地下訓練場
レイとシャルがソウマの生家の調査の報告会をしてから一週間、レイは約束通りシャルのいる魔王城、ではなく何故か魔王城どころか魔国から遠く離れた、帝国領にほど近い草原のど真ん中にシャルと二人で立っていた。
「よしっ! いざ行かん! 帝国領へ!」
「はいっ! お姉様っ!」
レイとシャルの二人は冷えた夜空の下、その場に合わないようなハイテンションでその場にいた。
そこに一陣の冷たい風が吹いてくる。
「うむ! この時期は冷えるな!」
「コートを着てきて正解でした……」
レイはいつものローブ姿だが、シャルは城で着ているようなドレス姿ではなく、真っ黒のコートにその身を包んでいる。
今は十の月の十六日、まだ日中は暖かいが夜になるとだいぶ冷え込んでくる。
因みにこの世界の暦は一週間が無、火、水、風、土、光、闇、霊の八つの曜日から構成されており、四週間で一ヶ月、十二ヶ月で一年三八四日である。
なお時間に関しては地球と変わらず一日二十四時間である。
この世界は基本どの地域にも四季があり今は丁度秋真っ盛りの時期なのである。
「それにしても帝国は格段に冷えるな」
レイは肩にかかった長い髪をはらう。
レイはいつもとは違って風が強いためにフードを被っておらずその長い美しい銀の髪を月下に元にさらしている。
美しい髪を風にたなびかせるその姿はレイの美貌と相まって非常に絵になっている。
シャルは久しぶりのレイとのお出かけに気分が最高に高まっていたが、思わず隣に立つそのレイの姿に見とれてしまう。
(ああ、綺麗です、お姉様。いつかまたお姉さまと一緒に旅をしたい……)
「どうした? シャル」
「ああっ! いえっ、なんでもありません!」
その顔はどう見ても恋する乙女の顔である。
いつもならその表情を見てレイが何か言ったかもしれないが今のレイにそれを気にする余裕は無かった。
「ううっ! 元々いつかは帝国に行こうと思ってはいたが、まさかこんなに早くなるとはな」
レイは一瞬体を寒さで震わせながらそう言う。
ローブを着ているレイは体に関しては大丈夫だがフードを被ってないために冷たい外気が直接顔に当たることとなっている。
「そうですね。なんで私まで、まあ、お姉さまと出かけられるならそれでもいいですけど……。あ、お姉様、寒いので近づいてもいいですか?」
台詞の最後にシャルは己の欲望をさらっと付け加える。
何気なく頼んだことをレイは反射的に了承の返事をする癖があるためこの頼み方をすればちょっとした望みならば確実に通すことができる。
案の定レイは反射的に「いいぞ」と答え、シャルはレイにピトッと寄り添う。
二人の関係をよく知るものがこの光景を見たら「末長くお幸せに」と言うだろう、そんな桃色空間が広がっていた。
「(ああ、あったかいです、お姉様)ありがとうございます! しばらくこのままでいいですか?」
「うむ。だがもうそろそろ行かんとあちらも寝てしまうな」
ここぞとばかりにレイ成分を堪能しようとするシャルだがそれは当のレイによって阻止されることになる。
だがレイの言うことも尤もなので渋々といった顔でシャルは引き下がる。
「ムゥ、そうですか……」
「それにしても、宰相もまた無茶を言う。シャルまで巻き込みやがって」
「まあまあ良いじゃないですか。それに下手するとまたずるずると引きずっていくのは結局数年後、とか言うことになりかねませんでしたから」
レイはシャルに痛いことを言われて「ぐっ!」と呻く。実際にシャルにそのようなことをしてしまった以上反論の余地無しだ。
「はぁ、じゃあ行くか。フィランシェ帝国、アスタリス領へ」
「はい!」
そう言って二人は大地が揺れるほどの力強い踏み込みをして空高く飛び上がる。そしてその勢いのまま魔法を発動し超速のスピードで飛びながらアスタリス領へと向かっていった。
なぜ二人が帝国に向かうことになったのか、それは今から一時間と少しを遡る。
☆★☆
ソウマがベッドに入り程なくしてゆっくりとした寝息をたて始める。
二週間周期でガレスの街に行き、ティニアに出会ってから更にソウマの修行に身が入るようになっていた。
それは初めてできた友に良いところを見せたいが為か、はたまた自分の行きたい道を見つけたからか、どちらにせよこれからの成長を楽しみにしながらレイは見守っていた。
