吐く頻度が増え隣にいるティニアからも心配そうな目を向けられていた。
「どうしたのソウマ? 最近元気ないね?」
彼等は今、二人だけで街歩きを楽しんでいるところである。彼女の護衛とレイは子供達で水入らず過ごせ、と言いながらも彼等の背後で陰ながら見守っているのだが二人はまだそれに気づいていない。そしてその中に何故か彼女の父親らしき者が混ざっているのは気にしないことにする。
先日邸を訪れた時は家ということもあってか貴族然とした口調を心がけていたようであるが、今ではすっかり打ち解けた口調で話せるようになっている。
「フレアがね……どうしても契約してくれないんだ……」
「フレアって前に言ってた炎の大精霊様だよね?」
貴族であるティニアが様呼びで呼称するのは精霊とは種族問わず敬われる存在だからである。
フレアがレイの屋敷に居候してから一ヶ月と少し。
勿論その間にもガレスの街には訪れることはありティニアには彼女の存在を打ち明けていた。
因みにフレアはこの街に訪れたことはなく屋敷で彼女に与えられた部屋にてゴロゴロしている。
「うん。彼女と契約が出来れば魔法を打つのも上手くいくと思うんだけど……」
そして彼女にはソウマが魔法を撃つのがとてつもなく下手だということも話している。
「あー、そりゃ今のソウマじゃ精霊様も契約してくんないよ」
「原因がわかるの?!」
思わず声を上げてティニアのことを見つめるソウマ。
その声に周りが何事かとチラチラ目を向けられるがそれを気にする余裕もない。
「ちょ、ちょっと近いから!」
思わず近づき過ぎていたようだ。ティニアは思わず顔を赤くし、それに気づいたソウマも次いで顔を赤くさせる。
しばしの間二人の間には沈黙が広がる。
後ろで「よくもうちの娘を……!」と言っている声は喧騒に紛れて彼等には届かなかった。
青春である。
「ふぅ、そりゃ分かるよ。寧ろまだ気づかないことにレイさん達はヤキモキしてるんじゃないかな?」
「え? どういうこと?」
「だって簡単なことよ」
ティニアは一拍おいてソウマに言った。
「今のソウマの言い方だと精霊様を魔法を使う為の補助道具にするために契約するって言ってるようにしか思えないもの。それじゃ契約してくれないわよ」
「え、けど僕そんなこと思ってないよ?!」
「思ってるかどうかは関係なく普段の言動からしてみればそう思われても仕方ないわよ」
ティニアは語る。言葉というものはとても大事であると。それに心が篭ってる篭ってないに関わらずそれを外に出すことで初めて相手に伝わるものである。
ソウマはどう精霊と向き合うのかの“意思”を提示していなかった。
ソウマの普段の言動からでは自らの魔法の苦手な部分を精霊との契約で補おうとしているとしか思えない。
例えそう思っていなかったとしても一人の友達、家族として付き添うという意思をフレアに示す必要があった。
たったそれだけ、しかしこれが彼女が求めていたものなのである。
フレアはソウマに多大な恩、そして少なからず友好を育みたいという意思があった。ただ一言、ソウマからの真摯な言葉、それだけでこの契約は成就したのだ。
「そっか、そうだったんだ」
しかし言われてみればその通りである。
当の本人であるソウマも今までの言動を顧みればそう思われても仕方ないことだと納得した。
「けど、どうしてその事が本に載ってなかったの?」
「そりゃ精霊との契約には自分の意思が試されるものよ。本に書いてあるものを実践しましたって言ったらなるものもならなくなるわよ」
当たり前である。
魔物との契約は主に相手との力のぶつかり合い。それで相手に認められることによってその契約は成る。
精霊の場合は契約を望む者の心を見る。野心を持つにしろ友と願うにしろ真っ直ぐな思いが必要なのである。
場合によっては更に試練を課される事もある。曖昧かつ本に書かれたことをする、つまりは他者からの言葉によって作られる“思い”など高が知れている。
