表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/59

『久遠』

 

 レイはどこまでも無邪気な、何処までも凄惨的な笑みを浮かべている。普段の落ち着いた所作からは想像もできないその表情。常人が見れば身を竦ませるだろうその表情。

 それを見てシャルの背筋に悪寒が走った。それと同時に歓喜も押し寄せて来る。


 レイから溢れ出る魔力に光が宿り始める。

 淡く優しく包み込むような銀色の光。


 それはヒトを、生物の枠を超えた、逸脱した、超越した個体であることの証。


 とてつもない、身にのしかかるような圧力がシャルの身にかかってくる。

 観客席にいる誰か、おそらく宰相であろう。彼はこの空間に魔力が外へ漏れ出ないように結界を張る。

 シャルは宰相に感謝する。

 もし、このレイの魔力が外へ漏れ出たらそれだけで大騒ぎになるだろうことを考えたらシャルとしても到底我慢できなくなる。

 ようやく()()まで持ってこられたのだ。我慢などできようはずもない。


 シャルが目の前の発光する魔力を発しているのを見るのはこれで三度目である。

 一度目は彼女の《使い魔》たる“ジン”との模擬戦のとき。

 そして二度目はたまたま遭遇した他の“超越個体”との戦闘のとき。

 一度目はその圧倒的な“力”の前に何が起こったかを把握する暇もなく失神してしまった。

 二度目は意識こそ保ってはいられたが腰が抜け動くことすらままならなかった。

 しかしシャルはその目に焼き付けたであろうことは一生忘れることがないだろうことを今でも確信している。

 圧倒的破壊。

 圧倒的蹂躙。

 彼女はその“力”に魅了された。そして焦がれ、憧れた。それと同時に悟った。

「ああ、私はここまで至ることは出来ない」と。


 シャルほどレイを知っている者はいない。彼女自身そう断言できる自信がある。

 レイは強い、この世界の誰よりも、何よりも。

 彼女は悟った。あそこまで、あの領域まで至ることは出来ないと。

 しかしレイのことを心から尊敬し敬愛し思慕するシャルが、何より彼女自身がレイの隣に並び立てないことを良しとするはずがない。

 彼女は決意している。いつかあそこを至ってみせると。




 ☆★☆




「久方ぶりですね〜、あれを見るのは」


「うむ! そうであるな! 数百年前のあのとき以来か!」


「そうですね。正直、呼吸をするのも億劫になるくらいの圧なんですが…… 」


 レミアの呟くような言葉に隣に並んで座っている二人も同意するように頷く。


「さて、シャル。貴女常々言っていましたよね。お姉様の隣に立ちたい、と。証明してみなさい。ここまでうまく運ぶことは金輪際ありませんよ」


 懇願するように、何かを願うようにレミアは二人を見つめていた。




 ☆★☆




 ヒトの身にして生物の枠を超えた者は歴史上ただ一人。そう世界から認識されている。

 レイ・ウィストリア、その名を知る者は殆どいないがそれと同時にその容姿の特徴を知らない者は殆どいない。

 曰く、美しく輝く長い銀色の髪だった、と。

 曰く、その容貌は何処までも美しく見たこともないほどの美女であった、と。

 歴史に名を残した偉大な冒険者の手記にもそれらは残っている。

 しかし同時に疑問の声も上がっている。「あれは本当にヒトなのか?」と。

 彼女に関する記録はそれこそ多く残っている。遥か彼方まで遡れば一千年以上前の古書にも彼女のことが書かれていた。


 彼女の種族は見た目から判別すれば人族だということがわかる。しかし人族の寿命は百年程度、それほどの時を生きられるはずがない。

 ある者はこう語る『見た目が人なだけで正体は魔物である』と。

 またある者はこう語る『それは特殊な一族であり、代々一番高い魔力を持つ者が人前に現れている、即ち同一人物ではないのだ』と。


 しかしどの仮説も否定されることになる。

 ある老エルフが『見間違えようもない、あの姿は数百年前に見た姿と相違ない』と語る。

 ならば魔物なのか? という声が上がるがそれもまた否定されることになる。


