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不意打ち

 

 シャルは今日レイについた嘘が一つだけある。

 それは()()()()今日の話が宰相と将軍の耳に入ってしまったということ。

 実際はそうではなくその話を二人に切り出したのはシャル自身からだった。

 二人はその話を断ることもなく二つ返事で了承してくれた。


 何故そのような嘘をついたのか、それはレイの魔力を隠すためには宰相の魔法が不可欠であったということ。

 それともう一つ、長く連れ添った()()に今日のことの証人になって欲しかったからである。




 ☆★☆




「どうした…… 近づけてすらいないぞっ!」


「くっ!」


 シャルが苦悶の声を上げるがそれはレイには届かない。

 硬質な床が崩壊して障害がなくなったことにより地面から次々と生えてくる植物達にシャルは捕まらないように必死になる。

 それに加えて先ほどと同じく至近距離からノータイムで襲いかかってくる魔法に対応するのもやっとといった風である。


 シャルはどうにかスペースの空いたところへ転移するが休む間も無くシャルに巨大な蔦、枝葉などが襲いかかってくる。


(近づけないっ!)


 シャルは一旦異次元へ逃げて対策を練ろうとする、がーーー


「ふんっ!」


 ーーーレイによって力づくで()()()()()破壊される。

 レイは周囲に光球を浮かべ、露わになったシャルに幾本もの光球から光線をまっすぐではなくそれぞれ不規則な軌道でシャルに放つ。


「ツェイっ!」


 シャルは足元の地面に拳を放ちその反動で飛び上がった瓦礫でその光線を防ぐ。

 高熱の光線は難なく瓦礫を溶かし貫通するがその僅かな間にシャルは体を取り囲むような障壁を張りながら空へ飛び上がる。

 植物がシャルを捕まえようとするが障壁に阻まれてそれはかなわない。


 シャルはこちらを見つめるレイに向かって直径が己の体よりも大きな氷柱を彼女を潰すようにして真っ直ぐに伸ばす。


 レイは炎をその拳に纏わせ迫る氷柱に叩きつける。

 ビキビキという音を鳴らしながら亀裂が走りレイの拳を起点にして四つに割ける。

 シャルは自分の出した氷柱に飛び乗り、四つに割けながらも彼女が乗ってもビクともしない頑丈さを誇る氷の上を疾駆する。


 レイが魔法やら植物やらをシャルにけしかけるがそれを彼女は障壁で防ぎ、薙ぎ払い、叩き落としたりと着実にその距離を詰めていく。


 遂にレイの眼前に迫り攻撃を繰り出そうとするが、俄かに足元の氷が蒸発し消え失せる。レイが氷柱の温度を急激に上げ昇華させたのだ。


 堪らずバランスを崩したシャルは体勢をなおす間も無くレイに蹴りを入れられ壁に思い切り叩きつけられる。



 それからも何とかレイに接近したかと思えばまた離される。

 そのようなことを十回以上繰り返していた。




 ☆★☆




「ぐふっ!」


 既に十回を超える攻防の末、その度に接近をしては、そこから先を加えることができずレイに押し戻されるといったことを繰り返している。

 ずっとワンパターンに攻めていたわけではない。

 あの手この手とシャル自身の知る限りの手段に加え、手首につけている空間の魔道具なども駆使しこの闘いで同じ攻め方をしたことは一度だってない。

 しかし、それでもレイには届かない。


 今も近づけてはいるが接近したかと思えばまた魔力の衝撃波をくらい弾き飛ばされている。


 彼女の眼は未だ闘志に燃えていたが、体は擦り傷や打撲痕だらけで見ていて痛々しいくらいのダメージを負っていた。

 出血はないように見えるがこれでも余裕を見つけては治癒で傷を治しているのだ。それが無ければ今頃シャルの体は血に塗れていただろう。


「手数が多いな……」


 レイはシャルがありとあらゆる手管を使ってくることに素直に感心の念を抱く。


「だが、それだけに惜しいな」


 ただ、と続けたレイはそう言う。

 レイが纏う銀色の魔力、この状態のとき彼女は破格の気配認識能力を得る。

 より正確に言えば《領域》内の魔力反応を事細かに察知することができる。

 ヒトは生きている限り魔力をその身に宿している。

 例えどれだけヒトの体から無意識に漏れ出ている魔力を隠そうともそれが通じるのは通常の手段における感知しか出来ない者だけである。

 レイのような特殊な技能を持った相手には通じない。


 レイの《領域》では例え転移であろうともかすかな魔力の揺らぎでその地点を知ることができる。

 実質シャルの転移珠はレイの前ではその効果を為さない。


