レイVSシャル
爆発の拍子に発生した煙が晴れる。
両者はその場からまだ一歩も動いておらずその服にはまだ埃一つついていなかった。
「ーーふむ」
レイはちらりと煙が完全に晴れた周囲を見渡す。
観覧席との境目に貼られている結界はもちろん、壁、床、何一つ破損どころか罅一つ入っていなかった。
(中々に丈夫だな。言うだけのことはある)
「私を前にして、よそ見なんてさせませんよ?」
レイが視線を戻した先、その目の前にはシャルが迫っていた。
その手に巨大な闇の鉤爪を纏いそのまま力強く振り下ろす。
レイはそれを半身をずらして避ける。
が、その脇腹にはシャルの足が食い込んでいた。
「ッッッ!!」
シャルはその手を振り下ろすと同時にその勢いのまま回し蹴りをレイに放っていた。
かなり大振りになる動きではあるが、それを可能としたのはシャルの身体強化込みのズバ抜けた身体能力と、シャル自身レイは敢えてこの一撃を受けるだろうと確信していたからだ。
レイは勢いよく真っ直ぐ壁まで蹴り飛ばされ思い切り叩きつけらる。
しかし、レイは大きな音を立てながら壁に叩きつけられながらも何のダメージも受けることなく思考が回り続けていた。
レイは壁に叩きつけられながらシャルの方を見つめる。
シャルの魔法によって作られた闇の鉤爪が振り下ろされた先、本来ならば爪の通り道は大きく抉られてもいいはずのものであった。
しかしそのような傷は一切ない。
このレイがぶち当たった壁にしてもそうだ。
そこには罅一つ付いていなかった。
レイは何のダメージも受けていない様子で地面に降り立つ。
「今のは、中々に効いたぞ、シャル」
「平然とした様子で言わないでください。それに、今のでそんなことを言われてもこちらの方が心外です」
シャルは腰に手を当ててそう拗ねた風に言う。
もちろんレイとしても今のはただの冗談である。
「それにしても、思ったよりもえらく頑丈だな。今のでも罅一つ入らないとは」
「そのために作られたものです。この程度じゃまだ崩れませんよ」
そう二人は互いに見つめ合ったまま言葉を交わす。
最初の魔法戦から今までの流れはあくまでこの場所の強度を確かめるためのもの。
シャルも口ではこう言ってるが思っていた以上の硬度に内心それなりに驚いていた。
「じゃあ、もっと力を上げてもいけるな?」
「もちろん、じゃないと貴重なお願いを使ってまで今日という日を迎えた意味もありません!」
シャルは周囲に火、水、風、土、光、闇、雷、氷、数多の属性の下級魔法を浮かべる。
その数およそ一千。
「はあっ!」
それを未だ壁の前で突っ立っているレイに一斉掃射する。
それを見てゆっくりと目を閉じるレイ。
縦横無尽に魔法が迫るその瞬間、レイはカッと目を見開き「ハッ!」と一喝。
レイの体から気合いと共に放たれた魔力波が下級魔法を全て霧散させる。
しかしその目の前にはすでにシャルはいなかった。
レイは右と左に首を振るがそこにも彼女の姿は見当たらない。
「上かっ!」
レイが上を見上げたその瞬間シャルは天井に着地していた。
シャルはそのままレイ目掛けて魔法を放つが、レイは当然のごとくそれを真ん中に向かって避ける。
そして狙い通りとばかりに獰猛な笑顔を浮かべたシャルは天井を踏みしめレイ目掛けて突貫する。
レイは拳を握りしめシャルの拳を迎え撃つ。
