いざ、帝国領へ
すっかり雰囲気がいつものように戻った二人。
心なしか今まででさえ近かった距離が更に近くなったように感じられる。
そんな二人はここに来た時と同じように入場用のゲート付近に立っていた。
「で、どうしますか?」
「う〜ん、そうだな〜、どうするか?」
シャルとレイはすっかりボロボロになってしまった訓練場を前に立ち尽くしている。
レイはくるりと宰相のいる方へ振り返る。
「あー、なんかすまんな、宰相。こんなボコボコに壊してしまって」
そしてレイは決まり悪そうに宰相に謝罪した。
「いえいえ、いいですよ〜。元々耐えきれるとはつゆとも思ってなかったですし」
その表情は穏やかでその言葉が本心であることが察せられる、
レイとシャルはその宰相の返答を聞いてホッとする。
「ですが〜」
宰相の続けた言葉に二人は不穏な気配を感じビクッとする。
「流石にこんなあっさり壊されたのは癪ですので、何か罰ゲームでも受けてもらいましょうかね〜」
ここまで壊した手前嫌とはいえない二人。
うーん、と考える宰相。
なるべく簡単なのがいい、そう願いながら二人は宰相の言葉を待つ。
「うーん、何と無くで言いましたけど、ありませんね〜。あ、じゃあお二人には帝国領へ言ってもらいましょうか」
突然の言葉にレイとシャルは同時に「は?」という声を出す。
突然の提案に宰相が二人に罰ゲームを与えると知っていたレミアと将軍でさえも目をパチクリとさせる。
「何故?」
短い言葉ではあるがそこに全ての疑問が込められている。行く意図は? 今の時間帯から? などなど。
レイの疑問にシャルも同意とばかりにこくこくと頷く。
「私としては元々壊れることを想定していたので、特に怒ってはいないんですが、あれほどあっさり壊されては私としても少し癪なんですね〜」
「それは分かったが何故に帝国?」
壊す許可を黙認ながら許してもらえていたとはいえこうもボコボコにしてしまえば怒られても文句は言えない。
多少の罰くらいなら受ける気でいた、がその内容の意味をレイは理解できなかった。
「前に魔王様に質問された時に事情を聞きましたよ。アスタリス公爵の嫡男が生きていたそうではないですか」
「うむ、そうだ」
レイの軽い返事に「そうだ、ではなくてですね〜」とばかりにやれやれと嘆息する宰相。
「かの方は非常に家族思いでいらっしゃるんですよね〜。一刻も早く御子息の生存を知らせなければいけないことを考えたら、今からでも遅いくらいでしょう〜」
「い、今からか?!」
レイは思わず大きな声を上げる。
シャルも思わず無理無理と首を横に振っている。
今はまだ真夜中、日が昇るにはまだまだ時間があるとはいえ、ここからだいぶ距離もある帝国へ行くには些か時間がもの足りない。
「レイさんなら出来るでしょう〜?」
「そりゃあ出来るが、伝えても信じてもらえるとは思えんぞ。私自身、家名を知っているだけでその当主とやらとの面識はない」
そしてその家名を知ったのもつい先週のことである。
「信じてもらえる為の物とかは無いんですか〜?」
レイはうーんと顎に手を当て首をひねる。
そして「あっ」とその心当たりを思い出しポンと手を打つ。
レイは亜空間にしまっていた一つの封筒を取り出す。
「これでいけると思うか?」
「それはなんですか?」
シャルが興味津々とばかりにレイの取り出したそれをまじまじと見つめる。
レイが取り出したのはソウマを拾った時に籠の中に入っていた手紙。
それを見て宰相は「それならいいでしょ〜」と言う。
「え、マジで今から行くのか?」
「マジです〜」
嫌そうな顔をするレイ。
個人的にもあまり帝国に行きたく無いレイとしては自分からその国に行く気が湧かなかった。
シャルはレイに「頑張ってください、お姉様!」と言う視線を向けていたが、宰相に「貴女も行くんですよ〜」と言われガックリとうなだれた。
☆★☆
その後、宰相と将軍とレミアに見送られた二人はレイが記憶している中で最も帝国でも最もアスタリス領に近い場所へと転移する。
生憎その場所は帝国内領ではない国外へと転移することになったが見つからなければ済む話である。
そんな二人は寒い夜空の下帝国近郊の空を超スピードで飛んでいた。
「うーっ、寒いです……」
「うむ、少し待て、ほれ」
レイはシャルの周囲の気温を少し上げる。
「あ、ありがとうございます、お姉様。だいぶマシになりました」
「そういえば、シャルは飛行するのが苦手だったな」