その為ここ最近ソウマは前よりも早い時間帯に寝るようになった。
いつもより気合を入れてメニューもよりハードにこなすようになった為疲労も以前より溜まっているのだろう。
とはいえそれが悪いことかといえば勿論否、未だ成長期真っ只中のソウマにとってより長い睡眠は何よりも必要なものだった。
今日はティニアと出会って一週間、それはシャルと約束したあの日ということでもある。
「さて、行くか。魔王城に」
レイはソウマが寝たのを確認してすぐに魔王城、シャルのいるところへと転移した。
レイが転移した目の前にいたのはシャルの執務室のソファーに紅茶を飲みながら寛いでいるシャル、そしてそのそばに控えるレミアだった。
「あ、もう来たんですか? 思ったより早かったですね」
転移したレイを出迎えるシャル。彼女の元へ転移したのだから彼女が目の前にいるのは当然であるのだがその元気な姿を見るとなんとなくほっとする。
紅茶のいい香りが香ってくる。
「うむ、最近ソウマ君が寝静まるのが早くてな。思ったよりも早く来れた。仕事はもう終わったのか?」
「あー、はい。私の仕事も最近は減ってきたので、大体いつもこうやってゆったり過ごしているんですよ」
シャルがレイに「どうぞ」と対面のソファーに座るよう勧める。それにレイは遠慮なく座ることにする。
「それで、いつ始める? 私は今すぐでもいいぞ?」
「私も今すぐ、と言いたいところなんですが宰相と将軍にもこの話が知れてしまいまして……。彼らが来るまでもう少し待っててくれませんか?」
「むう、まあ、いいが……」
シャルにそう言われいまいち歯切れが悪くなるレイ。彼女は将軍の熱血なところがあまり得意ではなかった。
丁度そこにノックのなる音が響く。
「お、丁度いいところに。入っていいですよ」
「失礼します」「失礼する!」
扉から宰相と将軍、文と武のツートップであり、見た目にも対照的な二人が入ってくる。
「おお! レイ殿ではないか!」
「レイさんお久しぶりですね〜」
「ああ、久しぶりだな。宰相に将軍」
シャルの対面に座るレイを見つけた二人は彼女にそう挨拶をする。
将軍は高身長のガチムチマッチョであり顔も厳つい。今は夜であるからか比較的装備も軽いものだが全身鎧を着たらさぞ映えることだろう。
宰相は背筋を伸ばせばそれなりにあるであろう身長も猫背の所為で身長が低いどころかその見た目からは卑屈さすら感じられる。
「うむ、お前らも変わらんな!」
「それは貴方にだけは言われたくありませんね〜」
「うむ! そうであるな! そもそも我らは魔族であるが故、見た目はそうそう変わらん!」
魔族は基本何もしなければ寿命は人族と変わらない。
しかし魔族はこの世界でもきっての戦闘種族。
魔力が多いということと戦闘力の高さ、その二つが等式の上で成り立つことが出来るこの世界では魔力量によって寿命が左右される魔族が、人族と同じ年しか生きられないということは例外を除きほとんどない。
大抵の者が人族よりも何倍もの時を生きる。
その為魔族はエルフ族などと同じく長命種に分類される。
そして長命種全般に言えることだが彼らはある一定の年齢まで行ったら肉体面での老いが停止する。よりはっきり言えば老化の速度がゆっくりとしたものになる。
それには色々諸説があるが一般的には肉体面、或いは精神面での全盛期を保つために停止がなされると言われており、それがおおよそ間違ってはいないだろうとの結論も出されている。
長命種を見た目で判別することはほとんどできない。
見た目が二十代でも実際は三桁を優に越す年数を生きているということもざらにあるのだ。
「さて、では全員揃ったことですし、移動しましょうか!」
このままだと雑談に入りそうな雰囲気だったので手をパチンと一つ叩きシャルが場をそうまとめる。
「おお、そうだな。行くのはこの場にいる面々だけか?」
因みにこの場にいるのはレイ、シャル、レミア、宰相に将軍の五名である。
「はい、そのつもりです」
「ふむ、特に問題はないんだが、随分と少ないな」
「そうですか? 別に部外者を入れる必要もないでしょう?」