「ハァ…ハァ…、次で、最後にします」


「……降参宣言か?」


 レイの言葉にシャルは彼女をキッと睨みつけ疲労絶え絶えになり肩を上下させながらも一つ呼吸を整える。

 そしてその疲れを感じさせない程の威風堂々とした姿で返事を返す。


「次で、終わらせるという意味ですよ!」


 シャルは言うやいなや魔法でレイの頭上にこの広大な地下訓練場の直径の半分はあろうかと思えるほどの巨大な岩を作り出す。


「何を……うぉっ!」


 レイは視線を上に向けた為に唐突に足元に開いた異次元の穴に対応できず吸い込まれるようにして落ちる。

 だがレイはすぐさま閉じた穴をこじ開け地上へと帰還する。


 だがレイが戻った時には既に巨岩は眼前まで迫っていた。


「無駄、ハァッ!!」


 レイは手から放つ魔力砲で巨岩を粉々に粉砕する。

 そしてレイの背後へ転移したシャルに対し蹴りで対応する。

 しかし当たる直前シャルはまたその場から転移する。

 現れた地点は再びレイの背後。

 しかしそれでも蹴り足を出して万全とは言えない姿勢のままレイは風魔法で体を無理やり立体起動させながら逆足でシャルに一撃をくらわそうとする。


 しかしそれもまたシャルは転移で避ける。


(転移珠を使い尽くすつもりで使っているな?)


 半ば確信した思いでそのことを思考する。

 あと何回使えるのかは分からない。

 しかしすべてに対応しきればそれで終わりだ。


 次に出現したのはレイの頭上。


 レイは両の足が整っておらず不安定な体勢になりながらも体を捻ることで体全体をシャルの方へと向ける。


 眼前に迫るは拳を振りかざすシャル。


 レイはこれで終わりとばかりに右手を翳しこの闘い最大の魔力を込めた魔力砲を放とうとする。


 しかし魔力砲を放とうとするその刹那、レイの目にシャルの首からぶら下がりながら揺れる()()が目に入ってきた。




 ☆★☆




 今となっては遥か昔のこと。

 某国某所にて。


『わぁ〜、これ綺麗〜!』


『うん? それが欲しいのか? シャル』


『うん!』


 レイはその時のことを走馬灯のように思い出す。


『ねぇレイ〜、これ買って?』


 まだシャルがレイのことを「お姉様」ではなく「レイ」と呼んでいた時のこと。

 シャルもまだ魔法を初心者が使うようなものしか覚えていない幼児だった時のこと。

 とある露天の前にその二人はいた。


 可愛くおねだりしてくるシャルにレイは二つ返事で了承する。


『わかったぞ、一つでいいな?』


『ううん! 二つ!』


 シャルがご所望するその()を彼女は二つ欲しいと言う。

『何故だ?』とレイが問うとシャルは、


『だって付けるならお揃いがいいもの!』


 と答える。

 彼女のその小さな両の手に握られているのは決して高いとは言えない五芒星が象られたネックレス。


『そうか……なら二つ買わないとな!』


 レイは満面の笑みでそう言いながらシャルの頭をくしゃっと優しく撫でる。


『ありがとう! これ、一生の宝物にするね!』


 シャルは今しがた買ったばかりのネックレスを首につけながら、花の咲くような満面の笑顔をレイに向ける。

 以来、シャル、そしてレイはそのネックレスを肌身離さず身に付けるようにしていた。


 それはシャルを拾ってから数年、今から数百年も前の出来事である。




 ☆★☆




 レイの意識が現実へと帰還する。

 レイの眼前ではシャルがドレスの内に仕舞っていた為に気づかなかったそのネックレスが露わになっている。


 シャルの首からぶら下がるようにして揺れるその“五芒星のネックレス”。


 それを見た瞬間レイは今当に放たんとしていた魔力砲が収束していくのを感じた。


(まだ……持っていたのか……)


 レイ自身、今も身に付けているネックレス。

 随分前に、数百年も前に買った二人にとっての思い出の品。


 レイはそれを見た瞬間、無意識に密度を高めていた魔力を発散させた。

 それを放てばそのネックレスを跡形もなく消し去ってしまうと確信していた。


 故に消した。


 今のレイは空中で無防備に体を晒している状態。

 この銀色の魔力を纏った状態ではあるがシャルの攻撃に今の状態で対応出来る術はない。


 レイは己の負けを悟る。


 たとえこの魔力を纏った状態でなくともシャルの一撃でレイはそこまで大きなダメージを食らわないだろう。

 しかしこの状態でありながらこれ以上無いほどの隙を晒して更にダメージを食らっていないからといって継戦しようとするほどレイの心は小さくない。


(やられたな……)