『精霊』という存在がいる。

 魔法の属性を司り体を魔力によって構成された存在であり、遥か太古よりこの世界に存在している。

 通常のヒト族では見ることが出来ず一部の魔力の順応性の高いヒト族のみがその姿を確認することができる。

 彼等は魔物と対となる存在であり互いに互いを干渉することは無い。しかし魔物は精霊を、精霊は魔物を知覚することが出来る。

 そしてある者が精霊の上位存在である大精霊、その一柱にこう聞いた。

『彼女は魔物であるか?』と。帰ってきた答えは否定の言葉だった。


 以来、ヒトは彼女のことをこう呼ぶ。

 生きながらにして“超越個体”へと至り、永遠の如き時を生きる彼女に畏怖と憧憬、怖れを込めた呼び名。

 歴史の生き証人、永遠の時を生きる魔導師『久遠』と。




 ☆★☆




「準備はいいか? シャル」


 レイはクレーターの中心からシャルにそう呼びかける。


「もちろん、ここからが本番です!」


 レイは口角を上げるような笑みを浮かべながらシャルの返事にその意気や良し! とばかりに頷く。

 そしてその凄惨な笑みを浮かべながら戦闘を再開する。


「では、行くぞ」


 レイは魔力の放出をさらに増加させる。

 淡い銀色の魔力がメラメラと、まるで炎のように揺らめかせる。

 そしてその銀色の魔力から一部が分離しまるで蛍火のように、一つだけではない、無数にレイの周囲を取り囲む。

 そしてその魔力の一つ一つが様々な形を型どり始める。


「《()()創造》ーー」



 彼女が何故、魔物と疑われたか。

 それは彼女の見た目が一切変わらないということも理由の一つに挙げられる。

 しかしその他にももう一つ、大きな理由が存在する。

 彼女は世界を渡り彷徨っている。その際彼女は適当な場所を選んではそこに《秘境》を創り上げる。

 この世界にある半分ほどの《秘境》は久遠が作り出したとさえ言われるほどだ。

 秘境とは貴重な素材を獲得できることのほかに、その魔力の濃密さから魔物が生み出される地。

 魔物が生み出すことが出来る存在が同じ魔物だと考えてしまってもある意味致し方がないことではある。

 要するに、彼女はーーー


「ーーー出でよ」


 ーーー魔物を生み出し、その魔物を意のままに操ることが出来る。


 銀色の魔力が魔物へと変化する。

 漆黒の毛皮を持つ紅眼の巨狼、黒い馬にまたがった騎士のアンデッド、青く透き通るような色をしたスライム多種多様な魔物が生み出される。


「行け!」


 魔物たちがシャルに一斉に飛びかかる。

 シャルは拳で一蹴するが一体だけ倒し損ねる。

 スライムだ。スライムは打撃に対する耐性がめっぽう強く倒すには魔法が推奨される。

 シャルはセオリー通りに魔法を発動しようとする……が不発に終わる。


「シャル、そこは《領域》内だ」


「ッッッ!!」


 シャルは慌てて飛び退き一旦深呼吸してから魔法を発動させる。

 今度はしっかりと発動した火の魔法、魔法がスライムを焼き尽くした。


「ーーハアッ!」


 シャルは緊張のあまりに息を思いっきり吐く。

 レイはクレーターから上がってきてはいたがそこから動こうとはしていない。


「ふふっ、動こうとしないなんて、余裕ですね」


 シャルは皮肉交じりにそう吐く。


「知ってるだろ? 今の状態だと動かない方が私は強い」


「……反則ですね」


「シャルにとっちゃそれ程の苦でもあるまい」


 レイの淡々とした返しにその彼女の本気さがシャルに伝わってくる。

 《領域》、超越個体のみが持つその特性は彼女の周囲での魔法の使用を許さない。

 正確に言えば卓越した技量があればそれも可能になるが戦闘中にそこまで集中できる環境にあることは少ない。

 しかしレイの言う通り近接を得意とするシャルにとってはそのハンデともいうべき環境も然程苦になるものではない。


「ーーシャル」


 レイはぴっと人差し指をシャルの方へと指差す。

 いや、正確にはシャルの後方を。

 彼女の背後、すぐそこには大きな火の玉があった。


「後ろだ」


「っ!!」