パァンと拳のぶつかり合う音が肌をビリビリと震わせる。
そしてそれと同時にレイの足元に罅が入った。
☆★☆
レミアは合図をしてから元の席まで戻り今までの攻防を見ていた。
今までの彼女等の動きは技術はなくとも洗練されており自分ならばどうするか、ということも考えながら見ていた。
そして地面にヒビが入ったのを見て「ああ、やっぱりか」ということも思う。
レミアでさえもやろうと思えば破壊できる程度の強度。魔国でも有数の実力者であるレミアだとはいえシャルとの実力差は大きくかけ離れている。
彼女にもできることがシャル、そしてその師匠にできないとは思えなかった。
しかしそこはそれ、宰相が年単位で構想してきた物である。
彼も戸惑うか、もしくは苦い顔をしているかも、とちらりと彼の方へ視線を向ける。
「おや、もう破損し始めましたか〜」
しかし彼はいつも通りの変わらない様子、それを見てレミアは軽く驚いたように目を見開く。
「おや、何ですかレミア殿? 意外でしたか、私が作ったここを壊されたのに何も感じていないような様子なのが」
「はっ、い、いえ」
まるで全てを見透かすかのような物言いにレミアは一瞬どもってしまう。
「私とて、彼女達の実力は知っています。そんな過小評価なんかしませんよ〜」
「はっ、で、では何故?」
「私が知りたかったのはあの舞台が彼女達に耐えうる硬度を持っているか、ではなくどの程度までなら耐えうるか、ということです。まあ、あの程度なら及第点でしょう。さて、あれから更に硬度を上げるにはどうするか。オリハルコンでも使いますか?」
宰相の冗談にレミアは思わずくすりと笑う。
オリハルコンとはこの世界で最硬で最高の金属。
魔力の伝達率も高く滅多に発掘されることのない超希少金属である。
その余りの硬さゆえ加工できる者も殆どおらずたとえどれだけのひどい出来であろうとオリハルコン製の武器は都市を数個、余裕で買えるほどの値段で取引されている。
それをこの訓練場いっぱいに使うというのは不可能である。
「しかし、こうもあっさりやられると何か癪ですね〜。罰ゲームでもやらせますか」
「む、動くようであるな!」
その将軍の声に三人は動きの一つも見逃すまいとじっと見つめる。
国に仕える彼等とて魔族、その根は常に力を求めている。一瞬たりともこの戦いを見逃すことはできなかった。
先程の拳の打ち合いから一旦離れてまたお互いを静観していた彼女等にまた動きが出てきた。
☆★☆
「さて、身体もあったまりましたし、そろそろ本気を出していきますよ」
シャルは両手を構えその両手に魔法をかける。
「《重》!!」
シャルは一足飛びにレイの方へ飛び、拳を突き出す。
そしてレイは腕を交差して構えその拳を甘んじて受ける。
ドゴッという音と共にレイが吹っ飛んだ。
(ッッ!! 重いなっ!)
レイは地面から突風を発生させ範囲の広い上空へと自らを飛ばすことで衝撃を逃す。
「これは効くなっ! 《重属性》魔法!!」
シャルは追撃とばかりに上空へと飛び出したレイへと追いすがる。
「二度目は食らってやらん!」
レイは風で体を運ぶ要領でシャルの一撃を避け、蹴りを入れようとする、がーー
「むっ!?」
ーーするりとシャルの体が不自然にレイの足を避けるようにして動く。
(今度は軽くしたかっ!)
