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契約 前編

 

 フレアが屋敷に来て早数ヶ月。

 今現在、彼女はレイの屋敷で居候をしていた。しかし彼女もそこで何をするということもなくソウマに火の魔法の手ほどきをしている。


「違うわよ! こうやってババーンって感じよ!」


 しかし教える才能は致命的にない。


「わかった! こういう感じだね!」


「そうよ!」


 だがなまじソウマも理論よりどちらかというと感覚派なため意外と通じちゃってたりする。


 レイはそれを傍目に洗濯物を干していた。

 今日はお日柄もよく、いい感じに日光が濡れた洗濯物たちを照らしている。


「ふうっ、これで良しっと」


「あーっ! レイ危ない!」


 レイは咄嗟に魔力障壁を張って飛んでくる火の玉を防ぐ。あと少し遅れたらレイごと洗濯物が炎上していた。


「くぉらっ! 危ないだろうがっ! せめて違うところでやれっ!」


「だってレイが魔法の修行するなら自分の目の届くところでやれって!」


「それとこれとは話が別だっ! どうして放出系の魔法を使うと変なところに飛ぶかなぁ?!」


 それは今のだけに限らず今までもそうである。

 ソウマはお世辞抜きに魔法の才能がある。前世の知識を持つ転生者という点を加味してもにしてもその才能は上位に位置するとレイは感じる。

 だが何故か放出系の魔法を使うとそれが的外れな方向へと飛んでしまうのだ。しかもソウマがよく使うのが火の魔法だというところもタチが悪い。

 これで森が炎上してしまったことも一度や二度の話ではない。


「どうして変なところに飛ばすのよっ!」


「しゃあ無いじゃんっ! あれでも真面目にやってるんだよっ!」


 ギャアギャアとムキになって争う二人にレイは毒気を抜かれる。


「はぁ……もっと気をつけて魔法を使え。若しくはフレアと契約して魔法の補助をしてもらえ」


「嫌だよっ!」「嫌よっ!」


 こういう時ばかりは仲良く声を揃える二人。

 二人はあの後から常に二人一緒ではあるがお互い仲良く会話することはあまり無い。まず喧嘩姿勢第一で相手に突っかかっていく。


 契約すればフレアの補助もあり楽に魔法も使えるようになるだろうがなぁ、とレイは考えるが、今の状況ではそれもうまく行かなさそうだ。

 レイは頭をガリガリ掻きながら洗濯籠を持って家の中へと戻って言った。




 ☆★☆




「そうよ、そうよ。ゆっくーり」


「分かってるよ。ゆっくーり」


 レイがその場を去ってからも魔法の指導は続いている。ソウマは火の玉を眼前に構え標準を定め、放つ。この基本の工程を非常にゆっくりかつ丁寧に行っている。


「できた?」


「できた」


「よしっ! うちなさい!」


 そうしてフレアの指差す先にはレイお手製の的がいくつか設置されている。しかしまだ無傷。一度も使ったことがないというわけではない。一度も当たってないだけである。


 ソウマはその言葉を機に火の玉をまっすぐ放つ。

 そして火の玉はまっすぐ飛んで行った。洗濯物が干してある方向に……


「このっ、お馬鹿たれが!」


 そこにフレアが先回りして火の玉を手のひらで吸い込むようにして消し去る。


「どうして真っ直ぐにすら飛ばないのよっ!」


 フレアはだんだんと地面を蹴りつける。

 もともと気が短いフレアは自分の思い通りにならないことはすぐに怒ってしまう癖がある。しかし今回の場合は致し方ないだろう。

 何度やっても真っ直ぐ飛ばない。そしてあらぬ方向に飛ぶたびに自分が尻拭いをする。怒るのも当然と言えるだろう。


「どうしてうまく行かないのかなぁ〜」


 流石に言い返す気力もなく膝を抱え込むソウマ。


「アンタは私の目から見ても才能があると思うわ。ただ、その一点だけが致命的ね…」


「返す言葉もございません…」


 彼の魔法の熟練度は彼女の目から見てもかなり優秀である。この歳にして一つの壁である中級魔法を優に使いこなしている。彼の特殊属性である鏡魔法も戦いに使えるレベルにまで高い。