 火の玉が爆発し火柱が上がる。

 シャルは咄嗟に横へと思いっきり跳ぶことでそれを交わすが、


「ガッッ!」


 跳んだ先で地面から突き出された土柱がシャルを上へと弾き飛ばす。


 そしてその先では幾千本にも及ぶ氷でできた槍が待ち構えていた。

 一つ一つに超級の魔力が込められた魔法たちに思わずシャルも顔をしかめる。

 シャルは苦悶の表情に顔を歪めながらそれらを力に任せて叩き割り、落とし、壊していく。

 拳を振る際に生じる衝撃波で一度に数本ずつ落とすことが出来ているがそれでもまだ全て落とすには到底至らない。


「まだまだ」


 そこに迫り来るはレイの魔力により()()した木々たちが半ば崩懐した床から生え、成長していく。

 それを巧みに操り空を飛び回りながら氷槍を落としていくシャルの四肢に絡ませ、動きを阻害する。

 止まった瞬間を見計らい氷槍を全てシャルに向かって放つ。


「ッッッふんっ!!」


 未だ残る数百本の氷槍がシャルの体に当たるその瞬間、重魔法で体重を倍加させ蔦を無理矢理引きちぎり、拘束から逃れそれらを交わす。


 そしてシャルはこれ以上はやらせないとばかりにレイに向かって突貫する。


 が、その寸前でレイの張った魔力壁によって阻まれる。

 叩き割ろうと右腕を振り上げるが、そこで彼女は自分の足が動かないことに気づく。

 シャルの両足には蔦が絡められていた。


(しまった!)


 地面から吹き出すマグマを避ける術はシャルにはなかった。




 ☆★☆




 レイはこの状態になると一定範囲内、《領域》内に限って好きな場所に、ありとあらゆる場所に自由に魔法を発動することが出来る。

 ノータイムで対象の超至近距離で放たれる魔法を交わすのは容易なことではない。


 レイは今の一撃に多少の手応えを感じていた。

 ただこれで決着がついたとは思っていない。シャルは数百年もの間レイに付き添って旅をしていた。

 中には今の状況以上に切迫した戦況もあったがそれを全て乗り越え今に至っている。

 レイは訓練場に散らばる枝葉を焼却し、また新たな芽を足元から生やし、待機させる。


 マグマの中から水蒸気を上げながらみるみると小さくなっていく氷が見えてくる。


(む、氷で凌いだのか?)


 レイは魔力を圧縮させた魔力弾を作り出しそれを氷に放って破壊する。


「……何?」


 しかしそこにはシャルの影も形もなかった。

 シャルは膝を曲げてドンと垂直跳びに飛び上がる。

 全体を見渡せるよう空へ飛んだがその何処にもシャルはいない。



「ここですよ」



 唐突に()()から聞こえてくる声、咄嗟にレイは反射的に体を捻る。

 そこでレイが見た光景は何もないところから上半身だけシャルが身をのぞかせているといった摩訶不思議なもの。


「空間魔法?」


 思わず口にこぼした言葉をレイは心内で否定する。

 シャルの特殊属性は《重》、空間属性は使えない、がそれを可能にする手段が一つだけあったのを思い出す。


「魔道具か!」


「御名答です」


 空間にできた穴に全身をくぐらせたシャルはレイと相対するように空に浮かぶ。

 そしてシャルは右腕をレイに見せるように掲げた。

 その右腕の手首には数珠つなぎになった珠型の魔道具が付けられていた。


「転移珠、いや、少し違うか?」


「いえ、合っていますよ。それに加えてもう一つ、別の魔道具を加えているだけです」


 その魔道具とは今使っていた別空間へと移動する魔法が込められたものだろう。


「卑怯ですか?」


 二人ほぼ同時に落下しながらシャルはレイにそう問いかける。


「口が裂けてもそんなことは言えん。ルールで決めたのは武器の使用の禁止であって魔道具の使用は禁止していないからな」


 それは少々屁理屈に近いかもしれないがシャルがそれを言うならばともかくレイ自身がそれを望んだ。

 ならばこの場に否と言える者は誰もいない。


「あと、十数回程度か」


「ご想像に、お任せしますっ!」


 地面に着地した瞬間、シャルは地面を蹴り上げレイの視界を潰しにかかる。


(後ろか)


