帰還、そしてーー
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします
先程までと打って変わって落ち着いたジルドは目を赤く腫らしながらではあるが貴族の当主らしい振る舞いに姿勢を正す。
「落ち着いたか?」
「ああ、おかげさまでな」
ジルドは今の姿をレイに見られたのが恥ずかしかったのか先程よりも増して仏頂面になっている。
「さて、私が今日来たことは君らの子供が生きているという事ともう一つ、ソウマ君をどちらの家で育てるのか、という事だ」
「む……」
「まあ、普通なら親元のそちらに返して親子共々幸せに暮らすのが一番なのは分かってるが…こちらの都合になるが先程言った通り彼はなかなかの才能を秘めていてな……、私が修行をつけてやりたいんだ」
「…………」
暫しの間考え込むジルド、彼の本音としては今すぐにでも息子の顔を見たいという気持ちでいっぱいである。
妻であるキリアにこのことを伝えたら狂喜するように喜ぶだろう。
しかし今この状況が愛息子にとってもかつてないチャンスだということもわかる。
久遠というのは一部の者には魔物だとか人外だとか言われているがヒト族だという認識が一般的である。
久遠に魔法を師事したいという者はこの世にごまんといるだろう。
聞いたところ彼の息子は幸いにも才能に恵まれているらしい。それならば今のこの状況はソウマにとっても大きなチャンスになる。
ジルドは長々と熟考して口を開く。
「……今、貴女から息子を引き離したら、息子はどう感じると思いますか?」
「ふむ? どういうことだ?」
いまいち彼女としても答えづらい内容だったため再度問い返す。
そこでジルドは聞き方を変えることにした。
「どうすれば、ソウマが拒否感なくこちらに来れると思いますか?」
レイは少し逡巡した後に話し始める。
「ふむ、まあ実の親である君の前で言うのはなかなか憚れるが、そう言うことではないのだな?」
「ええ、率直な考えを聞きたいのです」
「むう…まあそちらとしては不本意ながらソウマ君は現在拾った私を親のように見ているだろう」
ジルドはそのレイの曖昧な言い方に疑問を覚える。
「親のようにとは、どういうことで?」
「あの子は聡明だ。年に似合わず観察眼などに優れていてな。あの子は私が実の親ではないと言うことに気づいているよ。私もソウマには私は実の親ではなく、君を拾って育てることになったと伝えてある。君達がソウマ君の親だといえばあの子は多分それを受け入れるとは思うぞ?」
「そうですか…それは安心です」
「まあ、私個人としてはあの子を拾った手前しっかり育てたいと言う気持ちはあるが…それは親である君の前で言うことではないな」
レイは不要な発言をしたことに対してジルドに謝罪する。
「いえ、構いません。元々私達の犯した失敗であの子が死ぬ可能性の方が高かった。それを考えればこうやって貴女から息子の生存を聞かされるだけで奇跡というものです」
「そうか……ところでお前にとっては不愉快な話だろうが、手紙から読み取れたソウマ君の母親の焦燥ぶり、それを説明願えるか?」
とはいえそれは形式的なものでありレイも大まかには予測できている。
「はい……と言っても単純な話です。敵対している貴族にやられたのですよ。息子が生まれて幸せ絶頂だった私達の油断をついての襲撃です。それに虚をつかれた私たちは転移珠を発動させて友人のところに飛ばすつもりだったのですが……まさかああ云うことになるとは……」
ジルドが悔しさのあまりギリっという音が出るほどに強く歯を噛みしめる。
「そうか……つまらぬことを聞いたな…。報復はしたのか?」
「ええ、調べたところ主犯はただの一伯爵家でしたから、動機も自分よりも家の歴史が浅いくせに家格が高いからと云う逆恨みにもならないようなチンケな理由です。その襲撃者を雇うのにかなりの財産を使ったらしく潰すのにそれほど苦労しませんでしたよ。一族連座で処刑しました」
「まあ、妥当だろうな」
公爵家に手を出したのだ。それくらいの罪はあってもおかしくはない。
「私から話すのはこれくらいだな。で、結局あの子はどうする?」
「………あの子の生存を一家に話してもいいですか? 使用人にも一部の者にしか知らせません。私達の手であの子を育てられないのは無念なことです。ですが貴女の師事をを得る機会をあの子から奪うのも惜しい。ですから………」