レイのその言葉にシャルは苦々しく頷く。
「なんとか今のお姉様のスピードにはついてけますけど、正直それにリソースを使いすぎて他の魔法を使う余裕がないんです」
「情けない限りです」とシャルは言っているが今のレイが出している音速に近いスピードをシャルも出せている時点で世間一般では苦手とは言わない。
だがレイがまだ本気のスピードを出していないことを知っているシャルはまだまだ至らない自分への不甲斐なさに忸怩たる思いを抱いている。
「まあ、これについて蹴る時点で相当だとは思うがな」
レイは不満そうなシャルの表情を見て苦笑を浮かべる。
それからまたしばらく飛び続けた後、シャルがあるものに気づく。
「あ、もしかしてあれが国境門じゃないですか?」
シャルの指差す方にレイも顔を向ける。
はるか地平線の先に確かにそれらしき砦が見えてきた。
「うむ、おそらくあれだろうな。アスタリス領は国境を守護する一族らしいし、あれに沿って飛んでいけばたどり着けるだろ」
ぐんぐんと近づいてくる国境門、二人は徐々に方向転換しながら国境沿いに飛び始める。
さらに飛び始めてしばらくたちレイは地図を開きながらおおよその現在位置を把握する。
「そろそろアスタリス領だ。……ふむ、あっちだ」
レイの先頭によって向かう二人。
屋敷のある場所がどこかは把握してなかったが超スピードで飛び回り程なくしてそれらしき屋敷を見つける。
「あ、あれじゃないですか?」
「うむ、多分そうだろう」
シャルの指差す先にあるのはかなりの大きな街、その全貌が一望できるくらいの上空に二人はいる。
そしてその街のほぼ中心部に大きな屋敷が見えた。
「うー、む………」
「どうしたんです、お姉様?」
しかし何故か行くのを躊躇うようなそぶりを見せるレイ。
そんならしくないレイにシャルは「早く行かないのか?」と問いかける。
「いや、なあー」
「もしかして、お姉様がいつも言ってる『帝国は苦手だ』というのに関係があるんですか?」
レイは苦々しく頷く。
シャルはそんなレイを見て「そういえばなんでお姉様が帝国に苦手意識を持っているか聞いたことがありませんでしたね」と言う。
「もしよかったらどうしてか聞いてもいいですか?」
レイは一瞬躊躇うそぶりを見せてから口を開く。
「実は…肖像画が……あるんだ」
「はい?」
「帝国の皇城にな、肖像画があるんだ……私の」
レイの頬は羞恥で赤く染まっていた。
シャルは驚きに目を見開きゆっくりとそのことについて理解していく。
「え、てことは?」
こくんとレイが頷く。
「おそらく、皇帝の一族と一部の貴族には顔バレしていると言ってもいいな」
レイのことが即ち“久遠”が描かれている肖像画。
贋作や創作は数あれど実際に彼女を見て描かれた絵画はその一枚しかない。
「ああ、それで……それってもしかして一千年前の時に描かれたやつですか?」
帝国にレイの肖像画があるということはそれほど広くには知られていない。
だが昔、レイが帝国に関与したある出来事は唯一“久遠”が国に干渉した出来事として歴史に残っている。
「うむ……まあ、それは今はいいだろう。とにかく下へ降りてくる」
暗にレイはシャルにここで待っていてくれと言う。
「分かりました。では、私はその間皇城へ行って参りますね」
レイは飛び去ろうとするシャルの腕を慌ててガシッと掴む。
「や・め・ろ! それに皇城へ行ってもし騒ぎになったらどうするつもりだ!」
「え〜っ! ダメですか?」
シャルは若干あざとらしく涙目になりながらレイに懇願するが彼女はそれを一蹴する。
「ダメだ。とりあえず今日付き合ってくれたことの埋め合わせはまた今度してやるから、それだけは勘弁してくれ…………」
「むぅ、そこまで言うなら我慢します。約束ですからね! ちゃんと今度しっかり埋め合わせしてもらいます。早めに戻ってきてくださいよ?」
「大丈夫だ。流石に今日は時間も残されてないからな。すぐに終わるさ」
少し拗ねたような表情を見せるシャルを置いてレイは地上へと降りて行く。
そして魔法で姿を消しヒトの目から逃れながら目標の屋敷へと近づく。
「さて、さっさと終わらせるか」
レイは両手をパンっと合わせしばしの精神統一をする。
レイの体から溢れ出る莫大な魔力、それを必死に漏らさないようにしながら放つ大魔法。
「発動、時魔法《時間停止》」
世界の時が止まる。
今現在動いているのはレイただ一人。
莫大に消費する魔力からこの魔法の位階は災害級の中でもさらにその最上位に位置する。