 レイは()()に転移したシャルの拳を右手で掴み左手のひらに魔力を凝縮した魔力砲を放つ。

 銀色の閃光が宙を走るがシャルは当然のようにそこからはいなくなっている。


 レイは左からくる蹴りを腕で受け止める。

 腕に氷の剣を纏わせシャルに振るう。

 バク転の要領で地に手をつきながら蹴りで氷剣を破壊し地面に異次元への穴を開き潜り込む。


「どこから……うおっ!」


 突如足元の穴が空きレイは引きずりこまれる。

 穴が閉まる寸前、シャルが穴から飛び出してきた。


「ハア、ハァ、一息つけ「させんよ」ッッッ!」


 閉じた異次元の穴をこじ開けレイが出てくる。


「出てきて早々だな」


 出てきた途端に突っ込み、かかと落としを決めてきたシャルの足を掴み投げ飛ばす。


「くぅっ!(全然近づかせてもらえない!)」


 シャルの姿が搔き消える。


「無駄だ」


「グフッっ!!」


 悔し紛れにレイの後方へ転移したシャルにレイが鳩尾を決める。

 いくら頑丈なシャルといえど急所を決められて堪らずヨロヨロと数歩後退する。


 そしてドサっと膝をつく。


 レイはそんな膝をついたシャルを見て銀色の魔力を徐々に小さくし、消そうとする。


「戻さないでください!」


 そのシャルの剣幕に思わずレイはピクリと体を強張らせる。


「今のお姉様じゃないと意味ないんです。じゃないと、私はお姉様の隣に立つ資格がありません!」


 先ほどのダメージがなかったかのように悠然と立ち上がるシャル。

 しかしレイは首をかしげる。


「何故だ? シャルはもう十分強い。強さをさらに求めるのは結構だが、私の隣に立つのに今のお前以上にふさわしいやつは今の世界にはいないぞ? それでもか?」


 レイは疑問を投げかける。

 この闘いが始まってからずっと疑問だったのだ。

 普段は小道具どころか小細工すら使わない力一辺倒の闘い方をするのにも関わらず今日は違った。

 まるで今日が人生の節目であるかの如くの闘いぶり。

 それに加えて今の台詞である。

 正直、シャルらしいとは決していえなかった。


「模擬戦だとはいえ半端ではいけない。それは当たり前のことであり、私自身もお前にそう教えた。だがあくまでこれは模擬戦、練習試合だ。お前の手の内を見せるようなものではない」


「それでもですっ!」


 それでも、と彼女は断言する。


「だとしても、それは私が許せないんです。お姉様は、久遠はとても強い。世間では私が世界最強などと言われていますが、お姉様を知る私からすれば笑い事にすらなりません!」


 シャルは構える。体を重くし、身体強化を最大限までかける。

 その金の瞳は未だギラギラとした闘志に燃えている。


「今の状態のお姉様に一手、喰らわせること。それが私の定めた、お姉様の隣に立つ私に対しての条件です!」


 レイを心から慕うからこそ、誰よりも憧れているからこその決意。

 一人前になった今、中途半端な腕で彼女の隣に立つのは何よりも彼女(シャル)自身が許せない。


 レイはシャルを見つめる。


「それが私の、()としての矜持です!」


 シャルがレイに突っ込んでくる。


 シャルとレイの拳がぶつかり合う。

 その激突で限界がきたのか今まで何とか形の保っていた床に亀裂が走り崩壊する。


 たかが模擬戦、されど模擬戦。

 シャルが己に定めたレイの隣に立つ資格。それを得るための一大決戦。

 その最終局面に今から入ろうとしていた。



誤字脱字や文章の違和感などの指摘大歓迎です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