シャルの特殊属性、それは《重》と呼ばれる属性。
重属性によって起こる効果は世に知られるような空間属性などの応用に富むようなものではない。
その効果はたったの二つ。
物質の重さを重くする、若しくは軽くするというもの。
似たようなもので重力属性というものがある。
しかしそれとシャルの重属性ははっきりとした違いがある。
重力属性は空間に作用を及ぼすのに対し、重属性は物質そのものに効果を及ぼす。
敵を攻撃するという点において重属性というものはほとんど役に立たない。
重力属性はその名の通り空間にかかる重力の重さを変える魔法。その分身体にかかる負担も増大し相手にダメージを与えることが可能になる。
それに変わって重属性はただ重さを変えるというだけであり魔法のかかった対象に悪影響を及ぼすわけではない。
骨だけを重くすれば筋肉が悲鳴をあげることになるだろう。
血だけを重くすれば身体中の血管に負担がかかることだろう。
しかし重属性はそれそのもの全ての重さを等しく変える。まるで元からその重さであったかのように変える、その魔法は攻撃手段で用いようとすると全くの魔力の無駄遣いとなってしまう。
そうするとヒトではなく武器や防具にかけて行動阻害をするくらいしか使い道がなくなる。
しかしそのような使用法も身体強化という技術でカバーする事で容易に対処が可能になる。
しかしこれを攻撃ではなく自らの肉体にかけることでこの属性は真価を発揮する。
殴る際に拳を重くすればより衝撃も重くなる。
着るのにも苦労する重装備を軽くすればその装備の利点をそのままに着用することが可能になる。
シャルが行ったことは至極単純なこと。
拳を重くして攻撃力を増大させた。
体を羽毛のように軽くし、少しの風圧による影響を限りなく大きく受けるようにした。
両者は少し離れたところにほとんど同時に着地する。
「《重》」
シャルが全身を包み込むように魔力を覆う。見た目には何の変化も起きていない。しかし彼女の重さは普段の数十倍までに膨れ上がっていた。
「行きますっ!」
「来いっ!」
ーーシャルの踏み込み一つで先程まで頑強に耐えていた地面に罅が入った。
シャルは魔導師である。
それもヒト族が使える最高と言われる戦略級の魔導師。その魔法の腕だけで間違いなく世界最強の一翼を担っている。
しかし、彼女の本領は魔族においてでも最強と呼ばれるその魔力による魔法戦闘ではない。
ーーシャルの重く鋭い一撃が砂埃を巻き起こした。
魔王シャルレア・ウロボロスの本領、それはその類稀なる身体能力、そしてそれを極限まで高めるために修めた身体強化による近接戦闘。
こと身体強化に限っていえばその精度はレイにも決して劣らない。
ーーレイはかわし続ける、上に、下に、右に、左に、後ろに、避けて避けて避け続ける。
それに加え、まるで彼女のためにあるような重属性による攻撃力及び回避力を増した彼女の一撃は世界でも屈指の威力を誇る。
ーーレイはあらゆる属性の魔法でシャルの動きを阻害しようとする、が、シャルはその拳一振りであらゆるモノを弾き飛ばす。
戦略級の魔法に加えその一撃ずつが致命傷となりうるシャル、彼女の戦闘スタイルは魔法を補助に使った近接戦闘、魔導師では滅多に見ないそのスタイル。
ーーレイはシャルの攻撃を避けるが、たなびく髪にその拳が触れる。数本、その綺麗な銀髪がちぎれ飛んだ。
魔法のみの実力で世界最高峰、そして近接のみの実力であっても世界最高峰。
ーーシャルの顔が愉悦の笑みで歪んだ。レイの顔が歓喜の笑みで歪んだ。
魔国歴代最強の魔王にして世間一般からは世界最強との呼び声も高い彼女。
彼女のことをよく知らない民草ならば彼女が得意なのは魔法だと思っている。
しかしそれは正解でもあり間違いでもある。
ーーシャルの拳が床にめり込む。床に大きく彼女の一撃の入った場所から放射状に大きく亀裂が走った。
シャルは近接を得意とする異色の魔導師。
極限まで研ぎ澄まされた身体強化と重属性魔法によって強化されたその一撃は戦術級の魔法をも上回る。
ーー彼女らの衝突の余波で今まで微動だにしていなかった結界に亀裂が発生した。
シャルとレイ、お互い只人にとってその実力は遥か雲の上の位置に存在する彼女ら、しかしそんな彼女達でさえ天と地ほどの実力差が存在する。
だが戦闘においてシャルがレイに勝る分野が一つだけある。
ーー攻撃の一つ一つを高速で打ち出すシャル、ただレイに当てるためだけにその強靭な身体能力で打ち出されるそれらは荒々しくもまるで舞っているかのような、美しさだった。
シャルは強い。
強者が集う魔国の中でも類を見ないほどに強い。そんな彼女でさえも師匠たるレイには敵わない。
レイはシャルに魔法で勝る。
レイはシャルに技術で勝る。
しかしシャルがレイに勝てる分野、それは近接戦闘、技術でさえも負ける彼女であるが、『力』ただその一点のみにおいてはレイをも上回る。
ーー幾度目かの拳の打ち合い。両者の足元が音を立てて陥没する。
ぶつかり合う拳、そして……シャルの拳がレイの拳を押し込んだ。
「ぐううっ!」
今まで保っていた均衡、それが初めて崩れる。
伸びきっていた肘が曲がり動揺の声が上がるレイ。それが今までシャルが求めていた瞬間だった。
(今っ!)