「まあ、それはそうだが、今回やるのは模擬戦にかこつけた強度実験だろう? それの関係者は入れなくてもいいのか?」
「あ、それは大丈夫です。宰相がいますから」
「はい、私がやりますよ〜」
レイはそこで宰相がこの国でも屈指の魔法技術を持った凄腕であるということを思い出す。
「ふむ、そうか。ならいいんだ。じゃあ案内してくれるか?」
「分かりました。では行きましょう」
レイはシャルの案内のもと地下訓練場へと向かっていった。
☆★☆
十分と少しほど歩き目的地へとたどり着く。
シャルの執務室のある最上階から地下までの道のりはそこそこ長くかなりの時間がかかった。
しかし夜が遅いとはいえこの城に奉公している使用人どころか誰も見かけなかったことを疑問に思う。
レイはそのことをシャルに尋ねた。
「え? ああ、それは夜だからそもそもいつもよりも少ないということもありますし、お姉さまのことを知らない奴と遭遇したらまためんどくさいことになりそうですから……」
シャルは普段使わないような若干棘が混じった言葉を交えてそう言う。
レイはその言葉を聞いてあ〜、あの時のか〜とその時のことを思い出す。
シャルは魔王に就任して約二百年経っている。
その間魔族も長命種とはいえ幾らかの世代交代も起こっている。未だに城内では詳細までは知らずともレイのことを知っている者が多くいるが知らない者も中には存在する。
数十年前、レイはいつものようにシャルの元へ訪れていた時、丁度シャルが席を外していて不在だった。
暇になったレイは場内をふらふらと散歩していた。時々すれ違う顔見知りと挨拶を交わしながらふらふら彷徨っていると硬い声が後ろから彼女に向かってかかってくる。
最近城に使え始めたばかりのその若い騎士は見知らぬ顔であり全身をロープで包んだ怪しい格好であるレイを侵入者とみなし問答無用でレイを牢屋にぶち込んだ。
因みにレイはなんか面白そうだから、とそのまま特に抵抗することもなく牢屋へと入ってしまう。
そしてその後その若騎士は上官に通すでもなくたまたま通りかかったシャルに誇らしげにそのことを報告する。勿論その行為は無礼にあたり本来ならば上官を通さなければいけないものである。
しかし彼はその力と見た目麗しい美貌で国内から絶大な人気を誇るシャルに覚えめでたくしようとしたがためにそのような行為に及んでしまった。
勿論、そのことをレイを捕まえた当人である騎士から報告を受けたシャルは顔を青ざめさせることになる。
そしてその騎士に激昂する「なんてことをしてくれたのですかっ!」と。
その騎士は訳が分からずに弁明を繰り返すがシャルは耳を貸さずにレイの元へと向かう。
そして牢屋の鍵を開けシャル自らがその中へ入り侵入者だと思っていた奴に平身低頭に謝る姿を見て彼女らの関係性を理解して彼は青ざめることになる。
その後謝罪を繰り返すもシャルの怒りは収まらず彼を解雇しようとした。しかしそこでレイが待ったをかける。そこまで気にする必要はないと説得されたシャルは渋々彼を地方へ左遷させることにした。
因みにレイはシャルによってすぐ釈放されることがわかっていたので気楽に牢屋ライフを満喫していたりする。
それを考えれば若騎士に対する処罰が重い気がしなくもないがこの国はシャルが絶対正義である。
対してシャルはレイに諭された後「ああ、お姉様、なんと優しい……」と好感度がさらにアップしていたがそれを見て周りはああ、またか、と呆れたような目で見ていたことは完全な余談である。
それ以来シャルはそのようなことが起こらないよう徹底して会う時間を変更したりなどするようになる。
「それにしても、長いな」
レイはボソッとぼやく。
彼女等は延々と続く階段を下りていた。もうこの場所的には地下であるのだがまだレイの施設へはつかないらしい。
「もうすぐですよ。本来なら転移陣を設置して直行できるような設計にしてあるのですが……、生憎そこまではまだ整備されてなくて」
「ふむ、そうなのか。お、見えてきたな」
噂をすれば、正にそのようなタイミングで延々と続く階段の終点が見えてくる。
その出口であり、入り口でもあるゲートをくぐった時、彼女は感嘆の息と共にその足を思わず止めた。
「ほお、でかいな……」
くぐった先にあったのは訓練場と言うよりは闘技場と形容する方がふさわしいと思えるような広い空間だった。
