シルヴェスタ邸ご訪問
つい先日ソウマは十歳になった。
子供の成長期というのは凄まじく数年前まではレイの腰ほどしかなかった身長が今や彼女の胸あたりにまで成長している。
毎年恒例の誕生日パーティーでは高級食材に加え日々の積み重ねにより上達したレイお手製の料理が振舞われた。
二人という少ない人数ではあるが二人はこの時間を毎年楽しみにしている。
ただレイとしてはソウマの不満のなさそうな顔を見るとそれで問題ないことがわかるが流石に二人では寂しいので来年はもっとヒトが集まれるようなところでしたいと考えている。
(まあ、私もソウマ君もそんな交友関係は広くないがな)
たとえ開いたとしても呼べるのはティニアとその関係者くらいか。
あとギルドで活動している際にほぼ専属のような扱いになった受付嬢のアリアを呼んでもいいかもしれない。
☆★☆
「ねぇー、早く行こうよ!」
「そう急かすな。今行く」
玄関先ではしゃぎながら叫ぶソウマをたしなめながらレイがそう返す。
今日は二週間に一度のガレスの街に赴く日である。
しかし今日はいつもと事情が少し異なっている。
二週間前にティニアと別れる際、ティニアから二週間後に屋敷にこないか? と誘われたのだ。
断る理由もないレイとソウマは二つ返事でその誘いを受けることにする。
ソウマは特に考えずに反射的に返事をしたが、レイは月一にアスタリス領の領主であるジルドの屋敷に行ったときティニアの父親であるデリック・シルヴェスタの話を時々聞くことがある。
アスタリス家は国境を、シルヴェスタ家は秘境から溢れ出る魔物から、互いに守るもののある武の家として交流があったらしくその関係も良好なものであるという。
そんなジルドから伝え聞いたデリックという貴族は苦労性ながらも非常に有能な者であり人格者だという。
そしてガレスの豊かな街並みを見ていれば領主の人となりが見えてくるだろう。
レイもティニアの父親がどのような人物なのか少々の興味を持っていた。
貴族の屋敷に訪れるのにいつもの軽装はいかがかと思ったので本日のソウマの身なりは華美でないながらも見ただけで良い素材とわかる服を着ている。
因みにレイはいつものローブ姿だが魔法士が着る服は大体このような服のため特に問題はない。
「じゃあ行くぞ?」
「うん!」
二人は転移してガレスの街へと向かった。
☆★☆
二人はガレスの街へと入り領主邸へと向かう。
レイならば直接転移で街中に入ることもできるが、全身をローブで覆っているレイならばまだしもソウマはなまじ幼いながらも整っている容姿なためにそこそこ目立つ。
そして門番も毎回変わらないため二人のことをしっかりと記憶している。(なお、変わらないのは門番がシフト制なためである)
それで無断で転移で街中に入り見つかりでもしたらお縄につかれる可能性が高い。
そうでなくとも決まりは決まりなのでレイ達はきっちりと門を介して街中へと入っている。
もはやすっかり馴染んだ大通りを二人は慣れたように歩いて行く。
いつもならばここで露店や屋台を冷やかしながら気に入ったものを買っていくのだが招待されている手前、相手を待たせるわけにもいかないので二人はずんずんと大通りを歩く。
「ねぇレイ、領主邸ってあそこだよね?」
ソウマがレイにそう尋ねてきたのは街で一番の広場、冒険者ギルドや様々な露店、屋台が立ち並んでいるところでのことである。
領主邸は街門をまっすぐ進んだ先にある広場をさらにまっすぐ進んだところにあり、街のほぼ中心部に位置している。
その人混みの奥には僅かにだが一際目立つでかい建物が見えた。
「む、そうだそうだ。あれだな」
ソウマの指差す先にある屋敷をレイもその目に捉える。
レイとソウマは喧騒を掻き分けながらさらに先へとまっすぐ歩いて行く。
屋敷がでかくなるにつれて人混みがだんだん減ってくる。
それと同時に客層も変化しており、辺りを歩く人は整った見ただけで高そうな服を着た者や、貴族の使いのような服、つまりは使用人の服を着た人がちらほらと見かけるようになる。
領主邸の周りは所謂VIPな人たちが滞在しているようで、周囲の店も屋台や露店は見かけなくなりおしゃれなレストランやカフェ、高級宝飾店などが立ち並ぶようになる。
しかしレイとソウマがその中で歩いていても目立つようなことは意外と無かったりする。
それというのも辺りを歩いている者たちの中には明らかに一般人と行った風情の人も大勢いるからだ。それはカップルであったり冒険者であったり親子連れであったり。庶民たちが奮発すれば利用できるレベルの店もいくつかある。
先ほどの広場までの道とは違い、どこか張り詰めたような空気の感じるこの場所は静かに過ごす場所に優れているようだ。
この場所は家族サービスなりデートなりに利用するには最適な場所なのだろう。
二人の目に映る領主邸が大きくなってくる。
ここまでくると先ほどまでいつもくる場所とは違う雰囲気に周囲をキョロキョロとしていたソウマも少し緊張に体を固めるようになる。
対してレイはいつも通りの飄々とした態度でソウマの隣を歩いていた。
「着いたな」
「あの、すいません。ティニアさんはいらっしゃいますでしょうか?」
屋敷に入るための門、その立派な脇の両脇には侵入者を阻むべく配置された全身鎧を着込む兵士がいた。
ソウマはその片方の兵士に話しかける。
「うん? ああ、君たちがティニア様の……今取り次ぎますので少々お待ちください」
あらかじめ門番には今日来る客であるソウマ達のことを伝えられていたらしく取り次ぎはスムーズに運んだ。
そして数分ほど待った後、門番が一人の侍女を携えて戻ってくる。
その侍女は所謂メイド服を着ており柔らかな表情ながらもきびきびとした如何にもできるといった風の動きである。
(おお! モノホンのメイドだ!)