「私の元で育てる、ということだな」
「はい………」
それに加えソウマはまだ幼い。
いくら賢いとはいえ、彼等がどれだけ親身に接したとしても急に住む家が変われば心の中で疎外感を感じることを想像するのは難しくない。
それを口に出すことはないがレイとジルドの二人はしっかりと理解している。
レイは場の居心地の悪さに頭をガシガシとこすりながらジルドにある事を提案する。
「月に一度、ソウマの様子について手紙を渡そう。私直々に届けてやる」
「っっそれはっ!」
「あの子の成長は親にとって何よりの楽しみ。それを君たちの手元からどんな形であれ奪ったことになるんだ。それくらいしても問題あるまい」
「恩に着ます!!」
ジルドが感激したように再度深々と頭を下げる。
「はあ、私はそろそろ帰る。最後に、あの子にお前たちのことを伝えるがそれでも問題ないな?」
「はいっ、それは勿論!」
「そうか、あともう一つ、あの子の交友関係についてだ。私はあるところにこもって暮らしていてな、その付近でソウマを拾ったのだが、ずっとこもって暮らすわけにも行かんと思ってな。時々街に出て息抜きがてら遊びに訪れているんだ。そしてそこで友達が一人できてな」
「は、はあ…それがどうかしたので?」
ジルドとしてはその気遣いはありがたいし、友達ができるのもなんら問題がないように思えた。
友達が一人だけというのも少ない気がするが訳ありであればそれも致し方がないことが察せられる。
彼はわざわざ思わせぶりに発言するレイの意図を少々掴みかねた。
「その娘なんだが、名前はティニア・シルヴェスタ。シルヴェスタ領の領主、デリック・シルヴェスタの娘だ」
「それは……!」
なお何故レイがガレスの街の領主であるデリックの名前を知っているかと言えば井戸端会議で時々出てくる領主の名前をその地獄耳で聞き取っていたからである。
「とりあえず、伝えておいたぞ?」
「ありがとうございます。彼とは他国の領主という関係ではありますが友好を結んでいるので」
彼とは国境を守る、秘境から溢れ出る魔物たちから街を守る、それぞれ守るべきものを持った家同士として少なからず共感できるものを持っており浅からぬ友誼を結んでいた。
その情報は彼にとってもかなりありがたいものであった。
「そうか、ならばソウマ君のことを伝えるなりすれば身元保証も完璧だな」
「そういえば、貴女も何か個人の証明できるものを持っているので?」
それは些細な疑問だった。
常にヒトの世から離れて暮らしている久遠が持っている個人の証明できるものに興味を持った。
「私にだってツテはあるさ」
「そうですか」
曖昧な答えだが元々そこまで明確な答えを意識した質問でもなかったのでその答えでジルドは満足する。
「では、私はこれで失礼するぞ」
「ええ、今回は本当にありがとうございました」
立ち上がったレイに呼応するようにジルドも立ち上がり彼はレイに深々と頭を下げる。
「ではまた一ヶ月後にここに来よう」
「その時は妻も一緒にでも構いませんか?」
「それを拒否する権利は私にないように思えるぞ? 全然かまわんさ」
「じゃあな」という言葉とともにこの屋敷に入った時と同じように窓から身を乗り出したその姿を暗い夜の空が消し去って行く。
それをジルドは窓から眺めて再度深々としばらくの間頭を下げ続けた。
☆★☆
「行ったか……」
ジルドは久遠が視界から消えたのを機に世界に音が戻ってきたのを感じる。
そしてそれと同時にドタバタと大きな足音が廊下から響いてくる。
見回りの当番の誰かだろう。
扉の隙間から漏れた光を見つけてこの部屋に駆け寄ってくるのを感じる。
ドアをどんどんと叩きながらその向こうからこちらに呼びかけてくる。
「明かりをつけて、どうかされましたか?」
「いや、気にしないでいい。目が覚めて朝だと勘違いしてしまっただけだ」
「そうでしたか。ではごゆっくりとお休みください」
「ああ、そうさせてもらう」
扉から気配が遠ざかっていく。
ジルドは未だその手に握っていた少しシワの付いてしまった手紙を眺める。
その手紙の筆跡はまごう事なく見慣れた妻の、キリア・アスタリスの字であった。
それを確認したジルドは明かりを消し興奮覚めやらぬまま再びベッドに潜り込んだ。
☆★☆
レイはシャルの待つ遥か上空へと向かう。
雲の上のそこにはソワソワとしながら待っているシャルが浮かんでいた。