石畳が敷き詰められ正方形を模すようなかたちをしておりその周りにぐるっとアリーナのような観覧席まである。
正直一兵卒の訓練に使うのがもったいないと思えるほどの豪華さだ。
そんなレイの疑問を感じ取ったのかシャルの後ろからついてきた宰相が説明を始める。
「ここの訓練場を使用する予定なのは一兵卒ではなく元々ある程度の実力を持った者たち、つまり既存の訓練場では満足できないためこのような場所を作ったのですよ〜」
「ふむ、なるほど、それでこれか。では何故観覧席があるのだ?」
当然の疑問である。
ここは闘技場のような娯楽施設ではなくあくまで自己を鍛えるための施設。
レイ自身もあまりそれが必要な物だとは思えなかった。
「その理由が、今日のこのような時に使うからですよ〜」
宰相曰く、剣などの武器だけでなく魔法やら何やらが入り乱れた模擬戦になるとある程度の強度が必要になり、そして第三者の目線を求めるならそう言うのも必要だったとのこと。
そして上の強さを見せて下の士気を向上させるための物でもあると。
「ふむ、そうか」
「では、我々は観覧席の方へ」
レミアが宰相と将軍を引き連れその場を去る。
この場に残ったのはシャルとレイの二人だけになった。
「さて、如何する?」
「そうですね。では早速始めますか」
レイと二人、ゲートの入り口の真ん前にいたシャルはタンとひと蹴り高く飛び上がりその正方形型の訓練場の中心から少し離れた所へと移動する。
レイはそんなシャルを眺めながら彼女から目測百歩ほど離れた場所へ移動する。
シャルは目を閉じてハーッと息を吐いた。
再び目を見開いた彼女はまるでスイッチが変わったかのような雰囲気を醸し出しており、獰猛な獣のような輝きをその瞳に宿している。
観覧席に移動し終えた三人もその対象が自分たちでないとわかっていながらもピリピリとした空気をその肌で感じ取っていた。
「久しぶりですねぇ、お姉様とやり合うのは」
それほど大きい声ではない、だがはっきりとその声はレイの耳に届く。
シャルはいつものような明るい笑みではなく見る者に恐怖を与えるような、そんな笑みを浮かべる
奇しくもその表情はレイがジンとぶつかり合う時に見せた表情と酷似していた。
レイはその顔を見て一瞬何処か懐かしそうな顔をする。
「だな、すっかりそのお嬢様然とした姿勢が身についているが……、案外この闘いに入ったらあっさりと剥がれそうだな」
「元々これは背伸びするために身につけたようなものですし、今となってはそれが幸いしていますが、お姉様との闘いでは維持できそうもありません」
シャルは本来どちらかといえばお転婆といった感じの性格だったのだがレイとの旅の最中に出会った貴族の令嬢然とした佇まいに憧れを抱いたのか、それからはレイのことを『レイ姉』という言い方から『お姉様』という呼び方に変わった。
当初でこそよくその口調が崩れていたりしたが今ではすっかりそれも板についている。
「ま、元々できる気もありませんけど」
そのだらんと下がった両手を闇の魔力が纏い出す。
「お二方、試合開始の合図は必要ですか?」
「頼む」「お願い」
レミアの提案を二人は了承する。
「では僭越ながらこのレミアが」
観覧席の中段からやや前の列に並んで座っていた三人。そこからレミアは最前列のレイとシャルの真ん中に移動する。
「今更ですけど、ルールはどうしますか? お姉様」
「殺しは無し。武器は……まあ無しでいいだろう?」
レイは確認する意味合いも込めてそう視線をシャルに向ける。
シャルはそれを受けてコクリと頷いた。
「では、始めても?」
レミアの最終確認に二人はコクリと頷く。
彼女はそんな二人を見て「では」という声と共にスッと片手を空に伸ばす。
「始めっ!!!!」
手を振り下ろしながら発されたその掛け声と共にレイとシャルが同時に超級の魔法を発動し、放つ。
二人の間で魔法がぶつかり合い爆発する。
数年どころか数十年ぶりの師弟対決、その闘いは闘技場どころかその周りの地面ごと揺らすような大爆発によって始まりを告げた。
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