 まるで時が止まったかのように、ゆっくりと進むように感じられる時間の中、レイはシャルの一撃を黙って受け入れようと目を瞑る。


 そして来るであろう衝撃に備える。


 しかしそんなレイの意に反してシャルは一撃を加えることなく構えていた拳を解き、その両の手でレイの頬を優しく包み込んだ。


 レイは驚きに閉じていた目を開ける。

 眼前に迫るは目を閉じたシャルの顔、レイが疑問の念を抱く寸前、己の頬に柔らかい感触が走る。


 一瞬頭の中が真っ白になるレイ。

 しかし本心では今何をされたかをしっかりと理解していた。

 レイは今、シャルにーーー




 ーーー頬をキスされた。




 ゆっくり流れていた時間が元に戻り、ドサっという音とともにシャルがレイに覆い被さる形になって二人は地面に落ちる。


 レイは呆然とした顔のまま、対してシャルは悪戯が成功したような笑みで、しかし羞恥にその両頬を朱に染めながらレイにこう言う。


「私の勝ちですね、お姉様!」


「ああ、お前の勝ちだ」


 まだ現実をうまく飲み込めないレイは苦笑しながらその言葉を返すので精一杯だった。




 勝者シャルレア・ウロボロス、この勝利は彼女の人生で初のレイから奪い取った白星であった。




 ☆★☆




「おやおや、終わりましたか〜」


「うむ! 最後は些か予想外ではあったがな!」


 レミアと宰相、将軍の観戦していた三人はどこかニヤニヤとした笑みを浮かべながら下へと降りてくる。


「しかしシャル、何ですか最後のあれは? 何なら唇にしてもよろしかったでしょうに」


 そんなレミアのからかいの言葉に照れたように頬に手を当ていやんいやんと首を振るシャル。

 そんな光景を見てレイはキスをされた頬に手を当てながら未だどうして良いかわからないような複雑な顔をしている。

 シャルはそんなレイの方へと向き直り、未だ頬を朱に染めながら宣言する。


「これが、私の答えです。私はお姉様のことを心からお慕いしております。今すぐに答えを出さなくても結構です。そして、またお姉様が外へ出るとき、私もその隣に立たせてください」


 レイはシャルのその真剣な瞳を見つめる。

 そしてハーっと深いため息をついた。


「……未だ、現実が飲み込めん。だが、お前が愛すべき弟子であり、妹分であると言うことに変わりはない」


 レイはそこで一旦言葉を切る。


「お前達に協力してもらったことでもあるがソウマ君の親が見つかった。そして彼はギルドの登録を望んでいる。ギルドの登録の下限年齢である十三歳になったら彼は旅立つだろう。それまでに彼には親のことも話しておくつもりだ」


 レイはシャルと目を合わせながら続ける。


「その時、私はまた旅に出る。先ほどのお前の告白に対する答えは出せん。だがお前が私の一番の相棒であることには変わりはない」


 レイはそこで頬を薄っすら朱に染めながら照れ臭そうに言う。


「だからシャル、これからも、また、よろしくお願いする…」


 シャルはそんなレイの言葉を聞いて昔のような満面の笑みを見せる。

 そしてレイにがばっと抱きついた。


「大好きです! お姉様!」


「だああっ! 引っ付くな!」


 レイにぎゅっと子供のように抱きつくシャルに彼女の気持ちを知ってしまったレイは思わず赤面とする。


「けど、やっぱり悔しいですね…。お姉様を“本気”にできなかったことが…」


 レイはその言葉に思わず黙り込んだ。


「……本気は出していたぞ…」


「ええ、けどお姉様は特殊属性を使っていないじゃないですか」


 レイは思わずシャルの言葉に「それはそうだろう」と少し気にくわない様子で返す。


「あれは私からしても反則だ。特に無尽蔵に魔力を持つとも言える私が使えばな」


「勝ったのは嬉しいですけど…お姉様に《時空》を使わせたかったです…」


 レイの特殊属性それは《時空》属性、その名の通り時間と空間を司る属性であり二つで一つという属性である。


「私の《時空》属性を使えばお前でも相手にならん」


 時間を操る、それは本来不可能なことでありそれを可能とさせるその属性はどれだけ簡単な魔法であろうと使用魔力が半端なく高くなる。

 しかしその時間という属性ですら容易く扱えるほどの魔力を持つレイにとってみれば当に『反則』と称する他無いほどの効果を発揮する。


 それこそ今しがた闘っていたシャルですら一蹴できる程の効果を発揮する。


「だが、それでもお前の勝ちということには変わりはない」


「……はい!」


 そしてレイは昔のようにシャルの頭をくしゃっと優しく撫でる。

 シャルはそれを黙って嬉しそうに受け入れた。


「強くなったな……シャル」


「……はい…」


 感慨深げにつぶやくようにしてレイはシャルの成長を喜ぶ。

 それを聞いたシャルは胸から込み上げてくるものがあった。

 顔をうつむかせたシャルの頬に一粒の涙が流れ落ちる。


 レミア達三人は黙ってその光景を和やかな雰囲気で見つめていた。



誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です

次回投稿時期は未定です

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