今この瞬間世界に干渉できるのは彼女のみ。
レイは転移して屋敷の中へと入って行った。
☆★☆
「……ここだな」
ガチャリとドアを開け中に入るレイ。
そこにはぐっすりと眠っているまだ青年といってもいい年頃の男がぐっすりと眠っていた。
いや、その表現は適切ではないだろう。今世界は止まっているのだから。
呼吸すらしていないその男の眠っているこの部屋だけレイは再び時を動かし始める。
「カー、カー………」
胸を上下させ規則正しい寝息を立てながら眠るソウマの父親かもしれない男。確信を持てないだけでほぼ断定。
レイは部屋の中にあるソファーに座り、もたれかかりながら部屋の明かりを灯す。
「カー、……………ん、んん。ん? もう朝か?」
彼は明かりがついたことにより寝ぼけ眼をこすりながら起き上がりソファーに誰かが座っていることに気づく。
その容貌はかなり整っており藍色の髪とそれと揃いの瞳。
その面立ちからはソウマの面影が感じられる。ソウマの藍色の瞳は彼から受け継いだものだろう。
それを見てレイは彼こそがソウマの父親だと言うことを確信する。
「夜分遅くに失礼。少々この家に用があってな」
「ーーー誰だ?」
不遜にそう言い放つレイ、そしてそんな彼女をもはやその目に殺意すら乗せてレイのことを睨む彼。
寝巻きでありながらも放たれるその圧力は立派な貴族のものであった。
そしてその身体から放たれる魔力によりピリピリと震える空間からその魔法の腕もかなりのものであることが窺える。
「知らないか? 皇城に私の絵がかなり堂々と飾ってあるはずだが?」
この家の当主、ジルド・アスタリスはまだぽーっとした頭がレイの顔を見て徐々に理解をし始める。
「“久遠”っ!!」
「その通り。私が久遠だ」
やはり彼もその肖像画を見たことがあったのかレイの正体を即座に言い当てる。
相手の正体を知れたことでこちらに危害を加えるようなことはしないだろうと半ば確信したジルドはやや警戒を緩ませた声音で、しかし緊張を滲ませながらレイに問いかける。
「それで、その久遠がこんな夜中に何の御用で?」
「まあ、すぐに終わらせるつもりだがベッドとソファーじゃ格好が付かんだろう。そこに座らないか?」
彼はその言を受けベッドから立ち上がりレイの対面のソファーに座る。
普段であればあまり礼儀に頓着しない彼ではあるが、本来ならまだ寝ている時間に叩き起こされて不機嫌なところに貴族である自分のなっていない態度にカチンとくる。
「不遜だな。私は公爵なのだが?」
寝起きを邪魔された腹いせにそう皮肉を言うジルド。
「まあ、そう言うな。私もこの国においては爵位を持つ身だ。まあ、それが今でも有効なのかわからないがな」
「そうか、それは知らなかった。だがそれならば尚更身分を気にするべきだろう。私は公爵だ」
「私は大公だ」
彼はその言葉を聞きギョッとする。
本来大公という位は国王の兄弟が貴族として独立する際に与えられる貴族位である。
地位としては公爵を上回る。
「私の場合は特別だ。名誉大公として当時叙任されてな。私に出す対価がそれくらいしかなかったものだから大人しく受け取っておいたが…フフ、こういう時には役に立つな」
皮肉を言って正論で返された公爵は苦い顔をする。
“久遠”がこの国でも有数の権力を持つ彼ですら敵わない地位を持っていると云うことを知らない自分への無知に対する当てつけのような気がしたからだ。
「まあ寝起きの雑談はこれくらいでいいだろう。まずは自己紹介からだ。知っているかもしれんが私の名前はレイ、レイ・ウィストリアだ」
「名前までは知らなかった。俺の名前はジルド・アスタリスだ」
そこでジルドは茶でも出させようと使用人を呼ぼうとするがそこで“誰も”部屋に入ってこないことに気づく。
部屋の外では常時兵が見回りをしている。この部屋は完全な密室というわけではないので僅かな隙間から光が外へ漏れ出てもおかしくはない。
暗くしてあった部屋に明かりが灯してあれば入っては来なくとも外から声がかけられてもいいはずなのである。
しかし、それがない。
ジルドは何をした? という厳しい目をレイに向ける。
「ようやく気づいたか。外を見てみろ」
ジルドは大人しく従って窓の外を眺める最初何が何だかわからなかった彼だがそこであることに気づく。
「音が……しないだと?」
この時期、夜になったら静かになるとはいえ虫の鳴き声などが外から響いてくる。