シャルはスッと体の力を抜く。
ほんの僅かに体勢の崩れるレイ、彼女は今この瞬間、次にシャルが何をして来るのかを心から楽しみにしながら最大限の警戒をしていた。
スッと両手を顔の前に翳すシャル。
レイは身構える。
そしてーー
ーーパァン!
レイは一瞬理解できなかった。
シャルがしてきたことはレイの目の前で柏手を一つ打っただけ、俗に言う“猫騙し”という技。
レイは思考が一瞬真っ白になる。
一秒もない、ほんのコンマ数秒の僅かな硬直。
しかし、その隙はシャル相手には致命的である程の大きな隙であった。
レイの頭上で拳を振り上げるシャル。
体に最大限まで魔力を流し込んで身体能力を強化しその腕を岩よりも重くする。
僅かに前屈みになるレイの背中、そこにこの闘いにおける最大の一撃を、最高の隙をついて地面に叩きつける。
訓練場自体が壊れるかと思うほどの轟音が響き渡る。
そしてレイが叩きつけられた場所を中心にして大きなクレーターが出来上がる。
シャルのこの闘い渾身の一撃であった。
☆★☆
シャルはジッと見つめていた。
自らが開けた濛々と砂煙が立ち込めるクレーターの中心をただジッと見つめていた。
シャルの心は大いに満足していた。
レイに今まで使ったことがなかった、それどころかシャル自身が使おうとも考えていなかった技。
小手先に頼ることなくただ力一辺倒だけでやってきたシャル。
だからこそレイはその思考を一瞬止めてしまったとも言える。
完全に彼女の意表をついた形であったからだ。
今彼女に入れた一撃はシャルにとっても「決まった!」と確信できるものだった。
まさに必殺の一撃。
しかし彼女の顔はまだ厳しいものになっている。
肩を少し上下させながら一つ大きく息を吸い込みザッと足を踏みしめながら構える。
まだまだこの闘いは終わっていないとばかりに。
彼女は知っていた。
今の一撃ではレイを倒すことが出来ないということを、先程の攻防も師匠たる彼女にとっては前哨戦でしかないということを。
これからは自分がどれだけ抵抗出来るかという闘いになるということを。
「あぁ〜っ、今のはやられたな」
風が巻き起こり砂煙が晴れる。
そこには先程と何も変わらない様子で立っている無傷なレイがシャルの目に映っていた。
「流石に今のは想像がつかなかった」
「ふふっ、少しは驚かすことができましたか?」
「ん〜、まあな」
クレーターの上からシャルがレイを見下ろすように立っている。
軽口を叩いてはいるがシャルは警戒を解かない、いや解かないのではない。
解けない、今警戒を解いてはいけない。これから先は瞬きする瞬間すらない
「完全に意表を突かれた形だな、一本とられた」
レイから滲み出る魔力が徐々に増していく。
それに伴いレイから発される圧力が増大していく。
クレーターの中心に佇むレイ。
そんなレイの目元を伺い知ることはできない。垂れた前髪によって覆い隠されている。
しかし口元、そこははっきりと見ることが出来る。
レイは笑っていた。
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