思わず内心で驚くソウマ。
彼が見たことあるメイドといえば前世のメイド喫茶で働くようなキャピキャピとしたものだけであり今目の前にいる女性のようなきっちりとした本物は見たことがない。
そんなソウマの熱い視線を察したのか彼女はソウマににこりと笑い掛けてから門の中に入るよう促す。
「どうぞ、ご案内いたします」
「どうも」と言いながらその後ろに付き従うソウマとレイ。
門の中に入り、ソウマはまず目の前の光景に目を奪われた。
門の内側はまるで別世界、太陽に照らされ輝く庭園がソウマの目に入ってくる。
(こういう庭園っていいなぁ。レイのところはイマイチ暗いからなぁ)
そう心の中で今彼が住んでいるレイの屋敷の庭と比べるソウマ。
レイの住む屋敷の庭はレイがこだわるだけあってかなり整えられてはいるが、高い壁と森の木々によって日照量がいまいち少なくなっている。
ソウマ個人としてはこちらの庭の方が好みだった。
しばらく歩くとレイの屋敷と構造は似ているがそれよりもはるかに大きな屋敷がその目に入る。
もともと見えてはいたが近くで見るとまた圧巻である。
玄関先ではティニアといつも彼女に付き従っている護衛がソウマ達を待ち受けていた。
「いらっしゃいませ! ソウマ君!」
「わざわざありがとう、ティニア。もしかしてずっと待っていた?」
満面の笑みで歓待するティニアに、デートで彼女よりも後に来た彼氏の常套句のようなことを言うソウマ。
この数年でティニアはさらに美しく成長した。
幼っぽさが残りつつも貴族としての教育からかピシッと整った姿勢によって大人らしさが増している。髪も会った当初は肩から少し下くらいまでしか無かったが、今はその絹のような青い髪を背中にまっすぐ伸ばしている。
「いえいえ、門の方から連絡があったので玄関に出て来ただけですよ」
ティニアは「さあ、早く入りましょう」と扉の先を指し示す。
ソウマとレイの二人はティニアの後ろについていくようにして家の中に入っていった。
☆★☆
「さあ、ごゆるりとおくつろぎください」
ソウマ達を客間に案内しておどけるようにそう言うティニア。
机を挟んで対面に配置されているソファーにソウマ達は並んで座りティニアはその対面のソファーに座る。
「おお! なんか貴族って感じだね!」
レイの屋敷も貴族っぽいといえばその通りで実際質だけでいえばこのとてつもない大きさを誇る屋敷をも上回る。だがソウマは客間に飾ってあるレイの家には無いような絵画や置物を見てキラキラと目を輝かせた。
「こら、そんなキョロキョロとするな、みっともない」
レイはキョロキョロと忙しないソウマをそう嗜める。
そのタイミングで締められたドアから「失礼します」と先程玄関まで案内してくれたメイドが中に入ってくる。
「お嬢様、紅茶と菓子の準備ができましたが、どういたしましょうか?」
「そうですね……今日は天気もいいことですし中庭でいただきましょうか」
「かしこまりました。では、そのように」
「じゃ、ソウマ君にレイさん。来てすぐでなんですけど中庭に移動しましょう」
客間に通されて早々に中庭に案内された二人。
白い丸テーブルを囲うようにして寛ぐ三人は香りの良い紅茶と甘い菓子に舌鼓をうっていた。
「このクッキーおいしい!」
「でしょう! 当家自慢のパティシエが作った一品ですから!」
「菓子専用の料理人でもいるのか?」とレイが疑問に思ったがティニアが言うからにはいるのだろう。
なかなかに人材が豊富なようで良き限りである。
内心そうやや上から目線で批評しながらクッキーに舌鼓を打つレイ。
彼女もこれでなかなかの甘い物好きだった。
ただ彼女は料理は作れるが菓子作りのような繊細な作業は苦手である。こういう専門職がいるというのは素直に羨ましく思った。
その団欒としたスペースに一人の男が入ってくる。
「やあ、楽しそうで何よりだね」
メイド達使用人が一斉に彼の方に頭を下げる。
「あ、お父様」
彼はデリック・シルヴェスタ、ティニアの父親でありガレスの街含むシルヴェスタ領の領主である。
レイとソウマ揃っては立ち上がり彼に一礼する。
「「今回はお招きいただき誠にありがとうございます」」