 しかし攻撃を放とうとすると話が変わる。途端に使えなくなるのだ。

 発動することは出来る。しかし放とうとすると必ずと言ってもいいほど思わぬ方向へ飛んでいってしまう。

 これではとても使えるとは言えない。


「どうしたもんかしらね〜。こればっかりはどうにもできないし」


「…………グスッ」


 ソウマの目から光る汗が流れ落ちる。


「むやみやたらと打っても改善はしなさそうね。どうしようかしら?」


「うーん。何かある?」


「ざっと思いつく方法は三つよ。まず一つ目はすっぱり放出系の魔法の習得を諦める」


「嫌だ」


「わかってるわよ。そして次が今までと同じようにただがむしゃらに頑張り続ける」


「けど、それで煮詰まってるんだよね?」


「そうね。それで最後の一つ。それが契約よ」


「契約?」


「あら、知らない?」


 フレアは簡単に説明する。

 契約とはヒトと精霊が魂と魂で繋がりを作ることである。

 この契約した際のメリットは契約した精霊が司る属性の親和率の上昇。それに加えて魔法の発動の効率化である。


「貴方が今必要なのはこの効率化ね。まあ、効率化っていっても精霊側からサポートするみたいなもんよ」


「けど、精霊なんてどこに……」


「ここにいるじゃない、ここに」


 フレアがくいっくいっと自らのことを親指で指し示す。


「えっ、契約してくれるの?」


「するわけないじゃない」


 思わずポテリと倒れるソウマ。

 なら言うなとフレアに言いたい。


「当たり前じゃない。私達だってただで契約するわけじゃないんだから」


「そもそも契約って何なのさ?」


「さっき説明したじゃない?」


「そうじゃなくて、どうしてそんなのがあるのかって言うこと」


「そんなの知らないわよ。ずっと昔っからあるモノなんだから」


「……じゃあ契約するには、どうしたらいいの?」


 ソウマはそうフレアに聞く。ここまで来たら何が何でも契約して魔法をモノにしたかった。


「……あなた、今魔法をもっと高みに登らせたいから契約したいとか思ってるでしょう」


「……」


 ソウマは沈黙する。

 それは図星だったからだ。


「そんなんじゃ誰とも契約できないわよ。私達だって生きてるんだから。そんな利己的な考えじゃ契約はできないわよ」


「じゃあどうすればいいの?」


「焦りすぎ。そうやって考えてる時点ではいつまでたっても契約なんてしてやんないわよ」


 フレアはそういってスタスタとその場を去っていった。




 ☆★☆




 ソウマはその場から立ち去っていったフレアのことを思いながら一人魔法の修行を続行していた。


「ふんだ、なんだよフレアのやつ。あんな言い方しなくたっていいじゃないか」


 言いつつ魔法を発動させる。今度は風の魔法だ。火の魔法では今の状況で変な方向へ飛んで仕舞えばフォローして貰うヒトが誰もいない今、洒落にならないと思ったからだ。


 そこではたとソウマは気づく。

 今の思考が他者のフォロー前提での考えであるということに気づいたからだ。


 ソウマはさらに不貞腐れた表情になりながら魔法の修行を続けるのであった。




 ☆★☆




「フッ! フッ! フンッ!」


 その頃、レイは書庫にて武術の型の鍛錬をしていた。

 ある程度本棚と本棚の間が離れているとはいえ、何故室内という限られた空間でこのような狭い書斎でそのようなことをしているのか。

 それは間合いを測るためである。限られた空間内で体を思い切り駆動できるような動きを作る。


 一つ一つの動きが繋がり、一種の舞踊のような動きを見せるレイ。その格好はいつものようなローブ姿である。しかしそれで動きが阻害されることもなく、ローブの裾すら本棚に擦りともしない。全てがすれすれの動き。