「それも……そうか。うん、随分と長い遠回りをしちゃったんだね」
「遠回りっていうか空回りね。帰ったらしっかりと契約しなさいよ」
「勿論だよ!」
なおこの一連のやりとりを見て背後でこっそりと息を吐いた人がいたのは、また余談である。
☆★☆
その翌日、屋敷の庭にて暖かな日差しを浴びながらフレアは草の上で寝転がっていた。彼女の耳に草を踏みしめながら近づいてくる音が届く。
その足音の持ち主はソウマ。フレアはちらりと彼の方に目を向けてから再び目を空へと向ける。それに構わず隣合うようにソウマが座る。
その顔はここ最近では見ることのできない晴れ晴れしい笑顔だった。
「僕、ようやく分かったよ」
ソウマはフレアと同じように空を見上げながら語り始める。
「僕は魔法が好きだ。だからずっと今までの状況を許せなかったんだ。大好きな魔法を満足に扱えなくて。だから根本的なことが分かっていなかった。ただこう言えばよかったんだね」
ソウマははっきりとその気持ちを言葉にする。
「フレア、僕は冒険者になる。初めての時はあんな出会いだったけど、悪態つきながらも僕はどこかワクワクしていたんだ。一瞬でも瞬きしたら死んでしまうような状況で、全身が震えて心が恐怖に支配されても、楽しかったんだ。これが冒険だと思ったんだ」
ソウマは隣に寝転がるフレアの顔を見つめる。
「僕と契約しよう。フレア」
「話が長いわよ。ただ、私も同じ気持ちよ」
フレアが上体を起こしソウマと目線を合わせる。
「契約に細かい手順は必要ないわ。手を合わせて」
ソウマとフレアはお互い手を重ね合わせる。
そしてフレアは目を閉じ、綺麗な声で言葉を紡ぎ始めた。重ね合わせた手から赤い光が溢れ始め、ソウマは思わず目を見開く。
「『魂を繋げ。我らは先の道を行く者。海を越え、壁が隔てようともそれが失われることはない』」
ソウマは思わずそのフレアの声に聞き惚れる。
そして感嘆する。これが『精霊の宣誓』か、と。
「『力を繋げ。我らは悪を挫く者。背を合わせ、手を翳せば我らの炎が敵を滅する』」
『精霊の宣誓』とは精霊が契約する際に使う詠唱のことである。その言葉の内容によって精霊が契約者にもたらす恩恵が変わってくる。
炎の大精霊、フレアはソウマに二つの恩恵をもたらした。
それは互いの位置を把握する能力。そしてフレアとソウマの魔力を繋ぐパスを作った。
精霊は魔物と同じく『魔力』から生まれてくる。魔力の塊である精霊にとって魔力は命そのものであり、つまりその魔力の繋がりを作るということは相手に自分の命を預けるということ。
「『契約を成す。我が主の名はソウマ。この絆は生涯失われることはない』」
そして最後の言葉にソウマは絶句した。
契約の内容はそれが成された後に変更することはできない。
『生涯』それはソウマが死ぬまで決してその契約が切れることはないということ。契約としては最上位のものである。
「『これにて契約は成った』これからよろしく頼むね。主人」
その言葉を最後に溢れ出していた赤い光が徐々に収まっていく。未だに言葉が出ないソウマにフレアは意地悪そうに笑ったのだった。
その様子を近場の木の上からこっそり見下ろす者がいた。言うまでもなくこの屋敷の主人であるレイである。
「これで、修行も大詰めに入れるな。それにしても、あいつも思い切った契約をしたな」
そのあいつとは勿論フレアのことである。
契約が無事に成されたのは祝福するべきことだがその内容にレイも些か驚いていた。
「ま、良いことだから気にすることはないか。さて、今日の夕食は豪勢にしなきゃな」
最後にフッと笑顔をこぼしてからレイは二人に気づかれることなくその場から消え去っていった。
次の投稿は未定です。結構開くと思います。
もうすぐで一章は終わらせるつもりです。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。