「ああ、これはご丁寧に。私も同席してもよろしいかな?」
三人は否定するはずもなくデリックは丸テーブルの空いていた椅子に座る。
それと同時に湯気のたった紅茶がメイドの手により入れられる。
「うん、美味しい。流石だね、前よりも腕を開けたようだ」
今回のクッキーはいつもよりも出来が良いらしく舌が肥えているだろうデリックをして満足のいく出来だった。
「いいなー、こんなお菓子を毎日食べれるなんて……レイ、作ってくれない?」
「それはムズイ。細かい分量を測ったりするのは苦手だ」
フードの中でサクサクといい音を立てながらクッキーを食べるレイ。
何気に子供達と変わらない量のクッキーを彼女は食べていた。
「レイさんは料理をされるんですか?」
「ソウマを拾ってからだがな。なかなかに上達したと自負してはいるが……まあ流石にプロには敵わんな」
レイは誰よりも長く生きている。それこそエルフや魔族という長命種の何倍も長く。
その間を無駄に過ごすことのなかったレイは様々な分野に手を出した。
音楽や芸術、鍛治、その他諸々。
そして近接戦闘においてシャルに一歩及ばないレイではあるがその技術は実はシャルをはるかに上回る。
それをねじ伏せるだけの馬鹿力と、長年レイがシャルに叩き込んで来た近接技術によってシャルはレイを上回っている。
だがそれでも“久遠”と人々に言われるだけの時を生きたレイは魔法と近接技術の二つは絶対の自信を持っている。
しかしどの時代にも天才は現れる。
レイは戦闘分野において多大なる才を持っている。
しかしそれだけ。他の分野に至っては物によっては超一流の域にまで至ったものもあるが大半は一流もしくはその一歩手前どまりである。
天才とはヒトよりもより有効に時間を活用できる者のこと。
そんな天才達にレイはその分野において勝つことはできない。(魔法と近接技術は別として)
「それにしても、レイさんはいっつもフードを被ってますよね? なんでですか?」
ティニアはふと頭に浮かんだ疑問をレイに尋ねる。
ソウマのことは早数年来の付き合いとなるので彼の年齢に始め、好きな食べ物や好きな魔法の属性など様々なことを知ることができた。
しかし彼の師匠である彼女のことは何一つ知らない。
そのフードの下に隠れた顔すらも数年という付き合いの中で見たことがあったかと首をかしげるくらいだ。
「ん? ああ、ただ目立つのが嫌だから隠してるだけだ。ほら」
レイはフードをとってみせる。
「ほわぁ、レイさんそんな綺麗だったんですね……」
ティニアは口をぽかんと開けながらレイの美貌に見惚れ、デリックですら一瞬彼女のことをまじまじと見つめてしまった。
「ま、こういうわけで、目立つのだよ」
「あ、そうだったんですね。ありがとうございます」
「いや、別にいいさ」と言いながらレイはフードを被り直した。
ソウマとティニアが二人で夢中に話している間、レイとデリックは小声で子供達に聞こえないように情報交換をしていた。
「確かに我が友達に似ていますな、彼は」
「やはりそう思うか?」
デリックは以前親友であるジルド、つまりソウマの父親から手紙が届いたという。
その内容は「息子の様子を少しだけでもいいから見守ってくれ」といった旨の書かれているものだった。
「あの手紙が届いた時は驚きましたよ。まあ、すぐに祝福の手紙を送ったわけですが」
「ふむ、ならよかった」
二人は子供達を見守る体を装いながら小声で情報交換し合う。
中にはシャルからすでに聞き及んでいるものも含まれていたがそれも含めてシャルの視点で見る時とは違う意見が聞けれたのでなかなか参考になった。
それからソウマとティニアは屋敷を使っての隠れんぼや得意な魔法の見せ合いっこをしていた。
ソウマが庭で火魔法を使おうとしてそれをレイ含め数人がかりで止めるという一悶着があったりしたが概ね問題のなく楽しい時間を過ごした。
そして陽が傾き空が橙色に染まる頃、レイとソウマはデリックとティニア、その他使用人に見送られながら屋敷を後にする。
そして街を出て二人は転移で我が家へと戻っていったのだった。
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