彼はその風情な音が好みでよく寝る前の音楽として聞いていたものだった。
しかし何の音も聞こえてこない。
遠くから聞こえてくる喧騒も虫の鳴き声も、しかし彼はその異常性を理解はできたが何故そうなったのかが理解できなかった。
「時間を止めたのだよ」
ジルドはその言葉を聞いて今日何度目かの驚愕をその表情に浮かべる。
「ま、まさか……そんな、神のごとき所業を……」
「お? やけにあっさり信じたな? 普通はすぐに否定するもんだろうに」
「………たしかに、普通ならばそうでしょうが、貴女は違います。こんな時に嘘をつく理由もなければ、それが出来ないと否定できる要素もない……」
「くふふ! 中々に高く評価されているな」
「はぁ、貴女は分かっていないのですか?」
疲れたように話すジルドにレイはニヤニヤとした楽しそうな笑みを浮かべるだけ。
「この長いヒト族の歴史の中、超越へと至ったヒト族は貴女だけなんです」
疲れきったかのように言葉を続けるジルド。
正直彼は唐突に目覚めさせられてから驚愕の連続ですでに頭の容量がいっぱいとなっている。
実際、寝起きとは思えない多大な精神的疲労に襲われていた。
「分かってもらいたい。いえ、既に分かっているのでしょう? 貴女もまた我らからしたら恐怖の象徴、我ら帝国民からしたら貴女は崇拝するに値する所業を為した英雄の象徴でもあるのでしょうが……。それだけに何が出来ても不思議ではないと思ってしまうところもあるんです」
「なんでもは出来んさ。まあ、今はそのことに関する話をしに来たのではない遅くなったが本題に入ろうか」
ジルドはさっさとそれを済ませて帰ってくれ、という風な視線をレイに向ける。
意識ははっきりしているとはいえ今はまだ真夜中である。さっさと朝まで一寝入りしたいという気持ちでいっぱいだった。
だが、それもレイから渡された物によって一気に吹っ飛ぶことになる。
「まずは、これを見てくれ」
ジルドがレイに渡されたのは一通の封筒であった。
既に開封済みであったそれをジルドは訝しげに受け取る。
「中を見てみろ」
「はあ………」
ジルドは怪訝そうな顔をしながらも素直にレイの言葉に従い封筒から神を取り出し読み始める。
そして中を読み始めた途端ジルドは目をかっと見開きクシャッとその手紙を握りつぶした後、猛々しい魔力を立ち上らせながらレイに静かに激昂する。
「何故…何故これを貴女が持っている……!」
「私が拾ったからだよ」
レイはジルドによって潰された手紙に指を向ける。
それによりジルドの動きがピタリと止まる。
「それが私が今日来た要件だ」
「………!」
「私は数年前に家のすぐそばである赤子を拾ってな。そこに入っていた手紙だ。拾った縁あって今日までその子を育てる傍、親のことも探していた。姓が判明していたとはいえ手掛かりもそれだけだ。ま、こんな大貴族なのに最近まで見つけられなかったのは私が帝国を避けてたせいなんだけどな」
レイはさながら昔を思い出すように独白する。
ジルドは顔をうつむけているためその表情を彼女から伺い知ることはできない。
「その子の名前が赤子の入っていた籠の中に入れられていた手紙に書かれていた。その名はソウマ、そう書かれていた」
「……そうか」
未だ立ち上がっていた公爵はドサっと倒れこむようにしてソファーに座る。
その両目は天井に向けられ何をその瞳に映しているのかをレイには窺い知ることができない。
そしてジルドは呆けたようにレイに言う。
「今のこの数分だけで驚くことが多すぎて、正直頭がついていかん」
「だろうな」
「だが、一つだけ聞きたい」
「何だ?」
「私達の子供は元気か?」
「……ああ、もちろん。元気さ。魔法の才能にも恵まれている。これから先が楽しみだ。キリアとやらの顔は知らんが…ぱっと見お前に似た美少年だ」
「……そうか……」
ジルドはそれを聞いてその両の手で顔を覆う。
その声は心なし震えているように聞こえた。
「……何よりの知らせだ」
絞り出すようにその一言を出した後ジルドはしばらくの間黙って体を震わせ続けた。
レイはそんな彼を優しくじっと見守っていた。
誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。
おそらく次の投稿ひと月ほど開くと思います。
更新が遅くなることをあらかじめお詫び申し上げます。
早めですが良い年越しをお過ごしください。
今年はどうもありがとうございました。