 その動きには無駄が一切排除されており動きの洗練さが際立っていた。


 おもむろにピタッと動きを止めるレイ。

 レイは首だけを後ろに向ける。


「どうしたんだ? フレア」


 本棚の陰から出て来たのはどこか浮かない顔をしたフレアであった。




「飲むか?」


「ええ、頂くわ」


 型の修行をやめ円型のテーブルに向かい合って座るレイとフレア。場所は書庫の窓際であり太陽の光が窓から漏れている。

 レイはポットから紅茶を注ぎ自分とフレアのところにカチャリとソーサラーごとカップを置く。

 フレアはそれに砂糖を一つだけ入れかき混ぜてからコクリと一口紅茶を飲む。

 そしてホゥ、と息を吐いたフレアにレイが尋ねた。


「それで、どうしたんだ」


「言わなくてもわかるでしょ? ソウマのことよ」


 勿論レイにもそのことはわかっている。ジッとフレアのことを見つめ続きを促す。


「あの子が頑張っているのは分かるわ。けどどうしても上手くいかないのよ。真っ直ぐ飛ばない」


「あれには私も手を焼いた。精霊からの目線でならどうにかできると思ったが、やはりキツイか?」


「そうね。あの子は私と同じ感覚派よ。だから魔法を教えるのだけは上手くいくのだけど……発動はできてもそれからが難しいわね」


 レイとしても同じ感想である。


「あの子は確かに殆ど感覚で魔法を使うが、変なところで論理的になる。あの子が魔法を真っ直ぐに飛ばせない訳を知っているか?」


「それが分からないからここに来たのよ」


「そうか、それは悪かったな」


 レイは手の平ほどの大きさのボールを一個、亜空間から取り出し真っ直ぐ上に向けた手の平の上にそれを乗せる。


「まあ、あの子が魔法を放つときの原理を簡単に教えてやる」


 レイが真上にポーンとボールを投げ、そこから真っ直ぐ落下して来たところにレイが真っ直ぐボールを指で突く。

 ボールは真っ直ぐ飛んでいきコロコロと転がった。


「どういうことよ?」


 レイは転がっていったボールを拾いそれをフレアに投げ渡す。


「同じことをやってみろ」


 フレアは怪訝そうな顔をするも大人しく同じように上へ放って真っ直ぐボールを指で突く。

 しかしボールはレイのように真っ直ぐ飛ばず少し逸れたコースをとりながらコロコロと転がっていった。


「例えは少し悪いかもしれんがこういうことだ。フレア、君は魔法を真っ直ぐ放つとき、どのように放っている?」


「え? そりゃあ真っ直ぐに飛ぶように念じながら……」


「私もそうだ。魔法ってのは基本成り立たせるまでは精密な思考が必要だが一旦魔法が完成すればあとは維持するだけに注力し、あとはただ単純に真っ直ぐ飛ぶように念じればその思いのまま飛んでいく」


 フレアも肯定するようにこくんと頷く。


「しかしあの子はそこを単純に考えれなかった。一応言って置くがあの子はそこらへんは無意識だ。無意識に無駄な一つの過程を付け足してしまってるんだ」


「もしかして!」


 ここでフレアも勘付いたらしい。

 レイが頷く。


「私達が魔法を放つとき、真っ直ぐ飛ばす場合はただ真っ直ぐ飛ぶように念じるだけでいい。特別な工程は一切必要がないからだ。だがあの子は目の前に浮遊する魔法に魔力による衝撃波を放ちその勢いで魔法を撃とうとする。だから上手くいかないんだ。魔法もただ止まるだけじゃなくて微妙に揺れ動いているところもことを複雑にしている」


「だからなのね……」


 そこでフレアは納得したように頷いている。


「じゃあ、それを指摘すればいいんじゃ……」


「そこを私が直さないはずもないだろう? 勿論言ったさ。だがソウマ君には理解できなかったらしくてな。何せ無意識にやってることだからな。無理もないことなのかもしれん」


「それもそうだったわね……」


 再び頭を傾げうーん、と悩み始めるフレア。

 そんな様子に愛弟子を思ってくれているということに一抹の嬉しさを感じながらレイは尋ねる。


「あの子と契約をしてくれる気はないのか?」


「無いわ」


 即答である。

 レイとしてもその答えは予測できていた。


「まあ、そうだろうな。あの子は焦りすぎている」


「ええ。それに気づかなければあの子と契約する気は無いわ」


「ああ、それでいい。契約する余地を残してくれたのは感謝する」


「まあ、そこはこちらとしても負い目があるしね。むしろそのことを言い出さない分こちらとしてもだいぶ好感が持てるのよ、あの子は」


 それは無理を言ってソウマを結界から連れ出したことである。結果としてはレイが来たことで事なきを得たが、それでもフレアの中でそれはしこりとして残っている。

 そのことを前面に押し出してこないソウマという少年はフレアとしても好意的に接していきたいのである。


「けど、あの子がそれに気づかない限り契約はしない、()()()()


「ま、いずれ気づくさ。あの子は優しい子だ。今は心に余裕がないだけ。フレア、お前と契約する日はそう遠くないはずだ」


「それくらい分かってるわよ。だって、あの子の優しさに私も助けられたんだから」


 それは結界の外でソウマに救われたことである。

 フレアがこの島に迷い込み、彼と出会っていなければ彼女はもしかしたら好戦的な魔物に襲われていたかもしれない。

 しかし彼と出会ったことで、結果的にはレイに救われたとしても彼と共にいたから今の彼女がここにいるということには変わりない。


 ツンケンとした言動を取りながらも彼女の内心はソウマとの契約を待ち焦がれていた。



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