「今帰った」
「あれ? 早すぎじゃないですか? お姉様」
レイがジルドと対談していた時間は長くはなかったが短くもなかった。
しかしその間の時間、外界はレイの魔法によって時間の流れを閉ざされていた。
上空で待っていたシャルからすればレイが下に行ってすぐに戻ってきたと感じるだろう。
「ただ時間を止めただけだ」
「ああ、そうでしたか。それで、首尾はどうでしたか?」
「まあ、概ね予想通りだ。ソウマ君を私の元で修行しながら育てていくことになる」
「そうですか」
シャルとしてはレイの弟子というソウマの存在にそれなりの興味を持ってはいるがあくまでそれだけである。
その返事は少々そっけなかった。
「あと一ヶ月おきにこの屋敷に手紙を届けることになった」
「そうですか。それには私は同行しても?」
「宰相に聞け」
魔王の執務を把握していないレイにそれを決めることはできない。
だがそれは暗に宰相からの許可が下りれば付いてきてもいいということを示している。
シャルはにっこりとした笑顔を浮かべた。
「わかりました。ではなんとか許可をもぎ取ることにします」
「まあ、ほどほどにな。では、帰るぞ」
レイは転移でシャルとともに魔王城へと帰還する。
レイとシャルは遥かな夜空の中なんの痕跡も残さずその場から消えた。
☆★☆
それからもまた時間は過ぎていく。
ソウマは下級魔法を覚え中級魔法も続けてマスターしていく。
下級から中級の壁は才能のある者としても一つの関門であるがソウマは時間をかけながらもそれをクリアした。
今では火属性のみでいえば上級魔法に片足を踏み入れている。
そして技術面ばかりではなく勿論身体面でも大きく成長している。
レイの腰あたりまでなかった身長も彼女の胸あたりまでに成長し、その相貌も幼さが徐々に抜け男らしさが混ざり始めていく。
そのサラサラで艶やかな黒髪に藍色の瞳。その整った容姿は世の女性の目を惹きつけてやまない美少年へと成長している。
レイ個人の感想としては彼の父親であるジルドよりもやや可愛らしい感じかな? といった風である。
そして彼の親との関係。
レイはソウマに両親のこととその家系が貴族であるという事を打ち明けた。
ソウマは口を開けてびっくりしていたがそれを受け入れ親が見つかったことに心から喜んでいた。
月一の手紙にもレイの成長記録に加えソウマからも簡易ながらも手紙を出すようになる。
そしてその手紙を受け取ったジルドとキリアは息子からの報せにたいそう喜んでいた。
そしてキリアだが最初にレイと会った時はかなりの取り乱しぶりでレイに詰め寄りソウマが無事なのかを確認してきた。
レイがそれにそうだと答えるとキリアは崩れ落ちて声を上げて泣き始めた。
しかしその鳴き声が悲しみではなく喜びからくる涙で会ったということは言うまでもない。
そしてシャルは月一にレイが手紙を届ける時に付き添う許可を宰相からもぎ取りアスタリス領に行くたびに付き添っていた。
レイがジルド達と会うたびに空に待たされているがレイは時間を止めながら二人と会っているため、待ち時間という時間はなく、シャル本人としては慕うレイとの夜の散歩な気分で嫌なそぶりを見せずにレイに付き添っている。
レイは転移で直接飛ぶこともできるがシャルたっての願いということと、魔王としての執務の息抜きとして連れ出しているためわざわざ飛んでアスタリス領へと向かっている。
ただ二人はその時間を苦に感じることなく楽しく飛んでいるので師弟での触れ合いが少なかった近年では貴重な時間となっている。
そしてティニアとは二週間に一度の頻度でガレスの街に訪れた際に愛も変わらず仲の良さそうな様子で冒険者見習いの依頼を受けている。
物腰も丁寧で利発な二人は冒険者の職員はおろか冒険者たちにも好意的に見られておりなんのトラブルもなく楽しく過ごすことができている。
そして当のレイ自身はソウマの面倒を見ながら日々を変わらず過ごしている。
変わったことがあったといえば時々ーー数ヶ月に一度の頻度でーー夜中に家を抜け出しジンと激しい戦いをするくらいだ。
例年にないくらいの超越個体同士の激突に各国は戦々恐々としているのは完全な余談である。
時が流れ三年が経ち、ソウマは十歳になった。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です




